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39話 同情はどんな武器よりも

 

 同情はどんな武器より強い。


 どちらかをつかんだその時に

 もう片方は捨てている。


 それを忘れるなよ。


 あの戦場から帰った時、

 王から言われた言葉だ。




「――で、今回の戦い、最終目的は現在騎士団が統治する元帝国領……ヘルミュンデ地方の奪還。そうだな龍崇(りゅうすい)? 」

「はい。指揮はおれがとります」

「編成は? 」

「一班5人の構成で70班。10班で1部隊とし、7部隊350名。既にヘルミュンデ地方に1部隊配備し偵察させてますが、情報によるとここ数日、騎士団はヘルミュンデ地方に大量の物資を運び込んでいるようです。おそらくヘルミュンデ地方を拠点に帝国領へ進軍しさらなる領土拡大を目論んでいるのではないかと……またヘルミュンデでの指揮は現在、騎士団長であるレグルスがとっているみたいです。まともにぶつかれば、今回の戦は歴史に残る規模になることが考えられます」


 正午、ヘルヘイム帝国の城にある大会議室では、国の要人達を集めて次の戦に向けた作戦会議が行われていた。


「作戦はヘルミュンデを挟んで北に3部隊、南に3部隊を配備。北の部隊は既に配備している偵察の部隊と合流後、まず南側の部隊が奇襲を掛けます。北上する形で騎士団を北側に追い込んだところで、待機していた4部隊と挟み討ちにする流れですが、最優先事項は敵将を討つ事、最終目的はヘルミュンデ地方の奪還。敵兵の深追いはせず、殲滅は目標にしません」

「わかった。下がっていいぞ」


 下がっていいとの合図を受けて、千聖(ちあき)はいそいで会議室を後にした。。

 執務室に向け、無駄に長たらしい廊下を急ぎ足で進んでいく。

 この後は執務室に戻って書類の処理をしなければならない……これから二時間以内にすべての仕事を終わらせて、城を出たいのだけど間に合うだろうか。なんて自分で決めたタイムスケジュール通り動けるかをひたすら計算していれば──


「うっ……わ!」


 千聖の背後を、突如衝撃が襲う。

 斜め上から、そこそこ重量のある何かが押しつぶすように降ってきた。


 一時は踏ん張るものの、予期せぬ襲撃に結局は耐えきる事が出来ず、直ぐに視界はピカピカに磨かれた床で覆われるハメになる。

 この感覚は、確実に誰かが背中の上に座っている。

 そしてこんなことする奴は一人しかいない。そう分析して千聖は、盛大にため息をついた。


天離(あまり)……どいて」

「へっへー! 将軍、討ち取ったりー! 」


 はしゃぐその甲高い声は、このだだっ広い廊下に響き、近くを通りかかったのか様子を見に来た城の者には笑われた。


「天離ー……」

「ごめんごめん! でもホント、将軍就任二周年おめでとう、まぁぁ天離にとっては最初からにいちゃんが将軍でしたけどー!」

「はいはい、ありがと。っていうか15時着って言ってなかった? 迎えに行こうと思ってたのにな」

「天離は機敏だから直ぐ着いちゃうんだよー、そんな事よりただいま!」


軽快な笑い声や満面の笑みにつられて、自然とこちらの表情も緩む。


「うん、おかえり」


 天離は優秀な帝国の兵士だ。

 入隊してすぐに千聖が兵士として面倒を見てきたのもあるが、元々の素質もいいものを持っていた。

 ここ一年の間は、地方の拠点に配属されており、そこで指揮をとるなど活躍も目覚しい。

 本人はどんどん戦果をあげて出世したいそうだが、今期からは城に戻り、作戦課への配属が決まっていた。

 彼女を戦場には出したくないと願っていた千聖からしてみれば良い話だ。

 戦場なんて危ないし、ケガしたら困るし、それに……


「あ! にーちゃんが魔界から送ってくれた義手ね、ちょーぴったりで自然に動くの!」

「あぁ、本当だね。魔界の技術は物凄く発展してるからなー」


 彼女の鋼色の右手を眺めながら、会話の流れで続けて思わず『破産しかけたけど』と言いそうになるのを何とか堪える。


「へへ、大切にするね!」


 にっかりと幸せそうに笑う天離。

 確かに、新調した彼女の右の義手、素人からみても悪くなさそう。

 形も綺麗。かなり高額であったが、そこは値段のだけあるようだ。

 幸せそうな天離の顔が見れたんだから、破産したっていいかと思えるからちょっと怖い。


「ね、ね、来週大きな戦いがあるんだよね? 天離も参加させて貰えないかな」

「ん!?」


 さりげなく、こちらの様子をうかがうように切り出してきたこの話題。

 天離には話してないはずだ……だが、心当たりがなくはない。


「まさか霊夢か…!? またあいつ喋ったのか! ほんっとにもう……」

「へへぇ〜……バレちゃったかー、後で霊夢たんには謝らなきゃ」


 霊夢れむと天離は歳も近くて仲がいい。

 そのせいかこの二人の間で情報交換が頻繁にされているらしく、機密事項もくそもない。


「天離も参加したい!!」

 絶対言うと思った。


「絶対ダメ」

「天離も軍人だし 」

「いやでも危ないからダメ」

「作戦課行ったらあんまし戦えなくなっちゃうし……」

「それでいい!」


 目も合わさずに却下し続ければ、そのうちその場で地団駄踏んで、大変わかりやすくむくれはじめる。いつもこうなるんだよな、なんて思いながら、千聖は横目で彼女の様子をうかがう。


「ダメだからな」


 両手で握った拳。悔しそうに足元を見つめる瞳。


「まだにいちゃんと一緒に戦ったことないから……ちゃんとにいちゃんの命令には従うから……」

「……はぁ」


 天離の性格上こうなると絶対に引かないだろう。

 天離を危険な戦場には連れて行きたくない。

 だけど……確かに、今まで一緒に戦ったことはない。


 命令には従う、か。

 近くにおけば危険は少ないかも。

 最悪ヤバそうになったらおれが……

 そんな風に考えながら千聖は、天離から自らのつま先へと視線を移す。


 そしてしばし考えたのち、結局、折れたのだった。


「わかった。その代わりおれの指示には絶対に従うこと」

「やった! にぃちゃんの言うことは死守する!」




 数日後。本意ではなかったが、天離を加えて作戦は決行となった。

 帝国の動きに勘付いた騎士団側も相当な規模で展開しており、南側の旅団が北上するという作戦もなかなか思う様に進んでいない。

 千聖と天離は、最終的に追い詰められアスガルドに撤退するであろう騎士団の主将を迎え撃つために北側の旅団にいた。

 広い荒野で横一列になり、騎士団が現れるのを待ち構える。


 騎士団長――レグルス。

 何度か相見えたことはあったが、決着はついていないまま。

 レグルスは大柄の男で、愛用はフランベルジュと言う波型の美しい大剣。

 炎系統の魔法を得意としておりその大剣に炎を纏わせて戦うスタイルだった。

 魔法の系統だけで言えば、こちらに分があるのだが……それだけでは確実な勝機はまだ見えない。

 魔法が得意な天使たちは、だいたい自分の武器にあらゆる魔法を纏わせてくる。

 それこそ炎や、雷、風など様々だ。

 大多数の死神にはそんな事をする能力がなく、武器は圧倒的に天使を上回る機動力や動体視力。

 それから、生まれ持った好戦的な本能。

 並んでいる戦士たちの表情を確認すれば、皆うずうずしている。

 空気に、禍々しい程の狂気が(にじ)んでいる。

 知性や理性はあれど、天使とは決定的に違う本能。


「にいちゃん」


 隣にいる天離がしゃがみ込み、地面に耳をつけた。

 そして地平線を見据えた時、すぐ後ろに獣の気配を感じる。

 ぐるると唸る声が聞こえるが、ただ一人、千聖の耳には確かに、人の言葉として意味を含んでいる声に聞こえた。


“来ルゾ”

「眠、有難う」


「……全軍、迎え討て!」


 荒野に、雄叫びが響いた。


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