SS リベル⑦
「はぁぁぁぁぁ!!」
まず現れたのはアウリスハウンド、空中にはアウリスパララバットの群れだった。
グランはすぐさま地面を強く踏み抜く。ごく小規模だが地震が発生する『震脚』を使って、アウリスハウンドの隙を誘う。揺れによって機動力を失った者からグランの両剣の餌食となるが、それも何体かはすり抜けてしまう。
迫る魔物を前に、僕は能力を解くか逡巡する。
確かに『意識収束』を解けば迎撃する事は出来るだろう。しかし今解けば、魔物に囲まれたグランは力を大きく落とした状態で戦闘をする事になってしまう。そもそも制限時間と再使用時の持続時間がどんどん減っていってしまうこの能力は、一度発動させた後能力解除しないように立ち回らなければならない。
だから僕はダメージ覚悟で解かない選択をした。
肉薄する魔物に目の前で腕をクロスさせ、防御姿勢だけ取ろうとした時、魔物に囲まれほぼ見えなくなっている"家族"が怒号をあげた。
「やらせるかああぁぁぁぁ!!!」
グランから三日月形に飛ぶ斬撃『月影』が、僕に襲い来る魔物を全て切り伏せた。更にグランの周りの魔物も、僕側に居た殆どが両断されており、地面にもその傷痕が深々と残っている。
「すまない」
「気にすんな、それより次が来るぞ」
一旦後ろに下がり僕の隣まで来たグランに、僕は指を少し切り滲む血を飲ませる。『血癒』による回復と『血の盟約』の効果で僕の血を飲んだものの能力を一時的に向上させる。自分自身にも効果はあるが、無いよりマシ程度のもので、主にこの能力は仲間に対して使うものだ。
そうして回復と能力向上を終えたグランは、次の敵に向かっていく。10匹、20匹と倒していくが、奥から次々に魔物が押し寄せてくる。徐々に戦線は下げられ、後ろの道に押しやられていく。
その時、ふと亜人領へ向かう道に魔物が一切行ってないのに目が行った。
「ねぇグラン」
「ふっ!んん?どした?」
「どうして亜人領の方には魔物が向かわないんだろう」
「あー。亜人は人間より身体能力が高いし、今は亜人族の集会時期と被ってるから、強い奴等がわんさか居るのさ。だから今は手を出したくないんだろ」
「そういうものなのかな」
「それにこの先は確か狐亜人って逃げ足の早い奴等が住んでるとか聞いたな。もしそいつ等に援軍を呼ばれたら…」
「なるほど、確かに面倒だね。けれどそのせいで戦線が徐々に後退させられている。捌けなくなるのも時間の問題─」
言い終わる前に、ドサッと隣から倒れるような音がした。
魔物にしては軽く、けれど重いものが落ちるような重低音がそこに響いた。
僕はその音に直感的に振り向く。嫌な脈動が自分を支配する中で。
「ッ!!グラァァァン!!」
倒れていたのはグランだった。
呼吸は短く、痛みを堪えるように右脇腹を抑える。そこからは魔物の牙が刺さっていた。中ほどから斬ったのだろうそれを強引に引き抜くと、すぐさま『血癒』を発動しながら自身の血を刷り込んでいく。
その間にも魔物の侵攻は止まらない。
グランが倒れた時点でこの戦いを続けるのは不可能だった。
リベル一人の戦闘力は、対多数を得意とするグランに対して対一を得意とした僕には不向きだ。しかもグランほどの体力も無く、すぐに瓦解するのは目に見えていた。
だからこそ僕はその場から逃げた。
グランを担ぎ、『加速』と『意識収束』を自身に掛けてただひたすらに。国や村の人達が殺されるかも知れない、だからこその戦いだったのに。
何が『勇者』だ。何が「少しでも減らせれば」だ。僕は結局弱いままじゃないか。
悔しさと自責の念に押し潰されそうになりながらも、せめてグランだけは、そう言い聞かせて駆け続ける。
だが現実は甘くない。
グランの『気配察知』ほどじゃないが、長い間魔族領に居たお陰で魔素の濃度から敵の有無だけなら、近ければある程度察する技術を身に付けていた。だからこそ分かる、敵が複数追って来ている、と。
このまま逃げ続けても追い付かれ殺されてしまうだろう。けれど、こんな弱い僕がグランを護りながら戦えるのか?本当に?
その時ようやく気づいた。僕は過去を克服したんじゃない。グランがずっと傍に居てくれたからなんだって。
僕は覚悟を決めた。グランが傍に居てくれるから戦うんじゃない。
僕が、"グランの傍に居続けたいから戦うんだって"。
グランを木の幹にそっと掛けさせ、魔物と対峙する。
魔物は11、狼型が4、鷲型が3、小鬼が3で大鬼が1。
厄介なのは鷲型、アウリスレッドホークと大鬼、アウリスレッドオーガ。
レッド、つまり赤い肌の魔物は上位種で普通の魔物より凶暴性も高く、そして強い。
汗が止まらない。呼吸も激しく寒気がする。だけど僕は一呼吸、息を少し吐くとまずは挨拶代わりにと狼型の魔物に急迫する。
一匹を十字に切りつけると、倒れた狼型を蹴り飛ばし、その身体で自身の身体を隠すようにして移動する。そのまま倒れた狼型を細剣で貫きながら、更にもう一匹を絶命させる。
『加速』を使い、木々を蹴って木葉を舞わせると、小鬼達の視界を奪っていく。そこへ背後から忍び寄り一匹、首を撥ねる。続けざまに回転しながら長剣を抜き、居合のように一気に振り抜き一匹。更に長剣を戻し、細剣を胸の前で突き出すように構えると、そのまま『加速』による突撃で更に一匹。
そして近くに居た鷲型を木葉が落ち切る前に胴体を掴み、強引に地面へ叩き付けると長剣を突き刺し絶命させる。
高速で飛来してくる二匹の鷲型。僕をよほど強い敵だと認識したのか、連携して撹乱するように飛び回る。
だが、魔素の濃度からある程度の距離を測れるようになった僕には、その行為は無意味だった。
一匹が背後を取り、もう一匹は地面スレスレで攻撃を仕掛けてきた。おそらく、跳んで回避したところに一撃、ってところだろう。だけどそうは行かせない。
僕はその場で後転しながら攻撃してきた鷲型を回避し、空中で上下逆転した状態で長剣を振り抜く。勢いよく飛んできたのが仇になった鷲型は、回避しきれず剣の錆に成り果てた。
行ける。僕だけでもっ!
そう思っていると大鬼の姿が見つからない。あれだけ大きければすぐ見付かるようなものなのに。
それに回避したもう一匹の鷲型の姿も無い。
そうして辺りを見回した時、微かに悲鳴のような声が聞こえる。
「まさか──」
遠くから発見したのは、今まさに襲われているグランの姿だった。
「くっそ…くそおおおおおおお!!!」
飛び掛り、『加速』に任せて縦横無尽に駆け回りながら、大鬼の身体を切りつける。しかし、流石上位種だけあって細剣の攻撃は思うように通らず、長剣の攻撃も逆にこちらの刃が欠ける始末。
だが怯ませる事には成功し、グランを敵の手から救い出せた。
状態を確認するも右脇腹の傷がまた開いており、汗も尋常ではないほどに滴り落ちている。
このままじゃ…
あれだけ決意を固めても、これだけ頑張ってみても、僕はきっと『勇者』にはなれないだろう。だけど──
「大切な人ぐらい守れる男にはなりたいと思っ…がはっ」
半ばヤケクソになりながらも、自分を奮い立たせるように叫んだ言葉は、最後まで言い切られる事は無かった。
大鬼が振り抜いた棍棒が直撃したからだ。丸太ほどの太さと重さを持つそれにやられ、浮遊感とは別の意識が薄れる感覚の中、吹き飛ばされた空中で見たものは、グランが立ち上がり『遠投』を発動させる構えだった。
グランは僕を掴むと、魔族領に調査の時に見つけた川があるのを確認すると、思い切り力を込めて投げ飛ばした。
「グラン!」
「すぐ追い付く。先に逃げろ、リベル」
僕はそのまま川に流され、程なく脱力感に見舞われる。
次に目を覚ましたのは狐耳の亜人達が警戒する輪の中だった。




