失敗と恩人
あれから何日経ったのか。日の差さないこの場所では時間の感覚が分からん。暫く何か出来ないか、周りの石や草や木片やらを飲み込んでは鑑定、組み合わせると言った作業をしている。地味ではあるが、自身は地味な作業は嫌いでは無い。むしろ好きな事や興味のある事は黙々とやれるタイプである。だが素材のバラエティも尽きてきてかなり飽きてきた。こういうのをやっていると何時もなら眠たくなる頃合いなのだが、どうやら睡眠も食事と同様で必要無いらしい。逆にどうやって生きてるのか、自分でも不思議である。
先程から”飲み込んでいる”と表しているのだが、これは俺の中に物をしまっていると言えばいいか。手足同様歯や舌すら無いのであるが。俺の勝手なイメージだが、ギザギザの歯に長い舌がミミックの見た目だと思うのだが、実際は完全に宝箱であり、独りでにパカパカ開閉する奇妙な箱、そう表現するのが妥当だろう。なので飲み込む時は、成るべく壁沿いで自分の目線の高さ(およそ50cmぐらい)の物を狙っている。傾く事は、練習を重ねコツを掴んできたのだが、未だ傾きながら何かをするのが難しい為、地面に生えている物はスルーしている。尤も、鑑定では名前しか判別出来ず、地面に生えている物もそれらと同じ物であったから、というのも理由であるが。
また、組み合わせに関してだが、合成や調合とは違い、ただただ組み立てるだけ、という感覚である。要は、石と棒と紐で石のトンカチ、みたいな感じである。俺はなんて微妙な能力に目覚めたのだろう。ちょっと前に調合師か! と突っ込んだが、今はどちらかと言えば生産者的な感覚だな。
それと発声の方も結構滑らかになってきた。若干声を張りすぎると身体に響いてミシミシいうのが怖いところだが。割と人間だった頃に近い感覚のもあれば、い行とかの口を横に開いて発音するものが少し難しかったりもする。まあ、そんな事言ったら全体的に発声してる時点で生物的に何なんだって話だけどな。え?ミミック?うるせぇ!現実は無情だよ全く。
さて、色々解ってきた事はあるが、まだここが何処なのか、仲間は居るのか、近くに都市等はあるのか、不明なままである。
先程、男三人組に遭遇した以降、人どころか魔物にすら会えないで居るのも不思議に思う。そろそろ練習やら物をひたすら飲み込むのも飽きてきた。殆ど木片と石と草、たまに水、あとキラキラ光る石ぐらいである。何か別の刺激が欲しい。
そう思って俺は移動を再開する。
まず移動方法の改良に着手する。
今の開閉を利用した勢いで前進するという方法だが、これは一回の前進で体感20cm程度しか進まない。疲れは感じるが、結構連続で進めるものの、凄まじく遅い。目線もガクガク揺れるし。しかも登り坂の場合3倍以上の時間が掛かる上、バランスを崩すと真後ろへバク転する。同じ理由で下り坂の場合、降りるのはある意味早いが、大概転がるか顔面大気圏である。一回それで身体がコゲ臭くなった。ミミックだから火とか弱そうだな。
なので、逆に考える。
転がる方が圧倒的に早いのは体験済だ。それを移動方法に使いたい。だが、最初の状況確認で頭以外は真四角、完全に箱な点だ。そう言えば痛覚だが、転げ落ちた時もコゲた時も痛みは感じる事が無かった。焦げた事は臭いで分かったが、逆に何故そこだけ…とも思うもんだが無いものを考えても仕方ない。最初、多少の焦りで痛覚が鈍っていたと錯覚していたのだが、どうやら痛みも無くなっているらしい。既に4度、転げ落ちてる身からすれば有難い話だが。
まず側転だが、これは意外と簡単に出来る。起き上がりは縦に腕を振るイメージだが、これを横振りに変えると側転になる。
つまり、これを同じ方向に繰り返し行えば…
ふふふ、まあ聞いてくれよ諸君。俺は画期的な移動方法を思い付いたんだ。何と転がる事で今迄の5倍は早く移動出来る様になったんだ。登り坂を登れないって欠点があるものの、風の流れから、下の方に出口があると睨んで転がりまくったのさ。
そしたら何と外の光差し込む穴があってね、迷わず行ったさ。ああ、もうそれはそれは勢いよく。
ひたすら無我夢中で転がり込んだ。
そしたらまさかその先が崖になってて、落下して地面に叩きつけられるなんて、考えないだろう?
しかも思ったより落下距離が長くて、箱生初のスカイダイビングさ。
我ながらアッパレだよ。さっき気を付けようって思ったばっかりじゃん。バカなの?バカなの俺。
辺りを一瞥する。自分が落下した場所から3メートル程離れた場所に蓋がある。落下した場所から頭と逆方向には自分の胴体。
そう。落下の衝撃で身体が真っ二つに割れ、頭と胴体部分が完全に分離したのだった。
だが、こんな状態になっても思考が働く。
身体も動かせない。傷も直せない。だけど耳は聞こえる、目は動く。
この時の俺はまだ、目や耳が宝箱部分の何処かに明確に存在すると思っているのだが、実は本当に見た目完全に箱だと理解するのはこの少し後の事になる。
だけどそんな事を知らない、確認出来ない俺はパニックに陥っていた。
何故こんな状態なのに生きていられるのか?
何故視覚や聴覚は無事なのか?
何故もっと注意力を働かせる努力をしないのか?
これからどうする?このままどう過ごす?
俺は元に戻るのか?また死ぬのか?
そんな考えが一気に浮かび、頭がオーバーヒートした結果、先程の現実逃避の悟りを開く事になる。
もはやミミックの見る影も無い自分自身を嘲笑する事でしか、平静を保つ事が出来なかったのだ。
だがこの時、運命の出逢いをする事になる。
それはあの阿鼻叫喚を聞き付け、様子を伺いにきた者であった。
「んー、何かこの辺りでハーピーが必死の求婚を振られた時の様な絶叫が聴こえたんすけどねー…。オイラの聞き違いだったんスかね?」
まだ放心状態の俺にソレは近付き、
「お? これは宝箱の破片すかね。丁度袋が手狭になってきたでヤスし、この程度なら修理すれば使えそうっスね」
そうして俺はソレに拾い上げられ、何処かへ運ばれていくのだった。
辺り一体、木漏れ日の差し込む森であり、時折吹くそよ風が心地よい。落下地点から森の中へ入り、小川を超えた少し先にソレの拠点はあった。
掘っ建て小屋にも劣る、元々生えていたあろう直径70cm程度の木を柱に干草と弦で固定された屋根、平べったい石を椅子代わりに置いた、何とも簡素な家であった。
俺は頭と胴体が分離しているせいだろう、発声が行えず、身体も動かせない為、ただひたすら警戒と観察をしている。
小川で跳ねた水に冷たさを覚えた辺りで、現実逃避から戻ってきていたのだった。
ソレ…体表は緑色で耳は尖っており、身長は自分より少し高く70cm程か、頭に毛は無いが革で出来たであろうボロボロの茶色い帽子を被り、上半身裸で腹が膨らんでおり、鬼のパンツみたいなものを履いている。
恐らくはゴブリンだと思われるソレは、器用に石を使い、釘のような黒く鋭い、細い何かで胴体部分に木片を嵌めている。
最後、頭と胴体を同じ黒い素材で繋ぎ合わせ、完全に直してもらった自分はソレへと礼を述べる。
「うおおおお! マジありがとうございます! 俺、一生あのままかと思って泣きそうだったんです」と。
種族的なもので会話は通じるのかも分からなかったが、あの三人組の言葉を理解出来ていたし、大丈夫だろうと思いつつ恩人に目を向けると、アワアワと驚いた表情に変わり…
「ぎゃあああああ魔物おおおおお!!」
と、座っていた石から思い切り立ち上がり、凄い勢いで後方へ飛び退くも、その石に躓き盛大にコケる。そして全力で呻き声を上げながら必死に食べないでと懇願している。でもミミック的には有りなのか? いやいや。
さすがに俺もしばらくどうしていいのか悩み、とりあえず落ち着くまで待ってみる。
それから体感だと1時間くらいだろうか、恩人は何もしない事を理解してくれたのか、物陰から半分顔を出しつつこちらを窺う。
さっきは俺も号泣したい気持ちで叫んでしまったからな、と反省し、少し落ち着いて会話を始めた。
「あ、初めまして」
ビクッと恩人は反応するも──
「キミ…喋れるの?」
と返してくれた。転生して久しぶりに誰かを会話出来、ちょっと感動である。
もうこのまま誰とも会話出来なかったら、正直何処かの穴ぐらで本物のミミックになってたわ。いやいや。
「んー、ミミックだし普通は喋れるんじゃないの?」
「だって、さっき拾った時に声無かったスから」
「ああ、頭と身体が離れ離れになってて声が出せなかったんだ。…多分。本当にありがとう!さっきは大声出してごめん」
「成程、そういう事だったんスか」
どうやら警戒は解いてくれたようでようやく近寄って来てくれた。
自分も見た目ちょっと怖いなぁと警戒していたのだが、割と人は良さそうに見える。
「声無かったのもそうなんスけど、この世界のミミックは発声器官が無いっスからね。喋れる魔物ってのはなかなか居ないんスよ〜?」
「そうなんですか…あ、自己紹介がまだ出したね。
俺、宮野結城って言います。信じて貰えないかも知れないんですけど、異世界から転生してきました!」
そう言うと恩人はギョッと目を見開く。
「え?名前?!名前、覚えてるんスか?!!しかも魔物の転生者…って事は、キミも2度目なんスか?」
そしてこの恩人の出逢いにより、俺の時間は動き出す事になる。
2017/10/31 少し加筆修正行いました。




