54話 『おれが将軍ってバレる前に運命の王子様だと思わせてやる大作戦』始動
「数あるうちの一つをあげるとするならば、そうですね……『光の王となりし者、その身に時の流れなどなし』なんていう言い伝えがあります」
「それって不死身ってこと!?」
フォールハウトが語った内容に、今度は千聖が声を上げた。
普段、その声にあまり抑揚を持たせるタイプではない千聖だったが、今回は違う。
温度を感じるその声に、驚いた三人が一斉に千聖を見た。
「いえ、不死身とは違うみたいですよ。年を取らないというだけで」
「よーするに、老衰はしねーが殺せば死ぬっつーワケか」
「「殺せば死ぬ!!」」
「殺せば死ぬはいいとして姫が王位継承したら年取るのはおれだけか……」
ルークスとフォールハウトのツッコミはさておいて、千聖が気にしているのはそこだった。
二人にとっては自国の王に対しての問題発言であったが、何も気にせずさらっと流す千聖にわかりやすくガクっと項垂れる。ちなみに少し離れたカウンターの奥で4人の話を聞きながらグラスを磨いてた店主、彼もまた手の中のグラスを取り落としそうになっていた。
「そーいや将軍、姫に会えなかったんっでしたっけ?」
「あー、そうそう。結婚が嫌で逃げちゃったんだってさー結構傷ついた」
ルークスの問いに、千聖が半笑いで答える。
その様子を目にした眠は黙って腕組をして考え込み、フォールハウトは頭を抱えて彫刻のように固まった。
「えーなんっすかそれ! わざわざここまで将軍を呼びつけといてそれっすか!?」
「ほんとだよ、言い出しっぺがこれだよ、ありえる?」
最後の「ありえる?」のセリフあわせて、同意を求めるようにビシっとフォークの先でルークスを指し示す千聖。それに合わせてルークスはないない、と顔の前で手をパタパタさせる。
そんな二人に聞こえる音量で、フォールハウトは「やっぱりそうでしたか」と零した。もちろん「やっぱり」の単語に千聖は反応する。眠も、ルークスもフォールハウトに視線を送った。人知れず、カウンターの中の店主も耳を傾ける。
3人の視線を集めてから、フォールハウトは切り出した。
あの日、姫が宣言したあの作戦の話を──
「「運命の王子様滑り込みセーフ大作戦?」」
「なんだって……」
作戦名とその内容を聞かされ、眠とルークスは復唱し、千聖は眉をひそめる。
小皿に盛ったサラダの肉と野菜をいい塩梅でフォークに突き刺していた千聖だが、それを口に運ぶ手が止まった。王やフォールハウトの話から、姫が夢見がちな少女であることはなんとなくわかっていたが、本気で『運命の王子様』の存在を信じているとは予想外だ。
とはいえ先ほどすれ違った時に、いきなり跪いてその手を取り愛の言葉をささやけば、それだけで手っ取り早く自分が王子様になれた可能性もあったのか、なんて後悔していた。
だがあの瞬間は前髪が一束変な方向に流れていたし、ネクタイも緩んでいた。そもそも愛の言葉をささやくだなんてそんなキザな真似、自分にはできない。
「っつーことはなんだ、結婚するより先に男を作って、既成事実までつくって逃げるってことか?」
「そこまで酷いものではないようですが、将軍と関係をもつよりもさきに、他に好きな男性を作り、その方と関係をもつ、という解釈になるのかなと……」
「おれこのままだと嫁を寝取られんの?」
とても気の毒そうな顔をした3人が千聖へと視線を向ける。
そんな視線を浴びながら、千聖はフォークに刺さったままの肉と野菜を口へと運んだ。
そのまま咀嚼し、飲み込む。
「さすがにそれはプライドが許さないんだけど……」
そう語る声は、ただ寝取られることについて感想を述べただけではなく、まるで内に何かを決意しているようなものだった。なんとなく、それを察したルークスとフォールハウトは千聖の言葉が続くのを待つ。
「どうするつもりだ?」
黙る二人とは逆に、確実に何か策があると踏んだ眠は続きを促すように声を掛けた。
「姫がそーゆーつもりなら──」
タンッと強めに、フォークをテーブルへと叩きつける。
そして千聖は3人の誰を見るわけでもなく、テーブルの角あたりを睨みつけて宣言した。
眉間にはしわが寄っているが、口元にはどこか不敵な笑みを浮かべている。
「こっちは『おれが将軍ってバレる前に運命の王子様だと思わせてやる大作戦』始動だ」
フォールハウトは思った。同レベルだ、と。
とはいえ負けず嫌いな男で助かったと胸をなでおろしていた。
これならこの婚約の話も、なんとかうまくいきそうである。
順調にいけばいい。いいのだが、それでもなぜか心のどこかでほんのひと欠片、本当にこれでいいのだろうかと思う自分がいるのも確かだ。
ここでは話題にすら上がっていない一人の少女の存在。
フォールハウトの中にいる彼女の存在が、どうしても“これでいい”とは言わせてくれないのだ。
***********
「あー、食った食った。こっちの飯も美味かったわ」
ごちそーさまーと店主に軽い挨拶をかわし、眠が店を後にする。
三人も、その後に続いて店を出た。
店から出た4人を照りつける日差しは攻撃的なまでに眩しい。
千聖は額に翳した手で影を作り、初めてこの地を訪れた時と同様に眉をしかめた。
「将軍たちはこれから帝国に戻るんすか? せっかく来たならゆっくりしていけばいーのに」
「ゆっくりしてぇんだけどなー、こいつが学校で補修になってんだ。明日からだっけー?」
会話しながら振り返ってこちらを見てくるルークスと眠の姿に、千聖は更に眉をしかめながら「なにが?」と不機嫌そうに聞き返す。その様子に、フォールハウトがいつものようにふふふ、と上品に笑った。
「将軍、少し、いいでしょうか」
笑った流れでそのまま、千聖だけに聞こえる音量でひっそりと声を掛ける。千聖はしかめっ面を引っ込めて、目線だけで隣のフォールハウトに「なに?」と聞き返えした。
身体の正面を千聖の方に向けるその動きに、千聖も向かい合うよう身体の向きを変える。
「貴方はこれでいいのですか」
「これって?」
「龍崇将軍、貴方とルナは、もはや恋仲といってもいい関係なのでは?」
聞き返した“これ”の答えにはなっていないが、続けられたその問いに千聖は視線をフォールハウトから逸らした。逸らされた側から見れば、その姿は回答に困っているように見える。
畳みかける──つもりはないが、フォールハウトは続けた。
「以前、デートとは何か、という話題になった時、明らかにルナの様子がおかしかった」
「あぁ……それはおれのせいだね」
「姫は、婚約に納得していない、今ならまだ間に合う。そうは思わないのですか?」
太陽の位置が変わらないこの世界では、空を見上げたところで時刻なんて分からない。
街を行きかう人々は、どこかに向かっているのか、それともどこかから帰る途中なのか。人々で溢れかえる城下町。フォールハウトの問いを機に、聞こえてくる喧騒が遠ざかっていく気がした。
「死神と交わることは、天使にとっては禁忌だ。ルナがそれを犯すと思う?」
「思いません」
千聖が感じてた感覚と同じものを、フォールハウトも味わっていた。
お互いの語る声はとても小さい。五月蠅くあるはずの周囲の声に、本来であればかき消されていたっておかしくない。それでもお互いの声だけが鮮明に聞こえていた。それくらいに、二人の意識は周りとは隔離されたところにあった。
「彼女の憧れは、恋愛感情じゃない。そこを履き違う程恥ずかしい男じゃないよ、おれは」
答える将軍の笑顔に、騎士は寂しさを感じた。
決して将軍がその笑顔に悲しみの色を滲ませていたわけではない。
この寂しさは、騎士が勝手に感じたものだ。
「それから、もうおれは君たちの将軍じゃない。そろそろ名前で呼んでよ」
勝手に感傷に浸りかけているフォールハウトに対し、千聖が切り出したのはまったく違う話題だった。むしろ直前に話していた内容よりもこちらの方が彼にとって大きな問題であるかのように。もしかしたらこれ以上この話題が続くのを避けるために、あえてこのタイミングでそんなことを言いだしたのかもしれない。
そこの真意はわからないがフォールハウトの意識をルナから逸らすには十分だった。
「ルークスにも言っておいて」
「ですが……」
千聖は何でもないことのように言い出しているが、いくら親しくなったといっても、フォールハウトにとって目の前の人物は他国の将軍であり、自分も彼にとっては他国の騎士だ。
お互いの立場が変わることはない。
わかりやすく困った顔をするフォールハウトに、千聖は一歩距離を縮める。
そして笑顔で、改めて右手を差し出した。
「だって、友達だろ」
差し出されたのは、握手を求める手。
久しぶりに聞く『友達』という言葉が、ふわりと心をかすめていった。
その響きは、どこかくすぐったい。
しばし考えてから、フォールハウトはその手を取った。
繋がる手と手を見つめて思い出す。
そういえば、かつて将軍からの握手を断ったことがあったと。
「そうですね、千聖」
フォールハウトは無邪気な笑顔を友達に向けた。
いつか無視した握手を、ここで。
二章 『平和へ』 完
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千聖は、ルナは、ユキは
この世界の何かを知っているのか?
『オレたちは、何のために戦ってる?』
もし、そこに答えがあったら──




