7話 フォールハウト
“何からしたらいいかなぁ”
千聖から放たれたその問いが、眠に向けられているのは明白だった。
不意に全員からの注目の的となってしまった本人は、自らを指さし「え、オレ!?」とわかりやすい口パクを見せる。
何も考えずにただ事の成り行きを見守っていた為、発言の用意などしていない。
とはいえ皆視線を逸らすこともなく……。
「とりあえず……外の奴ら、納得させた方がいーんじゃねぇか?」
ここで黙り込むなんて情けないのはご免だと、苦し紛れにヘッと笑って親指で後ろの出入り口を指した。
「結構長いこと放置してたし、揉めてなきゃいーけどよ」
「そ、そうでした! すぐに外の者に詳しく説明を……」
眠の提案を聞いてルナは、テントの外に放置していた大勢の騎士たちの存在を思い出したようだ。そのまま勢いで外に出ていくのかと思いきや、更に何か別の問題でも見つけたようにはっとして今度は千聖を見る。
「あの……帝国の皆さま方は共闘に納得頂けるのでしょうか?」
「そこは大丈夫。共闘自体がおれの指示だし、今後の指揮もおれだからウチは問題ないよ」
「そうでしたか……せっかくお力を貸して頂けるというのに、こちら側で時間をとらせてしまって……すみません」
しっかり統制がとれている帝国兵と比べ、臨時の指揮官とはいえここまで主導を握れない自分の情けなさを実感させられたルナは、誰が見てもわかるほどにシュンとして、その顔を地面に向ける。
眠と千聖はどう声を掛けるべきか逡巡するも、どちらかが口を開くその前に、先ほどまで揉めていた騎士の一人がルナの肩をポンと叩いた。
「ルナ部隊長、まずは説明の為、皆をテントの前に集めてきますね」
「あっ、ええ……そうですね。お願い致します」
その一人を皮切りに、ぞろぞろとテント内にいた騎士たちの半数が外にでていった。
すぐに、皆を集める声が外から聞こえてくる。
さっきまで共闘に猛反対していたとはいえ、一度やると決まれば方針に従い、すぐ行動に移す騎士たち切り替えの早さ。誇らしく思う反面、自分の言葉の説得力のなさを目の当たりにしたようで、ルナの気持ちはさらに沈んだ。
方針を固めたのが敵とはいえ“将軍”だから、だろうか。やはり仲間とは言え自分は頼りにならない存在なのか。なんて、この場ではどうでもいい問題なのは明白だ。わかってはいても、目の前で起こる出来事全てが心に刺さる。
「大丈夫だよルナさん。進展はしたんだし、気持ちは切り替えよう」
「はい……お気遣いまでして頂いて、諸々、ありがとうございます」
「よし、じゃあとりあえず外のやつらをどう説得するか考え──」
「なあオイ! ちょっといっすかー? オレまだ気持ち切り替えられてないんですけどー」
これ以上彼女に気落ちされては何かしらに支障がでそうだ。そう判断した千聖が、即座に意識を他に向けさせようと提案するも──不貞腐れたような顔をした眠が、ふてぶてしいともいえる態度でそれを遮った。
千聖もルナも、一体何事かと驚いて眠の方に顔を向ける。
「不意に注目浴びて変な汗かいたんですけどー? オレの着替えまだですかー」
「え。なんだコイツ」
「おーおー、いきなりオレに話振っておいて忘れちまったなんて、随分いいご身分ですねーご主人様ぁ!」
皮肉たっぷりな言葉と、不満と疑問が入り混じった目で見据えられて、ようやく千聖は先ほど眠に対していきなり話を振ったことを思い出した。
言われてみれば焦った顔をしていたし、困らせたのは確かだ。
てっきり注目を浴びるのは好きなタイプだと思っていただけに、本人から怒られて初めて申し訳ないことをした気持ちになってくる。
「あぁ、ごめん……おれ説得することしか頭になくて、次どうするとか一切考えてなかったんだよ。さっきは助かった」
その一方。眠からしてみれば、確かに千聖に対しての不満はあったとはいえ、ルナの気分を少しでも回復させられたら、なんて気持ちがあってのふざけた発言だった。ボケなのは明らかなハズだが、眠の想像以上に真面目だったらしい千聖はツッコミを入れてくれることなどなく、真面目なトーンで返答されてしまった。
ルナもぽかんとしているし、これは失敗したらしい。
「振られる身にもなれってんだ……そんなで今後大丈夫かよ」
「これから指揮をとる分には問題ない。そんなことより一個頼みがあるんだけど」
この場では一貫して“真面目”を貫く千聖。
空気なんて読んでられるか!とぶち込んだボケだったが、やっぱりこの場で空気を読まないのはまずかったかもしれない。
眠は一度咳払いしてから、彼に合わせて真面目なトーンで「なんだ?」と聞き返した。
「金輪際おれの事“ご主人様”なんて呼ばないでくれない? だいぶ気色悪かった」
一体どんなお願いだろうかと身構えたが……。
変わらぬ声音で言い放たれたこれは、マジなのかボケなのか。
眠は一瞬深く考える。
これは、多分ボケだ。
「……悪かった。お詫びに今度オムライスに“ちーちゃん だいすき”って書くから許せ」
「お前ふざけるなよ」
「ふざけてねーって! オムライスもちゃんとオレが作るし!」
ボケに対しさらなるボケで返すも予想は外れたらしく、こちらに向くのは凍り付くほどに冷たい目。
大真面目に気色悪いと思われていただけのようで、キッと効果音が聞こえてきそうな程に強く睨みつけられた。これは、真剣に謝罪するまで許されないパターンだと気が付く。
「あー……」
観念して謝ろうと口を開くが、しかし、ルナがくすりと笑ったことで千聖の意識は眠からルナの方へと遷移し、すぐに冷たい視線から解放された。
口元を手で抑えて小さく笑う彼女は少し困ったような表情をしているが、確かに笑顔だ。
それを見た眠の尻尾が左右に揺れる。
初めて見かけたときからずっとルナは不安そうで、今にも泣きだしそうな程に切羽詰まった表情をしていた。現にこの短時間で幾度となく涙をぬぐう姿を見ている。
誰の目から見ても身に余る役割と責任を背負わされている彼女の姿を、敵ながら不憫に感じる。
それはきっと眠だけではなく千聖も同じだろう。
だから、彼女の気を少しでも楽にしてやることができるなら、空気の読まないボケを挟んで千聖にマジギレされたところで全然構わない。多分。
「お話から察するに、帝国にもメイド喫茶なる店があるようですね。羽の生えていないメイドも実に興味深い」
ひと段落ついたところで急に脇から聴こえてきたのは、千聖と眠にとっては聞きなれない青年の声。
ルナを含めた三人の視線が声のした方向へと向けられる。
そこに居たのはルナや他の騎士達と同じ、白色の生地に淡い青の刺繍や金の装飾を施した団服を身に纏う金髪の青年。
肩よりも少し長めに延ばした髪はひとまとめにし、左肩に掛けるようにして流している。
彼の青い瞳にジーと見つめられて千聖は、思わず一歩引いた。
気後れする程の、この貴族感溢れるオーラはなんだろうか。
何処かに赤い薔薇でも隠し持っているのではと疑うくらいにキラキラしている彼の姿はまるで、小さな女の子が憧れているような王子様みたいだ。
「申し遅れました、僕の名はフォールハウト。所属は医療部隊ではございませんがルナ様と共にアスガルドから参りました。ここでは飛翔部隊を取り仕切る任を負っております。フォルトとでも呼んでいただければと」
話し方やその佇まいから溢れ出る育ちの良さや、あまりの上品さに、同じ男としてどう対応していいのかがわからない。
迂闊にしゃべれば、自らの下品さを露呈するようなもんだ。
先ほど眠と繰り広げた会話も結構品がなかったから、これ以上帝国の品位を落とすわけにはいかない。
千聖がそんな警戒心を抱いて一歩引いている中、眠が果敢にもフォールハウトに近づいていった。
「さっきの口ぶりから王国にもメイド喫茶とかあんのか! 騎士も意外とノリいーんだな。オレは眠ってんだ、よろしく」
オレ別にメイドとかそれほど興味ねえんだけど、ある程度は話に乗れるぜ!などと余計な補足を付けながらニッと笑って手を差し出した。
フォールハウトは爽やかな笑顔でその手を何のためらいもなく掴む。
(うわ……品もくそもないじゃんか)
熱い握手を交わす二人の様子を無表情で眺めながら、千聖は小さくため息をついた。
そして、一呼吸おいて眠に続いて手を差し出す。
「フォールハウトさん。帝国軍将軍、龍崇千聖です。呼び方は何でも。よろしくお願いします」
変わらず笑顔のまま、それでも千聖の手は取らなかった。
「僕の名に敬称など必要ありませんよ龍崇将軍。暫くの間、どうぞ僕たちをお導き下さい」
手を取ることはしなかったが、代わりに空いている右手を自身の左胸に当て、その場に跪いた。取ってもらえなかった手のやり場を失いながら、千聖は目の前の光景に、あっけにとられる。本物の騎士がする挨拶は、とんでもなく様になっていた。
先程はルナに対してこのような行為を行ったが、いざやられると気恥しいもんだと実感させられる。
帝国には、こんなにわかりやすく目上を敬う文化なんてものはない。
「しかしながら──」
すぐにスッと立ち上がったフォールハウトは、姿勢を正して再度千聖と向き合った。