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59話 返信

 

「あーやっと終わった……」


 千聖(ちあき)は誰に宛てたわけでもない愚痴をこぼしながら、暗い廊下を一人で歩く。

 長い補修がやっと終わったかと思えば、校内の窓に映る外の景色からは、太陽の存在など完全に消え失せていた。夏休み返上で朝から晩まで勉強なんて、本当に最悪な気分である。

 しかも節電なのか、校内の電気が付いているのは最低限の範囲。

 もちろん、講習に使用していた教室の電気は付いていたが、廊下の電気は付いていない。

 廊下の窓ガラスが外の光をぼんやりと反射させているおかげで、何も見えないわけではないが、さすが夜の学校だけあってそれなりの雰囲気が出ていた。


 学校の廊下を一人で歩いている理由は、単純に、最後に教室を出たのが千聖だったから。

 別に、好き好んで夏の夜の肝試しに興じているわけではない。

 出遅れてしまったのは、(みん)から送られてきた大量のメッセージをチェックしていたせいだ。内容は全てスイーツの画像だった。何か意味のあるメッセージもあるかもしれないと思い、全部を確認していたら、帰宅する生徒の波に乗り遅れてしまった。

 結果、重要な要件などなく、全てスイーツの画像とその感想であった。

 これは無視しよう。

 そう判断して千聖はスマホをポケットにしまい、一人、薄暗い廊下を歩きだしたのだ。


 心細さを誤魔化そうと、ポケットに入れたばかりのスマホを再び取り出して、液晶を光らせる。

 先ほど確認してから少しも経っていないため、もちろん未確認のメッセージも、新しい不在着信もない。ないことは分かっているはずなのに、あえてもう一度、着信履歴を確認した。

 表情を変えずに、数日前から代わり映えしない着信一覧を眺める。


 あの日天界で、王間から出たあとにすれ違った女の子。

 見立てに間違えなければ、あの子が姫だ。

 見たことなんて一度もなかったが、すれ違ってみて “彼女だ” という確信があった。

 その時に見た吸い込まれそうな程に綺麗な黄金の瞳は、今でも鮮明に思い出せる。

 まずはお近付きになって気に入ってもらわなければ、いつ婚約を破談にされてもおかしくはないし、そうなってしまえば恐夜にあわせる顔もない。


 なんでもいいから、と思って急いで電話番号のメモを渡したが……。

 もちろん、連絡なんて来るはずもなかった。

 そういえばまともな挨拶すらしていないから、失礼な男だと思われたに違いない。

 完全に不味ったな。


 ここからどうリカバリーしたものか。

 考えかけて、すぐにやめた。今更何か考えたって仕方がない。

 相手の連絡先は知らないのだから、こちらから何かできるわけでもないのだし、なるようにしかならないだろう。次のチャンスが来た時に考えればいい。

 そう前向きに考えて、再びスマホをポケットの中に戻そうとした時だった。

 鈍く震えながら、暗闇の中でその液晶が再び光った。


 意図して光らせたわけではない。

 つまり新しく着信が来たということだ。

 眠には返事をしていないから、他の誰かである可能性が高い。

 千聖は、もしかしたら、と期待して、急いで画面を確認する、が。


「またお前かっ!」


 表示されていたのは、先ほどスイーツの画像を連投してきた親友の名前だった。

 そういえば今日遊んだ相手は、最近知り合った女の子だと言っていたことを思い出す。

 この時間の連絡という事は、どーせ今日の女の子とどんな関係までいけたのかとか、そんなしょうもない成果の報告かなんかだろ、なんて思って開けば──


挿絵(By みてみん)


『オレたちは、何のために戦ってる?』


 そんな内容だった。



 ****************


 着信を示す振動。千聖だ。


『知るか』


 ルナと解散した後、眠は一人、自宅の最寄り駅に向かう汽車に揺られながら、手元の画面に映されたたったそれだけの文字を眺めていた。

 質問した内容は、先ほどルナにしたものと同じである。


 龍崇(りゅうすい)家の末裔で、王の恐夜に近い千聖なら、何か知っているのではと唐突に聞いてみたのだ。もし、そこにあっさりと回答があったとしたら……なんて、少しだけスマホを持つ手に緊張が走ったが……。予想通りのような、期待外れのような、そんな回答におもわず失笑した。


 理由もわからず軍を動かし、殺し合いをさせるなんて、それだけを聞けば無責任もいいところだ。

 それでも、千聖にとって闘う理由など、恐夜の為以外の何でもないのだろう。


 すべての争いの始まりには、必ず理由がある。

 一つの議題をめぐって、それぞれ異なった主張が発生し、それはいつしか正義と悪に分けられ争いに発展してしまう。


 争いの理由を知った時、帝国の主張が客観的に見て悪と言えることだとわかったとしても、千聖にとっては恐夜が揺るぎない正義なのだ。

 そしてそれは、眠にとっても同じである。

 たとえ帝国がどんなに悪だろうと、それを知ったところで今と変わらず、自分は千聖と共に同じ道を歩むだろう。


 ただ戦いに参加していた以上、理由があるのならそれを知っておきたいと思っているだけだ。


 眠はスマホをしまい、なんとなく車内上部に張り付けられている広告を眺めながら、直前までしていたルナとのやり取りを思い出す。

 同じ質問に対してルナは、眠と同様にこの疑問を抱いていると答えた。

 眠や千聖と時間を共有すればするほど、疑問は深くなっていくと。


『ボクはてっきり、下界の皆さんは悪い人たちなのだと思っていました。ボクだけではなく、天界にいる多くの方は皆、そう思っています。でも実際に貴方たちと関わってからは、そんな風には思えなくなりました。今は、少なくとも、帝国の皆さんは悪ではないということを証明したい。証明して、互いに歩み寄ることができる存在なのだと、そう天界の方々へ伝えたいです。そのためにも、この長い戦争の理由を、知りたいと思っています』


 自分の気持ちを確認するかのようにそう語るルナ。

 この時、眠は同じタイミングで同じ疑問を抱いたことに、何か意味を感じた。

 もしかしたら、何か重要な “意味” にたどり着けるかもしれない、と。


 この夏休み期間を利用して、一緒に戦争の理由を探してみないかと誘えば、ルナは二つ返事でそれを承諾してくれた。


『なんだか夏休みの自由研修みたいですね!』


 別れ際に、はにかみながらそんな事を言ったルナを思い出す。


 人がまばらになった夜の車内。

 夏休み後半、面白くなってきたじゃねーの。

 なんて、これから先の展開に期待しながら、眠は己の唇を舐め、にぃと笑うのだった。


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