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52話 初対面:これってただのナンパですか

「……ヘーリオスを、ね。なるほど」


 玉座に腰かける王は、ふむ、と手を口元に宛てて考え込んだ。

 提案があると切り出してからずっと千聖(ちあき)を射抜いていた彼の視線は、足元へと落とされる。

 しばし考えてから、王はもう一度、千聖へと視線を向けた。


「理由を聞かせてくれないか」

「はい。この度頂いた婚約の話では、私が帝国を離れ王国に婿入りすることになると、そう伺っております。和平の象徴となるお話から、おそらく結婚も整い次第となることでしょう。お嬢様の夫となる身ですが私には現状、お嬢様が王位につかれるまでは、この王国おける地位は何もない……“龍崇(りゅうすい)家”の名もございますし、それでは帝国に対して示しが付きません」


 ここまでで何か異論はないか、と言いたげに一旦話を区切る千聖。

 王も、“龍崇家”についてはよく知っている。

 肩書が将軍だからというよりは、むしろその血筋で千聖を選んだといってもいい。

 そんでもって千聖の言い分はもっともだ。もちろん王国に呼んでおきながら彼の立場を蔑ろにするつもりはもとよりなかった。ただ、そこにヘーリオスの名が出てくることが意外だったのだ。


「ヘーリオス辺境伯の席はしばらく前に継承者がいないことから消滅しておりますね」

「ああ、その通りだ。でもなぜヘーリオスの領地に拘るんだい? なにかビジョンでも?」

「ビジョン、というよりは大変身勝手な話になりますが、私は王国に入ったからといってすぐに帝国の将軍を辞するつもりはございません。帝国軍の最高位である元帥の地位は現王がもっておりますが、実質の最高指揮官は私になります。お恥ずかしい話、王は軍を動かすための知識を持ち合わせておらず、他に任せられる者もおりません。ヘーリオスの地であれば、近隣に帝国のヘルミュンデ基地もございますので、帝国基地を見ながら天界の情勢も知ることができます」


 そういうことか、と理解した。

 辺境伯といえば他の伯爵よりも所有する土地は広く、与えらえる権限も大きい。

 今語られた理由の他にそのあたりの事情も隠されていそうだが、千聖の言いたいことには納得ができる。現状まだ敵国の将軍である者に辺境の地を託して良いものか悩みどころではあるが、数か月前のヘーリオス防衛に一役買ったのもまた彼なのだ。

 もとよりヘーリオス辺境伯の位を消滅させたままでいたのは、爵位を叙するに値する人物がいなかったのもあるが、現在そこまであの地を重要視していなかったのもある。

 長い歴史の中でしばらく攻め込まれたこともなく、あの日まではその地に常駐させている騎士たちですべては事足りていた。だがその油断があの惨状を生んだのだから、これを機に爵位を復活させるのも手かもしれない。

 目の前の青年ならばまだ若いが、任せて問題ないだろう。


「わかった。結婚と同時にヘーリオスの地を君に贈ろう。軍を持つのと領地を持つのは全く違う……それは承知のうえだね?」

「もちろんです。お任せください」


 千聖はもう一度跪き、一切の不安も抱かせないほどの自身ありげな笑顔でそう答えた。

 いつしかこの空間全体に張られていた緊張も、徐々に薄れていく。

 それを感じ取った王は椅子へと深く座り直し、穏やかな笑顔を千聖に向けた。

 王からの笑顔を受けて千聖はふぅっと息を吐き、首筋を掻きながら立ち上がる。

 改めて王と向かい合い姿勢を正すが、そこに、先ほどまでの緊張はきれいさっぱりなくなっていた。


「アスガルド王。お嬢様のことはこの命に代えても守ると誓います。これから先、 お嬢様の全てを愛すると誓います。その事を、どうかお伝え頂ければと」

「あぁ、伝えるよ。ありがとう」

「それから、お嬢様にお渡し頂きたいものが……」


 ポケットから小さな箱を取り出しながら、玉座へと近付き王の足元にそっと置く。

 叶うなら直接渡したかったところだが、この調子だといつ会えるのかもわからない。そう思って千聖は、先日選んだ姫への贈り物を、思い切ってお義父様へと託すことにした。


「千聖くん、これはもしかして」

「指輪です」

「用意してくれてたの!? あぁ、申し訳ない……せっかくだし、次の機会に直接渡してあげてくれないかな」


 いそいそと立ち上がり、箱を丁寧に拾い上げて返そうとする王に対して、千聖は一歩引いて将軍には似つかわしくないあどけない笑顔で笑った。


「次がいつになるかわかりません、それにこのまま持っていたら()()、なくしちゃいそうなので……それではまた」




 ***********



「貴方のそれってスマホだよね?」

「おぅ。知ってんの?」


 一国のお姫様とゆっくりツーショット撮る機会なんて一生にあるかないかだと、(みん)のテンションが上がりきっていた。この世界ではカメラか時計としてしか機能していないスマートフォンで写真を撮りながら話してるうちに、すっかり打ち解けてしまったが、思いの外お姫様が気さくでびっくりしている。


「私も持ってる! 普段魔界にいるのっ! ねぇ、連絡先教えてよ! あとでさっきの送って?」

「了解了解、あっち戻ったら送っとくわ」


 答えながらも頭の隅では、そういえば今頃お姫様はウチの将軍と会ってるはずなんじゃ……と思い始めた眠。呑気に連絡先なんて交換していて大丈夫なのだろうか。


「男の子と連絡先交換するなんて初めて! 女子校なんだ、だから出会いとかなくって……はぁ……」


 さっきまでの明るさから一転、急にその表情も声も暗くなるお姫様。

 わかりやすく意気消沈しながら、噴水の縁へと腰かけ項垂れた。

 聞かなくとも、眠には彼女を暗くさせる理由なんていうのは簡単に察しがつく。


「どうした?」


 それでもあえて何も知らないフリをして理由を聞いた。

 お姫様が話を聞いてほしいのだろうというのも、察しがついたからだ。


「なんかね、私結婚しなくちゃいけなくて……逃げてきちゃった」


 やっぱりそうか。


「ダメなことしてるってわかってはいるんだけどね、嫌なの」


 消え入りそうな声で、俯き、爪先をいじるお姫様。

 眠は静かに、彼女の隣に腰かける。

 政略結婚の話を聞いた時、眠は結婚させられる二人に対して、特に可哀想などという気持ちは抱かなかった。特にお姫様に関しては、産まれが王家なのだから至極当然のようにも思えたからだ。千聖についても、王の理想をかなえる為の政略結婚くらいなんて事ないだろうと思っていた。

 だけど、当たり前のように結婚を承諾した千聖の本音は違っていた。


 そして目の前の少女も。

 未知の相手、ましてや今まで敵だった男とこれから先の人生を共に歩む。それを周りの大人たちから強制されて、恐怖などないわけがない。

 今はそんなふうに、同情に近い感情に変わっていた。


 当人である二人の本心に触れ、戦争や政治の中に生きてはいるが、自分も含め本来は愛が何かもまだわからないような、ただの若者だ。


「貴方みたいに面白くて、カッコよくって、モフモフしてる人ならいいのになー」

「オレ……?」


 将軍とお姫様に思いを馳せていたところで、不意に、自分に向けられた言葉。

 それは思いもよらないものであった。

 何を言っているのかと理解しきれない眠は、隣に座るお姫様の顔を覗き込む。

 眠の動きに合わせて首からぶら下がる鎖が、ジャラジャラと音を立てた。

 お姫様は目の前で揺れるそれに手を伸ばし、鎖に触れて、ふと何かを思いついたような無邪気な笑顔をその顔に浮かべた。


「……ねぇ? 結婚式が、もしあったとしたらね、その結婚式ちょっと待ったー! って言って私のこと攫ってくれないかな?」


 戯れに放たれたその台詞、全く同じものを少し前に千聖から言われた記憶がある。

 でもその時と明らかに違う事が一つだけあった。


 隣に座る美しい姫を相手に、自分でもわかるほどこの胸が騒がしくなっている。


「……なーんてねッ! わたし戻るね。もう、間に合わないかもだけど」


 立ち上がり、踵を返して城内へと戻るその後ろ姿。

 ふわりと浮く銀髪から、翻るドレスのスカートから、階段を駆け上がる彼女のすべてから目が離せなくなっていた。


 つまりこれは、俗に言う──

 一目惚れ、というやつだ。



 ***********


 狼の男の子と別れ、結局ユキは王間に向かっていた。

 予定していた顔合わせの時間からは、すでに一時間程経過している。

 間に合うかどうかはわからない。別に間に合わなくたっていいと思っていた。

 ただ、まだいるならその顔くらい、見てあげたっていい。


 王間へと続く長い廊下に差し掛かったところで、廊下のずっと奥から、黒い格好をした誰かが歩いてくる。明らかにこの世界で見かける格好ではなく、雰囲気からしてどう考えても下界の方だ。

 ドレスの裾を上げて小走りに歩を進めていたユキは、一度足を止めてから、今度はゆっくりと歩き出す。


(……死神の方かな?)


 死神と呼ばれる種族とは一度も会った事がないが、何となくそんな気がする。

 羽根が生えていないから天使ではないし、耳や尻尾もないから獣人とも違う。

 相手も、こちらの存在に気が付いたのだろうか、歩みが遅くなったように感じる。

 段々と距離が縮まってきて、ユキとそんなに年齢の差もないような男の子であるとわかった。

 そしてその服装から、帝国軍の人であることも。

 遠くでも目があっているのはわかったが、その顔はなんだか少しだけ疲れているように見える。


(若そうだし、多分将軍様のお付きの方だよね……やっぱり大変なんだろうな。挨拶、した方がいいのかな? あ、でもさっきの狼さんみたいに向こうから挨拶してこなきゃ失礼だから、出方を見てればいいかな……)


 なんとなく、お互いに意識しているのが雰囲気からわかった。

 どんどんと縮まっていく距離に、なんとなく緊張も高まってくる。

 

 そしてついに2人は一瞬目を合わせて──そのまま何事もなくすれ違った。


(凄い、紅くて綺麗な瞳。えっ、ていうか……挨拶も何もなし?)


 自分でも思うくらいに、今の自分の格好は誰がどう見たってお姫様だというのに、まるで普通の通行人の様な扱いで、全くリアクションされる事なくすれ違った。いくら他国とはいえ流石にそれはマナーがなってないんじゃない、と思ったユキは、振り返ってその姿を確認する。そして思わず息をのんだ。

 相手もまた、立ち止まりこちらを見ていたから。


 お互いに相手の言葉を待つような沈黙が暫く続く。

 逸らすに逸らせない視線をどうしようかと思い始めたころで、青年が少し照れたように首筋を掻きながら距離を詰めてきた。

 挨拶をするでもなく、帝国軍の青年はポケットをごそごそと探り、紙切れとペンを取り出して、何やらメモを始める。

 そして手が届くほどの距離まで近づいて、名乗りもせずにいきなり紙切れを差し出してきた。

 ユキは反射的にそれを受け取ってしまう。


()()()()()()()()()()()()()。気が向いた時にでも連絡して、魔界にいるから」


 たったそれだけ言って、こちらの返事も聞かずに去っていった。

 見えなくなるまでその後ろ姿を見送ってから、渡された紙切れの内容を確認する。


「数字の意味って……これ()()()()()()()じゃない。……これってナンパ?」


 決して綺麗とは言えない数字が、そこには並んでいた。


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