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10話 赦すということ


 これから一時とはいえ敵国の将に従う、それを納得させるための演説。

 これは帝国の為であって王国に協力するわけではない等と言っておきながら、騎士たちの感情を大切にし、王国への忠誠を尊重してくれている将軍の姿勢にルナは感動していた。

 将軍の言葉で、胸の中にある自国の王や団長に対しての忠誠の気持ちが溢れてくる。

 敵国と共闘することも、一つの忠誠の形なのだと素直に納得できる。

 それどころか国の為に何としてでも勝たなければいけない、その為に帝国と手を組む以外に正しい選択はない。そんな風にすら思えてきた。



「残っておれに力を貸すという選択をしてくれた者には、必ず勝利と栄光をその手に掴ませ、王都に帰すと約束する。またこれ以降のへーリオスにて展開される作戦への参加報酬は、帝国からも支給させてもらう。

ここまで粘ってくれた騎士団の努力と失った命は絶対に無駄にはしないと、帝国軍将軍の名において此処に誓う! だからどうか、おれに力を貸してくれないだろうか」


 一際強い口調で締めくくり、千聖ちあきは深く騎士達に対して頭を下げた。

 どよめく声が広がっていく。

 千聖自身、ここまでする必要あるのかなーなんて内心思ってはいるが、ひとつのポーズとしては必要だ。

 こんなんで心が動いてくれるなら、いくらだって下げてやる。

 とはいえ奥で見ている帝国兵からしてみれば、敵国の一般兵相手に上官が頭を下げる姿なんて見たくもないだろうから、その点は申し訳ないとも思っていた。自分が部下の立場なら、頭を下げさせたやつを殺しにいく勢いで不快だ。


 どのタイミングで頭を上げようか悩み始めた千聖が、ぎゅっと瞑っていたまぶたを開いた時、下でこちらを見上げているルナと目が合った。

 まさか見られていたとは思わず急に恥ずかしくなってくる。

 頭を上げるタイミングもわからないが、目をそらすタイミングもわからない。目が合った瞬間に頭を上げればそれでよかったのでは? なんて一瞬で後悔していれば、小さく「ボクも」と呟く声が聞こえてきた。


 意図がつかめないまま、頭を上げた流れでルナに右手を差し出してみれば、小さな手が伸びてきて、きゅっと千聖の手を掴む。


「ボクも、帝国の皆さんにご挨拶をしたいです……」

「そっか、ありがとう」


 少し緊張したような面持ちの彼女を引き上げてやれば、そのままふわりと木箱の上に乗り千聖の左側に並んできた。元々狭かった足場が、更に狭く不安定になる。


「おれ降りようか」

「い、いえ……このまま……」


 騎士たちの注目を一斉に浴び、すっかりガチガチになってしまったルナは、千聖の右手ごと自らの両手を胸の前に持ってきて、ぎゅうと強く握る。

 人の右手を巻き込んでいることを忠告できないまま、千聖はルナの為に少しでも足場を開けようと左足を一歩引くが、かかとが空気を踏み抜こうとし、慌ててつま先に体重を掛けた。 

 想像以上に狭かったらしい。片足がつま先立ち状態になってしまった。

 そのうえ──


「おい、今ミシって……」

「まずいですね、ここの板が腐っていたようで、割れてしまっています」


 などと、物騒な会話が足元から聴こえてくる。

 右手は少女の胸元、左足はつま先立ち、足場はミシミシ嫌な音をたてているうえに不安定。ちなみにやり場のない左手はそっと、いやらしくならないように細心の注意を払いながら彼女を支えるため、彼女の腰より少し上あたりに添えてみた。

 足場が崩れないかはもちろんだが、なによりもこの状況が周りから見てどう映っているのか気が気でなかった。


「帝国の皆さん、はじめまして。アスガルドから参りました、騎士団医療部隊長を務めますルナと申します。ここでは騎士団の指揮官という役割を頂いております。騎士団を代表してボクからも、ご挨拶をさせてください。

ボクは、指揮官としては未熟です。この短い間にも騎士の皆さんに助けてもらってばかりで……騎士の生死を握っているこの状況にひどく怯えていました。もしも、この先もボクが指揮をとっていたとしたら、誤った判断で多くの命を失くす決断をしていたかもしれません。そんなボクを、将軍は“対等である”と言ってくれました。“一緒に成功させよう”と。

先ほど彼が言ってくれた通り、この作戦において帝国と王国に上下関係はありません。対等な立場で手を取り合うのです」


 握られている手の強さから彼女が相当緊張しているのは十分伝わってくる。

 だが、手から伝わってくるのは緊張だけではない。

 自分自身の言葉を、目の前の騎士や兵士たちになんとかして届けたいという気持ちが、触れた指先の力から伝わってくる。

 言葉にしたいのはきっと、先ほどテント内では伝えることができなかったであろう彼女の想いだ。


 頑張れ。そう伝えるつもりで、千聖は彼女の手を握り返した。


「そして、両軍の皆さんにお伝えしたいのです。

今、手を取り合い、信頼し合ったからといって、これまでお互いを傷つけ合い、色々なものを奪い合ってきた歴史は変わらない……ですが、もしできるなら、お互いをゆるす心を持ってほしい。赦すことと、これまでに積み重ねてきたお互いに対する怒りや憎しみといった感情を失くすことは、同義ではありません。感情を消す必要もありません。

騎士も、兵士も同じです。

赦すということは、胸に抱く感情ごと相手と向き合い、相手を認めることです。

今は、お互いの国を想う、誰かを想う気持ちを信じて助け合いたい。

ボクは、彼を将軍としてではなく一人の人として信じます。

だからどうか、騎士の皆さんも帝国の皆さんと将軍を──帝国の皆さんは、騎士たちとボクの事を信じて力を貸してください。よろしく、お願い致します」


 言い切った後、先ほど千聖がしたのと同様に、ルナも騎士と兵士たちに向かって頭を下げた。今度はどよめきなどは起きず、皆が固唾かたずをのんで見つめている。


「ルナさん……!?」


 さすがにルナまで頭を下げる必要はないんじゃないかと思った千聖は、驚いて彼女の方を向いた。


「貴方はボクを対等と言ってくれました。貴方が騎士達に頭を下げたのです、であればボクも帝国の皆さんに同じことをします」


 驚く千聖に対し、ルナは顔を下に向けたままはっきりと言い放つ。

 先ほどまで泣いてばかりだった少女は、一人の騎士になっていた。

 声音だけでそれがわかるほどに、凛としている。


「なんだか、不思議です」


 サッと勢いよく頭を上げ、ルナは千聖を見上げる。

 その動きに合わせて彼女の若葉色の髪が、千聖の目の前でふわりと踊った。

 

「貴方の手を握っていたら、思っていたよりも上手にお話しできました」


 こちらを見つめる蒼く美しい瞳が、空に浮かぶ夜明けの光を映して輝いている。

 有難うございます、と言いながらにこりと笑う少女の笑顔。


挿絵(By みてみん)


 無意識に彼女の腰に当てた左手に力が入り、彼女の体を引き寄せようとしている自分に気が付いて千聖は慌てて止める。なんだかわからないが流れで抱きしめそうになっていた。

 危ない。公衆の面前でセクハラに及ぶところだった。


「ル、ルナさん。とりあえず降りよう。みんな見てるから……」

「あっ……ご、ごめんなさい!」


 急に顔を赤くさせる彼女を尻目に、あんなことを言われて心が揺れない男なんているだろうか。断じておれが可笑おかしいわけじゃない。あんなのは反則だ。なんてことを悶々と考えながら、千聖は地面に降りようと右足を一歩後ろへ下げ──体の重心がひどく後ろに傾き、そして思い出した。

 左足がつま先立ちだったことを。


「あッ……」


 気が付けば、視線の真っすぐ先は空だった。


「おぉおおおおぉッマジかよ!」


 すぐに眠に受け止められて地面とタイマンをはる事態は避けられたが、おそらく今日で一番のざわめきとどよめきが周囲を包み込む。

 咄嗟にルナの手を離したから、彼女は無事だった。それだけが救いだ。


「お疲れ。漢気溢れるダイナミックな終了の仕方だな、オレはお前を誇りに思うぜ」

「受け止めてくれるって信じてた、ありがとう。けどおれもうダメみたいだ」


 いっそのこと全員が笑ってくれれば気持ちも楽なのに、どうしたことか騎士も兵士も心配しているような声が聞こえてくる。ルナも、フォールハウトの手を借りて飛び降り、すぐに駆けつけてきた。


「大丈夫ですか!? お怪我は!」

「オレの神対応により無傷だ。心は負傷したっぽいけど」

「とりあえず、僕の方から解散を指示してきますがそれでよろしいですか?」

「……頼んだ……おれはもう隠居する」


 力なくそう答えた将軍は、恥ずかしそうに従者の腕の中にその顔を隠す。


 こうして、後に大きく歴史──だけではなく、世界すらも変えるきっかけとなった共闘は幕を開けたのだった。


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