大商人のエクスタシー
秘書から、あのサボり魔からの遣いの者が来ていると連絡を受けた。
全く、こんな忙しい時に。
ああいう人の都合を考えない所が昔から気に食わないのよね。
使者が言うには魔物が回復薬を買取りして欲しいから査定を頼む、みたいな内容。
魔物?まあいいけど。
確かに最近、エルフ国が戦争をしているという情報が入ってきており、回復薬の流出を止めたせいで、野生の薬草から回復薬を作らねばならなくなっていた。
栽培出来る土壌が有ればこんな苦労はしないのに。
お偉いさんや貴族も、こちらの苦労なんか考えもせず、早く回復薬を寄越せだの大商人様は耄碌なされたか?等と宣う始末。
アタシはそんな歳じゃないし、アンタ達の為に商人になった訳じゃないわよ!
もう、だからこの国は嫌いなのよ。
「まあいいわ、もし来たら会ってあげる」
そう言って使者を帰した。
そして一時間もしない内にその魔物はやって来る。
商館に魔物が入るのも珍しいが、この国では勇者教が根深い。
その為、魔物への対応が悪い。
アタシもそんな好きって訳じゃないけれど、一応思考把握は使った方が良さそうね。
そして秘書のミッちゃんが魔物を連れてくる。
ミミックを先頭にゴブリンと…亜人。
その亜人へ向けて私は歩き出す。
頭を寄せて抱きつき、彼等には聞こえない様に。
「ねぇ。貴方、国王に何の用があったのかしら?」
その亜人の女の子からは、微かにだけど死臭がしていた。
アタシの嗅覚でなければ気付かないだろう。
そんな微かな臭い。
その子は答えない。
答えないからこそ、それがどういう理由なのかは検討が付いてしまう。
アタシは離れ席に戻り、彼等にも座る様に促す。
あの女の子はおそらく、あのバカに人質を取られ働かされているのだろう、と。
国王も昔はマシだったのに。
やっぱり国の重役なんて、柄じゃないものに就いたのがいけなかったのかしら?
はーあ。
書状を渡して来たけれど、サボり魔の込められている能力素は、気持ち悪いから直ぐ分かる。
それに文面も「愛してるぜハニー」と書いてあるのは、読まなくても分かる。
ゴミ箱に投げ捨て、交渉を進める。
どうせ魔物が持ってくる物なんて。
そうアタシは高を括っていたのかも知れない。
彼、ミストちゃんの持ってきた中位回復薬を見るまでは。
最初、相場の銀貨50枚で買い取れなんて、商人舐めてんの?と思った。
あくまでもそれは売値であり、実際の仕入れ値はもっと安い。
それを考慮せずにそんな事言うなんて、やっぱり魔物なんてどいつもバカばかりね。
そんな評価を下していた自分が恥ずかしくてならない。
アタシは固有能力 《審美眼》を発動させておく。
これは商売鑑定というスキルの上位能力で、物の価値やその効果を精密に測るというもの。
万能鑑定には及ばないまでも、鑑定スキルの中では指折りのスキルと言える。
だからその鑑定を見た時は、夢でも見せられてるんじゃないかって本気で思ってしまう。
中位回復薬 魔力2068 能力55
飲む事も出来る。傷を完全に塞ぐ。骨折を完治。
腕一本程度を完全修復。
ウィルス性の病気を全て無効化。
推定価値:金貨10枚
回復薬とは本来、魔力を込めた水 魔素水を使って作られる。
それは亜人であるエルフが使う為であるが、人間が使う場合でもその魔力が毒になる訳では無い。
その極僅かな魔力が身体を刺激し、治癒力が高まるからだ。
しかし上位にまでなると、魔力濃度が高すぎる為、薄めて使わねば効果は発揮されない。
当然その分効果は薄くなる。
だが目の前のそれは違った。
飲める様になっている所を見るに、どうやら能力素水も加えてある。
魔力と能力素が交わる事は無い。
それは常識であるが、実際は少し違う。
二つのそれは長い時間放置しておくと、反発を繰り返すが何れ融和していくのである。
この性質を利用して、回復薬を回復水にする事が出来るのだが、ミストちゃんが持ってきたものはまさにそれだった。
しかも内蔵する魔力も異常で、おそらく中位回復薬を作った後、それに魔力を注ぎ込み続けた物だろう。
名前は中位回復薬だが、効果が明らかに上位、もしくはそれ以上。
精製が難しいとされる回復薬を更に時間を掛けて作られる回復水。
それを銀貨50枚で売ると言う。
これはあれかしら?
安く売っておいてアタシに借りでも作る気なのかしら?
アタシは様子見のつもりで金貨1枚での買取りを申し出ると、アッサリ了承してしまう。
つまり、この回復薬の価値を分かってないのね。
これならあと数本は掠め取れそうね。
「そうだな。出せるのは大体2500本ぐらいかな?」
「え…ちょ、ちょっと待って頂戴」
待って。本当に待って。
この性能の回復薬を2500?
エルフ国からだって毎月1000が限界なのに、その2.5倍もの数を出せるという。
有り得ない。
エルフ達でさえ、精製が難しいと言わしめるそれを。
しかし目の前のそれは、本物の性能。
いや、それより遥かに上の物だ。
交渉用だとしても、信用するには充分過ぎる。
「それは全て同じ値段で買い取らせて貰えるのかしら?」
そんな事を無意識に発していた。
それを見て頷くミストちゃん。
これほどの物なら貴族連中に高く売れる。
まさかこんな大取引になるとは思っても見なかった。
あのサボり魔がわざわざ書状まで書いて寄越してきた時点で、それを察するべきだった。
このミストちゃん達とは是が非でも友好関係を築きたい。
そう思っていると、これも査定してくれないかと出されたのは魔法薬だった。
魔法薬は正直、人間相手に売れる品物では無い。
魔法使いになら売れるだろうが。
だけどアタシは大商人と言われるだけあって、亜人達への独自の販売ルートも持っている。
そこに売り込めるだろうと性能を測ったのだが。
上位魔法薬 魔力4000
魔力を全回復し、魔素吸収許容量を大幅に増加させる。
魔物、亜人に対して中毒性がある。
推定価値:不明
はぁ?!
推定価値が不明とは、価値が変動したりして分からない場合に起こる現象。
能力の保有者が理解している相場の範囲を反映する為、価値が常に上下する物に起こりやすい。
だがそれは、アタシの理解を超えるという事に他ならない。
魔力4000ですって?
魔法薬は確かに内蔵する魔力が平均1000を超える薬で、人間が飲むと死に至る程の毒。
だが、魔法を扱う物に取っては、魔力を回復させてくれる回復薬のような物。
だから、ええと、魔力が高くて、だから。
振り返るとアタシは混乱していたのだろう。
何せ理解を超える品を見せられるのは、本当に久しぶりだったからだ。
アタシがこの市場、この商館の総元締めになった時には、既にアタシに査定出来ない品は無かった。
それが簡単に崩れ去る。
それと同時に湧き上がる歓喜。
────固有能力《幸運》が《激運》に進化しました。
冒険者を引退して、最早聞かなくなった世界の意思。
それを久々聞いたアタシは興奮のしっぱなしで、相手にそれを気取られない様に抑えるのに苦労した。
固有能力が進化するのも珍しい事だけど、激運が正に今目の前で起きてる事なのだから。
それから完全解毒薬に見た事も無い芋も渡されたわ。
どうしましょ。
予想外過ぎてツッコミが追いつかないわ。
そのどれもが本来持ってる元素値とは違う、違い過ぎる。
何らかのスキルで作ったのはもう間違い無い。
けれどアタシでもその能力は知らない、未知の力。
いえ、それはいいわ。
このミストちゃん達とどうにか繋がりを持たなければ。
商人だからじゃない、アタシ自身がこの子達を気に入ってしまったのかも知れない。
ミッちゃんにお金を用意させる時に、
「大丈夫ですか?ご主人様」と言われてしまった。
駄目よ、アタシは当主なんだからしっかりしないと。
それにしても、グランのバカも偶には役に立つわね。
最高級のお酒でも差し入れしようかしら?
この日ギルドマスター宛にドケチのフェリエから高値の酒が届き、爆弾かと警戒されたのは別の話。




