怖いわっ
ハル達への凄惨な罵倒は今なお続いており、その声が止む気配は無い。
商人達も他の冒険者達も揃って笑う。
酒場やギルドの職員も居るが、誰も止めようとせず知らんぷりしている。
すると、俺が職員の方を向けている事に気付いたチャラ男が、嫌味たっぷりに理由を聞かせてきた。
「なんだ。職員達まで無視している理由が知りたいってか」
「普通に考えればおかしいだろ」
俺が喋るや否や、オードと同じ嫌悪感や根も葉もない噂が飛び交う。
「へぇ、お前も知性ある魔物かよ、驚いた」
「俺はそうかも知れないがゴブリンは亜人の分類だろ」
「ハッ。あんなもんを亜人に入れられちゃかなわねえな。しかもこのアウリスの地じゃ亜人も差別対象だ。別に魔物と言おうが取り締まられる事も無いさ。
そうだな。後ろの狐なら俺の奴隷として雇ってやってもいい。もちろん、俺のミルクが報酬だ」
「ぶっ。バン、それマジでウケる〜」
「最高ッ!それ最高ッ!!ギャハハハハハ」
「……最低」
流石にこれは酷い。交易都市と聞いていたし、門もかなりしっかりしたものだったから、てっきり警備や治安もいいものだと勘違いしていたが、蓋を開けてみればなんてことは無い。
そもそもこれだけ人が毎日入れ替わり立ち替わりする場所で、それこそ王族や貴族が幅を利かせている訳でも無い。
ギルドこそがこの町を支える拠点であり、そこに登録している冒険者達がその威光を自らの力と錯覚しているのも、きっと自然な事なのだろう。
それでもこれは酷い。こんな場所に居るのは胃が痛くなりそうだ(胃なんてこの空洞な身体のどこにあるか知らんが)。
あの最近表情が豊かになってきたと感じるユキでも、あんなに冷めた目を向ける姿を見たのは初めてかも知れない。
そろそろ一言注意せねばと動き出そうとした時、ユキの様子がおかしい事に気付く。
まるで操り人形みたく腕をダランと下げ、息を潜め、一点だけを見つめている。
腕以外はよく見る、獲物を狩る時のユキのよう。最近じゃ芋の大量生産に成功しているが、たまに味変を求める辺り食にはうるさいのかも知れない。
少し脱線したが、もちろん獲物も魔物であれば場所によっては人間でも有り得るというが、流石に場所が悪い。
以前、ユキがギルド内での揉め事を止めたように、俺達が殺気付いているのを察して、周りからも得物に手を掛ける者がちらほら窺える。
この場合、どちらが悪いではなくどちらが先に傷つけたかが問題視されるみたいで、例え相手が挑発していたとしても、ギルド内での戦闘はご法度、先に手を出した方が悪、って事らしい。
その事を明らかに悪用して、まるでそれを盾のように振りかざし、いざ自身に非が及べば、今度は周りが増長し力を貸す。
見れば周りの中にも何人かは、目の前のチャラ男と同じような顔をしながらユキを舐め回す様に視線を泳がす。どうやらチャラ男はギャラリーの何人かはグルのようだ。狙いはユキの反抗を理由にさっき言ってた奴隷にでもするつもりだろう。
はぁ〜。なんだって魔物や亜人ってだけでこんなに扱いが悪いかねぇ。いやまだ魔物は分かる。人間に取って悪である事の方が多い、だろう。だが亜人まで嫌悪する理由は何なのか。
オードみたく魔物寄りだと言うならば話も分かるが、ユキはどちらかと言えば人間に近いと思う。いや、それも俺の知識の範囲内で言える事だから、異世界ではそれが普通なのかも知れないが。
なんてウダウダ考えている間にもチャラ男の下品な発言は続き、もはや一触即発の空気になっていた。
最悪、ハル達やユキ達を纏めて収納してトンズラこくか、そう思って『竜巻頭突き』を構えた時、ガヤガヤと騒がしい酒場内に大きいでも無いのにやたら響く声が聞こえた。
「ユキちゃん、ハルちゃん達、お待たせ〜」
めっちゃ軽い感じの声が。
当然、全員がそちらを向くと何やらルンルン気分のオカマが、頬を赤らめながら入ってきた。
「やっぱり流石はガレットね。情報も豊富だし何よりあの回復薬!もう飛ぶ鳥を落として下拵えする勢いだったわ」
意味分からんの前に何してんだこのオカマは、と思っていると、チャラ男が俺達の仲間と理解した瞬間、爆笑しながらフェリエを指差した。
「アハッ、アッハッハッハ、ハハハハハハ!!マジでハーヴェルト、お前少し見ない内に素敵なパーティー作ったよな。何なの?お前そういう趣味だったの?ぶふっ」
「なっ。僕の事は好きに言ってくれてもかまわない。けれどユキさんやフェリエさんは関係ないだろう!」
「いやいや、流石は下級貴族様。たかだか騎士爵程度で貴族みたいな事言ってくれちゃってさぁ。
俺は悲しいよ。ああ悲しい。子爵家の跡取りであるこの俺と違って、ただ継承もされない平民まがいなハーヴェルトくんが、貴族の猿真似をしている事に。ああー嘆かわしいー」
あのチャラ男も貴族なのかよ。だからあんな強気なのか。
けれどこの町では王族も貴族も居ないって話だったが、そういや養成学校がどうとか言ってたか。やな学校だな。
「くっ、君って奴は…」
「あら、あなたバルド・フォン・フォード子爵様の息子さんかしら?」
ハルが文句をぶつけようとしたのを割り込む形で、フェリエが声を掛ける。
「ほう。如何にも、俺がバン・フォン・フォード卿である。オカマにしては博識だな」
「ありがとうございます」
しかもなんか普段見ない感じの対応をしている。あれが商人モードなのだろうか。
「ふむ。あの貴族まがいや狐や魔物よりかは話せそうだな。よし、名を名乗るのを許可してやろう」
「ありがとうございます。嬉しい限りでございます」
なんかすごくムカつく。世渡りではこういうのも必要な事なんだろうが、それでもああいう奴が皆を先導していくのかと思うと、どこの世界でも同じもんなんだなと思ってしまう。
フェリエは跪き頭を垂れていたが、顔を上げチャラ男を見ながら堂々と自身の名を告げた。
「私の名はフェリエ・リエール。アルストレアにてしがない商人をしている者です」
そう告げた瞬間、急速に酒場内の空気が冷たくなっていくのを感じた。チャラ男もそうだが、周りの客や冒険者達、更にギルドの職員まで、いずれも顔を真っ青にし、何度も確認するようにフェリエの顔を凝視している。一体どうした?
「は、はは」
「あら、顔色が優れませんがどうなさいました?」
「嘘…そうだ、嘘を付くな」
「嘘、と言いますと?」
「アルストレアから滅多に離れる事は無いと言われる大商人の名を名乗るとはな、この世間知らずめ。この俺に向かって僭称するとは馬鹿も良いとこ…」
「職員さ〜ん。アタシのギルドカード、確認して頂けるかしら?」
「あ、はぃ…えぇと、お、お預かりします」
そう言って職員に自身のギルドカードを提示しつつも、さり気なくユキに近づき手を肩に回す。
「落ち着きなさい。暴れる場所は考えなきゃね」と小声で言い聞かせるフェリエの元に、職員が恐る恐るといった感じで、恭しくカードを返還する。
「間違いなく、フェリエ・リエール様のギルドカードでございました」
そう言って。
もはや言い逃れも許されない、そんな雰囲気の中、フェリエが言った。
「アタシの旅仲間であるハルちゃん達と、可愛いユキちゃん、オードちゃん達にひどい言葉を浴びせていたようだけれど、文句ならアタシが聞くわよ?さあ、子爵家の御子息様、どうぞお聞かせ願いますわ」
「嘘だ…馬鹿な…そうだ、ギルドカードを盗んで…そうだ!こんな場所に居るわけが」
だが、その言葉が言い終わる事は無かった。
何故ならフェリエがチャラ男に瞬時に急迫したかと思えば、片手を喉元に指を垂直に押し当てるようにして、もう片方は肩に回し、逃亡を封じるように立つ。そして耳元に顔をやり、そっと囁くように、けれども周りの者にも聞こえる声音で言った。
「アルストレアが三強の一人、"戦鬼"と呼ばれた腕前、あなた達の前で披露してあげても構わないのよ?ただ、見た者は死ぬ、なんて噂があるみたいだけれど」
殺気と覇気を綯交ぜにしたような、威圧感と壮絶な闘気がギルド内全てを包み込む。
その力は圧倒的で、ある者は立っていられず腰を抜かし、ある者は顔を蒼白にし、商人達は全力で傭兵達を盾に、酒を煽っていた者は一気に酔いが覚め、職員達でさえもゴクリと唾を飲み込んでいる。
だがフェリエはそれだけを言うと、またいつもの調子で「さあ〜ハルちゃん達、依頼達成の報告してきちゃいなさい!」と軽い感じで言った。
それを聞いてハル達はビクッと身体を震わせると、ぎこちない動きで受付口に向かう。対応する職員は、この面接に受からなきゃあとが無い大学生みたいな顔色で仕事をしている。
程なくして依頼達成の確認が取れたようで、ハル達に報酬が受け渡される。
余談だが、この依頼達成時に貢献ポイントが入るようで、その量で昇級や依頼達成率が測れたりする。
「終わったみたいね。じゃ、行きましょう。こんなむさくるしいところより、外でお買い物しに行きたいわぁ〜」
ハル達の依頼達成を見届けたフェリエは、すぐさま皆を出口へと誘導する。
手を出そうという者は誰も居らず、逆に道をモーゼの如く開けていく姿は少し笑いそうになる。
俺達が全員出たのを確認したフェリエは、最後扉を閉めるついでにチャラ男へと声を掛ける。
「バン・フォン・フォード卿、だったかしら。その名前、覚えておくわ。いつでもいらっしゃい。歓迎するわ」
そう言って扉を静かに閉めた。
もう俺達の姿は見えないだろうに、中からは騒ぎ声ひとつ上がらない。だが数秒後には、ドタバタと崩れるような地響きがした。
てか最後の言葉、完全に挑発を含んだ嫌味だな。サラッとし返す辺りが俺達と違うところだ。
「ああーやだやだ。これだから勘違いした貴族って嫌なのよね〜。爵位持ってるのは親なのにねぇ」
フェリエは既に通常モードで手で顔をパタパタと扇いでいる。
「てか、色々突っ込みたい事は山々なんだが、戦鬼って…」
ハル達やオード達が何やら遠慮、というか引き気味なので、代表して俺が訊ねる。すると、満面の笑みで所々ポーズを決めながら、まるで演劇をするかのようにこう答えた。
「うふっ。アタシの通った後ろには、綺麗に整地された道しか無い。例え魔物が行く先に待ち伏せていたとしても、荒れ果てる枯れた地であっても。
そう、あの鬼のような化物を見たら気を付けろ。奴は大商人の皮を被った悪魔だ!
その恐怖の名を胸に刻み、そして伝えるのだ!悲劇をこれ以上連鎖させぬ為にも!
奴の名はフェリエ、戦鬼フェリエ・リエールなり!!
って吟遊詩人の人が演説しててね、あれ凄く面白いわよね。アタシ、大爆笑しちゃった」
「「「「「「「「「怖いわっ」」」」」」」」」
全員の声が初めてハモった瞬間である。
あとで修正するかも。




