SS ユキ⑤
川の付近にその少年達はいた。
二人とも傷が幾つもあり、戦闘の跡が見られる。
一人は赤毛で顔も整っていて、綺麗な顔立ちをしている。
もう一人は何処にでもいる普通の男の子の様な顔立ちだが、身体はとても鍛え抜かれており、見ただけで圧力を感じる気さえする。
そんな二人がボロボロで気絶する様に眠っていた。
警備兵とお父さんはそのまま連れていくかどうか迷っていた。
警備兵の一人がその勇者を見た事があり、おそらく本人だろうと言っているのだが、勇者と呼ばれる者かどうかは本人確認する必要もある。
嘘や幻術を使われたらと思ったが、警備兵の中にそれを見抜く能力がある者がおり、本人と相対し質問する事で効果を得られる為、このまま連れていくのはどうかという事らしい。
そもそもいきなり人間を町に連れていくのも問題ではあるのだが。
そういうあれこれ決まりと掟があるので、とりあえずはこの少年達を起こすという事にした。
警備兵が安物の下位回復薬を少年達に掛けてやる。
安いと言っても回復薬はとても高い。
原産国が限られているし、そこまで行くのに距離があるので運送費も馬鹿にならない。
だがもしこの少年達が本物の勇者であったなら、多大な恩義を感じ、与える事が出来るだろう。
もし違ったとしても、この回復薬の分の礼はさせるつもりなので、どちらに転ぼうとも問題無い。
安物ではあるが、回復薬の効果はあったようで、擦り傷が徐々に消え流血も止まったようだ。
赤毛の少年の方が傷は多かった様に思えたが、隣にいるやんちゃそうな少年よりも早く傷が癒えたのか、小さく「うぅ…」と声を漏らす。
そこへ警備兵の一人が赤毛の少年の肩を揺すり、眠りから覚まそうとした。
何度か揺すると、赤毛の少年はゆっくりと目を開ける。
日差しが眩しいのか、何度も目をパチパチと瞬きさせて。
そして目の前の、自身を助けてくれたであろう者と周囲を見渡し、「助かったのか…?」と呟いた。
それを聞いて警備兵達が少し警戒を強める。
私もお父さんが前を覆う様に立ち塞がる。
警備兵の一人が問う。
「貴様ら、ここが我等が種族、狐亜人領と知っての侵入か?何用で此処へ来た!」
「狐亜人……!じゃあ、此処はアウリスの地!」
「?…そうだが」
「グラン!起きてよグラン!僕達助かったんだよ!」
赤毛の少年は隣の少年を叩き起こそうとするが、茶髪でボサボサ頭の少年は目を覚まさない。余程傷が深いのか。
「ともかく事情を話してもらおう。もし良からぬ事を企んでいたのなら…」
「違います!僕達は川に流されてここまで、」
「うぅ…」
「ハッ!グラン!無事か!?グラン!!」
隣の少年、グランは呻き声をあげるも目を覚ます気配は無い。
その時、赤毛の少年は不意に鞘から剣を抜く。
途端に緊張が走る警備兵達とお父さんだが、赤毛の少年はなんと自身の腕を浅く切り裂いた。
目を丸くし血迷ったかと思う警備兵達を尻目に、何をしているのかと注視するお父さん。
赤毛の少年はグランにその腕を口元に近づけ、滴り落ちる血を飲ませた。
するとグランの身体は淡い発光を見せたかと思うと、次の瞬間には擦り傷一つ無い綺麗な身体になっていた。
「血による回復…まさか吸血鬼の…」
お父さんが発した言葉に一瞬呆けた警備兵達だが、それを理解すると同時に少年達に対し、殺気を含んだ眼差しを向け、より一層警戒を強める。
警備兵達の武器を持つ手にも汗が滲んでいる。
「貴様等!その力、まさか魔族の手下か!?」
「ッ…違います!僕達はただ、」
「黙れ黙れ!魔族の軍配に下る者共め!我等の領地を犯そう者など、今ここで八つ裂きに処してくれるわ!」
そう言って少年達に切り掛る警備兵の一人。
対して赤毛の少年は抵抗しない。
瞳には諦めも後悔の色も無い、澄み切ったトパーズのような輝きに満ちている。
私は動き出していた。ほぼ無意識に。
理不尽に死にゆく者に、もしかしたら自身を重ねていたのかも知れない。
私は赤毛の少年達を背に、両手を広げた状態で立ち塞がった。
それに気付いた警備兵は、すぐさま軌道を逸らしたが鋒が頬を擦る。
痛い…痛いよぉ…
死の恐怖に足が竦みそうになる心。
反対に私の身体は死なせてなるものかと、まるで石の様に重く動く事を拒む。
私はなぜ、見も知らぬこの少年達の為にこんなにも身を呈しているのだろうか?
「くっ、ユキちゃんスマン。だがこれは遊びじゃないんだ、そこを退いて…」
「私の娘を傷付けておいて、その態度か?ソソウ」
「ハッ。いや、違う、オレはただ侵入者を排除しようと、」
「口の訊き方を忘れたのか?あぁ?」
「ひぃっ!ススススス、スミマセン!!ケルビンさん!」
お父さんが珍しく、本当に珍しく怒っていた。
いつも仏頂面だが優しく、本当の意味で怒る事は殆ど無いお父さんが、この時は周りに怒気を放ち、野性の獣の如き眼光で牙を剥きながら警備兵を睨みつけていた。
「彼等に抵抗する意思はあったか?何か良からぬ事をしたか?事情を伺う努力はしたのか?彼の力の真意を確かめたのか?娘が飛び出した意味を知ろうとしたのか?
お前達には観察力と冷静さが足らん!!そこに直れ!!」
警備兵達はアワアワとしながら正座し、お父さんがガミガミと説教を始めた。
お父さんの仕事場に行った時、ヤッカルさんが「お父さんは怒らせると怖い人だよ」と苦笑いしていたのを思い出したが、今の姿を見て何となく納得がいった。
ちょいちょい説教の内容に「可愛い娘が」というワードさえ無ければ、尚更納得がいくものなのだが。
そう思って少し頬が緩むが、傷の痛みですぐに現実に戻される私の頬に、後ろから優しく手で触れる者が居た。
先程、仲間の回復をした赤毛の少年だ。
その少年は頬に自身の血を塗り込むと、頬が一瞬熱くなったが直ぐに熱が引いていく。
確認する様に頬を触って確かめると、そこにあった傷は嘘の様にいつもの柔らかい肌へと戻っていた。
それを見ていたお父さんも「ほう」と関心の声をあげる。
赤毛の少年は申し訳無さそうに、
「僕達のせいでごめん。君を傷付けてしまった。それとありがとう、助けてくれて」
私自身、ほぼ無意識に動いていたので、お礼を素直に受け取る事が出来ず顔を背けてしまう。
実はお礼を言われ慣れていないからとは、私自身気付いていないが。
それを見て少年がフフッと笑うものだから、ますます顔が赤くなる私に今度はお父さんが私を抱きしめて「ありがとう」と声を掛ける。
「別に…」なんて言って誤魔化すが、火照った熱を静めるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「いい娘さんですね」
「私の自慢の娘だ。それと私の部下達が済まなかったね」
「いえ、こちらこそ勝手に領地を侵入してしまい申し訳無い。
けれど僕達もこれしか無くて」
「その辺りの事情は町で聞こう。そのままでは風邪を引いてしまう」
「ありがとうございます」
「いやいや。ところで名前を聞いてなかったな。聞いても構わないか?」
「名乗るほどでは無いけれど」
「随分名が轟いている様だが?」
お父さんと少年は一連の謝罪と親バカを発揮した後、町での事情聴取に同意を得た。
本来はこの場で聴くのが鉄則なのだが、部下が粗相をしたのと彼等に一切の敵意が無いのを確認した上での行動だろう。
それを証明する様に、赤毛の少年は剣を鞘に入れた後、お父さんに手渡そうとしたが、お父さんは意図を汲んで預かった。
そして思い出した様に名前を聞いてなかった事を思い出す。
少年も緊張が緩んだのか、軽口を叩きお父さんもそれに同調する。
その返しに先程からは見せなかった笑みと真剣な眼差しを持って言う。
「アハハ、一本取られました。お恥ずかしい話です。
僕の名前はリベル。アルストレア王国に仕える騎士で勇者などと呼ばれています」と。




