フェリエとリベル 前編
ドルガのステータスを確認すると、能力欄から『嫉妬の執念』という文字が消え去り、顔の血色も良くなっている。
逆にユキの方は暗い炎にその身を文字通り焦がしながらも、しかし何事も無かったかのようにケビンJrの方へと駆けていく。
『詳細鑑定』を解除し、その身を見てみるが、まるで何も起きていなかったと言わんばかりに普段の姿を見せるユキ。
自分の勘違いだと否定したい思いとは裏腹に、『詳細鑑定』で見たステータス結果に、思わず無い喉を鳴らすかのように息を呑む。
個体名:ユキ Lv.24
真名:ユキ・ウィンフィ
種族:狐亜人 転生者
属性:風
固定称号:疾風
変動称号:哀れな傀儡
職業:ローグ
固有能力:Lv.4
風帝
千里眼
窃盗鑑定
能力:
妄執
隠蔽
疾風迅雷 Lv.10
風の加護 Lv.20
空中跳躍 Lv.10
強奪 Lv.17
速度補正
回避補正
奪取補正
簡易収納 Lv.5
縮地 Lv.10
毒耐性 Lv.2
投擲 Lv.3
技量開示
魔法:Lv.0
能力:『妄執』
対象の能力『嫉妬の執念』を自身に取り込む事で、自身を強化する。
発動すると、取り込んだ対象の『嫉妬の執念』は消える。
取り込む毎に自我が少しずつ崩壊していく。
確かにおかしいとは思っていた。
回避補正の効力が、他の補正と呼ばれるものよりも効果が異常すぎるとは。
けれど俺はそういうもんだと思っていた。
事実、俺の能力にしろオードの能力にしろ、穴ボコだらけの名前詐欺効果。
フェリエの能力も読みづらいが、先程の話し合いに聞いた身体強化というものもそうだ。
普通に聞けば身体が物凄く強くなる、みたいな名前なのに実際には自身の絶好調時の調子を維持するなんて微妙な効果。
まあきっと、能力を作ったであろう先人達の努力の限界がそれだったのかな、とか色々思うところはあるけれど。
そしてユキの見に着けている服。
前に鑑定した時では分からなかったが、服の繊維そのものに鑑定結果を隠蔽する効果を持っている。
こういう物は魔道具というらしい。実際オードの杖もそれに該当するんだが、普通は自力で買えるような代物では無いらしく、オードも師匠から貰うまではキノーヒの棒という植物の枝で代用していたようだ。
ともかく、ユキの現状を把握出来たのは僥倖だった。
能力を使う場面が無ければ、きっと今の俺の力でも見破る事は難しかったかも知れない。
今の俺…一度砕かれた事までは覚えている。
だが、ノーリンに声を掛けられるまで、俺の意識は無かった。
今まで眠気を感じた事も無かったにも関わらず、その時だけは意識も記憶もハッキリしない。
きっと死んだ事は間違い無いとは思う。だが、何故今こうして生きていられるのか、謎でしかない。
あの時見えた黒い靄…ドルガにも見え、フェリエにも心当たりがあるという。
一体何だったのだろう?
そんな疑問を浮かべつつ、今日はとりあえずゆっくり休もうとフェリエが言い、オードとユキもそれに賛成、ドルガも渋々従ったようだ。
───深夜
皆が寝静まり、フェリエが張った光る結界をボーッと眺める俺に近寄る気配。
それに気付かないフリをしていると、その気配はどんどん近付き、やがて真後ろまで来たその時。
俺は振り返りざまに『成長する収納』で無理矢理捕縛しようとするが、寸でのところで避けられた。
「んもぅ、びっくりするじゃない!」
そこに居たのはフェリエだった。
夜番は俺がするから皆はゆっくり休めと言っていたし、フェリエの結界のお陰でほぼ安全であるから、わざわざ俺のところに来た気配を警戒するのもおかしくないと思って、捕縛しようとしたんだが。
「そりゃこっちのセリフだよ」
両手にコップを持っているところを見るに、どうやら何か話をしに来たのだと察する。
ことりと置かれる木製のコップを見て「俺は味が分からねぇって言ってるだろ?」「そうだったわね」と会話の後、しかし一応礼儀として収納へと入れる。
それからしばらく無言の時間が続いた。
何を話に来たのかは分からんが、先刻のドルガの話だと睨み、俺から話を振る事にする。
「ドルガの話の中で出てきた商会で、薬を横流ししたのはお前か?」
その問に「ええ」と何でも無いように言うフェリエ。
薬が出回らない時に、わざわざそんな効果を持つ薬を使う意図が分からないと思っていたが、きっと半信半疑で試したのだろう。
そしてその効果に思わず、ってところか。
流した理由はおそらく…
そう考え込んでいたところで、フェリエからようやく声が掛かる。
「商会と王宮とのコネの為、なんて言っても多分信じてはくれないのでしょうね」
「まあな。フェリエが国王様にご執心なのは見てて分かる。何か目的があるんだろ?」
だがフェリエは空を見上げたまま、喋る気配は無い。
数分経ったところでフェリエから、「聞き耳立てられるのは好きじゃないわ」と独りごちる。
すると数歩後ろからユキとオードが姿を見せる。
こんな近くまで来ていたのに、気配を感じ取れないでいた事に驚きつつも、どうやらオードの風魔法とユキの称号『疾風』で発生する風を併せて、音の振動を弱めて潜伏していたらしい。
お前らホント器用ね。
いや、それは俺にも言えるのかも知れない。
以前の俺は、オードやユキみたく気配や魔力を感知する事が出来ないでいた。
もちろん足音や呼気は感じられるのだが、それも普通の並の魔物程度だろう。
だが今は能力に感知スキルが無いにも関わらず、フェリエの気配を感知出来ていた。
原因は概ね分かるが…何故…。
「フェリエが神妙な顔してたから」
「フェリエの飲み物美味しそうだなと」
真面目に考え事をしていたが、二人が各々理由を言い反省する声を聞き意識を戻す。オードぇ…。
フェリエの方は仕方ないわねと、二人も近くに来るように促し、自身の収納から飲み物を渡す。
二人は飲み物を貰うとそのまま座り、それを確認したフェリエが続きを話し出した。
「アタシはね、以前あのバカに…リベルに救われたの」
それを皮切りに、フェリエは記憶の断片を紡ぐようにゆっくりと話始めた。
───アルストレア国近辺の林
一台の馬車が悪路の中、昼の日差しが木々から零れる林を突き進んでいた。
馬車の中では壮年の男性と見た目は若いが三十後半の女性、そしてその二人の子供であろう者が、仲睦まじく会話をしていた。
だが、その夫婦は林の奥に行くに連れ、冷や汗を流している。
子供は危険な魔物でも居るのかと怖がったのだが、急に頭に強い衝撃が来たと同時に意識がハッキリしなくなる。
そのぼんやりとした意識の中で見たものは、父親と母親が自分を林の地面へと転がし、ニンマリと笑う姿だった。
その子供は商家に産まれた。
そこそこの有名さとそこそこの裕福さ、その第一子として産まれた子供は、父と母の愛情を全身に浴びて育った。──5歳の誕生日までは、だが。
5歳の誕生日に連れて行って貰った鑑定屋で、その子供は魔法への才があると適正が出た。
しかしアウリスの地に生きる者は酷く魔法を嫌う。
それは、魔物と呼ばれる人に仇なす者や亜人や魔族、そしてエルフといった人の形を為す異形の者達が、魔力を使っている事が主な要因だった。
今でこそ魔法は人間に取っても有用である事は、魔術師と呼び声の高いラムズによって、アウリスの地にも浸透したのだが、当時はまだまだ敬遠される忌むべき力だった。
だからこそ、その子供は魔法の才ありと鑑定屋から告げられたその時から、商家からの外出を禁じられた。
商人として仕事を覚え、人を見る目を養えるようにと自分達の手伝いをさせていたが、人前に出し、万が一鑑定屋での事が明るみになれば、それは商家そのものが危険に晒される。それだけは避けねばならない。
夫婦は鑑定屋を買収し、子供には自室で勉学に励ませ、運動などは家族以外執事すら入れぬ区画の中庭で遊ばせるなどして、外界からの接触を全て絶たせた。
だが、その子供は魔法に置いて、引いては光魔法の天才だった。
深夜、見張り番もウトウトと意識を落とすような時間、子供は隙を突いて部屋から抜け出す。
その頃、既に一里眼という十全に扱う事が出来れば自身を中心とした2km先の景色を見れるという固有能力と、部屋の外から鍵を弾き飛ばしたり、灯り代わりに出来る光魔法の初級技光弾を扱えた。
本来、魔法とは自身に存在する能力素を何らかの方法で封印せねば、魔力との相反によって対消滅されると言われていた。
それはアルストレア国に最も近い大森林、グラロマニカの中心部、ノーデンス大聖洞を見ても明らかである。
だが、その子供は天才だった。
能力素を封印する事無く、自身の魔力を制御しつつ能力素を一時的に意図的に止めるという離れ業を使って、見事能力素を扱いつつも魔力すらも操れるという技法を編み出した。
子供は鑑定屋での結果から両親が発覚を恐れ、自身を軟禁する事に何の相談も無く決められた事が不服だった。
だが、軟禁され見張り番や食事を持ってくる者、そして両親の訪れる時間帯を正確に記憶、把握し、一番警備が手薄になる時間を見つける。
そうして子供は魔力の制御の練習を始めた。
この商家はアルストレア国に近い町で交易も盛んで、もちろん魔術師ラムズの話も聞いた事はある。
町の広場で演説をした事があった。
魔法は忌むべきものではなく、人々に安寧を齎せるものだと。
行き交い、通り過ぎる者達。
ある者はクスクスと笑い、ある者は出ていけと叫ぶ。
そんな中で、自分も幼いながらに聞いた事があった。
『魔力を取り込むのは、要はバランスだ。大気に満ちる魔力など、こんな町中ではそうそう多くない』
確かそんな話をしていたはずだ。子供はどうせ暇な軟禁生活、両親の気が変わるか封印する手立てでも無い限り、自分は一生この部屋の中で過ごす。それなら、魔法の練習でもして研鑽を積もう、と。
子供は親の言うことをよく聞く子だった。
だが、そこに自分の意思が無かった訳では無い。
親の言う言葉をよく理解し、そしてそれが正しい事だと思ったからこそ、親の言葉に従ってきた。
だが、今回の事は親の意見は間違っているように思えた。初めて親に疑問を抱いたのだ。
もしかしなくとも、自分はあの魔術師の魔法に魅せられていたのかも知れない。そして、誰もが否定したあの魔術師の言葉を、自分は正しいと、そう思っていたのだろうと。
きっと、魔法は今までの交易を大きく変えられる力になると。
だから、その子供は子供だからこそ柔軟に、それをやり遂げていた。
能力と魔力の同時制御、ラムズすら到達しなかった一つの完成形を。
時は流れ、子供は10歳になった。
既に魔法使いと名乗れる程に魔法に長け、能力も収納や希少とも言われる審美眼を持ち、そして勉学と物の価値を見極める力。
こんな環境だった為、人を見極める力は些か弱いものの、それでもそこそこの商家には勿体無い人材となっていた。
軟禁中も物品の鑑定をさせれば両親すらも凌駕しうる資質を見せ、表に出ない分商家の秘蔵っ子として町では噂になるほどの者となっていた。…本人は全く知らないまま。
だからだろう。普段家族以外は誰も来ないはずの中庭に、ある男が立っていて、その子供は先入観と危険性に気付けず、その男に歩み寄ってしまった。
「え…誰?」
近くに来るまで、父親かと思っていた子供は、横顔が見えた途端それが別人だと悟る。
「初めましてフェリエ…さんで合ってましたかな?」
その男は自分の名を何処かから入手していた。だがその入手先もすぐ知る事になる。
「なるほど、やはり。あなた、魔法に適正がお有りだとか」
「な…んで」
「いやはや、鑑定屋のおばあ様も強情でしてね。あなたの情報を掴むだけで金貨数十枚も使うハメになるとは。
ですがこの情報、ギルドは勿論、勇者にも売れそうだ。なんて素晴らしい。あの魔術師すらも到達しなかった能力と魔力の同時制御など、これはもしや融合にまで到れる可能性も」
男は嬉しそうにべらべらと喋り出す。
どうやら鑑定屋から情報が漏れたらしいが、最近ようやく形になってきた能力と魔力の同時制御。
確かに幼い時でも使えたには使えたが、維持にかなりの体力を消耗する技法。
普段家族以外の見張り番にも気を配り、百里眼の発動はほぼ常時に変えた。にも関わらず、何処から、どうやって…?
いや、そんな事はどうでもいい。勇者に自分を売る?
自分が知る勇者など大罪勇者と呼ばれる狂人共しか心当たりが無い。
そう言えば大罪勇者達が、他の英雄やら勇者と呼ばれる者、更には魔法使いを次々に落としているという噂を見張り番達が話していた事があったが、それと何か関係あるのだろうか。
考えても考えても謎は大きくなるばかり。
ならばそれは置いておき、今のこの状況を打破する事を先決しよう、と。
そう思い動かそうとした足は、重く沈むように地面にぴったりと捕まっていた。
「すみませんねぇ、あなたは今日から我々が丁重に扱う商品となったのです。なので動いて傷が付いたら大変です。ええ、それはもう」
シャキィンと甲高い音と共に手にしたのは銀色に輝く細長い剣。
それを見て男は自分に動くなと、遠回しに圧力を掛ける。
だが、この男と一緒に行けばおそらく今よりも悪い未来が来るのは明らかだろう。
そしてフェリエは行動した、それが最善だと信じて。
予想外に長くなったのでキリのいい所で。




