グラロマニカ大森林調査④
ザアァアァァァァ
物凄い突風と共に、周りの木々が風に揺れ、森全体がざわめくよう。
その音は次第に大きくなり、やがて自分へと迫るかのような錯覚を覚えたユキは、その場からカッと目を開き飛び起きる。
だが辺りを見渡しても何も居ない。どころか、ここは自身の生まれ育った町でも無い。
キョロキョロと首を振ってると、背後から声を掛けられた。
「ユキちゃん、やっとお目覚め?お寝坊さんねぇ」
バッと声がした方へ振り向くと、そこにはフリフリエプロン姿のオッサn…フェリエが鍋を持ちながら立っていた。
中空をぼんやりと見ると、もうかなり時間が経っていたのか、日は高く昇っていた。
少しずつ思考が回転し始め、どうやら昨日の魔物達に追い掛けられ、戦闘が終わった後すぐさま泥の様に眠ったのだろう。
戦闘が終わった後、の事がイマイチ記憶があやふやだが、どうやらかなり疲れていたようだ。
「んもう!早く顔を洗ってらっしゃいな」
フェリエにそう言われたが、そう言えば周りの皆が居ない事に気づくと、「皆はもうとっくに起きて辺りの散策に出掛けているわ。尤も、近場でいつでも駆け付けられる距離までだから大丈夫よ。もうすぐご飯だからね、いつまでもボケてると、お姉さん襲っちゃうぞ♡」と言われた。
背中に寒いものを感じつつも、顔を洗いに近くの水辺へと向かうユキ。
(今更、どうしてあんな夢を…?)
疑問に思いつつも、水辺へと向かうユキには、背後で目を光らせる男に気づく事は無かった。
───黎明 白銀の風野営地
夜明けに差し掛かった頃、皆が夜間戦闘に疲れ寝静まったその場所にフェリエが一人行動を起こそうとしていた。
夜間まで続いた戦闘に疲れていた面々は、フェリエが夜番を買って出てくれた為、皆泥のように眠りに落ちた。
皆が寝静まり、完全に意識が夢の中へと落ちたのを見計らい、フェリエは一人の少女の元へ行く。
尻尾を布団代わりにしつつも、スヤスヤと寝息を立てているユキの元へと。
そしてユキの顔を右手で覆う様に隠し右手首に左手で添えて、そしてグッと左手に魔力を込める。
スヤスヤとした寝息から、徐々にうなされ汗を掻き出すユキ。
しかしそれも束の間、元のスヤスヤとした寝息に戻る。
それを確認すると今度は、右手を眼前の空気を掴むように振り、それを屈み込む形で地面に開き魔力を込める。
『大魔を祓う煌めき』
そう発すると、野営地を包む様に四方から薄い黄色の膜が張られる。
張られた膜からは魔力が炎の如く揺らめいている。
その明るみに引き寄せられたのか、狼のような魔物が数匹、ユキ達を初めとした『白銀の風』に襲い掛かろうと一匹が飛び出す。
それを目撃したフェリエだが、何も無かったかと思う様に、森の中へと入っていってしまう。
そして一匹が大魔を祓う煌めきに触れたその時。
その狼は何の抵抗も出来ず、塵芥へと姿を変えた。
それを見た狼達は、踵を返してフェリエとは反対方向の森へと姿を消して行った。
フェリエは適当に腰を下ろせる場所を見つけると、『大収納』の中から魔術具を取り出す。
魔術具、人が魔力を簡単に行使しようとした際に出来た産物。
作るにしても使うにしても、最低でも魔法使いレベルの魔力を有していなければ扱えない代物。
そしてその入手の困難さから、王族や貴族、魔法使い、亜人、エルフの中でも一握りしか所持していないそれを、フェリエは取り出し使用した。
「もしもし、起きてるかしら?」
『ザザ、ザザザザ、あー、もしもし?フェリエ?』
「アタシ以外誰が"遠話石"なんて代物持っているというのかしら?」
『いやぁ、もしかしたら私のファンかも知れな』
「無いわね。夢見過ぎじゃないかしら、サボり魔」
『ひどっ。インキュバスなのに夢見過ぎとか』
魔術具遠話石。文字通り、遠くの者と念話にて話をする事のできる魔術具。
使用の前提条件は、一度その相手と直接会っている事。
だが実際は初対面であっても、顔を自身の目で見ていれば、念話出来たりする。
距離が離れている程魔力を使うが、それは魔術具内の魔力であり、例え無くなっても、自身の魔力を供給する事で使えるようになる。
また、距離や遮蔽物によって音声が乱れたりもする。
『で、定期連絡には少し早いような気もするけど、何かあったのかい?それに、皆とは別行動しているのか?』
「まあ、ね。あと皆は大魔を祓う煌めきの中でオネムさんよ。この辺の魔物程度なら、問題無いでしょう」
『どうかな。最近大人しいとはいえ、かの"災厄"を生み出したグラロマニカ大森林だからね。油断は出来ないよ』
「ならそんな危ない任務を任せるんじゃないわよ」
『いやぁ、皆強いし大丈夫かなって』
「全く、どっちなのよ」
『じゃあそろそろ本題に行こう。現状の報告からお願いするよ』
先程の軽い口調から一転、真面目で落ち着いた声で報告を促すアルストレア王国支部・ギルドマスターグラン。
その密命、ユキの監視とミストの動向を探る。
フェリエは今までの行動を自身の考えを踏まえた上で報告した。
『なるほど…。なかなか興味深い内容だね』
「ええ」
『それにしても、まさか隣国のギルドの偵察隊とブッキングするとは。まあ、どうやら貴族の跡継ぎから零れたような子達みたいだけど、問題起こすのとかはやめてくれよ?』
「しないわよ、アンタじゃないんだから」
『酷いなぁ』
「ふっ」
『何だい?』
「いえ、『夢見』を使ってるけれど、今ちょうどアンタとリベルがユキに案内されてるところでね。口調とか行動が今と全然違うなと、ププッ」
『昔は若かったんだよ!ほっとけ!』
『夢見』。夢魔であるフェリエの固有能力。
その能力は、夢を通して対象の記憶を読み取るという能力。
効果は限定的だが、自白や拷問を行わずとも記憶を引き出せる。
フェリエの思考把握では、意識の無い者の思考は読み取れないが、この夢魔の『夢見』を併せる事で、実質個人情報の全てを読み取る事が可能である。
ただ、気絶などで意識も無く夢を見てる訳でも無い場合は使えないし、どちらも特定の能力を使えば抵抗出来る為、万全では無いが。
『全く…初めてユキちゃんと会った頃か。懐かしいものだよ、色々と。『夢見』はバレてないだろうね?』
「ええ、そこは大丈夫。ミストちゃんの能力も強力だけど、決して抵抗出来ない程じゃないわ」
『しかし変だとは思っていたが、レベル0か』
「そんな魔物居るの?」
『いや。私もギルドマスターとしてはまだ浅いが、それでも色々な資料には目を通して来た。だが、どんな魔物でも人間の赤ん坊でさえも、レベルは必ず1以上だ。0なんてのは有り得ない』
フェリエは皆のパーティーに加入した際、全員のステータスを確認した時から、幾つか気になる事があった。
確かに、亜人でも最弱の一つと呼ばれるオードの複数属性然り、ユキの称号『風帝』然り。
だが、それでもだ。それはただ異常に過ぎない。
だがミストだけは、異常を超えた異端だった。
まず目に付いたのは、レベル。
本来、それが生物であるならば必ずレベルが存在する。
例え赤ん坊でも、魔物の卵ですらも。
ミミックも魔物であるが故に、無機物という訳では無い。
にも関わらず、ミストのレベルは0である。
これはミストが無機物である事を意味する。
だが、フェリエは勿論、グランもミストが動き喋り能力を使うところは何度も見ている。
だからこそおかしい。
能力のレベルが上がれば、自ずと自身のレベルも上がっていくもの。
なのに、ミストは能力のレベルだけが上がる。自身のレベルを置き去りにして。
『もしかすると、彼のレベルは既にカンストしているのかも』
「上限に達しているって事?でも、それなら能力のレベルが上がったりはしないんじゃないかしら」
『……………』
「…………」
『謎だ』
「謎ね」
『ごほん。まあ、分からない事を深く考えるのはやめよう』
「アンタ、馬鹿だものね」
『違う、断じて違う。全くハニーはツンデレさんだね』
「黙れホモ野郎」
『ひどっ。グラちゃん泣いちゃうよ?』
「剣聖の名が泣くわ」
『おっ、上手いね』
「この魔術具、殴る機能付かないかしら」
『冗談!冗談だって!』
『まあとにかく、彼等の事は宜しく頼むよ』
「分かってるわ、それじゃあね」
『ああ』
確かにレベルの事もある。
だが、グランには言わなかったが、成長する収納。これにも疑問を持っている。
収納は主に『簡易収納』、『収納』、『大収納』程度しか存在しない。
勿論、派生型もあるにはある。
だが、"収納"と名が付いているにも関わらず、その収納した中身が成長するなど…。
普通の『収納』では、予備の荷物程度の能力の為、入れたものは時間経過と共に劣化していく。
派生型の中には、入れたその時の時間をそのままに出来る、時間停止が付いた収納が存在している。
だが、それが"成長する"事はどちらも無い。
だからおかしいのだ、そんな馬鹿げた能力は。
だからこそ価値ある力なのだ、商人の自分から見ても、その価値が分かる誰から見ても。
だが、もっとおかしい…いや、違和感と言うべきか。
道中、これまでの足跡を聞いていた。
ノーデンス大聖洞で生まれ、そこから転げ落ちオードと遭遇。
身体を直してもらい、歓談の後意気投合。
盗難された杖を取り戻す為、敵の本拠地に向かう際、ユキちゃんと遭遇。
目的が同じ為同行。任務完了後も仲間として追従。
国に入り、村で情報収集。その後王都へ。
ギルド、市場、鑑定屋と回り、再びギルドへ。
新たな任務を受け、道中アタシと合流。
アタシと合流するまでの事はこのくらいかしら。
でもノーデンス大聖洞。ここ最近、調査に向った者は居ない。
行くにしても、能力素の結晶体と周囲の魔素が反発してて、まともに能力も魔法も使えやしない。
彼の話では、かなり上の階層に居たようだけれど、そもそもそんな多重の階層があったかしら?
道を転がり落ちた、と言っていたから、隠し通路なんかを使った訳じゃないはず。
それに三人組の男が奥へ行った…か。
ミミックを知ってる口振りから、ダンジョンに入った事のある者か。
だけど、ミストちゃんを見てミミックだと思える人はどれぐらい居るかしら?
ミミックという魔物は、普通は手や舌が存在する。
決して見た目が箱、手も舌も無い、なんてのは有り得ない。
もしかしたら新種か、異世界人ならではという線も有り得るか。
でも、本当に?本当にそれだけ?
彼は自身を転生者だと言っている。
けれど、ステータスにはそんな文字は無かった。
それに最初から鑑定系の固有能力を持っているのも怪しい。
鑑定系は便利な分、習得が難しい。
魔物なら確かに魔力を使う分、能力素の様に既存の容量しか使えないなんて制限も無いから、ゴリ押し習得も出来るだろう。
けれど、生まれてすぐ鑑定が使えたと話していた。
その後も使い続けると能力が進化した、だから能力は簡単に上がるものだと思っている。
本来、能力や魔法を覚えるには相当な鍛錬が必要になる。
進化なら尚のこと。
それなのにあの速度での成長…。
かつてそんな成長を遂げた者を一人、アタシは知っている。
今はもう、話なんて聞いてすらくれないけれど。
でもあのバカみたいに『勇者』の称号がある訳じゃない。
彼には、何かある。本人が知りえない何かが。
とりあえずは現状維持ね。どのみちグランもあのバカも自由がきかない身だし。
「全く、アタシもこんな事して、馬鹿が移ったのかしらねぇ」
小さな呟きは、夜の闇へと消えてゆく。




