6話 共闘の提案
「我々に、帝国に投降しろとおっしゃるのですか?」
「いえ……投降などではなく、帝国将軍の指揮下に入るということです」
「だとしても、他の騎士だって納得するわけないでしょう、そんな話」
「何か裏があるに決まってる。そもそも何故こんなにもタイミングよく帝国が手を組もうなどと言ってくるのですか? この機会を待っていたからですよ!」
補給テント内にて。
集められた医療部隊を含む上位騎士たちがルナに詰め寄っているその様子を、
テントの入口横で腕を組みながら帝国将軍とその従者──千聖と眠は何も言わずにただ眺めていた。
入口付近で待機している千聖たちに対し、ただの口論ともいえる会議は、簡易的な長テーブルを二つ挟んだその奥で繰り広げられている。それなりに距離はあるのだが、会話が全て丸聞こえになるほどに白熱しているようだった。
「なーんかカンジ悪ぃな」
「仕方ないよ、おれらって敵だし」
千聖の横にいる眠はこの状況にすっかり飽きたらしく、しゃがみ込んで頬杖をつき、この状況に苦笑いしている。
しばらく続くこの話し合いともいえない話し合い。
ぶっちゃけ千聖も飽きていた。
「帝国がこちらを裏切らない保証なんてあるのか?」
「それはっ……」
「敵国と共闘なんて騎士の名折れもいいところですよ!」
「あの国が無償で王国に手を貸すなんて話、どうかんがえたって信じられん」
たたみかけるような反論の嵐にルナは言葉を失っている。
この状況に及んでなお騎士としてのプライドを持ち続けるその根性は見上げたものであるが、傍から見ればただの意地にしか見えない。
「なー、そろそろ千聖も参戦してやれば?」
「騎士の説得まで引き受けてはないんだけど」
呆れた様子で眠は、こんなことしてるうちにこの場所も割れちゃうぜ。とごもっともな意見を述べながら、ちらりと千聖に視線を送る。
「帝国のメンツは共闘に文句いってねーんだろ?」
「うん、おれの指示だしね」
「じゃーあとコイツら説き伏せるだけじゃん、ルナでも無理ならお前しかいないだろ」
「あの娘だって普段から指揮とってるってわけじゃないから仕方ない。それに彼らはおれの部下じゃないからおれが出たところで火に油注ぐだけだって」
「けどうちの奴ら外で待たせてんじゃん?」
「……そうなんだよ」
ふーぅっと長く息を吐いて、千聖も眠の隣にしゃがんだ。
補給テント内とはいえ簡易的な造りのため、足元は土がむき出しになっている。
一応、座った場合に尻が触れるであろう部分の土が乾いているのを確認してから、千聖はゆっくりと腰を降ろし、膝を抱えて座った。
「ここでおれが説得しちゃうとさあ、のちに凄いって評価されるのは“敵対していた両軍をまとめた将軍”だけになりそうじゃん。おれはルナさんを立てたいから、ここはルナさんの力で切り抜けてほしい」
「ルナのこと随分買ってんじゃん。あ、可愛いからか」
「否定はしないけど違う」
「どっちだよ!」
将軍と従者の間に訪れる沈黙。
「ん……? あ、結局否定ってことか。いやでも否定すんのかよ!」
「可愛いことは否定しないけど理由に関しては否定したんだよ……あーぁ、それにしても話し合い長いなー」
テントの逆端から聴こえてくる騎士団たちのいざこざの声。
この調子だとまだまだ続きそうだ。
外には帝国から連れてきた数人の兵士たちを放置したままだし、ここに入れなかった下級の騎士達も待機している状態。
待たされているこの状況にイラついて喧嘩でも始めるんじゃないかと心配になってくる。
それにこのままここで座り続けても、硬い地面の上、尻が痛くなりそうだ。
「お前はさ、なんでルナの評価上げてやりてーの?」
外の様子でも見てこようかなと腰を浮かせたが、しかし眠に問われ、千聖は元あったように尻を地面につけた。改めて座りなおして実感するのは、すでに尻が痛いということ。
「もし眠が指揮をとっていたとして、今と逆の立場にいたら騎士団に助けを求められる?」
もう一度座りなおした千聖は、抱えた自らの両膝辺りをぼんやりと眺めて眠に問う。
問われて、眠は千聖の視線を辿った。そして行き着いた視線の先、彼の両膝辺りを見つめて思考する。
「頼れば勝確、仲間も生き残れる。頼らなきゃ負確、仲間も死ぬってかんじか?」
「そう。なんだかんだ言ってもおれは無理。絶対助けなんて求めない」
「まーオレも嫌だね。つーかみんな嫌だろ。最後まで自分らでやりてぇかな、それで死んだとしても悔いはねぇだろうし」
「おれもそう。けどあの娘は違う。実際はおれらと同じ気持ちなんだろうけど。でも誇りやプライドよりも戦いに勝つ方を選んだ。仲間の命も選んだ。勝手に帝国の奴を頼って基地に連れてこようもんならヘイトが自分にくるってことも分かったうえで指揮官として、敵国を頼るって判断をしたんだよ」
千聖は一度そこで話を切って、尻についた土を払いながら今度こそ立ち上がる。
視界が高くなることでよく見えるようになった、頑張って騎士たちに立ち向かっているルナの様子。彼女を取り囲む騎士たちがとめどなく異論を唱えているその光景を、じっと見据えた。
「何が正しいかよくわかってる。御国にとっていくら愛国心で死なれたって、土地もとられて騎士も全滅って損害でしかない。だったら後からどんな要求されるかわからなくたって敵の力を借りて、土地も人材も保守した方がトータルの損害は少ないでしょ。その後必ずしも敵の要求に応じる必要もないわけだし。ここまで頭でわかってたとして、それでもおれは頼れない」
「言われてみりゃ、国にとっちゃそーだわな。ただ損しただけ。オレならそんなところまで考えらんねーまま、たとえ負け戦でも自分たちでケリつけることだけ考えちまうわ」
よいしょっなんて掛け声を出しながら、眠も千聖に倣ってその腰を上げる。
言われてみれば当然ともいえる意見だが、忠誠や愛国心こそ正義と思っていた自分では決して考えが至らなかった部分。
王への強い忠誠心を持っていながらも当たり前にそこを思慮できる彼は、やはり将軍が務まるだけあるなと感心していた。と同時に、いやそれ以上に、女の子に現を抜かしたわけではないことに安堵した。
「今は非難しかされなくても、共闘が成功して王都に戻れば、必ずこの判断は英断だったと評価される。おれは、あの場で一人“頼る”って判断をしたあの娘は本当に勇気があるし、すごいと思う。だからこそ彼女が評価されるべき……だけど……さすがに時間がかかりすぎてるからやっぱり口挟んで来るよ」
そういって、千聖は一歩踏み出した。
眠の目にちらりと映った彼の表情には、何やら自信の色が滲んで見える。
少し上がった口角から余裕すら感じ取れる“将軍”は、従者のリアクションを待たずして少女を取り囲む群集へと足を向けた。
堂々とした動きに合わせて翻る朱いマント。
大勢の騎士達に向かって突き進んでくその後ろ姿は、男からみて憧れるほどに格好よかった。
「やっぱかっけーな……」
自分より幾分も小柄な主を眺めながら、ぽつりと零した独り言。
彼は一体どんな言葉をガツンと浴びせ、風向きを変えてくれるのだろうかと、期待していた──が。
「あのっ……ちょっといいですか、私帝国軍の──あ! すみません。もうしばらく話し合いされてますけど……時間があまりございませんのでそろそろ……」
見せたのは、想像を絶する低姿勢。
思わず、眠の口がぽかんと開く。そして、一度開いてしまった口が塞がらないまま、何も言えず低姿勢な姿を凝視することしかできない。
「この土地を革命軍に落とされるのは帝国としてもいい話ではありません。そこを前提にしたうえでこの提案は、そちらの医療部隊長に恩があってのものですので、作戦終了後に改めて報酬を要求するなどということは、当方としても考えてはおりませんでして」
将軍が敵国の一般兵に、これでもか!とばかりに腰を低くし、丁寧な説明を開始している。
「将軍殿、お言葉ですが我々はあなた方の真意をはかりかねています。やはり私どもも国を背負っております故、やすやすと降伏するわけにはいきません。貴方様ならご理解いただけるかと思いますが、ここでの我々の判断が、のちの騎士団全体の総意ととられることもございます。差し迫った状況であれ、そう簡単に判断を下せる問題ではないのです」
しかも驚くことに、先ほどからルナにデカイ態度をとっていた奴らも将軍の態度につられたのか、低姿勢になっている。
ここにきてようやく、話し合いと言えるものが始まった。
「心中はお察しいたします。ただ、帝国に投降するという認識は持たないで頂きたい。そもそも、この地の戦いは騎士団と革命軍の戦いといった認識です。私ども帝国軍といたしましては、一つの勢力として参戦するつもりはございません。あくまで戦闘区域が自国の領域に達するのを阻止する目的で参りました。この戦の勝者として名乗りを上げるつもりもございませんので、決して投降ですとか、降伏ですとかそういったものを要求しているのではなく、あくまで共闘といった形でご提案しております」
「自国領域への戦場拡大、その阻止のみを目的としたへーリオス防衛の為の共闘、ということでしょうか」
「ええ、そうですね。共闘後、帝国はへーリオスに対する一切の権利を主張しないこと、加えてアスガルド王国及び騎士団に対して如何なる要求も致しませんことをお約束します。共闘の際、指揮は帝国軍、騎士団併せて私のほうでとらせて頂ければと考えておりますが、時間の経過とともに戦況が悪くなることに変わりはございません。もちろん私が指揮をとるかぎり勝利の確約は致します。しかし騎士の皆さん個々の生存率は、今ここで判断にかけた時間に比例して下がるものとお考え下さい。どうか、勇気あるご決断を」
千聖が敵将であるとはいえ、目上の地位に就く存在であるという認識を持っているらしく、騎士たちは律義にも千聖の言葉に最後まで耳を傾けていた。
静寂が包み込むテント内、語り終えた千聖は周りの反応を伺う。
特に誰も発言はしないが、仲間内で顔を見合わせる騎士たちの様子から、黙諾を得たと捉えても差し支えなさそうだ。
ちらりとルナを見やれば、彼女もこちらを見ていたようで見事に視線はぶつかった。
これでいいかな?と小首をかしげて見せれば、大袈裟な程に頷き、小さいがハッキリとした声で彼女は答える。
「よろしくお願い致します、将軍」
ルナの返事に、周りの騎士達も渋々といった様子ではあるが頷き、話は完全に共闘する方向で纏まった。
テント内の空気は、先ほどよりギスギスしてはいないが依然重たいまま。
皆、千聖を見つめていた。共闘は決定したが、で? どうする? と言いたげに、全員が千聖の次の発言を待っている。
「えぇーと、じゃあまず……」
正直次にどうするかなんて、頭になかった。
一旦解散する? それともこのまま作戦でも考える?
そもそも騎士団って普段どんな流れで作戦組んでるんだ? こっちのペースでやっちゃって大丈夫なのか……?と一気に色々な思考が頭を廻る。
逆に考えすぎて、答えから遠ざかっていく。
無音の空気に耐えられず、困ったように笑って後頭部を掻きながら、千聖は振り返って眠に視線を向けた。つられるように、この場に在る他の視線も全て眠に向かう。
「ねえ、何からしたらいいかなぁ?」
千聖は、完全に気を抜きとぼけたような顔をしている従者を巻き込むことにした。