SS ユキ⑩
部屋を出たリベルとグランは、ユキに案内されて町の市場に来ていた。
町、とは言っても狐亜人の管理する区域は決して広くは無い。
町の大きさもそこまで広く無いので、市場もそんなものだろうと思っていた二人だが、実際目の当たりにして驚いた。
切り立った小丘を洞窟状に切り出す事で、上と下に広がる巨大な市場を造っていた。
小丘自体はそれほど大きくないが、他の場所が平地な為、より一層大きく見える。
周りの地面より色合いが黒い事から、何らかの能力で造られたのは明らかだが、それを踏まえても大したものだと感心した。
「ここはお父さんが一番好きな場所で、色んな人が居て楽しそうにしているのを見るのが好きなんだって」
そう言って、市場の方を見ながらこちらをチラチラと見る女の子に、ニマッと笑うリベル。
その笑顔に恥ずかしいのか、そっぽを向くもまたチラチラ見やるユキに、
「俺はグラン、グラン・ツェルトだ。何か自己紹介のタイミングが遅れた気がするけど宜しくな!」
快活に手を伸ばすグランだが、周りの人達の何ケルビンさんの娘に手を差し出しとんじゃワレェ?という視線に、慌てて手を引っ込めさせるリベル。
「僕はリベル。名字は無いから気軽にリベルって呼んでね」
あははと誤魔化し笑いをするリベル。
どうやら敵意は本当に無いらしいと、微笑む女の子に二人の心もノックアウトしている。
「私はユキ、ユキ・ウィンフィ。よろしくです」
よろしく!よろしく〜と声を掛け合う二人に、ユキはずっと思っていた事を意を決して聞いてみる。
「あの」
「ん?どした?」
「二人は異世界から来たんです、よね?」
おどおどとしながら聞くユキに、二人は顔を見合わせて微笑した。
「あーいやいや、異世界人はリベルだけさ。俺はそこら辺のちっこい村出身でな」
と苦笑いしながら答えてくれるグラン。
内容はこうだ。
普通に親の手伝いをしていたグランが、山へ薪を集めに行っていたところ、何も身に着けていないリベルが居た。
追い剥ぎにあったと思ったグランは、リベルを担いで家に招き、事情を聴くも何も覚えて無いと言う。
辛うじて名前と、此処とは違う世界から来たという事だけは思い出したが、このままの少年を放置する訳にも行かず、家で引き取る事に。
そしてお金を貯め、いざ鑑定屋へと足を運び鑑定した結果、リベルは異世界人である事が判明。
しかも称号に『勇者』の文字があり、そのまま王宮へと報告され連れて行かれた二人は、王直属の騎士として雇われたという。
「いやぁ、あの時は大変だったよ。まさか僕が『勇者』だなんて。王様も娘と結婚をとか言うしね。アチチ」
苦笑いしながらも、市場名物ルルカルカッチェシチューを頬張るリベル。
見た目は野菜なのに味が生魚というカオス食材だが、案外熱を通すと美味である。
中身をくり抜き、器にするというのもなかなかに風情があっていい。
横でその器ごとガブガブしている奴が居なければだが。
「それからは勇者として諸国漫遊しながら国からの依頼を熟したりして旅もして、って感じだね」
「諸国って言う程行ってないがな」
「そうなんですか」
「今回の魔族領調査も旅のついでに出来れば、って事だったんだけど…」
木のスプーンを持ったリベルの手が止まり、次第に表情が暗くなる。笑顔を見せてはいるが、その瞳には光が無かった。
グランもあれは仕方ない、とリベルの肩を叩き首を振る。
何となく、それ以上話を聞く気にはなれず、けれどどうすればいいか分からず動きを止めてしまうユキ。
それに気付いたリベルは「ごめんね。そんな顔させたかった訳じゃないんだ」と謝る。
「まあ気にすんな」とグランはシチューを一気に流し込み、「向こうの方も案内してくれよ」とユキの手を引き駆け出す。
周りの視線が正しく狐の如く細められるが、気に留めず引っ張っていく。
リベルも苦笑いを浮かべつつも跡を追う。
小高い丘の上に登ってみたり、森の中に入って狩りの仕方や野営のやり方を教えてもらったり、そこで軽く能力の一部を見せてもらったり。
ユキには同年代の友達など居ない。
自身が輪の中に入るのをためらってしまうのと、精神年齢が異世界人故に高いのが原因である。
尤も、精神年齢は肉体の影響を強く受けるようで、本人が思っているほど高くはないのだが。
それでも、同年代と子達と遊ぶには抵抗があった。
そんなユキの気持ちを知ってか知らずか、二人は普通の子供が遊ぶような遊びをするではなく、案内と称した探検や二人が重ねてきた経験談を語り見せてくれる。
普通の子供でも、冒険は体験談は心躍るものがある。
自分達はこんな旅をしてきたんだぞ!という話。
だが二人がユキに語ったのは経験談、つまりは客観的に見た自分達の旅の話だ。
それは自身が活躍する派手な話などではなく、自分達が動く事で国の軍事力や防衛力が高まった、どういう動きをして何が変わったか、などの普通の子供達にはちょっと退屈な話をした。
何故そんな話を語り、冒険での獣が出た時の対処法などを実際に見せてくれたりしたのか?
二人は薄々だが気付いていた。ユキが異世界人かも知れない事を。
別にこの二人に限った話では無い。
異世界人は総じてこの世界の人間とは違う反応を見せる。
知識だったり、受け取り方だったり、年齢よりも大人しかったり、色々と。
ある意味当たり前の事だが、異世界人を見分ける上では重要な事だ。
異世界人はチートと呼べる能力を必ず持っている。理由は不明。
リベルの持つ『血癒』という固有能力もその片鱗である。
自身の血を欠損部分に掛ける、対象に飲ませる事で治癒力を高める能力。
魔族の、その中でも吸血を行う種族が持つ能力を人間が持っている時点で異例という他無いが、「異世界人だから」というだけで納得する世の中なのだから。
この世界で異世界人と分類される生物は、大きく見積もっても数百個体程度。
だがその全てが、類稀なる能力を秘めている為、各国ではその力を利用又は取り入れようと躍起になっている。
戦闘能力に置いても、能力の価値にしても、「異世界人」というだけで差別、贔屓の対象になってしまう。
ユキに案内をしてもらい、話をしていく内に、ユキからも少しずつだが話を聞いた。
そのユキが家族の話をしていると、時折暗い声音になる。
表情は明るいままなのに。
父親は優しくて自分をいつも導こうとしてくれる事。
母親の諭す様な言葉が自分が受け取るものでは無いのでは無いかという事。
とても見た目の年齢に似合わぬ話と、子供にしては落ち着いて話すその姿。
それに加えて先の試合。
グランの一撃は決して遅いものでは無い。
確かに狐亜人からすれば取るに足らぬ遅い動きかも知れない。
しかし、子供のそれでグランと父親の間に割り込み、啖呵を切るだけの時間。
グランは『身体強化』とリベルの『意識収束』によって、余計な視覚情報を遮断し、ケルビンの動きと自身の動きにのみ集中していた。
まだ"全力では無かった"ものの、それでもそこに割り込み入るだけの瞬発力は、幾ら脚力に自信のある狐亜人であっても不可能に近い。
例えば、その狐亜人が「異世界人」でも無ければ。
そんな訳で、遠回しに危機管理能力の底上げと「異世界人」にあったらとりあえず降伏するか仲間にしちまえ!とグラン。
バレない程度に教えるつもりが、多分あとであの親バカな人にバレるんだろうな〜と、口にはしないが心配するリベル。
そんな二人の思いは知らず、自分以外の異世界人が意外と居る事に驚くも興味津々なユキ。
森の中では楽しそうな声が響いていた。
夕暮れになり、駐屯地内の一室に戻った三人。
ユキはもう遅いからと家に帰りなさいと言ったが、二人から離れようとしない。くっ、可愛い。流石ウチの娘だ。
二人は年頃も近そうだった。何より町ではユキは話し相手が両親とヤッカルの阿呆ぐらいしか居ない。
町の人の目もあるところならば、派手な行動も起こせまいと娘の遊び相手も兼ねて案内させてみたが、見事に成功して何よりだ。
成功し過ぎて予想外に離れようとしないが。
ああ、娘に彼氏が出来たらこんな気持ちなのだろうか?
……………
イカンイカン。
二人に大事な話をしようと思っていたのだが、娘も離れそうに無い。
仕方ない、このまま話すしかないか。
日程を改めたいところだが、私もあまり暇では無い。
通路に居た部下達に、盗み聞きとはいい度胸だな、などと言って説教などしていたのが原因だが。
とにかく今は話だ、切り替えろケルビン、私は冷静だ。
部屋に入るとケルビンさんが椅子に座りながらウンウンと呻いていた。
ユキちゃんに家に戻りなさいと言っていたけれど、どうやら懐かれたのか言う事を聞かない。
あれ?ケルビンさんが娘がそんな…みたいな顔してる。
普段は言う事聞くのかな?
諦めたのか、そのまま同席して話をするようだ。
報告はまだ途中だろうし、机の上にも書類が重ねられたままだ。
何の話をするんだろうか。
「二人は確かアルストレアの王宮に仕えているのだったな」
「おう。王直轄の騎士って名目で好き勝手させてもらってるぜ」
「ユキにもちゃんと話した事は無かったな。私も昔、人間だった。異世界のな」
ユキは無言のまま父親を見つめる。
「私もかつては王宮に仕えていた騎士だった」
「なるほどな。だからあの強さって訳か」
納得の行った表情のグラン。対峙したからこそ分かる強さというものだ。
「やはり異世界人は記憶を引き継げるという噂は本物なんですね」
「ああ。例え前世と身体形が変わっても、記憶や技術は引き継がれるようでな。私も狐亜人らしからぬ能力を持っていたりする」
そう言ってケルビンは目を閉じ、そっと呟く。
───我、風の王。汝らに微笑みを授けん。
ぶわっ、とリベル、グラン、ユキの周りに、何処からともなくそよ風が吹き付ける。
小さい窓は締め切られ、扉も開いていないその部屋に。
「これが称号『旋風』で得られる固有能力『風の庇護』だ。
飛び道具に耐性がある能力だが、狐亜人は本来持っている属性は『火』だ。決して『風』では無い」
「つまり種族上、絶対に持ち得ない属性を持っているって事ですね。確かに、それは疑いようが無いですね」
これも「異世界人」によくある、種族上存在しない能力・属性の所持である。
リベルの『血癒』然り、ケルビンの『風の庇護』然り。
そして既に娘にも『風の加護』という、父親の更に上の能力を持ち合わせている。
そういう意味でも、異世界人は異常である証明がなされてしまう。
「君達が何故王宮に仕えているのかは、私の知るところでは無い。
だが、私は過去、その王宮から信頼され騎士となった。
ある程度の自由と引き換えに、様々な任務を熟したよ。
しかしある時を境に、私を軍事利用し始めた。
私はそれも国の為、と身を粉にして尽くした。
しかし…それが間違いだった。
私は私の強さと異常性を甘く見ていた。周りの評価も。
結果、私は戦争の最前線で戦い、目の前の全ての敵を倒した後、…後ろから味方に刺された」
予想もしない言葉に固まる二人とユキ。
何故味方が、何の為に。その答えは続く言葉にあった。
「私は強過ぎたのだよ。敵だけではなく、味方にさえ。
「異世界人」の強さは噂によって拡散されていた。
だから目の前でそれを見るまで、それが本当かなどは判断出来ない。
そして私は示してしまった、己が力を。異常なる能力の数々を。
背後を振り返った私に映ったのは、勝利に喜ぶでも生き延びた思いに涙するでもなく、ただ私への恐怖心に怯える一人の人だった。
もし、もし君達も同じような理由で戦っているのなら、もう一度だけ自分というものを考えてほしい。
異世界人は強い。種族に差はあれど、「異世界人」という事実が問題なのだ。
君達はまだ若い。若いからこそ利用されやすい。
別に私の言葉は鵜呑みにする必要は無い。
だが、知っていてほしかったのだ。私と同じ過ちを辿ってしまうかも知れない者へ、私のかつての経験を」
言い終わると皆俯き考える。
異世界の転生者が与えるものの意味について。
グランは異世界人では無いが、相棒であり友であり仲間であるリベルを思い、リベルは自身の価値とケルビンさんが自分達に話してくれた意味を。
そしてユキも、初めて聞く父親の「異世界人」だからこその苦労を。
三者三様の反応を見せる三人の顔を眺めるケルビン。
自身、どうしてもこの話を聞いてほしかった、知ってほしかったという思いで話したものの、まともに受け取ってもらえるか正直不安なところでもあった。
だが自分の言葉にそれぞれが自分なりに考えようとしてくれている事に、自然と顔が綻ぶ。主に目線はユキに向いてるのが台無しであるが。
「さて、雑談を聞いてもらって悪かったな。茶を入れて来る。今夜はゆっくりしなさい」
そう言って席を立つケルビン。
二人の少年とユキはそれに軽く返事をしつつも、顔は難しい表情をしている。
通路から聞こえるのは静寂に満ちた部屋から漏れ出す、そよ風の風切り音だけだった。




