8話 立場と役割
「貴方の言葉で何とか共闘を飲み込んだ私たちに、外の騎士達全員を納得させられる自信はありません。厚かましいお願いとは思いますが、外の騎士達にも貴方からお言葉を贈って頂きたいのです」
発せられる言葉も、それを紡ぐ声音も変わらず柔らかい。
が、こちらを見やるその眼光はとんでもなく鋭い。
千聖はすぐに気が付く。
フォールハウトは帝国の言葉を信じてはいない。
「あぁ。総指揮をとる責任としておれが説明する」
「お願い致します。それでは、僕も人集めをお手伝いしてきますので、外の事はお任せ下さい」
今度はにこやかな笑顔を残し、そのまま颯爽とテントから出て行った。
残っていた騎士もそれを機に次々と外へと出ていく。
他の騎士達とはあきらかに違う。何がと問われれば、雰囲気としか答えようはないが。
ルナと同じく本拠地アスガルドから来たと言っていたか。
こいつは、確実に他とは別格だ。
テントの中に再び静けさが訪れる。
残されたのは、三人。ルナと、眠、そして千聖。
自然とお互いに顔を見合った。
「と、いうわけでおれが説明することになりました」
まず始めに口をひらいたのは千聖。
「おう、聞いてたぜ」
「あのっ……お手を煩わせてしまって、申し訳ございません……ボクで説得出来ればよかったのですが……」
「いや、気にしなくていいよ。さっきのこともあるしおれが出た方がよさそうだ」
「そーそー! ルナ、この世には言い出しっぺの法則ってのがあってな? それに則って物事が進んでるだけだ、気にすんな」
「お前は本当に他人事だな……」
千聖の溜息交じりの発言を最後に、薄暗いテントの中がまた静かになる。
薄い幕の外側からはいい感じに人が集まっている気配が伝わってきていた。
そろそろみたいだ。
「ルナさん。一つだけお願いしたいことがあるんだけど」
もう一度千聖が口を開いた。
“お願い”の言葉に、ルナは不思議そうな顔をして小首を傾げる。
「はいっ、なんでしょうか」
「説明する時、おれの傍にいてほしい」
「えっ、貴方のそば……ですか?」
何を伝えようとしているのかすぐに察した眠は、そっと近くのテーブルに腰を掛け、今度は茶々をいれたりはせず、大人しくルナの様子をじっと観察する。
ルナは胸の前に両手を組んだまま動かず千聖を見つめて、発言の理由が語られるのを待っていた。
「将軍は軍を勝たせる以前に、言葉で兵の心を動かせないといけない。敵同士の共闘だってそれは変わらないと思ってる。けど、どんな言葉で鼓舞したって人望がなければ意味がない。今回、おれの人望って全くないし……それどころかマイナスっていってもいい。だけど、騎士達から人望の厚い貴女がおれの隣に立って並んでくれれば、それだけでおれの言葉にも騎士達を納得させられる分の説得力が生まれるかなって」
えっと小さく声を漏らしたルナの目線は、すぐに足元へと落ちていく。
「人望、なんて……ボクは……」
胸の前で組まれた彼女の手に、くっと力が入る。
ルナがどんな言葉をつづけようとしているのか、二人はなんとなくわかっていた。
というか、予想するまでもなくわかりきっている。
「先程だって、一人も納得させられなかったボクにはきっと──」
「人望なんてないとか言うんだろうけど、んなことねーって」
本人には言わせるかとばかりに、眠が言葉を重ねる。
「さっきだって千聖だけの言葉じゃ誰も聞かなかったと思うぞ。ルナが連れてきたっつー前提があったからだ」
「そ、そんなことは……」
「眠の言う通りだよ。それにおれ、さっきはそれっぽい言葉並べてみたけど、実際は一人で騎士たちの前に立つのが心細いって部分が大きいんだよね。対等な立場である貴女が隣にいてくれると心強い」
“対等な立場”
将軍という立場である千聖のその言葉に、ルナは顔を跳ね上げた。
そんなことない。対等なわけがない。そう否定するつもりで顔を上げたが、想像していたよりもずっと真剣だった将軍の瞳に、否定の言葉が出てこなくなる。
本気で対等だと思ってくれている人に対して、掛けてくれた“対等”という言葉を否定するのは失礼だ
自分自身で対等ではないと思っているのであれば、尚更。
「恐れ多いです……対等だなんて」
「帝国軍のアタマは千聖で、今この騎士団のアタマはルナ。対等だろ? 自信なくしてんのはわかるけど堂々としとけよ」
「眠さん……」
「それに、ルナさんに足りないのは人望じゃなくて指揮をとる経験。それはおれがカバーする。逆におれに足りない人望は、騎士団の指揮官であるルナさんじゃないとカバーできない。おれにはルナさんの存在が必要なんだよ。だから──」
一緒に、成功させよう。
少し困ったような笑顔と、優しすぎる言葉を向けられたルナの心臓は、明らかに先ほどよりも心拍数を上げていた。
指揮が移ってからほぼ何もできなかった自分自身には嫌気がさして、“本拠地から派遣された医療部隊長“という己の肩書を恥じる程、なんの自信も持てなくなっていた。
でもそんな存在をおれには必要だと、一緒に成功させようと、そう言ってくれる。
うまく乗せられてるなと思う反面、素直に騎士として胸が熱くなった。
出会ってから何度も思っていることだが、帝国と王国は、はるか昔からお互いを憎しみ合い、奪い、殺し合ってきた、決して相容れぬ敵同士。ましてや彼は敵国の将。
ルナ自身も“彼”の存在を憎んできた。
その気持ちは、人一倍に強かったはずだ。それなのに。
自分が忠誠を誓うのはアスガルドにいる騎士団長と、自国のアスガルド王に変わりはない。しかし、将軍と言葉を交わせばその分、目の前の彼に全力で付いていきたいという気持ちが強くなっていくのは確かだ。
不意に、テントの出入り口に垂らされた幕が揺れる。
一人の騎士が顔を覗かせたと思えば、大方揃いましたと、それだけ伝えてまたすぐに姿を消した。
場の空気が一気に引き締まる。
たった三人しかいないが、緊張が薄暗いテント内を覆いつくす。
千聖が一度深く息を吸いこんだ。
眠も体重を預けていたテーブルから腰を上げ、軽く伸びをする。
いよいよだ。
「よし、行きますか」
宣言すると共に、出入り口に向かって一歩踏み出したその背中に向かって、ルナは声を張った。
「龍崇将軍っ」
ぴたりと、その足は止まる。
振り返りはしないが、意識は後ろの少女に向いていた。
「貴方の隣に、立ちます。一緒に……成功させたいっ」
肩越しに見えた笑顔に、ルナの体温がまた上がる。
己の単純さには恥ずかしさすら覚えるが、でも、憧れたのだ。
霊夢という名の少女が独断で仮設基地を守るという行動に出たのも、彼が上司だからなのかもしれない。
彼の行動のほとんどは、よく言えば自由だが悪く言えば勝手。
それでも周りを納得させて背中を追わせるだけの力があるだろう。
助けられたから、優しくされたから、贔屓目にみているのかもしれないが、それでも直接会って言葉を交わした彼は、ルナにとって理想の将軍だった。