13話 作戦会議_2
「失礼します。ルークスさんを連れてきました!」
「どうも!」
静かな空気を切り裂くように、ルナがテントに戻ってきた。
少し息が上がっているルナの後ろに続いてテント内に入ってきた人物は、全身を鎧で覆ったお堅い見た目に反し、軽く右手を挙げながら少々ノリの軽い声であいさつをする。
全身鎧で隠されているものの、頭部に装着するアーメットは外され左脇に抱えられているため、顔はすぐに確認できた。短い茶髪に天使特有の青い瞳。上がった口角や彼の声音から、従来敵国である千聖や眠にも友好的な男とも判断できるが──彼の場合生まれつきそういった顔の持ち主である可能性が高そうだ。
「申し訳ない! 演説前にもここに集まって会議されてたようだけど……自分周辺の警備をしていたもんで。お会いするのは今が初っすねー!」
ルークスの仕草やしゃべり方に、眠はわかりやすく体から力を抜いた。
千聖も肩の力を抜いて、フォールハウトの横に付くルークスに対し、「よろしく」と簡単に挨拶をする。ルナはそのまま、ルークスの隣で収まった。
フォールハウトが簡単に、先ほどまで千聖と話していた内容をルナとルークスに共有したところで、会議は本格的に始まった。
「今フォルトさんが言っていた話のとおり、自分も革命軍はローテーションを組んで絶え間なく攻めて来ていたと思ってます! だけど今は完全に撤退してますね。ルナさんから声を掛けられるまでこの周辺を見回っていましたが、革命兵の姿はまったくなく嘘のように静まり返ってました」
「今大人しくなってるのはおれ達が乱入してきたから帝国の本丸襲撃を警戒して一旦引いたってかんじか。この場所はすでに割れていてもおかしくないのに手出ししてこないあたり、騎士団よりも対帝国に重点を置いて、本丸の守りを固めたと考えるのが妥当かもね」
「動くなら今がチャンスっつーことか」
眠の言葉に、千聖は頷き、ルナとルークスは顔を見合わせ、フォールハウトは身を乗り出した。
「龍崇将軍、具体的な作戦はすでにあるのでしょうか?」
「あぁ、今回は浸透戦術っぽいかんじでいこうと思う」
“浸透戦術”その言葉にフォールハウトと眠は頷き、反対にルナとルークスはわかりやすく首をかしげて見せた。
もとよりルナはこういった話に疎いだろうなと思っていたが、ルークスもそうだったらしい。ただ疎いとはいえ詳しく説明すれば理解できる二人だろうから、それほど問題でもない。そう思いながら千聖は詳細の説明に入る。
「とりあえず作戦の説明をするね。U字に配置された7つの拠点の中には、指揮官がいる拠点とそうではない拠点が交互に配置されてる。わかりやすいように端の拠点から順に1から7の数字を振ると、両端に位置する1と7、それから真ん中にある3、5の拠点には指揮官がいない。間にある2、4、6の拠点にはそれぞれ指揮官がいるわけだけど、この作戦ではまず、指揮官がいる真ん中、4の拠点に対し、帝国兵が正面から攻撃を仕掛ける。だけど、その襲撃で拠点制圧は狙ってない。『帝国が中央突破で仕掛けてきたと思わせておくこと』がここでの襲撃の目標。ここではなるべく指揮官は相手にしないで、弱そうなやつから狙って兵の数を減らすような動きをする。帝国による本丸襲撃やヘーリオス基地の奪取を恐れているのであれば、指揮官は突破されることを警戒して両サイドの拠点からも兵を出させて戦力を集中させるはずだ」
一旦そこで言葉を区切り、周りの理解が追い付くのを待った。
腕を組み右手を口元にあてていたフォールハウトが、地図から目を離さずに千聖の案に質問をする。
「その第一陣の中に騎士団員は一切含まれないのでしょうか?」
「含ませない方向で考えてる。帝国兵10名で乗り込むことになるけど、今回連れてきた帝国兵たちは個人戦闘力も高いし、それぞれおれの居ない戦場で軍師を務めてるようなメンバーだから、革命兵の指揮官となれば顔くらい知ってるはず。ビビらせるだけなら十分だよ」
「あの、自分、ちゃんとした作戦会議に参加したことってないんで知識もないんですが、浸透戦術ってこっそり相手側の陣地の深くに入り込むよーな作戦ってことですよね?」
「簡単にいえば大体そんな感じ。一回目の攻撃で司令官の居ない3と5の拠点に応援の要請を出させて、次の攻撃は兵を4の拠点に送り出した二つの拠点、3と5の拠点をターゲットにする。4の拠点に兵を送って薄くなった2拠点に騎士団が総攻をしかけて突破──それで先行した帝国兵に攻撃を受けている4と、更に2と6の拠点の背後に回ることができるから、そこで背面展開。ここまでが二段階目」
「ここまでが二段階目、つーことは三段階目があんのか?」
「ん、そう。実はさっきヘルフィニス基地に応援要請を出したんだ。思い通りに事が進めば背面展開するころには到着できると思う。元居た帝国兵と増援が合流して、回り込んだ騎士団と挟み撃ち、それが3段階目。まさか帝国と騎士団がここまで本格的に手を組むなんて思わないだろうから、挟み撃ちにされるなんて思ってないはず」
「U字拠点制圧の作戦は大方理解できましたが……そ、そんなに上手く事が運ぶでしょうか?」
「普通、思い通りにはならないよ」
地図から目を逸らし、誰に問うわけでもなくそう零したルナの言葉に、千聖は即答する。
被せて、フォールハウトが補足した。
「ここまで思い通りにいかずとも、僕たちの共同作戦に革命軍の指揮官は動揺するでしょう。作戦において指揮官の動揺を誘うことが出来れば、多少思う通りに事が進まなくても、付け入る隙はいくらでも生まれます」
「戦場において正確な情報なんて期待できないからね。聞いた情報をもとに革命軍がこの配置であると仮定して立てた作戦だから、本当はどうかわからないし、今はかわってるかもしれない。現地での判断は……そうだな、フォールハウトに任せるよ」
「はい、了解です」
「流れは何となくわかった。で、王子が現場で判断っつーことは、オレと千聖はどこのフェーズから参加すんだ?」
今度は静かに話を聞いていた眠が椅子から立ち上がり、腕を組んで机の上に腰掛けた。
肩越しに地図を眺めながら、千聖に向かって配置について問いかける。
「眠は二段階目でフォールハウトと一緒に片方の騎士団の指揮。もう片方の指揮はルークスさん。ルナさんはここに残って負傷者の看護をしてて。で、おれなんだけど別行動で……第一段回目が開始するよりも先に動いてU字拠点をすり抜けて本丸に行く。敵将を討ち取りに。物凄いスピードで後ろからこっそり」
言葉の余韻が消える前に、この場に居た千聖以外の全員が顔を跳ね上げた。
その理由は言うまでもなく暗殺を示唆する発言のせいだ。
急に変わってしまった空気に気が付いた千聖は、顔を上げ全員の表情を見る。
しばし4人の顔を眺めて、ふと何かに気がついたようにはっとしてフォールハウトに問いかける。
「もしかして暗殺って騎士道的にナシ?」
「いえ……ナシ、というわけではございませんが……」
「そもそも暗殺って──お前ひとりでか!? オレ連れてけよ危ねえだろ!」
「おれがいない分、眠が目立つところで大暴れしてくれた方が、帝国兵のモチベーション維持になる。それに革命軍側はおれも眠と一緒にいると思ってるだろうから油断させられるだろ」
「自分からも一ついいですか? U字拠点をすり抜けるにしても、羽根のある自分らが上から行った方が早いのでは? 地を掛けるにも時間が掛かりすぎるんじゃあ……」
「確かに天使が飛んでいけば話は早いけど、敵将とやりあえる実力がある人には尚更第2第3段階の攻撃時騎士団を引っ張ってほしい」
「いやいやいやいや待てよ! 勝てる確証あんのか?」
「勝てる確証はないけど最悪逃げ切れる自信はある」
「あ、貴方に万が一の事があったら洒落になりませんよ?」
「あのっボクが一緒に行くのはご迷惑でしょうか!」
まるで“シンッ……”という擬音でも聞こえたと錯覚するほど、一瞬で場が静まり返った。
ルナが放った提案がこの静けさを生んだのだが、当の本人はそのことに全く気が付かないまま千聖に向かって話を続ける。
「怪我人の看護であれば、他の医療部隊員が居れば十分です。戦闘もそれなりに自信がありますし援護もできます。必ずお役に立ちますのでお供させて下さい」
真っすぐな瞳で訴えられて、千聖は思わず後退りそうになる。
実際には一歩も後ろに引いてないが、気持ちは彼女の勢いに圧された。
彼女と出会った一番最初、少しだけ戦闘になった。確かに動きはよかったと思う。
本人が言う通り援護もできるだろう。しかし女の子というだけで何故か、危険な目には合わせたくないと思ってしまう自分がいる。
戦力や助っ人としては申し分ないと思うが──女の子というだけで……Yesと言えない。
自分がフェミニストであると感じたことはなかったが、自覚がないだけだろうか。
どうしたもんかと周りをみても、全員が自分と同じことを考えてるのか微妙な顔をしている。
「……わかった」
性別だけで決められるのは嫌だろうし、戦士としての評価を優先することにした。
眠の申し出を即答で断ったのには明確な理由があったし、ルナに対しては逆に性別以外に断る理由がない。
とはいえ、女好きと思われたら嫌だな、なんて少しだけ頭の隅で悩んだが。
「作戦はこれで概ね説明した。この作戦において副将はフォールハウト。目標は革命軍の殲滅、第一陣は今から3時間後に進撃開始、第二陣はその1時間後で。おれとルナさんは準備出来次第すぐに出発しよう」
「かしこまりました!」
「了解した。よろしくな、王子」
「こちらこそよろしくお願いします」
「第二陣の一部隊、責任重大っすね。頑張ります」
そうして、いよいよ共闘作戦は開始した。