57話 友達の友達
おそらく、この店のテーマは “おとぎ話の世界” だろう。
壁はピンクと白のストライプ柄。所々の壁に掛けられている絵は大小様々で、全てが豪奢な額の中に納まっている。窓際に吊るされたカーテンは白のレース生地。
ざっとみても、9割が女性客。
眠は、千聖と来なくてよかったと心から思っていた。
そう思いながらも、スマホをテーブルの上に並ぶケーキへと向ける。
天井からつるされたシャンデリアの光に照らされたケーキは、まるで宝石みたいにキラキラ輝いていて、とても綺麗だ。
後で見返すかはわからないが、一旦写真に残しておきたいくらいに美しい。
「眠さん、新しいケーキ持ってくる度に写真撮ってませんか? それにしても……ユキちゃんのお友達が眠さんだったなんて……!」
「そりゃあこっちの台詞だ。まさかルナがお姫様と友達だったとはなぁ」
「2人とも知り合いだったなんてびっくりだよ……」
上品に紅茶を嗜みながら、ちらりと眠に視線を向けるルナと、スマホを置いてケーキにフォークを入れる眠。そんな二人の様子を観察していたユキの目には、お互いに手を止めずに会話するその姿が、それなりに親しい間柄であることを示しているように映った。
どうして敵国同士なのに、二人は仲がいいのだろう。なんて考え出せば、そういえばルナが派遣された戦は和平協定のきっかけとなった戦だったんだっけと思い出す。
きっとそこで出会ったんだろう。
もし本当にそうなら、眠はフォルトとも面識があったりするのかな。
たしかに、ルナが戦場に派遣されると聞いて、フォルトを付けたのは自分だ。
だけどなんだか、自分だけ置いてかれている気がする。
そんなことを考えながら、ユキは少しだけむっとした顔で、ティースプーンで紅茶をかき混ぜた。
「帝国も王国も、こんなに仲良しになれるなら、なんでもっと早く戦争辞めてくれなかったんだろ……そしたら私も、帝国の将軍なんかと結婚しなくて済んだのに」
目の前のシフォンケーキを小さく切って、口に入れるユキ。
今口にした言葉は、本人からしてみればちょっとした独り言の愚痴だ。
だけど今度は、眠とルナが、その手を止めてユキの様子を注意深く見守っていた。
そして、二人は視線を通わせる。
「確かに、言われてみりゃそうだな」
「もしかしたら、過去には何度か同じような出来事はあったのかもしれませんね」
ルナがカタン、とカップを受け皿へと乗せ、首を傾げるようにユキと、それから眠を見る。
「だけど今回の様に、帝国の将軍様本人が共闘を申し出て、直々に指揮をとって下さったことは前例になかったから、かもしれません。それに、共闘後も、当初のお約束通り、敵である騎士団に対し、個々に共闘参加の報酬までお支払いされました。きっと、そういった点が国王や騎士団長の御心を動かしたんだと思います。そして何よりも語って下さった演──」
と、そこまで語ったところで、ルナはふと自分の足に“何か”が当てられる感覚を捉えて口を止める。テーブルの下で起こったことなので目視は出来なかったが、誰かに軽く、足を蹴られたようだ。角度から判断すれば、蹴ったのは眠。
視線は絶対にあわないが、おそらく故意である。そして、これがただの戯れではないのも、ルナにはなんとなくわかった。
「話し過ぎるな」と言われた気がして、ルナはそのままそこで口を閉ざした。
その代わりであるかのように、眠が口を開く。
「歴史に名を残してる偉人たちですら踏み切れなかったことを、今のオレらでやろうってんだからスゲー事なんだよ。ユキは、なんつーか、アレだけどさ」
「ちょっと……! その言い方ひどくない? 可哀想って思ってるんなら結婚式乗り込んできてよ! 私の事攫ってよ!」
「……だそうだ、ルナ。 オレ、マジで乗り込んじゃっていい?」
「えっ! な……そ、それは……」
サラっととんでもない問いをルナに投げかけながら、眠は大きめのチーズケーキを口の中に放り込み、手元のカップを手にもった。わかりやすく目を見開くルナを尻目に、中身のブラックコーヒーを流し込む。そして、トドメともいえる言葉を放った。
「そんで、ルナが帝国将軍と結婚するっつーのは?」
ルナにはこれが、冗談なのか、本気なのか、全くわからない。
ただ、本当にどうしようもなくとんでもない提案であることだけはわかる。
そんなことをすれば、二人は世界を敵に回すことになるだろうし……、とはいえ、こんな提案、冗談以外の捉えようなどないはずなのに、ほんのすこしでも本気の可能性を考えている自分の方がどうにかしているのかもしれない。
と、己の思考回路を恥じたルナだったが──
「そんなの絶対にダメ! 敵国のハーレム好きで浮気性で腹の出てるオッサンと結婚なんて、そんな可哀相な思いルナにはさせられないんだから! ルナは、ちゃんと好きな人と素敵な恋愛をして、結婚しなきゃ!」
ルナよりも更に本気ととらえたユキがいた。
ガタンっと椅子が音を立てるほどの勢いで席を立ち、テーブルに手をついて主張する。
派手に鳴った皿の音が、周りの客の注目を集めている。
想像していなかったその行動に、ルナと眠は思わず動きを止めた。
「ぇ、なに……? ハーレム好きで、浮気性で、腹の出てる……オッサン?」
「ユキちゃん……当初の設定から属性が一つ、足されていませんか……?」
周りには聞こえないように、二人は小さな声でユキに問いかける。
「だって、ハーレム好きなら絶対浮気性だもん」
「それって、もしかしてちあ──ウチの将軍のこと?」
眠はマグカップで口元を隠しながら、笑いを含めた瞳をルナに向ける。
ルナはそっと頷いて返した。個人的に『そうです』なんて言いたくなかったから。
しかしそんなルナとは相対して、ユキは腰に手をあてて『当たり前じゃない』と言い切った。
「それじゃ私、ケーキのおかわりをしてきます!」
立ったついでか、もとからそのつもりで立ち上がったのか、いつの間にか空になった皿を積み上げて、二人を取り残して颯爽と去っていく。ユキの姿が完全にみえなくなったところでルナは、未だに口元を隠し続ける眠の方へと椅子を寄せた。
「眠さん、あの……」
小声で話しかければ、すぐにでも声を上げて笑いだしそうな目をしていた眠の表情が、少し真面目なものになる。ルナが何を言おうとしているのか察した眠は、一度ユキが消えた方向を気にしてから、ルナの方へと肩を寄せた。
「先ほどは、ありがとうございました」
「別に礼を言われることはしてねぇけどな」
眠は中身をすべて飲み干しカップを置くと、ニッと歯を見せて笑う。
そんな、すっかり見慣れたいつもの表情を見て、ルナはなんとなくほっとしていた。
「実は、和平協定の話を帝国に運んだのはボクだってことを、まだユキちゃんに言ってなくって……共闘作戦参加時に、千聖君と接点があったことも、伝えていないんです」
「だろうな。王子から姫の言い出した作戦の内容は聞いてたけど、なんとなく今日の二人の様子みて察しついたわ」
「先ほどは勢いで全て話してしまうところでした。もちろんッ、いつかはちゃんとお話ししますッ! だけど、タイミングは、今じゃない、ので……」
伏し目がちで語るルナの表情は、申し訳なさでいっぱいだった。
それが眠に対して向いているものなのか、あるいは重要なことを秘密にしてしまっているユキに対してなのか。
気苦労の絶えない役ばかりがルナに回ってくる気がするのは、生真面目で優しい彼女の性格故、なのだろうか。そんな事を考えながら、眠はプリンの器に手を伸ばし、一口分をスプーンで掬う。
「オレもそう思う。今ユキに必要なのは、一緒に政略結婚が嫌だねっていってくれる存在だもんな」
「はい! きっと千聖くんと会えばユキちゃん、彼を好きになってくれると思うんです! だからそれまでは、ユキちゃんの気持ちに寄り添っていたい……」
大袈裟にうなずき、語るルナの肩から、さらりと若葉色の髪がすべり落ちる。
見慣れない、ルナの髪を下ろした姿を眺めながら、眠は苦く笑った。
きっとフォールハウトも思っていることだろう、
うまくいかないもんだな、と。




