SS ユキ⑦
町の大広場、地面は雑草も無いただの砂場のようなその場所で、巷の勇者と町の上役ケルビンが手合わせをする。
そんな噂を聞き付けたギャラリー達に囲まれて、ケルビンは二人へ最終確認を行う。
「手合わせの相手はこの私、ケルビン・ウィンフィが務める。
勝負は君達二人対私とする」
「へぇー、いいのかオッサン?俺達は強いぜ?」
「グラン!だから口の利き方には気をつけてって」
そう言うリベルには関心が、グランには罵詈雑言がギャラリーから飛び交っている。
元々が人間種に強い忌避感や差別から来る恨みを持つ彼等には、当然心無い言葉を叫ぶ者が多いのは仕方ない事なのだが。
「静まれ!」
一言、ケルビンのたった一言で場が沈黙する。
「この少年達が勝てば町での自由を認め、身の安全を保証するものとする。負ければ君達には領地侵入の罪で身柄を拘束させてもらう。
これで問題は無いな?」
「ああ、無ぇよ」
「全くグランは…大丈夫です。拒否権も無さそうですしね」
言葉とは裏腹に険しい表情のグランと、こちらに微笑み掛けるリベル。
ギャラリーは先程とは違い、リベルの余裕の表情に鋭い目で睨んでいるが、ケルビンは別の気持ちを思う。
とても優しく、だが大切な者を守ろうという意思。
グランの敵を倒す、ただそれだけを思わせる冷たい瞳と、大切な誰かを守ろうとする温かい瞳。
二人が二人とも対極に位置する様な関係だが、その二人がこうして同じ相手を真剣な眼差しで見つめている。
この二人の出会いや生い立ちに興味を抱いたが、今は戦いに集中せねばな、と思考を断ち切るケルビン。
そうして、一緒に居た警備兵の一人が互いの顔を見合った後、開始の鐘を鳴らした。
互いに木刀と簡易的な革の防具を付け、条件は同じ。
気絶、もしくは敗北を認めさせた時、決着とする。
だが人間と亜人ではスペック的に差が大きい。
亜人は各種族によって様々だが、人間種と比べ膂力に優れ、身体能力が高いのが特徴的だと言える。
一方で人間種は亜人種に比べ、総じて基本値が低い。
だがその分、知力に優れており、能力や魔法の多彩さが武器となる。
この戦いに置いても、能力や魔法の使用は禁止してないが故に、おそらく初撃は何らかの能力を使ってくるだろうと予想していたケルビンだったが、その予想は大きく外れる事となる。
なんとグランが真正面、唐竹に切りかかってきたのだ。
地面がヒビ割れる程の凄まじい瞬発力。
おおよそ、人間種では有り得ない程のそれを眼前で受け止めるケルビン。
人間とは思えない程の重い一撃に瞠目する。
そして鍔迫り合いになりながらも周囲を警戒するが、リベルの姿が見当たらない。
いや、正確にはグランの真後ろに姿だけは居るのだが、一切の気配が無いのだ。
その間にも、一度距離を取ったグランが右薙ぎに払いながら自身も回転し、刺突にて喉仏を狙ってくる。
一撃は確かに重いものの、攻撃自体は単純で隙も大きいし、目線で攻撃位置も読める。
だが、およそ整った流派ではなく自己流なのか、それ故に型がなくその時々で変わる為、タイミングが掴みにくい。
それも本来なら、膂力で勝る亜人種によるゴリ押しで、無理矢理弾き飛ばせる場面なのだが、先程から試みてはいるものの、逆に押し返される始末である。
動きそのものは人間にしては早い程度なので、避けてしまえばどうという事は無い、無いはずなのだ。
なのにケルビンは避けない。敵の攻撃を必ず受け止めようとする。
この時になってケルビンはようやく理解する。
即ち、ケルビンの行動を意図的に操っている者が居る、と。
そしてそれはグランのすぐ真後ろに佇む、今も気配が全く無いその少年へと意識が向く。
少年──リベルはこの戦闘が始まってから、ただの一度も動く事無くその場に佇んでいる。
攻撃を当てさえすればダウンが取れる、そのぐらいの無防備を晒している。
だが、ケルビンはグランとの戦闘から身体が動かず、またリベルへと意識を向けると、いつの間にか目の前のグランへと意識が集中している。
ギャラリー達も同様なのか、グランへと野次が飛ぶばかりでリベルには一切飛び交う声は無い。
(これは厄介な能力だな…)
そう心の中で独り言ちるケルビン。
意識誘導の類い、その系列の能力と推察し、ならばまずはグランを撃破した後、ゆっくりと叩けばいい。
そう考えたケルビンはグランへと切り掛かった。いや、切り掛かろうとしたがそれは失敗に終わる。
踏み込んだはずの脚がそこで止まり、身体が一瞬の硬直をしてしまう。
ケルビンは自身に《身体強化》の能力を掛けて振り払おうとした。
が、戦いに置いてその一瞬は命取りとなる。
ケルビンが硬直したのを見て、グランは咄嗟にその場で身体ごと回転をし、勢いそのままにケルビンの腹目掛けて柄の部分を振り抜いた。
勿論木刀なので、刀身に斬れ味など無いのだが、グランの為人や性格故のものだろう。
だがそれが普通の人間ならば、その行為を優しさがあると言えたのかも知れないが、既に数十と打ち合っているケルビンにはそれが恐怖に思えた。
回転による遠心力と、グランの亜人種すら打ち負かすであろう膂力による一撃を、鉄槌の如き勢いで振るわれるそれは、ケルビンですら呻き声をあげるほど。
「ぐうぅ…」と小さく声を漏らし、肩膝を折り肩で息をする。
勇者という噂を俄には信じられなかったケルビンだが、この一撃を受けた事でようやく目の前の少年達に、いや、二人の勇者に全力で立ち向かおうと構えを取る。
ギャラリー達もケルビンが構えを取る意味を理解しているのか、野次や罵詈雑言が飛び交っていた雑音が一瞬にして静寂へと変わる。
皆が息を潜める様に、ただ静かに見つめる中、ケルビンは改めて言った。
「どうやら私は君達の事を信用していなかったらしい。すまない。その詫びとは言ってなんだが、今から本気で手合わせを願いたい。構わないかな?」
勇者とは噂で、だが同郷かも知れないと知り、戦いを好まないケルビンだからこその手加減だったが、同時に相手を心の底では信用しておらず、戦闘中も所詮子供…などと意識していないところで思っていたのだろう。
それがどうだ。グラン一人に手加減していたとはいえ、反撃を許されず、リベルには攻撃する意思そのものを何らかの能力によって刈り取られていく。
だからこそ、それらを謝罪し敬意と誇りを持って、自身の本気を受け止めてもらえないかと言ったのだ。
それを理解したのか、してないのか…グランは態度は変えず、
「やっと本気で相手する気になったのか?」と挑発じみた返しをした。
リベルも普段ならグランの発言を静止させるところだが、相手が自分達を本気で相手してくれるのだと察したのだろう。
何も言わず、ただ相手の構えに対して「グラン」「ああ、分かってる」と声を掛け合う。
そのやり取りを見て、どうやら向こうもまだ本気で戦ってはいなかったのだろうと、内心苦笑いしながらも、ケルビンは二人の少年へと意識を集中させた。




