49話 入国
王都アスガルド、南ゲートの受付前にて──
千聖は額の上に手を翳して影を作ると、雲ひとつない空に浮かぶ太陽を睨みつけた。
眩しい太陽に向かって伸びている白く高い塀は、アスガルド城とその城下町一帯をぐるりと囲んでいるらしく、この緑生い茂る森の中、何処までも続いているように見える。
城下町への入り口を守る門は開け放たれているものの、見張りの兵士が配置されており、城下町すら誰しもが入れるわけではない。
王都に入るには入国許可証の発行が必須で、この門の窓口で手続きが可能となっている。その場で申請ができ、すぐに発行してもらえるのはありがたいが、それにしても発行のために顔写真を撮られたり必要書類に何やら記載したりと手続き自体はとんでもなく面倒くさい。
千聖はその手続きにかなり手間取っていた。
担当してくれた天使のお姉さんから「これで手続きは完了です」と言われ、ようやく中に入れるのかと門の奥へ足を進めれば──
「あ! すみません、将軍様とはいえ部外者の方となりますので、こちらの入国許可証を首からおさげ下さい」
「……あ、はい」
慌てて追いかけてきたお姉さんが、入国許可証とやらを手渡してくれた。
受け取った許可証を大人しく首から下げる千聖のその表情は、不機嫌極まっている。
「全く……面倒くさい場所だな。部外者ってなに? 失礼なもんだよ……もしかして話通ってないのかな」
今度こそ城下町への一歩を踏み出せば、目に映るのは森と門ひとつ隔てただけとは思えない程に栄えた街並み。
「オレの時はこんな時間かからなかったけどな」
後ろから聞こえた声に振り返れば、いつの間にかちゃっかり作ったのか許可証をぶらさげて欠伸をしている眠がいる。なんか腹立つ。
「眠の時はルナがいたからだろ?」
「あぁ確かに……だから話が早かったのか」
「で、城は何処……? 王国つけば迎えがいると思ったんだけどもしかしてセルフ? お前らごときは勝手に来いって事か」
愚痴りながらとりあえず門からは遠ざかろうと、適当に歩きだした千聖。
まず手始めに、ぶち当たった大きな広場を右に曲がってみる。
全体的に白で統一された城下の街並みはとても綺麗だが、容赦なく照りつける太陽の光を反射しまくっていて眩しすぎる。目も開けていられないくらいだ。
さらに服装も白っぽい国民の皆様に対して、黒を基調とした服装の千聖達は図らずも帝国から来ましたとアピールしているようで、何より大変目立っていた。
通行人達の隠そうとしない好奇の目やシロい眼差しがとっても眩しい。
本当、目を開けていられないくらいだ。
「つーか城の場所ならオレ知ってるわ! ついて来いよ!」
他人の視線なんてさほど気にしていない彼は、立てた親指で自分の後ろの方角を差し示しながら、ニカッと笑う。その顔はドヤ顔ってやつだ。
「ぁ、ちなみにちょっと遠いから飲みもん買うならここから少し行ったところに店があるからそこで」
「常連かよ」
陽射しと視線とこの王国のお役所仕事ぶりにすっかり機嫌の悪い千聖は、眠を置いて、親指で示された方向へ1人で歩き出す。
「おい! 何処行くつもりだよ」
「……は?」
「そっちじゃねぇぞ」
「……じゃあ何でこっち指した」
「よくアニメとかで“ついて来いよ”って言った時こーやって自分の奥側指すだろ。あの原理だよ」
「は、どの原理? アニメのそのキャラも自分の奥側にあるから指してるだけだろ」
「眠さん、千聖くん! こんにちは!」
睨み合い、少し不穏な空気になってきたところで、千聖にとっては久々に聞く声が後ろから聞こえてきた。声だけで誰が現れたのかすぐにわかるが、眠の視線が自分から自分の背後へと移動するその様子を見てから千聖も振り返る。その過程の中で、眉間にシワを寄せた渋い表情が自動的に笑顔へと切り替わっていった。
「ルナ!」
「門の所まで迎えに行こうと思ってたんですが、ごめんなさい、事務仕事が長引いちゃって」
視線が絡めば、天使の少女はすぐににっこりと人懐こい笑顔を向けてくれる。が、すぐに困ったような、それでいて少し不思議そうな顔で千聖と眠を覗き込むように首を傾げた。本当にどんな仕草をとっても最高にかわいい。
「あれ……なんかお二人とも不穏な感じが……」
真っ青な昼の空に、真っ白な城下町。それらを背景にした今のルナは帝国で見るよりもキラキラと輝いて見えた。やっぱり天使である彼女にはこの光の世界がよく似合っている。
「いやいやそんな事ねぇよ。オレらオールウェイズで親友だから不穏な事なんてあるワケねぇよ。なぁ?」
ぼけーとルナを眺めていた千聖は、眠にさり気なく肘で押され我に還る。
「そうそう勿論あるわけない! さぁルナ案内を頼む!」
「あ、はい! あちらに馬車を用意しています!」
とんでもなく輝かしい笑顔で、こちらです!! と言いながら、天使と同じく真っ白な羽根の生えた馬の元へと走っていくルナは何処となく生き生きとしていた。そんな彼女を2人は笑顔で追いかける。
“眠、何でルナ来たらちょっといい声にしてんだよ”
“お前こそ急に爽やかスマイルじゃねぇか……ま、タッパ足りねぇ時点でオレの勝ちだぜ?”
そう、さわやかな笑顔の水面下で、バトルは続いているのだ。
「ッ! こんのっ……」
一番触れられたくない部分に容赦なく踏み込まれて千聖は、眠に掴み掛かる。
「イケメン部門優勝はオレだな。ま、お前は残念ながら……イケメンかどうかといわれればどちらかといえばカワイイ部門で入賞って感じかな。小せぇから」
「小さくない! お前と比べたらってハナシだろ!? しかも入賞なのかよ優勝にしろよ」
「ハイハイカワイイカワイイ」
眠がにやーっと笑いながら、悔しさを隠しきれてない千聖の頬をつまんで伸ばしてやれば、何やらもごもご言ってくる。もちろん何て言ってるかなんてわからないが、とりあえず文句を言ってるだろうことは察しがついた。
「お二人とも何してるんですか……行きますよ!」
遠くから少しだけ呆れているようなルナの声が聞こえて、眠は手をパッと離し、千聖を置いてさっさと声のした方向へと足を進める。
残された千聖は依然むっとしていたが、その口元は少しだけにやけていた。
しかし、いよいよこれから婚約者との顔合わせなのだと思い出し、頬をバチンと両手で叩く。
大丈夫だ。
がっかりされるほど身長がないわけではない。
残念と思われる顔もしてないはずだ。
おれはイケる。と緊張している自らを鼓舞しながら、二人の後を追いかけた。




