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68話 世界の理

 ──千聖(ちあき)(みん)の電話を鳴らしていた丁度その頃──


『ボクらの世界の存在理由は、魔界という世界を繁栄、発展させるためです。

 例えば、すべての世界を合わせて一人の "人間" として考えてみてください。

 魔界が "身体" 。実体のないボクらが住む世界の方を "心" とします。一般的に考えて、人間にとって健康や成長には身体だけではなく、心の健康も影響しますよね? ボクらは精神の健全を保ち、身体の健康と成長を図るために存在してる。健全な心の成長には、光となる前向きな感情や出来事だけではなく、影となる負の感情、出来事も必要です。心も身体も繁栄……いえ成長するには、全てがバランスよく存在することが必要なんです』


 魔界そのものを一つの生命体と考えた時、天界や下界といった世界は、その生命体の心──精神世界である。

 その精神世界において、下界は影の部分であり、天界は光の部分。

 帝国と王国が繰り返している光と影の争いの優勢・劣勢などの勝敗は、魔界にとって"心の波" とでもいったところか。

 下界優勢時には、魔界には負となる出来事が起こり、人間の心にも不安や悲しみなどといった影の部分が生まれやすくなる。逆に天界が優勢になれば、魔界にも、そこに住まう人間の心にも、喜びや希望などの光の部分が多く生まれるようになっている。

 そうして光と闇、陰と陽、幸と不幸を繰り返し、魔界という世界は発展し成長していく。

 それぞれの世界の歴史が、そんな繋がりを証明している。


 ようするに、全ては一つの世界だった。それが、表と裏であるだけで。


 帝国──世界にとって "影" であり、"不幸" であると言える自分たちは、果たして悪なのかといえば、それは簡単に答えが出るものではない。


 ルナが言った言葉を全部理解出来たわけじゃない。

 だが、自分たちの世界はやっぱり()()ではない。

 そういってしまえば語弊があるかもしれないが、ただ、()()()とはすこし次元の違う世界である。そのように、眠には感じられた。


 これはあくまで仮説の段階だが、

 それでも、かなり結論に近いと思う。




「お前だけ帰ってくるなんて珍しい事もあるもんだな。主人はどうした?」

「どうしたも何も、補習だよ」


 補習──それは、王間で響き渡るにはおよそ不釣り合いな言葉だった。

 やけに大きく響いたその単語は、よくわからない沈黙を王間に生む。


「そうだったか。あいつは一体何をしているんだか……」


 はぁ、と呆れたようにため息を溢すヘルヘイムの王・恐夜(きょうや)は、玉座の肘掛に付いた右肘に体重を寄せて項垂れる。

 眠は、先日のアスガルド訪問の報告を兼ねて帝国に戻っていた。

『兼ねて』という事はもちろん、本命は別にある。しかし、まずは報告が先だ。


「こないだのアスガルド訪問の件だけど、アスガルド王への挨拶は何の問題もなく済んだらしいが、姫は逃亡してて顔合わせ出来なかったってよ」


 眠のかなりかいつまんだ報告にため息こそ溢れてこなかったものの、今度は恐夜の鼻息が聞こえてきた。玉座に座る恐夜とは適当な距離を置いているが、それでも彼が鼻から吐き出す、呆れの混ざった息の音が聞こえてくる。


「逃亡……か。アスガルド王の意志に変わりがないなら姫の気分など帝国には関係ない。が、千聖は苦労しそうだな」

「あー……そうだな……」


 眠は視線を玉座の恐夜から、彼の真下に広がる階段の中腹あたりまで降ろして苦笑いした。ユキは可愛いし、多分いい子だろう。

 けど何度か会って話した感じ、あまり国政に関わってないのは確かで、自分が一国の姫という自覚すらも薄そうだった。

 むしろアスガルドの事に関しても敵対している分、眠や千聖の方が詳しいのではと感じる程だ。そしてその上、ふんわりして見えて根は強いタイプと見える。


「あいつァ結構苦労しそうだ……ま、オレは結構好みなんだけどさ」

「──それで?」


 王が、続きを催促する。


「え? あー……」


 眠の中ではこれ以上この報告に続きはなかったため、内心に湧き起こる動揺は態度に出さずとも、一瞬視線は泳ぐ。

 他に何か無かっただろうかと記憶を巡り、しかしそれは徒労に終わる事となった。


「他に何かあるから来たのだろう。お前自身の要件はなんだ」


挿絵(By みてみん)


 恐夜は依然右肘に体重を預け、頬杖をついた姿勢のまま、恐夜本人にとっても本題となろう話題を切り出すよう、眠にけしかける。

 流石に、王が務まるだけあって聡い。

 お望み通り切り出そうと姿勢を正した眠の胸には、先日千聖にメールした時と同じ、少しの不安感を含んだ緊張が走る。


「恐夜は昔、"魂削(こんさく)武器生成" に成功した時、"世界の(ことわり)" に触れたんだよな?」


 眠の放った "魂削武器生成" という言葉に対し表情を変える事などなかったが、それでも眉間にシワがよる。それだけで、王間の空気がひどく重たいものとなった。


「教えてくれ。その時、何を知ったんだ」

「……知ったところで凡俗(ぼんぞく)()には理解できんだろう」


 王は、即答だった。

 眠は自分の事を凡人などと思った事はないが、目の前に居座る王に比べれば大体の者は凡人になってしまうだろう。

 確かに恐夜の言う通り、凡人には理解出来ないのが世界なのかもしれない。


「まさか "世界の理" に触れるために武器生成を行うとでも言うまいな。知っている通り魂の損耗を伴う武器生成は禁忌としている。いくらお前でもただでは済まさんぞ」


 釘を刺す王の、その左目の眼光に、まるで蛇に睨まれたネズミの如く動けなくなる。


 魂削武器生成とは、己の魂の一部を犠牲に武器を生み出す魔法のことである。

 死神や天使といった種族は、自分の武器を一つ与えられた状態でこの世界に生まれ落ちる。

 千聖であれば大鎌、ルナであれば短剣、といったように。

 それらの武器は決して壊れることはなく、刃が錆び付くこともない。

 己の魂に由来したその武器は、己の意志で創造し、消滅させることができるため、持ち運ぶ必要もないものだ。

 魂削武器生成では、本来一つしか持つことの出来ない魂に由来した武器を、意図的に作り出すことができる。

 ただし、発動した者の大半は、本人の意志とは反して全ての魂を消耗してしまい、死亡する。

 成功に至ることはまずないと言われている魔法だ。


 そして今。

 眠の目の前にいる帝国の王──恐夜は、帝国で唯一、二本目の武器を持つ死神である。

 この魔法を発動した場合の生存率は極めて低いが、知識があれば誰にだってできる程度の魔法だ。

 であれば、中には成功し、二本目といわず複数所有している者がいてもおかしくない。

 しかし、何故恐夜が唯一なのか。

 それは、この魔法の利用は禁忌とされているからだ。

 二本目の武器を持った者には、その力の強大さ故に必ず極刑が下る。


 更に本人だけの問題には収まらず、『二本目の武器を生成したことを認知し、それを黙認した者』ですら極刑が下る、という恐ろしい取り締まり具合である。

 要するに、失敗して死ぬか、成功しても内通により裁かれて死ぬか──どちらにせよ死の一択だ。


 恐夜がそんな武器生成を行い成功させたのは王になる前の話。

 その彼が何故生存しているのかといえば、千聖の存在が関わってくるのだが、詳細を知っている眠からしてみれば、今の権力を持たずして極刑すら捻じ曲げた当時の二人には、親しみ以上に一抹の恐怖すら感じる程だ。


 そして先ほど眠が口にした通り、魂削武器生成に成功した者は、神しか知れないであろう世界の概念── "世界の理" に触れると言われている。

 眠とルナが欲している回答を、手に入れることができるのだ。


 魂削武器生成の実行。そんな考えなど眠の中にはまるでなかったが、片の目から放たれる威圧に押され否定すら出来ない。


「まぁ冗談だ。そこまで愚かな奴だとは思っておらん。それで、お前の知りたい世界の理とはなんだ?」


 王はそう言うと、少しだけ口角を歪ませる。

 気付けば王間中に充満していた総毛立つ程の威圧は薄れていた。


「あ、あぁ……魔界と天界下界の関係について知りたいんだ」

「ほぅ……お前の事だからある程度答えは出ているのだろう」


 ここにきてようやく居住まいを正した王は、興味深げな視線で眠を射抜く。


「流石だな……恐ろしいモンだぜ」


 吐き捨てるようにそう言ってから、「オレが思うに」と前置きして、眠は腕を組んだ。


「両方の世界を合わせて一つの生物と例えた場合に、魔界は "身体" こっちの世界はその "精神" にあたるって解釈をした。オレらがやってる戦争については、帝国優勢なら魔界には負が充満、逆に王国優勢だと魔界にとってはいいことばっかつー感じ。んで、魔界にマイナスオーラが充満することで魔界の何かが発展に繋がりゃー、下界側の土地の再生が早まるなり死神の出生率が上がるなりして恩恵受ける、かな」


 一気にまくし立て、眠は恐夜のリアクションを伺う。

 ついに、答え合わせの時間だ。

 眠は薄い唇の端から端へと舌を這わせてから、口角を歪ませて言葉を待つ。


「なるほど……遠からず近からず、と言ったところか」


 一度咳払いを挟んで、王は回答を続けようと言葉を紡ぎ始めた。


「世界同士の関係性はおおよそそんなところだが、正確に言えば魔界に住まう人間たちの信仰が我等の世界の繁栄に関わってくる。"負が起因となり魔界が発展した場合に下界に恩恵がいく" などどとそんな曖昧なものではない。神という存在を信じ、神へ祈りを捧げる者が多ければ天界へ、無神論者が増えれば下界へと恩恵は偏るものだ」


 そこで一旦話を区切り、真剣に耳を傾ける眠の理解が追いつくのを待つ。


「オレらが勝ち続けることによって魔界で鬱ンなるような事ばっか起きたら、そりゃ神なんて信じねぇとか言い出すやつもいるかもしれねぇが……逆に神を信じて祈る奴の方が増えそうなモンだけど? ……単純なハナシじゃねぇって事か」

「信仰心だけではない。魔界に溢れる "生きた健全な生命" のエネルギーがこちらの世界に繁栄をもたらす。ようするに、人間たちの信仰心と魔界に溢れる生命そのもののエネルギーがこちらの世界に影響する。このような仕組みになっているのは、魔界を発展させ、魔界に住まう "人間の魂" そのものを成長させるため、だ」


 眠はついに、目を瞑って考え始める。

 つまり、どう言うことだ?

 基本的な構造は考えていた通りだが、根幹の部分が微妙にズレているように思える。

 それともズレとして感じているのは、ルナの説明で理解出来なかった部分って事か?


 自分たちの存在理由は、魔界を発展させ、人間の魂を成長させること。

 下界と天界の勝ち負けが魔界の陰陽に直結し、信仰者と無神論者の割合が下界と天界に向く恩恵の割合となる。

 だとすると、単純に考えて下界と天界が戦う本当の目的は、より恩恵を受けるために信仰心を操作する事にある。


(けどそれだとオレらが勝つ意味ってあんまり無くないか? 天界が勝って魔界が繁栄してりゃ、人間は都合よく神サマの存在なんか忘れてオレらに恩恵が向く……いやでも下界ばかりに恩恵がいけば、繁栄するのは下界になって、魔界には影が堕ちるのか……それだと繁栄は難しくなるから……)


「人間は不幸や困難、災難ばかりだと自滅や死滅をするが、幸福しかなければ破滅に向かう生き物だ」


 眠が頭の中で堂々巡りをし始めたのを察してか、恐夜がついに答えを告げた。

 それを聞いて、結局眠の思考は停止してしまう。


「所詮、人智の及ばぬ処の話だな」


 世界の理に触れたと言う男は、吐き捨てる。

 眠は、理解出来なかったわけでは無い。


『繁栄……いえ成長するには、全てがバランスよく存在することが必要なんです』


(オレらの存在理由は魔界を発展させるため。

 オレらが戦争してる理由は、人間の信仰心を操作するため? ──いや、違う)


(幸と不幸を、バランスよく魔界に存在させるため……か? だとしたら……)



 むしろ賢くも、全てを理解してしまった。

 だからこそ、結論に至る。



 ──オレらが争う意味って、無くねぇか……。




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[良い点] 王様のお胸がえっち過ぎて話が頭に入ってこない()
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