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17話 武器 ─盾─


 千聖ちあきじんの足元を刈り取ろうと、出現させた大鎌を左へ大きく振る。

 脹脛ふくらはぎを捉えたが、籠手に当てたときと同じ音が響いて手応えはない。

 脚部の防具も金属製だと判断し、右手に握る大鎌を消滅させた。

 そのまま、大鎌を左へ振った際の遠心力に身を任せながら身体を90度程回転させる。

 狙うのは、迅の顔面。

 右手を地面に付いて体重を支え、上向きに蹴りを仕掛けた。


「ぉっと!」


 迅は咄嗟に身を引いてかわしながらも、目の前に伸びてきた千聖の片足を右手で掴んだ。

 力任せに引き上げ、空いた左手で殴りつけようとするものの、千聖は左手に持つ短剣で首元を狙い抵抗する。

 拳よりも短剣の速度の方がわずかに早く、迅は刃から逃れるため千聖から手を離し距離を取った。


 息つく間もなく、次はルナのナイフが上空から迅を狙う。

 次々と放たれるそれらは、全てかわされまとに当たることなく地面へと突き刺さっていく。

 絶え間なく攻め続けながらルナの攻撃を見ていた千聖は、この状況でかわしきった迅に感心する反面、地面へと突き刺さったままのナイフに違和感を覚えた。


 先程からルナの戦い方を見ていたが、投げたナイフが的を外れた場合、彼女はすぐにそのナイフを消滅させていたはずだ。

 同時に何本まで創造できるかは不明だが今のところ4本地面に突き刺さっている。

 そして投じられた5本目、今度は迅にかすめることもなく存在し続ける4本と同様に、その刃先を地面に埋めた。


(いまのはあえて外した……?)


 気が付けば、まるで地面から生える白い十字架のようにも見える5本のナイフは、迅と千聖を取り囲むように配置されている。まじまじとみるほどの余裕はないが、配置されたうちの一本を注意深くみれば、微かに電気を帯びていることに気が付いた。


「将軍ッ! さがって!」


 状況から何がくるか察しがついた千聖は、ルナに名を呼ばれると同時、微かな魔力を感じ咄嗟とっさに身を引く。


「エンクログロム!」


 回避が遅かったかもしれないと直撃を覚悟した瞬間、ルナの声を合図に、目の前をまばゆい光がおおいつくす。続いてバチバチという攻撃的な音に混ざって男の叫びが鼓膜を刺激した。

 眩しさと、これから自分にもくるであろう衝撃に思わず目をつむる千聖だが、しかし一向に覚悟した衝撃は襲ってこない。


 恐る恐るまぶたを薄くを開けて状況を確認してみれば──目前に展開されていたのは淡い黄緑色に輝く光の壁。その壁の奥で、予測していたとおり5本のナイフに囲われた中央で放電現象が起こっていた。


 迅を飲み込んだ電撃は、千聖の目前で四方に電流を伸ばし空気中を暴れまわる。

 この距離にいれば電撃が飛び移ってくるだろうと覚悟していたが、光の壁が千聖を守るようにほとばしる電撃を反射させていた。

 全く持って予想していなかった事態に、一瞬状況の理解が遅れる。


「ご無事ですね!」


 声が聞こえた方向に顔を上げれば、こちらに向かって右手をかざすルナと目があった。

防壁の展開(プロテクション)が間に合ったとわかってか、安堵あんどするかのように肩で息をついた彼女は、小さく笑って見せる。


「助かった……ありがとう」


 巻き込んでいいから! なんて言ってみたものの、これじゃあおれが足引っ張ってるな。と反省しながらルナに対して片手をあげて礼を言い、千聖は目の前の敵に向き直った。

 放電の真ん中にいる大男。放電はなかなかの威力に見えるが、死神の耐久力を考えればこれだけでは到底、致命傷にはなり得ない。


「がぁ……あ……」


 体中に煙をまとい、うめき声を上げながらゆっくりと立ち上がろうとするその姿に、千聖は左の短剣を鞘に戻し身構える。

 放電が収束するにしたがって、光の壁は音もなく空気の中に溶け、消えていった。

 隔てる壁がなくなったことにより、周囲に漂う焦げ臭さと、放電による化学反応で生まれたオゾン独特の生臭さが千聖の鼻をつく。


 動きを鈍らせることには成功した。

 しかし、それだけだ。


 千聖はもう一度、大鎌をその手に生み出す。

 刃とは逆側、鋭利になっているつかの先を迅に向けて、まるで槍であるかのように大鎌を構え、迅が完全に立ち上がる前に千聖は突っ込んでいった。

 繰り出したのは、容赦のない突き。

 迅の胸を狙ったがあと一歩のところで避けられてしまった。


 そのまま流れるように突きから横払いへと切り替えて、回避した迅を追う。

 反撃に転じるほど身体に自由はないものの、かろうじて避けることは出来るらしい。

 払いもギリギリ胸をかすめた程度で、胸元の衣類を裂くことは出来たが傷を負わせるには至らなかった。

 次は、左斜め後ろに後退させる、そこからは真後ろに下がらせていけば……そう頭の中で流れを組み立てたところで、千聖は背後から気配を感じとる。

 

 千聖が身を引いた瞬間、まるで逃がすものかと言いたげに、地上に降りたルナの回し蹴りが迅へとさく裂した。

 受けきったようだが、しかし迅の重心は大きく左へと傾く。

 そこに追い打ちを掛けるように続けて蹴りを仕掛けるルナ。千聖の狙いに勘付き、着実に目標へと追い込んでいく。


 一方で迅も二人の目論もくろみに気が付き、回避から受けへと対応を変えていた。

 狙いは真後ろの地雷まで誘導し、踏ませること。

 依然身体に痺れは残っているものの、迅の心には余裕があった。

 回避するのではなく受け続ければ、この場から動かなければ、踏むことはない。

 堪えれば抜け出す隙はいつかある。


 そう反撃の算段をつけていたところで、ふと少女の攻撃が止んだ。

 何故? と、そう思うよりも先に視界の下方、迅はぎらりと光った何かをみつける。

 一呼吸おいて首元に感じたのは冷たさ。

 見下ろせば、黒く光る大鎌の刃。


 じわりじわりと確実に食い込んでくる冷たい痛みから逃れようと、無意識に引いた右足のつま先が地面を擦り──しかしかかとをつけられない。

 迅は身動きが取れなくなっていた。

 背後にいるのは間違いなくさっきまで大鎌を振り回していた帝国将軍。

 後ろに引かなければいずれ鎌の刃に首を切り落とされる、けれど後ろに下がれば……


 ──こっち来なよ。


 背後から小さく聞こえた低い声は、どこまでも冷たく、暗い。

 迅は舌打ちをする。

 選べというのか。

 後退し自ら地雷を踏むか、このまま首を切り落とされるか。

 肩越しに見た帝国将軍の顔は、何より死神そのものだ。


 迅の体重が後ろへ移行するのを、首元に触れる大鎌ごしに感じ取った千聖は身構えた。

 一歩下がった迅の踵が地面に触れるのを注意深く見つめながら、すぐにこの場を離脱できるよう自らの両足首に意識を集中させる。

 集約された高濃度のエネルギーが、蒼い光となって足首から燃え上がった。直後、微かな振動を捉えた千聖は全力で地面を蹴った。


 迅は自爆を選んだ。

 首を切られれば絶命するが地雷を踏んだところで死にはしない。

 死なない限り、勝つ可能性はある。それに掛けたのだろう。


 爆発が開始するより早く、千聖は迅を追い抜いた。

 そして、こちらを見つめるルナへと手を伸ばす。


「ルナさん!」

「ひあっ……」


挿絵(By みてみん)


 指先がルナに触れた瞬間、真後ろから爆音が響き渡った。

 背中に空気の振動を感じながら、ルナを抱え込むように少し先の地面へと飛び込む。

 しかしすぐに追い付いた爆風が二人の身体を更に遠くへと吹き飛ばしていく。

 想定していたよりも遠くへ飛ばされていることに気が付いた千聖は、着地時彼女の身体が地面にぶつかることを避けるため、ルナの頭を抱え込み自らが下になるようにと身体をひねった。




「うぅ……」


 迅の足元が爆発したのは、ルナがその目で蒼い閃光を捉えた直後。

何が起きているのか把握が追い付かないまま、次の瞬間には地面の上で横になっていた。

 砂埃が周辺を覆いつくしているせいで確かな状況は掴めないが、迅が地雷を踏んだということだけは確かだ。

 爆音がとどろいた直後、何かに巻き込まれるようにして地面へと飛び込み、その際熱風に背中を舐められた感覚を覚えている。


 砂埃が目にしみたルナは、ぎゅっと目を閉じたまま上体を起こそうとし、手のひらで触れた地面に違和感を覚えて動きをとめた。

 両手で触れているものは、地面ではない。

 確かめるように触れているものをきゅっと掴めば、衣擦れのような微かな音を立てて形を変え、手の中に納まった。

 一体何を掴んだのか、ゆっくりと目を開けて確認する。

 目視出来るのは数十センチ先まで、しかし自分が置かれた状況を把握するには十分だった。


 自分の両手が掴んでいるのは黒い布。

 その黒い布の正体は、千聖が着ている軍服のジャケットだ。

 そして自分が体重を乗せているのは地面ではなく、そのジャケットの持ち主である。


 千聖は自分の下にいる、つまり自分が千聖の上に乗っているという状況になるわけで──反射的に、ルナは息を止めた。そしてそっと、静かに浅い呼吸へと切り替える。

 彼との距離がお互いの息づかいを感じるほどに近い。


 彼の呼吸に合わせて上下する胸。

 まずここを退けないことには、彼も身動きが取れないはずだ。

 きっと重たいだろうと不安になったルナは、先に土煙から視界を取り戻すため、そっ……と真っ白な羽根を広げる。

 静かに羽ばたけば、いくらか景色が晴れるだろう。


 しかし羽ばたく前に、広げた羽根の根元を手で抑え込まれる。

 すぐにそれが背中に回された千聖の手だと気が付いたが、予想していなかった羽根への刺激に、ルナはピクリと肩を跳ねさせ、ひゅっと息を吸った。


「ルナさん待って」


 千聖は地面についた片肘で身体を支えながら、わずかに上体を起こす。

 その動きを受けて、自分の意志とは関係なく身を起こす形となったルナは反射的に彼にしがみついた。


「大丈夫、敵も見えてない」


 小さくささやかれながら身を起こす手助けをしてもらって、ルナはようやく体制を立て直す。


「すみません……まさか爆発がここまでの広範囲とは思わず。危ないところでした」

「おれもびっくりした。行こう、迅はまだ死んでないはずだから。次で最後だ」

「はい」


 徐々に薄れゆく土煙の中、千聖は短剣を引き抜いて左手に持ち、姿勢を低くした状態でじりじりと爆心地へと近寄って行く。ルナもそれに続いた。

 近付けば見えてくるのはえぐられひび割れた地面と散らばる土の塊、それから転々と残された血痕。爆破の痕跡は十分にあるものの、肝心な迅の姿がそこにないとわかり、ルナは息を呑む。

 千聖は血痕が転々と続く先をじっと眺めた。


 残された血痕の跡や、そこからうかがえる出血の量からおそらく脚部の欠損は免れたようだ。

 死神の身体の丈夫さや迅の装備を考慮すれば、驚くほどの事ではない。

 血痕が続く方向から、千聖たちとは逆方向に向かっている。

 拳を主な戦闘手段としている迅が反撃を考えているのであれば、こちらに接近してくる必要があるのだが、全くもってそんな気配は感じない。


 ふと迅の逃亡が千聖の頭をよぎったその刹那。

 風を切る音が前方から聴こえてくる。

 不自然な煙の動きを視界にとらえ──土煙が一気に晴れる。

 視界が晴れた直後、目前に現れたのは巨大な鉄塊のようなもの。

 受けきれる重量ではないと判断し、二人は咄嗟とっさに横に跳んで回避した。

 すれ違いざま横目で確認して、巨大な盾が回転しながら飛んできたのだと判断する。


 土煙をまき散らし、何も捉えず飛んで行った盾が消滅したのを見届けてから、千聖は立ち上がった。おかげさまで視界は良好、前方には探していた男の姿がある。

 投げた反動か、片膝と両手を地面につけひざまずくような体制でこちらに顔を向けている。

 呼吸は荒いのか、肩が大きく上下していた。

 その片足はひしゃげ、使い物にならないと見える。


「今の盾が、彼の──」


 ルナが言い切る前に、跪く迅の半身を隠すように巨大な盾が出現した。

 高さだけでも1.8M前後はあるように見えるその盾が地面に着地した瞬間、足元は揺れ、心臓に響くような低音が周囲にとどろく。

 あれが、今まで隠されてきた迅の武器。


 間合いに入ればあの盾を振り回される、そんな展開は簡単に想像できた。

 盾の面積から言っても、攻撃範囲は広い。

 あれだけの重量なら、直撃せずとも当たる場所が悪ければすこし触れるだけで骨が折れそうだし、押しつぶされたりなんかすれば最悪圧死する可能性もあるだろう。


 どう仕掛けたものかと考えながら、千聖はルナの様子を伺う。

 彼女には絶対、近付いて欲しくない。

 魔法だけでやれるかといえば、多分無理だろう。だからと言って自分一人で仕掛けたところで、盾をすり抜けたとしても斬撃は腕の籠手で防がれる。闇雲に突っ込み盾の間合いに入る回数が増えれば、その分当てられるリスクも高くなる。

 無計画で突っ込むことは避けなければ。

 すぐに思いつく作戦は、片方がおとりになって隙を作り、もう片方がトドメを刺すという簡単なものくらい。


「どう行きましょう、将軍」


 すでに両手でナイフを構えたルナが、迅から視線をそらすことなく千聖に問う。

 その表情から彼女も、先程のように“がむしゃらに攻める”はしたくないというのがうかがえた。


 今は迅もこちらの様子をうかがっているらしく動き出す気配がない為、出方を考える時間はあるが、それもいつまでかはわからない。


 囮を作る作戦でいくしかないが、ルナに囮役をさせるというのは、千聖の中ではどうも気がすすまなかった。

 かといって手を下させるのがいいかといえばそういうわけでもない。


 結局どちらをお願いするのがベストなのか悩み始めたところで、ふと彼女の事を一人の騎士ではなく女の子として扱おうとしている自分に気が付いてしまった。

 普段、帝国の女兵士に対してこんな風に悩む事はなかったというのに、相手がルナとなるとどうも勝手が変わってしまうらしい。

 こんな局面で何を主軸に思案しているんだと恥ずかしさに近い申し訳なさがこみ上げてくる。

 ルナはきっとそんな扱いは望んでいない。

 どこまでも対等な戦士でありたいはずだ。



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