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63話 3つの世界

 

「おはようございます!」

「うっす!」


 はやくも恒例となったいつもの駅で(みん)とルナは落ち合う。

 時刻は午前10時‬。‬‬‬‬‬‬‬‬‬

 世間は休日の午前とあって、夏休み云々は関係なしに駅は大変混み合っていた。


「連日付き合ってもらって悪ぃな」

「いえいえ! むしろ予定を頂けるなんてありがたいです。今日はこの近くの中央図書館、ですよね!」

「おう!」


 ふと見上げた眠の視線の先にあるのは、『4番出口 中央図書館方面』と書かれた看板。さっそく目的地へと歩き始める眠に、ルナも人混みを縫ってついていく。

 本日の目的地としている中央図書館は、“中央” と言われるだけあってか、この都市にある他の図書館と比べるとどこよりも大きい。二人とも魔界の図書館なんて滅多に行かないが、そのことだけは知っていた。


「戦うからには、大概はそこに善悪があると思っています。今まで、何の根拠もなく、ボクたち王国側が世界にとって悪となることはないと……そう考えておりました。神に仕えるボクたちが、悪であるわけがないと」


 図書館への道で、ルナは改めて、自分の気持ちを確かめるように語る。


「でも少しだけ怖くなったんです。もしも理由を知った時……むしろ、ボクたちがこの世界にとっての悪だったとわかったら……」


 綺麗に舗装された駅前の歩道。

 駅近辺は大変混雑していたが、図書館に用がある者は少ないのか、目的地へ近づけば近づくほど、人影は減っていた。

 隣を歩くルナのそんな様子を、眠は横目でちらりと(うか)がう。

 足元を見つめながら歩くその瞳は、不安に揺れていた。


「んー、悪にも悪なりの正義があるんじゃないか? 善悪なんてモンは見る立場によって変わるんだから、重要視するべきは ”何に対して” 善だ悪だってやってんのかって所だよ」


 その眠の言葉に顔を上げたルナは、やっぱり不安そうな表情である。

 そんな彼女に対し、眠は歯を見せて笑ってやった。


「もし王国が悪だったとして、王国の主張に納得が行かなかったらオレたちの所に来いよ。きっと歓迎されるぜ?」

「え! えぇぇ!? でも!」


 大袈裟なくらいのリアクションをしながら、ルナは思わず足を止めた。しかし眠は足などとめることもなく、ゆっくりと歩きながら、それでも振り返らずに言葉を続ける。


「死神だからとか下界に生まれたからとか、そーゆーんじゃねぇからさ、帝国軍(うち)は。恐夜(きょうや)千聖(ちあき)について行きたいって思う奴らがいる所だから、ルナもそー思うならこっち来ればいいだろ」


 涼しげな調子で言ってのけるその背中に、あぁ、この人は本当に凄いな、とルナは感動する。

 『戦争の理由をさぐろう』そういってきたのは眠だ。

 少なからず、言い出したことに責任を感じているのだろう。

 だからこそルナにとって、本当は知りたくなかった、知らない方がよかった真実を知ってしまうかもしれない、そのリスクを考えたうえで、もしもの時の選択肢を用意していてくれる。

 それも逃げ道ではなくて、進める道をつくってくれる。

 この会話の流れなら、安心させる為、無責任に彼と同じ事をいう人も多いと思う。

 でも彼は他と違う。

 掴めない人物ではあるけれど、それだけはわかる。


「救って頂いたあの日以来ずっと、眠さんや千聖くんに、支えてもらってばかりですね」

「そんなことねぇよ。オレも千聖も、ルナを救った覚えはねぇし、支えてるつもりもねぇ」


 眠は振り返って足を止め、ルナと向き合った。


「むしろ逆だ。オレらがあの日、ルナに助けられたと思ってるから、オレらだってルナの力になろうとしてんだよ」


 ニカッといつも良くやる強気な笑顔で、親指を立ててみせた。


「そーゆーワケでルナが帝国に来るってんなら、どんな理由であれ大歓迎なんだよな」


 少しチャラくて、ノリが軽くて、口が上手いだけなのかもと初めは思っていたけど、全然違う。

 本当は誰よりも色んな事を色んな角度から考えていて、立ち回りの全ては軽いノリに見せて、その裏全て計算している。発言にも、責任が生じる事を知っている。とんでもなく賢くて、責任感の強い男だ。

 そしてその全てを、他人にはみじんも感じさせない。


「ま、ルナにはオレと千聖がついてんだから、ドーンと構えとけ」


 また背を向けて、こちらの言葉を待たず歩き出す彼の背中は、とんでもなく大きく見える。


「憧れるな、貴方に」


 誰にも聞こえないように、ぽつりと地面に言葉を落とした。

 誰にとっても、彼は太陽なんだろう。

 自分も誰かにとってのそんな存在になりたいと、素直に思える。



*******



「天界と下界の争いは、財宝みたいなもんを奪い合うと言うよりは、単なる勢力争いみてぇなもんだと思ってる。とは言っても、理由がある。その理由を知る為にオレらは色々調べることにしたわけだが、その理由ってのを知る前に、オレはまず魔界について知りたい」


 ルナは、目につく魔界の歴史について書かれている書物を手当たり次第に棚から抜き取っては、隣で同じく本を物色しながら進む眠の腕の中で築かれた本の山の上に、どんどん積み重ねて行く。

 だだっ広い図書館に並べられた本棚の中でも、たった二、三列見ただけで眠の腕の中は本でいっぱいになってしまい、どちらともなく近くのテーブルへと足を向けた。

 腰掛け、見上げれば高い天井には木製と思われる巨大なプロペラが音を立てずに回っている。吹き抜けとなっているため二階の様子もチラリと窺がえるが、図書館は一階も二階も人影はまばらだ。


「存在する3つの世界、まぁ、厳密に言えば2つの世界か。オレら側から一方的とはいえ、両世界は繋がりを持っている。それなのに魔界は絶対に、この争いには巻き込まれない」

「魔界の人間はボクらの世界の存在そのものを知らないし、関わり合いがなければ天使や死神なんかは架空の生き物として、信じない方が大半です。ボクたちはこちらの世界を詳細に認識しているのに、こちらの世界からはボクたちの世界の事をほとんど認識されていない……」


 眠は、パラパラとページをめくるその指を止める。


「天界と下界はよく、光と影って言われるだろ。事実、天界は朝、下界は夜で空の色は変わらねぇし本当に光と影みたいだ。だけど魔界は朝夜を繰り返してる。そのうえ、オレたちの世界はこっちじゃ公に認識されていない……」


 適当なページでめくる手を止め、ルナの方に目を向けた。


「なんだか昨日、舞さんが千聖くんに言ったように、幽霊みたいですよね」


 ルナは眠がめくったページをぼんやりと眺めたまま、何かを確認するかの様に思い付くままに言葉を口にする。


「ボクらのような存在が魔界に移動した際、基本的にはこうして “人間化” して、彼らと同じ姿をとる仕組みになっている……元の姿にも戻れますが、その場合、実在していても人間の脳からは認知されなくなってしまうため、存在しないのと同じ……ただし、一部霊感の強い人間を除いては。今まで何の疑問も抱かずにそーゆー世界の仕組みなのだと理解していましたが、こうしてみると本来の姿は人間からは認識出来ない死者の霊と同じであるべきって事ですよね……」

「こうなってくりゃ死者の魂とオレらの存在って人間からしてみりゃ対してかわらねぇな。そもそもオレらって、死ねば魂は消えるけど、元から魔界にとっては “死んはいないが生きてもいない” 存在なのかもな」


 ははっと笑う眠の顔は、こわばっている。

 ルナは、なんとなく、死んではいないが生きてもいないというその解釈を否定出来なかった。


「とりあえず、オレらの世界から一方的とはいえ世界同士が繫がってんだから、オレらの世界での出来事が魔界に対して何かしら影響しててもおかしくはねぇな。もちろん、その逆もしかりだ。両世界の情勢かなんかが影響し合っていると仮説した場合、双方の歴史上の出来事がリンクしている可能性は高い……やっぱり魔界の歴史について調べんのは見当違いってワケでもねぇか」


 手を本から離し、腕を組んで首を傾げながらもスラスラと仮説を立て、口から言葉を途切らせる事はない。

 そのトーク、とめどなきことマシンガンの如し。

 ルナが横にいることを忘れているのか、次第に独り言と化している。


「そもそもリンクしてるどころか、下界と天界の二者間でドンパチやってるように見えるクソ長ぇ戦争も、実は気付いてないだけで、魔界も参戦してたりしてな……。つーかその線は十分にありえそうだ。魔界だって魔法があるし、科学技術とか武器開発なんてのはこっちと比べ物にならないくらい発展してるんだから、戦力外ってこともねぇしな」


 それでもルナは、放っておけばどこかに流れて消えていってしまいそうなその独り言を、必死に拾い集めては彼女なりに理解し、彼と同じ思考に立てるよう努力していた。しかしもうそろそろ理解はおろか、リスニングが追いつけなくなりそうだ。


「……でも、そうか幽霊と同じくオレらを認識できねぇんだから、やっぱり戦うってなると不利か。あーでも、なにも物理に限って考えなくてもいいのか。天使と死神同士の戦いは直接的で物理的なもんだが、魔界が加わった場合はもっと間接的で心理的っつーか、精神攻撃かなんかが……」


 絶えず打たれるマシンガンをルナなりに消化し、拾った一つ一つの単語を脳内でつなぎ合わせている最中、彼女の中で、眠の口から語られているものとは別の、あるひとつの可能性が生まれる。

 その可能性に思わずハッと息を呑んだ彼女の耳には、もう既に眠の独り言など入らなくなっていた。

 直感的に、半ば確信めいたものすらあり、伝えようと眠に視線を送ってはみるものの目を瞑ってブツブツと呟き続け気付きもしない。


「眠さん」


 小さく名前を呼んでみたが、眠自身の声で掻き消されているのか全く反応がない。


「さすがにそりゃ飛躍しすぎか」

「あの……!」

「それに参戦してるとなると、なおさら理由がわかんねぇよな」

「眠さん!」


 ついに、ルナは声を張って眠をとめた。


「あ……わりぃ。どした?」


 少し上ずった緊張を含むその声に眠は驚いて口を止め、ルナを見る。


「えぇと……眠さんのお話を聞いて思った事なのですが、もし世界同士で影響しあってる仮説が正であるなら……ここまで続く長い戦争の中で一度も魔界が巻き込まれていないのは、さすがに不自然に思えます……。ですが現に、魔界が巻き込まれることは絶対にない。だとすると考えられるのは、()()()()()()()()()が、天界と下界で戦争している理由なのではないかな、と」


 そのルナの仮説を聞いて、先程までのマシンガントークなど嘘かのように、眠は黙り込んで大人しくなった。瞳孔の開いた瞳で、ルナを見続けている。


「あっすみません……! さすがに魔界そのものが戦争の原因なんてありえないですよね!」


 眠の視線に "何おかしな事言ってるんだコイツ" と言う意味が含まれていると捉えたルナは、視線を膝まで落として無理矢理ハハハと乾いた笑いを零す。

 やっぱりちょっと飛躍しすぎていたかもしれない。


「いや、それだルナ……!」

「へっ!?」


 自分で立てた仮説でありながらも、口にしてからさすがに無いなと思いはじめていたルナは、思いもよらなかった眠の同意の言葉に顔を跳ね上げた。


「それ、すげぇしっくりくる……その説前提で詰めてみようぜ!」

「は、はい!」


 視線を上げて見えた、先程と変わらぬ位置にある彼の顔。その表情はこれまでで一番興奮している。


「やっぱりちゃんと繋がってんだよ、オレらの世界とこっちの世界は……」







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2019/7/28


少し早いですが残暑見舞い申し上げます!

水分補給は忘れずに……!

挿絵(By みてみん)


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