38話 あの日、生き残った少女
千聖がまだ将軍になる前。
その日、帝国軍が計画した革命軍殲滅作戦にて、千聖はある一つの部隊の指揮を任されていた。今回任されていたのは、革命軍の隠れ家的拠点があるとされる地域で、上からの命令は発見次第即攻撃、革命軍の生存者は残すなとするものだ。
とはいえ普段は魔界で生活している為、千聖自身こうして作戦に参加する事は稀だった。
作戦が始まってから少しもしないうちに、帝国軍の見立て通りその地区からは革命軍の拠点が見つかり、即刻戦いは始まる。
どうやらここの拠点には、革命軍の兵士だけではなく、その家族も暮らしているようだった。
敵を切り裂けば、仇とばかりにその家族と見られる者が果敢にも斬りかかってくる。その光景があちこちで繰り広げられていた。
兵士でなければ殺す意味はない、武器を手にしなければ殺しはしないのに残念だな。と、千聖はただそれだけの感情で、不慣れな様子で武器を構える目の前の影を切り捨てた。
そうして半日も経たずして制圧。
敵は予定通りに殲滅されていた。
軍の三分の二はそのまま帰らせて、千聖は残りの者と共に戦場の清掃にあたる。
あたりに散らばるのは動かぬ革命軍の兵士達。時々帝国軍と思われる死体もあったが、それらを全て一箇所に集める作業の途中、誰かが集めたのか、全く関係の無いところに革命軍の死体が変に集まっている一帯を見つけた。
「……あぁ」
──木の葉を隠すなら森の中。
とは、また少し違うが。
どれだけ息を潜めたって、呼吸をすればかすかに山が動く。
温度のない山に紛れても、生きている動物から発散される熱エネルギーまで下げることはできない。
小さな息遣いや微かな温度は誤魔化せない。
千聖は特に警戒などせず、その死体の山に近付いた。
身の隠し方としては間違ってない。
ただ相手が殺し合い直後の、感覚が研ぎ澄まされている兵士であるならこれは通用しない。
さらに一歩踏み込んだ時、唐突に山を築いていた死体が吹き飛んだ。
「うわあぁぁぁッッ!!!!」
叫びながら、槍を手に中から飛び出してきたのは幼い少女だった。
もちろん、何者かがこの山に身を隠しているのは察していた。近づけは、こうなることも分かっていた。
しかし予想していなかったその幼さに、動く事を忘れてしまった千聖は彼女の槍に頬を裂かれる痛みで我にかえる。
半ば反射的に、少女の右腕ごと、彼女の握る得物を遠くに斬り飛ばした。
空すらも切り裂くほどの悲鳴が響く。
腕を亡くした少女は衝撃に耐えきれずに尻餅をつき、その身体はガタガタと震えていた。
それでも涙でぐちゃぐちゃなその顔つきは、精悍なものだった。
闘志は消えてないその目に、鳥肌が立つ。
髪は乱れて絡んでボサボサ。
服もボロボロで血や泥で汚れきっている。
なのに、その瞳の光だけは失われていない。
初めて思った。
理由なんてわからない、でも、この子は殺したくない。
「生き残りたいなら、もう武器を持つな」
諭した言葉も届きはせずに、少女は残った左腕にもう一度武器を生み出して、覚束ない足で斬りかかる。
千聖はその場を動かなかった。
闘志はあっても殺意が足りない。
彼女は対峙している相手との力の差を知っている。
彼女の持つ刃は千聖を傷付ける事は出来ないと、それを彼女自身でわかっている。
案の定刃は届くことなく、少女は千聖の足元で崩れ落ちる。
「もう、みんな死んじゃったよ」
俯きながら、少女は誰にも聞こえないような声で呟いた。
「弱いから、助けられなかった……」
まるで縋るように地面の砂を鷲掴みにして、涙を零していた。
「みんなと一緒に、私も殺してください……」
千聖は、その全てをただ聞いていた。




