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36話 目指す世界


 およそ1時間後、適当に選んで入ったレストランの奥に設置されている四人がけのテーブルには、様々な料理を乗せた皿が所狭しと並べられていた。

 既に朝食を済ませていたルナが注文したのはデザート一品のみ、ルナの横に座る将軍が注文した朝食セットは一つのプレートに納まっているため、並べられた料理の殆どは二人の向かいにいる(みん)が頼んだものだ。

 帝国に到着した日に初めて3人で食事をした時も同じだったが、毎回毎回こんなに食べるのだろうか。


「毎回……こんなに食べてるんですか?」


 ルナの質問に対し、問われた本人は必死に応えようとするが、口一杯に食べ物を詰め込んでいるせいでどんな言葉にもならない。


「毎回こんなもんだよ」


 その様子を見かねた将軍が代わりに答え、ようやく口の中のものを飲み込んだ眠が、それにかぶせて「すんげー腹減るんだよ」と付け足す。そして一度食事の手を止め、ふむと難しい顔をしながら考え込むそぶりを見せて、もう一言付け足した。


「飯食ってたら気が付けば給料無くなってるしな」


その発言に、将軍はさほど気にした様子もなくサラダを口に運びながら、しかし眠の言葉に反論する。


「それだと飯代くらいの給料しか渡してないみたくなるからやめて」


 目の前で繰り広げられるなんでもない日常会話の節々に、彼らの親密さがうかがえるような気がして、ルナは思わず小さく笑った。


「本当にお二人は仲が良いですね」

「ずっと一緒だからな、なんか他人って感じじゃあねーなぁ」

「幼馴染とかなんでしょうか?」

「小せぇ頃からお互いに存在は知ってたけどな、知り合ったのはそんな昔じゃねぇよ」


 今度はちゃんと頬張る量を喋れる程度にセーブしながら、興味津々で次々に飛んでくるルナの質問に答える。


「じゃあ、龍崇(りゅうすい)将軍と眠さんは……」

「名前、千聖(ちあき)でいいだろ」

「え! いやいや、一国の将軍に対してボクのような他国の一兵が……」

「ルナ帝国の奴じゃねーし関係ねーって、なぁ千聖?」


 先程から二人のやりとりを聴きながらも、参加はせずマイペースに食事を摂っていた当の本人も、うんうんと頷いた。


「で、でも……」


 さらにうんうんと首を縦に振りながら、水の入ったコップに手を伸ばし、一口飲んで将軍は──


「おれも “ルナ” って呼ぶよ。だからよろしく」


 そんなふうに言われてルナは(うつむ)いた。

 なんだか畏れ多いというか、自分よりも明らかに上の立場である存在とこんなに親しくなってしまっていいのだろうか、などという疑問がいくつも湧きおこってくる。


「で? 何て言いかけたんだ?」

「あ……えっと、お二人ってどうして現在のような関係になったのですか?」


 話を逸らした張本人である眠に話を戻され、ルナは先程中途半端に終わっていた質問を続ける。

 これまで色々な主従関係を見てきたが、こんなに友人として仲のいい主従関係というのは見たことがなかった。だから、二人の関係の始まりを知りたいと思ったのだ。

 友情が先ならどんな理由があって主従の関係になる必要があったのか、逆に主従が先ならどうやって親友のような関係を築けたのか、ただ何となく知りたかった。


 聞かれて、ほんの少しだけ考えた二人は、同時に口を開く。


「従者になって、っておれが頼んだから」

「主人になれ、ってオレが頼んだからだ」


 同時に全く異なった答えを出す二人に驚いたルナは、二人の顔を交互に見やる。

 しかし二人はルナ以上に驚いたらしく、何も言わずにお互いの顔を見つめていた。


「これじゃ分かんないね」


 千聖が困ったように笑いながら、眠が頼んでいた料理の皿に手を伸ばす。

 頼んだセットメニューを全て消化したわけではないが、味を変えたいと思ったのか、眠の皿から取った肉料理を自分の皿に移した。


「オレらは相手が持ってて自分にないものが欲しかった」


 眠は自分の皿から料理を取っていく千聖の様子を見つめたまま話を続け、ルナもまた、そんな千聖の姿を眺めながら話を聞いていた。


「昔の話だが、オレら狼は死神と一対一の契約を交わしてた。

 血の契約っつって──」


 少し自慢げに揚々と語り始めた眠だったが、そこで突然、話をやめる。

 不思議に思った千聖とルナは眠の顔に目を向け、そのまま眠の視線の先を辿る。

視線の先にあったのはこのレストランの入り口。

丁度今、そこから入ってきたと思われる二人の客に向いていた。

 足元まで隠れるような長いローブを身に纏った二人組は、フードを目深に被り顔をしっかりと隠しているため、どんな人相なのか見当がつかない。


「はっ怪しいぜ」


 吐き棄てるように笑って、眠は体の向きをテーブルからその二人の方向へと変えて座り直した。千聖はそんな怪しげな二人を観察しつつ、あまり気にした様子もなくもう一口、肉を口に運ぶ。


 体の輪郭からそんなに大柄ではないフードの二人組は、まっすぐこちらのテーブルへと向かってきた。その迷いのなさからうかがえるのは、彼らがこの店を訪れた目的は眠や千聖と接触するためであり、決して腹を満たすためなんかではない、ということだ。


 すぐにそれを察知した眠は、ガタガタと音を立てながら立ち上がり、何か声をかけるわけでもなく、向かってくる二人を見据えた。ただ“見ているだけ”にもかかわらずその威圧感の半端なさに、ルナは自分に向けられたものではないと理解しつつも息が詰まるような感覚にとらわれる。


 誰も、何も言葉を発しないまま、眠の放つ空気だけでレストラン内が静まり返り、意図せず二人の来店を他の利用客にも知らせる形となった。周囲の視線など気にしない様子で、さも当たり前のようにこちらのテーブルの前で足を止めた二人の不審人物に、ルナも身構える。


「ルナ、こーゆーのは眠に任せとけば大丈夫だから」


 相変わらず料理を口に運ぶ千聖に悟され、それでも不審人物から視線は逸らさずに、ルナは身体に入りすぎた力を少し抜く。

 

「何の用だ」


 先に声を掛けたのは眠の方だ。

 先程まで食事を共にしていた者と、同一人物とは思えないほどに冷たく言い放つ。


「将軍に用事があります」

「だろうな」


 不審人物の声を聞いて、まるで心当たりでもあるかのように、一瞬千聖の手が止まったのをルナは見逃さなかった。


「その用事がなんだって聞いてんだよ」

「単刀直入に申し上げます。僕らを帝国軍に入れてくれませんか」


 淡々と発せられたその言葉に、千聖の様子を見ていたルナの視線も不審人物へと戻る。

 千聖も、顔を上げた。


「……お前、ヘーリオス戦でいた奴だな」


 匂いで覚えてんだよ、と言って眠はついに顔も見えない目の前の人物を睨みつける。この前のヘーリオス戦にいた、ということは帝国軍の敵対組織に属していた者という事になる。つまり組織を裏切って帝国側に付くという交渉がしたいらしい、とルナは読み取った。


「その通りです、僕は──」

「わかった! 話聞くから場所変えない?」


 いきなり、さっきまで我関せずとばかりに食事していた急に千聖が席を立つ。

 “僕は”の続きを遮ったのはどう考えても明らかだった。

 眠は一瞬何か言いたそうな顔をしたが直ぐにその表情を引っ込め、千聖の邪魔にならない位置に移動する。


「ここ、眠持ちで良いんだよね」

「おぅ。今朝の借りがあるしお前らの分なんて大した額じゃねぇから」

「じゃあご馳走様。ルナも、ゆっくり食べてて良いから」

「……は、はい」


 立ち上がってからサクサク眠とルナを置いていく方向で話を進め、不審な二人を連れてあっという間にレストランから出て行った。

 まるで、二人には関わらせないとでも言いたげに。

 勢いと流れにのまれて結局何も言えず、この場に取り残されてしまった眠は、どうにも腑に落ちて無さそうだ。


「行ってしまいましたね……」

「だな……取り敢えず続き食うか」


 難しい顔で何かを考えながら、一番近くに置かれている皿に手をつける眠。


「先程お話されていた方、ヘーリオス戦の時に……?」

「ん……記憶にある匂いだからな。手前にいた奴は革命軍の奴だと思う。それと──」


 言いかけて、ルナの顔をじっと見る。

 見るが、何も言わない。

 あまりにも意味ありげなその視線に、ルナは分かりやすく首を傾げてみせる。


「きっとあいつはなんか知ってるんだろーな。オレらに言わねぇって事は今はまだ知る必要がねーんだろ……て思ってオレは真剣に頼みすぎた飯を消化するわ」


 そうして眠は、イマイチ消化不良な表情で並べられた料理達を消化していった。


******************


「あっ、あれ!」


 レストランを出た先の広場で、ルナが眠の服を引っ張り噴水のあたりを指差す。

 指先を辿れば、そこには夜光石でライトアップされた噴水の縁に腰を下ろし、変わらぬ暗い空を見上げる千聖の姿があった。

 千聖がフードの二人組を連れ出してから、もう結構な時間が経過している。

 ルナも眠も、千聖がレストランに戻ると思ってゆっくり待っていたが、一向に姿を現さないため先に城に戻ったものと思い、丁度店から出たところだった。

 直ぐに発見出来たのは嬉しいが、空を見つめるその姿になんとなく眠は、声を掛けるのを躊躇う。

 が、ルナはそんな眠を追い越して千聖の元へと向かった為、少し遅れて後に続いた。


「ち、千聖くん……?」


 初めての名前呼びに少しどもりながらも声を掛ければ、気付いて我に返った千聖はにっこりと微笑む。

 そして直ぐにルナの後ろに眠の姿を見つけ、右手を上げて軽い挨拶をした。


「さっきはごめんね」

「いえ、お気になさらず……やっぱり大変なんですね、食事の時まで……」

「流石にあんな事初めてだよ。眠は? あの飯完食できたわけ?」

「余裕だな」


 千聖の前に立って、後ろ手を組みながら心配そうに顔を覗き込むルナと、眠もその横に並んでへっと自慢げに鼻の下を掻く。

 そんな暢気な振る舞いを見せながらも眠は、街行く人々の楽しげな声に包まれる広場の真ん中、腰掛ける少年の表情が依然として曇っていることには気付いていた。


「で、さっきの奴らとはどうなった?」


 今度は頭の後ろで手を組んで、あえて何でもないことのように聞く。

 彼をこんな表情にしている根源など一つしかない。


「2人とも帝国に入れる、で終わったよ」

「ええぇぇ! 本当ですか!?」


 少しだけ苦い顔して告げられた答えに、ルナが大袈裟に反応した。


「眠さんから聞きました、あの2人革命軍の方達だって……」

「ん……革命軍というか、そうだね。敵対してた人たちだ」

「利点は? あるから入れたんだろ?」


 良くも悪くも興奮するルナとは対照的に、眠は冷静さを保ったまま、気怠げに問う。


「ある、かなぁ……」


 視線は眠ではなくルナに向け、やっぱり疲れたような顔でため息を混ぜてボヤいた。それが自信なくとも言い切っているのか、ただの疑問系なのか、眠にはわからない。


 でもただ一つ、確かにわかる事があった

 あのフードのうちの1人は革命軍で間違いないが、もう1人は──


「さてとー、今日はどこに行きます?」


 表情とは似合わず軽い動きで立ち上がった千聖は、尻に敷いて座っていたためにできたマントのシワを伸ばしながら、微妙に重くなった空気を払拭するかのように明るめの声で切り出した。


「昨日は街の散策だったから、今日は遺跡にでも行こうか」

「遺跡……! 歴史的なものはとても興味があります、是非!」

「よし、それじゃあ眠ー! 案内頼むよ! おれイマイチ場所覚えてなくて」


 名前を呼ばれて、目の前の風景全体をぼんやりと捉えていた眠の視線は、伸びをしながら提案する千聖と、その提案に賛成し期待を募らせるルナに向けられる。

 こちらを見ている2人により近付こうと一歩踏み出せば、自然と眠の表情は笑顔へと変わっていった。


 「しょーがねーなお前は本当」


 微かな疑問を飲み込む代わりに、千聖への愚痴を零し、眠は2人を追い越す。


 ルナは、追い越してきた眠の背中と、自分の隣を歩む千聖の姿をまじまじと見つめた。

 この仕事を終えればまた、王国の騎士として、天使としての生活に戻るのだろう。わかってはいるが、それでもせっかく友人として知り合えた2人とこれで終わってしまうのかもと思うと寂しく感じていた。


「和平が叶えば、仕事という理由を無くしても、お二人と過ごす事が許されるようになるのでしょうか」


 この2人といると胸の奥がざわざわと騒いで、自分の中で大きく何かが変わりそうな、そんな気がするから。


「これから先も、お二人と友達でいたいです」


 思わずこぼれ落ちた本心に、振り返った眠に笑顔を向けられる。


「そのための和平協定だろ?」

「そーゆー世界を、目指せたらいいね」


「はい!」


 叶うならこの2人と共に自分も、この世界を変えていけたらと思う。



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