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11話 戦略

 テントの中、長テーブルの一番奥で一人、千聖ちあきは地図を眺めていた。

 作戦会議を始める前に、どう攻めるか作戦の大枠くらいは固めておきたい。

 騎士や兵士たちから集めた情報をもとに、このヘーリオス戦における革命軍の動き方や指揮官がどんなやつかは見えてきた。

 確実に言えるのは、革命軍は帝国兵が乱入してくるまでは完全に油断していたということ。

 おそらく指揮官自体に大した腕はない。騎士団側も全体的に戦慣れしていなかったにしろ、革命軍がここまで騎士団を追い詰めることが出来たのは、タイミングと運がよかったからにすぎない。

 騎士団側のどこをとっても、相手にしている革命軍と比べ下回るものはないように思えるが、運がなければすぐにひっくりかえるのもまた戦場だ。


 神に仕えているはずの天使に運が向かないのもおかしな話だよな、なんてことを考えながら、千聖は手近なところにあったペンを使って地図に印を書き入れる。

 勝つことに関していえば余裕だ。しかし今ここで求められているのは単純に勝利する戦術ではなく、これ以上の死者を出さずに勝利する戦術。そして一番大きな問題は千聖自身が“天使の騎士”を扱ったことがない点。


 “天使は空を飛べる”という死神との違いが、利点となるかどうか。

 普段天使を相手にしたとき、千聖自身は“相手は空を飛べるからこっちが不利”などと思ったことはない。

 天使の飛び立つ瞬間は隙が大きく、飛翔開始直後の上昇速度も遅いからだ。

 高く飛びすぎても相手への攻撃が届かず戦い方の幅が狭くなることを考えると、逆に飛べるという余裕は不利になる可能性が高い。


 どういった使い方をしようかと頭を悩ませ始めたその時、テントの出入口に下げられた布が小さく揺れた。

 視界の隅でその気配を感じ取った千聖は、視線だけを出入り口の方向に送る。


龍崇りゅうすい将軍、先ほどはお疲れさまでした」


 入ってきたのは天使の少女。

 二人分のマグカップとパンを載せたトレイを慎重に運んでくる少女の姿を見つけて、千聖は自然と笑顔を彼女に向けた。


「ルナさんもお疲れさま。演説凄くよかったよ」

「龍崇将軍も、すごいです。気が付けばボクも一人の兵士として聞き入ってしまいました」

「騎士の大半がアスガルドから来たのかと思ってたから、アスガルドに帰る前提で話しちゃったけど大丈夫だったかな」

「大丈夫だと思います! 今は各地方に派遣されているとしても、皆アスガルドの騎士学校に通って正式な騎士となっておりますので」

「そっか、ならよかったよ。まぁ……どれだけカッコつけたって最後落っこちたけどね、おれ」

「でもカッコよかったです!」


 少々鼻息を荒げたルナが、興奮気味にスタンッとカップを机に置く。

 漂う湯気から香る美味しそうな匂いに、千聖はさりげなくカップの中を覗き込んだ。

 コーヒーなどの飲み物系を想像していたが、どうやら入っているのはスープのようだ。

 肉と野菜がバランスよく入っている。

 無機質だったテント内が、女の子と食べ物のおかげで一気に暖かい空間になったような気がした。


「これは炊き出しか何か?」

「はい、簡易的な夕食で申し訳ありません……天界の食事がお口に合うかはわかりませんが、よろしければ将軍もお召し上がりください! すでに他の方々には配給済みですッ」

「うちの兵にまで気を使って頂いて申し訳ない。頂きます」


 カップを手に取ってから一瞬、盛られてないだろうな? なんていう懐疑的かいぎてきな見方をしてしまったが、先ほどの演説で“人として信じる”と言ったルナを思い出し一口舐めてみた。舌に馴染みない味ではあるが美味しいし、とりあえず触れて変なカンジはしない。

 ルナも千聖の横に座り、パンを小さくちぎって口に入れる。


「そういえばうちの従者は何してた……?」

「あ……それが、すごく人気みたいで……皆さん、こんな近くで狼見る機会ないからって獣化した眠さんをモフモフしてます……なんだかその……すみません」

「本人がいいならいいよ、結局犬だから構ってもらえてうれしいんだ、触ってあげて」


 千聖もルナと同じようにパンをちぎって口に入れ、今度はスープを一口分流し込む。

 少し硬めのパンとの相性がとてもいい。

 帝国での作戦ではこのような炊き出しはなく、缶詰や味気ないパンが配られるくらいだ。こうして出来たてを提供されてみれば、やっぱり温かいご飯の存在って大切だなと実感する。

 今後は帝国も炊き出しを視野にいれようかなと思ったが、しかし調理できるやつが自分以外に思い当たらない。そのうえ自分がやったところで誰かが手伝ってくれる光景すら想像出来ないあたり、調理以前に給仕すら自分でやることになりそうだ。

 そもそも将軍が給仕ってなんだそれ。


「将軍、あの……聞いてもいいですか?」

「ん。なんだろう」

霊夢れむさんはなぜ騎士団を助けてくれたのでしょう。指示は監視だけ、だったんですよね?」

 

 机の上に広げられたこの地方の地図を眺めながら、ルナは将軍に問う。

 ところどころ彼が書き込んだと思われる印は何を意味するのか、ルナにはすぐに理解できない。理解はできないが、これは作戦を立てるにあたっては重要な情報になるのだろう。そんな風に考えながら眺めていた。

 

「そう、おれからは監視だけ。なんていうか、変わってるんだよあの子。昔から付き合いはあるんだけどね、未だに霊夢が何を考えてるのか全然わからない」


 仕方ない奴だとでも言いたげな表情で笑いながら、千聖はもう一口スープを口にする。


「だけど絶対に判断を間違う奴じゃない。おれはその場にいなかったから霊夢が何で判断したかはしらないけど、騎士団を助けた霊夢の選択は正しいものなんだって思ってる」


 少しだけ呆れが混じっていたが、部下について語るその顔はどこか自慢げだ。

 彼女の事を特別信頼してるのが表情だけで伺える。上官にこんな顔をしてもらえるなんて、兵としてどれだけ嬉しいことだろうか。

 ルナは少しだけ、うらやましいなと思った。


「……霊夢さん、すごい方なんですね。女の子なのに強いし、勇気も判断力もあるなんて。ボクも医療部隊を任されていますが、今日この一日だけで、まだまだ色々なものが足りないのだなと思い知らされました」


 今日の反省を込めながら、ルナは素直な思いを口にする。

 千聖も眠も、年齢は自分とそんなに差がないように見える。

 霊夢にいたっては、おそらく年下だろう。

 だけど三人とも、自分とは全然違う次元で生きている人物のように感じてしまった。

 幼いころから騎士団に身をささげてきただけに、騎士としてはそれなりの自信があったのだが……結局なにもできなった自分がひどく恥ずかしい。

 昼間も似たような理由でひどく落ち込んでしまったが、今は違う。

 少しでも彼らから自分に足りない部分を吸収しようと思える、そんな前向きな気持ちで今の自分と向き合うことが出来ている。


「あの、もしよろしければ戦略ついて色々お聞きしたいと思って、テントにお邪魔したのですが、ご一緒していても迷惑にはなりませんか?」

「おれは全然構わないよ。でもルナさんってもともと任されてるのは医療部隊だよね? 今回はイレギュラーっぽいけどそんなに戦略の知識は必要とされてないんじゃないかな」

おっしゃる通りです。ですが……知識があればその分選択も広がるのだと、今日で痛感しました。現にボクが負傷兵の転送をしてた時、みんさんと霊夢さんから適切な判断ではないとご指摘を頂きまして……ボクなりに色々考えたのですが、どうしてもわからず……龍崇将軍であれば、どのような判断を下されたのか教えていただきたいです!」


挿絵(By みてみん)


 急にずいと身を乗り出すようにして聞いてきたルナの瞳はキラキラ──というよりギラついている。その勢いに圧された千聖は、真っすぐ地図に向いていた体の向きを少しだけ捻り、ルナの方に向けた。


「ごめん……おれさ、最初っからあの場に居たわけじゃないから詳しい状況がわからないんだ……まあ、何となくならわかるんだけど」

「あっ! そ、そうですよね、すみませんっ……えっと、革命軍が仮設基地ベースキャンプに攻めてくるとの情報が入ったので、補給基地ここに拠点を移すため自力で移動できる騎士達には先に移動してもらい、ボクは残って動けない負傷者を補給基地に魔法で転送していました。転送に利用した魔法は、送信元と送信先にそれぞれ術者がいなければ成立しない種類のものを使用していたために、医療部隊の誰かは残らなくてはなりませんでして……」

「どういう結果を残したくてその判断になったの?」

「ここに移動後は体制を立て直し、これ以上の死者を出さず撤退しようと考えていました」


 ルナの話を聞きながら、千聖はまたスープを口に運ぶ。 

 もちろん話は真剣に聞いているし、自分ならどうするのかも真剣に考えている。

 しかし、折角出してくれた暖かいスープは、暖かいうちに飲んでしまいたい。


「可能な限り助けるっていうルナさんの判断は決して間違ってないと思うよ」


 とりあえず率直な意見を伝えれば、予想外だったのかルナの目が大きく見開く。

 自分の判断を肯定されてそんなに驚くことか?と思いながら、パンをすべて口にいれ、スープの残りを一気に飲み干した。

 一呼吸おいてから、彼女が聞きたいであろう眠と霊夢から指摘された理由を語るため、口を開く。


「そのうえで言うとしたら……そうだな、軍って兵の3割程度が自力で歩けない状況になれば全滅って判断してもいいくらいなんだよ。7割生き残っていても、負傷兵の介抱かいほう役が必要になるから実質動ける兵はもっと少ない。撤退するならなおさら、生存率を上げるなら自力で動けない兵は置いていくべきだ。連れて行くにしろ、負傷兵の逃走の補助は、指揮官がやることじゃない」


 そう説明してやれば案の定、ルナは少しだけ悲しそうな顔をした。

 何が引っ掛かっているのかは大体わかる。

 “自力で動けない兵は置いていくべき” ここだろう。

 出会ってからそう時間は経っていないが、彼女にその切り捨てができないことなどすぐにわかる。彼女は所詮医療部隊の隊長であり、指揮官ではない。

 指揮官という役割は、彼女の性分には向いていないのだろう。


「戦略の知識よりも大事なことがあって、指揮官と名乗る以上自分のとった行動について後から誰になんていわれたって、後悔だけは絶対にしちゃダメだってこと。

さっきも言った通りルナさんの判断は間違いではない。逆にその判断があったから、あの場に霊夢が来て、眠が庇って、おれと会った。で、ヘーリオスはこれから取り返す。確実にね。これで結果オーライ。戦争なんて結果にしか意味がないんだから、戦略的に言えば難しいことをしたかもしれないけど、結果を見ればルナさんのした選択が最善だったってこと。だからね、後悔する必要は絶対にないんだよ」


 千聖の発言を一語一句聞き漏らすまいと、終始真剣な表情で耳を傾けているルナの姿に、千聖の中で今まであまり感じたことのない高揚感が生まれる。

 本来の敵国相手についしゃべりすぎた気もするが、こんなにも熱心に自分の持ち合わせている知識について教えてくれと言われるのはなかなかに嬉しいものだ。

 育てたい部下を見つけた上官の気持ちはきっとこんな感じなのだろう。

 帝国に欲しいなー、なんて考え始めたところで、そういえばルナに聞かれていた「同じ状況であった場合に将軍ならどうするか」という元々の問いに回答していないことを思い出した。

 とはいえ、“こうならないために努力しているので、こうならない”というのが素直な答えであり、そんな嫌味な返事をするくらいなら、指摘を受けないうちは話を流してもいいかと思う。


「なんていうのか、その……貴方を上官に置くことが出来る帝国の皆さんが羨ましいなって、思ってしまいました……」


 再び地図に視線を戻しどこか寂しそうに語る彼女が、具体的に何を言いたいのか千聖にはピンとこなかった。

 もちろん言葉の意味はわかっている。どう捉えるべきなのかで迷っていた。

 そんなつもりはなくても、無意識にルナの顔をじぃと見る。


「あっもちろん、ボクは騎士団長を誇りに思っています! 優しくて、強くて、高い志を持っている方です! ですが、ここまできちんとお話ししたことはなくって……。物心ついた時から騎士団にいたので、当たり前に団長をしたっておりますが、それはあくまで団長が騎士団長という立場だから、なのかなって……」

「じゃあー“おれが将軍だから”じゃなくて、単純におれに付いてきたいって思ったってこと?」


 深く考えずに捉えたイメージをそのまま口にした直後、千聖はすぐに後悔した。

 よく考えなくても今の発言はダイレクトすぎて逆に確信を通り過ぎた。

 案の定、ルナは右手を顔の前でぶんぶんと左右に振り、慌てて何かを否定するそぶりを見せる。

 

「そんなかんじですがっなんかちょっと……!!!」

「いやそうだよねごめん! おれ……」

「帝国の方は、将軍だからってだけじゃなくてっ……あ、あなたが将軍だから、兵士でいるんだろうなって!!」

「大丈夫っ大丈夫……わかってる、わかってるよ!」


 決して広いとは言えないテントの中、二人は必死に何かを否定していた。

 不思議なことに否定すればするほど恥ずかしくなってきて、どんどんと体温も上がっていく。このまま続ければ、事態は悪化の一途を辿っていくような気がした。

 お互いに、横目で地図を眺めたまま口を閉ざす。


 静かになれば聞こえてくるテント外の声。

 それがより一層、この空間では二人きりだということを際立たせてくる。

 両手で両頬をおおいきゅっと瞳を閉じる彼女が視界の隅に映り込み、おれの方から何か話しかけないと、とよくわからない義務感が千聖を襲う。


「あ、のさ。ルナさんおれからも一個聞いて良い?」


 この変な空気の中、意図せず声量は小さくなる。

 ルナは声は出さずに視線だけ千聖に向けた。とはいえ、その視線はネクタイの結び目あたりに留まっている。


「ルナさん演説で相手をゆるすことは、相手に対して抱いている感情ごと相手を受け入れることだって、言ってた」

「……はい」


 両頬にあてがわれていたルナの手はいつの間にか下に降ろされ、スカートのすそを掴んでいた。それはきっと、これから千聖がルナに対してする質問の内容がわかっているから。

 そしてルナのその予測は、間違っていない。


「貴女は……()()()()()、赦したのか」


 プリーツスカートのすそに、ひだ以外の不自然なシワがよる。


「いいえ……ですが、はい」


 掠れる声で、彼女は言った。


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