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34話 帝都での再会


 王都を出発し数日──ルナは一人、死神の帝都ヘルヘイムにいた。

 王間へと続く扉の前で、謁見(えっけん)の許可が下りるのを待っている間、数え切れないほど深呼吸を繰り返す。

 死神王がどんな方なのか、全く知らない。

 あの後調べる間もなく王都を出発し、5日程かけてここまで来た。

 流石に緊張するし、最悪殺されるかもしれない。

 数分先の良からぬ未来を妄想しながら、もう一度深く息を吸い込んだ時、すぐそばで大きく物々しい音が響いた。


 思わずびくりと肩が上がる。

 顔を上げてみれば目の前の巨大なドアが開かれており、先程許可をお願いした兵士が顔を覗かせていた。


「謁見の許可が降りた」


 ぶっきらぼうにそれだけ伝えられ、ルナはおずおずと中へと歩を進める。

 足が震えてるのは気のせいに違いない。

 決して怖いからとかそんなのではなく、むしろ建物が揺れているんだ。

 きっとここは地盤が悪いのだろう。

 

 「久しぶりだなルナ!」

 「うっ……!」

 

 足元ばかり見つめて歩いていたせいか、目の前に人が現れたのには気が付かなかった。

 またしても飛び上がりそうになる身体を何とか抑えて視線を上げるが、目の前にいる人物に思わず顔が綻ぶ。


(みん)さん!」

「よぅ」


 将軍の狗と言われる従者。

 ニカッと笑う顔を見上げて改めて、背の高さを実感する。

 男らしい体格に精悍な顔立ちをしているクセに、耳はふわふわの狼のそれ、ご丁寧にふかふかの尻尾まで付いているせいで何だか可愛らしいと思ってしまう。

 以前送ってもらった際に、何度か耳や尻尾を触らせてもらったのだが毛並みが大変良かったのを覚えている。

 今、そのふかふかの尻尾はゆらゆらと左右に揺れているから、機嫌が良いのだろうか。


 「恐夜(きょうや)に用があんだろ? 来いよ!」


 恐夜というのは、この帝国の王の名だ。

 まさかの呼び捨てに驚きながらも、眠の後に続く。

 ご機嫌に揺れる尻尾のおかげで緊張はだいぶ解けた。



「お前がルナか。龍崇(りゅうすい)から話は聞いている。その節は世話になったな」


 帝国の王間は天界の王国とは間逆の、黒を基調とした空間だった。

 その奥に築かれた50段ほどある階段の一番上に堂々と備え付けられた玉座。

 そこに、帝国の王である赤髪の死神が腰掛けていた。

 長めの髪は後ろで雑に束ねられており、片目は眼帯で隠されている。

 歳は天界の王と比べると幾分も若く、格好も此方の王と比べるとラフではあるものの王としての威厳は(おそ)れるものがある程だ。

 そして今は、ルナから受け取った手紙の封を開け、本文に視線を滑らせている。

 王の隣にはもう一度会いたいと願っていた将軍もいる。

 王に手紙を渡すまで一言二言交わしたが、緊張がぶり返してしまい会話の内容はあまりよく覚えてない。手紙の内容も内容なだけに、一体なんと言われるのかと考えれば、なかなか気持ちが落ち着かず、ルナの姿勢はずっと正されたままだ。


“一人で来たの?”

 ふと、頭に誰かの声が響く。

 この感覚は俗に言うテレパシーという、個人の脳内にメッセージを送る魔法の一種。

 まさか、と思って将軍を見やれば、どこか嬉しそうな顔をした彼に、にっこりと会釈される。

“魔法が使えるのですか?”

 ルナも、将軍に意識を集中させてメッセージを送る。

“多少はね。使えるよ”


 正直言って驚いた。

 死神に魔法を使う文化はない。というより、死神の魔力は純度が低く、魔法を使うには向いていない為、上手く使えないらしい。そのせいか魔法の知識は身に付けないのだとか。

 テレパシーは魔法の中でも、扱いが難しい高度な魔法とされている。


“ご飯まだ? まだならおれが出すからこの後どっか食べに行こうよ”


 想像しなかった誘いにびっくりして目を見開けば、へへっと無邪気に笑いかけてくる将軍。

 一気にルナの体温が上がった。

 男性から直接食事に誘われるなんて、人生でこれが初めてだ。

 これは、つまり……とそんな事を考え始めたところでルナはぶんぶんと頭を振った。

 確かに遊びにおいでと言われていはいたが、今回のこれは遊びなんかじゃない。

 王直々の御使いで来ているのだ。

 そもそも、このタイミングで魔法を駆使し、王に隠れて食事の誘いをするなんてとんでもない男だ。

 能力の無駄遣いだし、はしたないし……だけど、嫌いじゃない。

 楽しそうにしている彼を見ると何だか(ほだ)されて、ちょっとくらいならいいかな、なんて思えてくる。


「成程……」


 一通り目を通したらしい王が口を開いたのをきっかけに、二人は姿勢を正す。

 そして将軍──龍崇(りゅうすい)千聖(ちあき)は、恐夜の言葉を待った。


「龍崇を天界にくれということか」

「え、おれ?」

「これから共に和平の道を歩もうという申し出だ。その前にまず目に見える形で──」

「おれを処刑に掛けると!?」

「いや違う」


 冗談なのか真剣なのかわからない将軍の質問に、ただ冷めた表情で真面目に答えた王は、軽く咳を一つして


「龍崇、彼女はいるか?」

 

唐突にそう聞いた。


「いません! 結構前に別れ 」「好きな女は?」

「ちょっと気になっ」「その女とはいい感じなのか?」

「いえ全くそん 」「そうか……」

 

 将軍の回答は、余りにも潔い。

 すべて王の追撃によって遮られている点が気になりつつも、果たして自分はこのままこの場にいていいのかと感じ始めるルナ。

 てっきり手紙を渡してそれで終わり。後日答えを出した帝国側の使者が、文書をもって王国に訪れる流れになるのだと、勝手に想像していた。

 まさかこの場で議論を始めるなんて。


「分かった、ならば結婚しろ」

「はっ!」


 将軍は敬礼した。

 あまりにもあっさりと決まった話に、ルナは唖然とする。

 確かにアスガルドの王は“柔軟に動ける政権”と言っていたが、まさかここまで柔軟とは。

 柔軟というよりこれは、ノリで決めてるといっても過言ではなさそうだ。

 ここまでくるのにしてきた相当な覚悟たちが全て杞憂だったとわかった瞬間、どんどん力が入らなくなってくる。


「おいちょい待ち! 千聖を天界にくれって…コイツをお嫁さんにしたい猛者がいるって事か!?」


 結構離れた位置で待機していた眠まで面白そうな話だなぁおい! などと言って駆け寄ってきた。


「おい……おれは男だ」

「いーじゃんいーじゃん関係ねぇって! 偉人には好き者もいるってよく聞くしよ、これを機にそっちの世界に飛び込んで」

「やめろよ。おれの人生何だと思ってんだ? そんなことになったら道連れにするから」


 それは勘弁! と爆笑している眠に、千聖が掴みかかる。

 階段の途中で揉み合ってよく落ちないな、と冷静に視線だけで2人を観察をはじめたルナは、改めて二人の身長や体格には残念に思えるくらいの差があることに気付いた。

 狼の一族は基本的に体格がいいと話には聞くが……それにしても将軍の方は……華奢とまではいかないにしろ、並ぶと兄弟ように思えるほどの差がある。


「貴様らは少し黙れ! アスガルドの姫とこちらの将軍との婚姻の申し出だ、そうだろう、ルナ」

「……はい」


 流石にルナも苦笑いした。

 戦場では大人びて見えたのに、素はこうも子供だったとは。


「ぇ……相手お姫様? それなのに恐夜とじゃなくて、おれと結婚?」

「あぁ」

「……目的は本当に和平の証、か? 龍崇家の血がほしいだけなんじゃ」


 気が付けば眠からも千聖からも、笑顔が消えていた。

 そして二人は先程までのテンションなど嘘のように、恐夜が読み上げる手紙の内容に静かに耳を傾ける。


 最終目的は両世界の統合。

 天界アスガルド王国と下界ヘルヘイム帝国はそれぞれ存続させたまま、完全にとは行かずとも手を取り合って進みたいという願いだった。

 その為にまず、お互いの和平への気持ちを表す両世界の重役同士の婚姻。それから和平協定を結び、戦争を行わない事を約束。

 将来的には両世界の血を引く子供を和平の象徴とし、光と影を統べる神としたい意向が示されている。

 天界からは神の血を引く王の娘を出す。それに対して下界は死神名家とされる龍崇家の御子息、現将軍を要求されているとの事だった。


 話を聞いた後も、二人は恐夜を見続ける。王間は完全に静まりかえっていた。


「龍崇。この話を飲めば、龍崇家は本格的にここで途絶えることになる」


 静かに、王は家臣に問う。

 二人は迷いなくその場に跪き、先程までとは打って変わって武人の顔となる。

 ルナは息を呑んだ。

 跪き“忠誠を誓う”という文化がない彼等がそれをここでする意味。

 それは、天界の騎士であるルナにも分かるように、自分たちの王への忠誠心を示す為なのか。


「王が望むのであればそれで構いません」

「……そうか」

「はい、正式に言えば龍崇の血は、父さんの代で途絶えます。王が一族の事など気にする必要はありません」

「……では狗よ、主人が天界につく事はお前の本望か」

「は! 故郷と名を捨てた時、全ては龍崇家の御子息様に捧げるとこの牙に誓いました。何処につこうと主に代わりはありません、付いていきます」

「……決まりだな。ルナよ、我はこれから光の王への返答を書く。持ち帰って渡してはくれぬか」

「勿論です」


 ルナも、二人に並んで跪いた。

 胸にあるのはヘーリオスで千聖の演説を聞いたときに感じた高揚。

 今、この瞬間から、不動であった戦の歴史は動き始めたのだ。


 「それから──遅くなったがルナ。帝国、ヘルヘイムへようこそ。歓迎しよう」

 「お目にかかれて光栄です、恐夜王」

 「ゆっくりしていってくれ。龍崇、眠! 二人はルナの護衛を。くれぐれも失礼のない様にしろ」

 「「は!」」



 己の信じる道を進む一人一人の選択。

 それが取り返しのつかない世界を、これから先の残酷な未来を掴んでしまう。

 全ての選択肢が尽きた今になってようやく、知る事が出来た。



********************


 「でー、ルナは何食いたいんだ?」


 王間から出て、長い廊下を三人で歩く。

 やはりどこの城でも王間の前の廊下は長いらしい。


 「あ、何でも大丈夫です!」


 気を利かせてくれた眠に、ルナは当たり障りのない答えを返した。


 「よし、それじゃあヘルシーな感じにしよう」


 なぜかヘルシー路線に決定してきた千聖は早くも どっかいい店あったかなーヘルシーかぁー難しいな…とぶつぶつと呟きながら記憶を漁っている様子。自らヘルシー路線へとハードルを上げてきた事にはまだ気付いていない。


「オレは肉食いたいんだが!」

「眠は毎日肉食ってるだろ。少しは野菜を食べろ」

「お前はうるせーなぁー! オレの保護者気取りか?」


 二人の何気ないやりとりに思わず笑みがこぼれてしまう。

 初めて会った時は二人ともとんでもなく大きな存在に思えたのに、こうしてみると本当に等身大だ。


「それにしても、あの天界の跪く挨拶かっけぇなぁ!  如何にも! て感じだぜ」


 よくわからない観点で感動しているルナの耳に聞き捨てならない言葉が聞こえる。

 天界の挨拶?


「やってみると悪い気はしないよね」


 とても楽しそうに語る、先程迷いなく王に対して跪いていた二人。


「え、……え?」

「これオレらで流行らせよーぜ!」

「マジでね」

「え、あの? えっ! さっきのって」


 耐えきれず、二人よりも数歩早く進んで振り返り、二人の歩みを止めさせた。


「あぁ、あれこの前千聖がルナにやってるの見てオレもやってみたんだけどハマってな!」

「ここん所毎日アレやってるよね、おれら」


 あの時、ヘーリオスの地で帝国軍と騎士団をまとめたあの将軍とその従者はどこへ行ったのか。

 今目の前に居るのは誰なのか、実は別人なのではないかと、ルナは頭が痛くなってくる。


 彼等と過ごせば過ごすほど、

 ルナの中で彼等の評価が下がっていったのは言うまでもない。



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