グラロマニカ大森林調査⑦
「とりあえず、その痕跡があったところに行こう」
現在、オルディンが感じたという気配の方へと歩を進めている。
と言っても、目と鼻の先だが。
目も鼻も無いんだけどね。いやいや。
「ここです」
立ち止まり、辺りを見渡すが特に何も感じない。
だがオードの魔力感知には何か引っ掛かった様で、その怖い顔を更に顰めている。マジ怖い。
「なんかこの辺り一帯、っていうかこの先ずっと幻術が掛けられてるみたいっスね」
「解けるか?」
「うーん。幻術は闇系統の魔法っスから、払うにしても光属性の能力か魔法が必要になるっスね〜。
オイラには光属性に適性無いっスから」
万能と思っていたオードも、そう言えば光には適性が無かった事を思い出す。
まあ、俺からすれば幻術が掛けられてると分かるだけでも、羨ましかったりするんだが。
羨望の眼差しを送っていると、カニスがおもむろに弓を引いている。
鏃には、何やら翠色に輝く粉がまぶされている。
「降り注ぐ矢!」
カニスがそう言って、上空に向って放たれた矢は、一定距離まで達すると、矢の形状が分からないくらいに弾け飛び、まるで散弾の雨かの様に、その一帯へと降り注いだ。
するとその一帯だけ、翠色の霧が発生したかと思うと、すぐに消えて元々の光景が顕になる。
明らかに足跡のようなものが浮かび上がった。
「おおお!今のなんだよ!」
「ま、俺も錬金術だけじゃないってところかな。
今使ったのはミィの魔法『幻解』ってのを、封魔石っていう魔法を封印出来る石があるんだけど、それに一時的に封じ込めて、解魔石と反応させて封印を解くっていう。
使い勝手も悪いし、ミィの魔法だと効果も弱いから、調合する時に効力の上がる薬も使わなきゃならないんだけどね」
と、今までで一番錬金術っぽい事を言っている。
何となく、俺の中でカニスは戦闘では役に立て無さそうなイメージがあったのだが、今のスキルの威力と錬金術を組み合わせて、様々な効果を齎す事が出来るようだ。
俺は普通に感動した。
魔物の俺と人間のカニス達とでは、元々のスペックが違う。
更に堕転した魔物なら、それは明確な違いになるだろう。
だけど、カニス達は弱い弱いと言いながらも、色々な知識と戦闘方法を駆使して行動している。
盲目にならず、怠慢にならず、自身の可能性を見極めている。
俺はそんな彼等に、戦闘を教えるだと?
全く、何言ってやがるんだか。
自分が強い、凄い能力があって舞い上がっていたのかも知れない。
油断しないと決めていたけれど、まだまだ阿呆な俺は治らないらしい。
阿呆な俺が阿呆な事をウンウンと考えていたその時、身体の中では何かがモゾモゾと動いていた。
いや、何かは分かっているんだが。
その何か─従魔のスライム─は、カニスの能力が放たれた直後から、何故か活発に活動を開始している。
言葉は分からないものの、何となく外に出たいと言われた気がしたので、外に出してみた。
「ひゃっ」
「な、なんだぁ?!」
ノーリンが可愛い声をあげている。
カニスも驚いてるがオルディンはノーリアクションである。
「俺の従魔のスライムだから、そんな驚くなよ」
そう答えたのだが、既に俺の半分くらいの大きさになっており、そんなスライムが居るか!と突っ込まれてしまう。
咄嗟にオードから、「ミストくんのだから」と言われると皆して「あー」と納得された。
多分、固有能力の事を言われてるんだと思うけど、俺だからって理由で納得しないで欲しい。しないで欲しい!
それはそれで置いといて、またどうやら成長を遂げているスライムを鑑定してみる。
個体名:無し Lv.14
真名:無し
種族:ファームスライム
属性:水
固定称号:ミミックの従魔
変動称号:無し
職業:農家
固有能力:Lv.2
吸収
分解
成長する足跡
能力:
成長促進 Lv.10
土壌強化 Lv.10
耕地開拓 Lv.4
魔法:
酸弾
うん…。
何か凄い勢いで成長していってるな。
しかも種族のファームスライムってなんだよ。どんだけ農業したいんだよ!老後に田舎に住みたいサラリーマンかよ!
そのお陰なのか、『耕地開拓』なんて能力まで取得しているな。
これも一応鑑定しておくか…何となく分かるけれど。
『耕地開拓』
普通の地面を作物が育つ環境に変化させる。
…うん。知ってた…よりもこれは凄いのでは?
実験しなきゃ分からないだろうけど、これ多分砂漠とかでも使える能力だと、一気に幅が広がるぞ。
なんか、俺がどんどん変な成長しているせいか、従魔も変な方向突っ走ってるな。いやいや。
従魔のスライムはひとしきりウロウロした後、カニスが放った矢の方向に向けてモゾモゾと動き出した。
「あれは何をやっているのでしょう?」
ノーリンがそう聞いてくるのだが俺にも分からん。
従魔のスライム……名前無いと一々面倒だな。
よし、名前をライムと名付けよう。
丁度身体が鮮やかな翠色に染まっているしな。
んでライムが矢の着弾地点(って言っても矢は弾けたからその残骸がある場所)でモゾモゾと這い回った後、俺の方を見て何かを伝えようとしている。
いや、別に目とかある訳じゃないから、前後なんて分からないんだが。雰囲気ね。
『念話』すれば会話出来るかも、とか思ったがそれも叶わず、けれどもライムの方に着いて来い、みたいな後ろの方を振り返るような動きをしている。
「なんか、ミストくんのスライム、向こうに何かあるって言ってるみたいっスね」
「っぽいな。なんかスライム的第六感でも働いたんだろうか」
「なんスかそれ」
「何だろうね」
そんないつもの会話をしていると、ライムがどうやら自分の意図が伝わったと思ったのか、モゾモゾと先程振り返っていた方向へと動き始める。
「着いていくしかないな」
「ですわね」
そして俺達はライムの案内の下、何処へたどり着くのか分からぬ道無き道を進み始めた。
と思っていたけれど、なんとライムは自分の魔法『酸弾』を使い、高い草や普通なら切れそうな草木のトゲなどを溶かし、固有能力の分解と吸収を使って進んでいた。
当然ライムの歩いたところは、固くも柔らかくも無い肥えた土地になる上に、邪魔な草木や石に至るまで溶かしながら進んでくれている。
通常、森を進む場合、そういう道は予め通らず、獣道なんかを探すんだが、ライムはそういう道を探す手間すら要らない。
何この子めっちゃ優秀。
でもオードやノーリン、カニスの「何この生物は」みたいな顔でガン見しているところを見るに、普通のスライムはこんな芸当出来ないようだ。
何か珍しい種なのだろうか?まあいいや。
しばらく森の中に道を生やしながら進んでいたが、何かを見つけたのか、急にその動きを止めた。
どうしたのかと先頭のライムへと近づくと、目を疑う光景に出くわした。
ライムの直ぐ前方は、小高い崖の様になっており、下に無造作に木々を倒されたような広場があった。
その広場には、色々な種類の魔物がおり、そのいずれもが凄惨たる肉塊へと変貌を遂げていた。
辺り一帯は血の海の如く真っ黒に染まっており、肉が腐ったかのような異臭で包まれている。
その凄惨な場所で唯一動きを見せる者がいた。
色合いがアウリスポイズンリザードに似ているが、見た目が全く違う。
背中に小さいが羽のようなものがあり、体長も5、6メートルある。
更に、現在進行形で魔物の肉を喰らうそれは、ワーム系の魔物を容赦なく噛み砕いている。
ワーム系は総じて硬い。
切れなくは無いし、分厚い皮程度のものなのだが、それをあんなに易々と噛み砕き、引きちぎれるのは、強靭な顎と刃のような牙だからこそ為せる技か。
そしてそのトカゲだけでは無い。
そのトカゲの上に乗っているのは、とても小さいオッサン。
多分、ドワーフだと推測する。
小さい背丈、濃い髭にハンマーを携えて。
しかし遠目から見ても分かるぐらい、あのオッサンもおよそ正気では無いような、狂気とも思える行動をしている。
簡潔に言えば、トカゲと一緒になって魔物を喰らい、血を啜っている。
蓄えた髭は真っ黒に汚れ、ポタポタと血を滴らせながら、魔物の肉を喰らっている。
その目に光は無く、ただ本能のままに動く獣の様に見える。
ヤバイ。
何がとは言えない。
けれど、自身の勘が警鐘を鳴らしている。
俺は来た道を引き返そうと後ろを振り向こうとしたその時、視界に捉えていたはずのオッサンとトカゲが姿を消すのがうっすらと見えた。
それに気付き、不味いと思考した俺が振り返った先に見たのは、その牙に右腕を抉られているオルディンの姿と、血を滴らせながらこちらを睨む巨躯のトカゲと騎乗する小さなオッサンの姿だった。




