SS リベル⑯
僕は幻影を引き連れながら蛇へと急迫し、そして遠く離れた位置に立っていた。
きっと今の数瞬、目撃出来た者が居れば僕が複数人に増えた錯覚を生んでいただろう。それ程の速さで瞬時に移動していた。同時に蛇の片方の牙にヒビが入り、自身の噛む力も相まって、巨大な牙は黒い血を噴き上げながら宙を舞い、地面へと深々と突き刺さった。
能力『加速』
これは普段、僕がよく使っている能力だけど、実の所、僕は完全に使いこなせている訳では無い。現に身体能力を上げるという使い方しか出来ていない。
だが、この『加速』は移動速度を上げるだけに留まるものでは無かった。
『意識収束』と『加速』で能力が飛躍的に上がるのは、『意識収束』で余計な情報を排除する効果と、『加速』による身体能力、正確には電気信号が筋肉へと伝わる速度を『加速』させる効果が重複した結果によるものだ。しかしこれではまだ不完全なのだ。
この技法を使う場合、ある程度の余力を残した状態で能力を維持している。要は力をセーブしている訳だ。
もっとわかりやすく例えるなら、能力が上がる代わりにダメージを負う、みたいな事だろうか。僕はこのダメージが出ないように『加速』の限界値を予め測っておき、安全に長期的に発動出来るようにしている。勿論、使えるのはグランと自身にだけ。フェリエにも少しなら掛けられるだろうが、僕らほどの効果を出すにはもっと時間が必要になる。
でだ。要はこの"ダメージを負う"という部分を何とかしてしまえば、全力が出せるのではないか。その発想を元に行き着いたのがこれ。
『意識収束』時に、思考速度・筋肉への伝達速度・『血癒』による回復速度・反射速度の四つの速度に対しての『加速』。普段はこの中でも多くて二つにしか使えないのだが、これは自身への副作用がかなり大きく出る為、本能的に使おうとして来なかった技法でもある。
けれど今使わなくていつ使うと言うのか。
僕は危機感と焦燥感から己に掛かる限界値を自然と外す事が出来た。同時に湧き上がる力と魔力。体内で激しくぶつかり合う二つの相反する力が、僕の身体を蝕むと同時に一時的な絶対的な力を与えてくれる。
僕は剣を振るう。だが決して無闇には振らない。幾ら自身が強くても、武具はそれに耐えられる訳では無いからだ。
牙を眼前にまで捉える位置に来ると、全く寸分違わず同じ場所を攻撃し続ける。コンマ一秒よりも更に速く。やがて牙に亀裂が入ったところで一旦安全な位置まで離れた。
そしてそれが現状、牙が地面へと突き刺さった場面という訳だった。
「ぐっ…うぅ」
この技法、そうだな、名付けるならば『超加速』と言ったところか。『超加速』中は世界が停止した中で自分だけが動ける、そんな錯覚を生むものだ。当然、実際に時間が止まる訳では無い為、その負担は全て自身へと跳ね返ってくる。
まず筋肉に相当な負荷を掛ける事になる。たった一回使っただけで身体はガクつき、全身に切り傷を負ったような状態になる。おそらく骨も折れているだろう。
更に思考加速。身体が速く動けても、思考がそれに追い付いて無ければ意味が無い。反射速度で無意識に動く事も出来るが、無闇に無意味に行動するのは今は愚策でしかない。それ故の思考加速。だが勿論こちらも副作用があり、一時的にだが思考速度が著しく低下する。体感的には氷菓子を一気に食べた時に脳の血管が炎症を起こして頭痛になる、あんな感じが十数分続く。
この副作用を『血癒』で無理矢理回復して、それにも『加速』を掛けているのだから、身体の負担というよりは寿命を削る行為と言ったところか。
勿論、普通にゆっくり回復出来るならそれに越した事は無い。ここが戦場で目の前に敵が居らず、退路も絶たれていなければだが。
牙が折れ、噛み付きが弱くなったと同時にフェリエの『大魔を祓う煌めき』が解かれる。グランは瞬時にその場から後退、バックステップを幾つか決めた後、僕に声を掛けた。
「すまねぇ、助かった」
「ッ。ハァ、ハァ。無事で何よりだよ」
肩で息をしつつ、フェリエの方に目を向ける。光弾が照らす中、不自然に動く影が見えた。
「フェリエ!そこでじっとしてて!」
僕は重い身体を引き摺りながら、『意識収束』を自身へと掛ける。もう分かっているかも知れないけれど、『意識収束』を掛けていると、自身の能力も上がるが敵対心も格段に上がる。その為、フェリエに向かっていた影は僕の方へと進路を変える。暗闇もあるが、どうやらそれは透明になっているようで、光の屈折によって見える事があるようだ。
一瞬、僕の顔から腹までの辺りに影のブレが生じた。後転した後、天を見上げる様に身体を思い切り仰け反らせる。すると見上げた顔に物凄い風圧が通り過ぎるのを感じた。だが影は前の方にある。僕はその影に向かい剣撃を放つ。その直前、攻撃が当たる位置に、的確にフェリエの光弾が弾け飛び、パキッという渇いたものが割れるような音が響く。そして僕の剣は、何の抵抗もなくその影にズブリと突き刺さった。
しばらくして、その影は次第に黒い液体を噴き上げ、最後には灰色のカメレオン型の魔物が姿を現した。
どうやら最初に僕を吹き飛ばした犯人はこの魔物だったようだ。この魔物をよく見れば全身鱗で覆われている。フェリエはそれを知っていて手助けをしてくれていたようだ。
光弾そのものは維持してくれているが、顔は青くやつれている。魔力を急速に失い、魔素を取り込む速度が追い付いていないのだろう。それに魔法を無理矢理維持し続けたのもある。
僕はフェリエを抱き上げると、グランに言う。
「グラン!悪いけれど30秒ほど頼む!」
「へっ、お前と違って俺はまだまだ全快だぜ?30秒と言わず、30分は持たせてやるよ!」
軽口を叩いたグランはそのまま蛇と対峙する。そのグランの背を追うようにして、光弾の一つもゆっくりと動いている。
僕ら二人は少し離れた位置に来ると、肩膝を立てフェリエをもたれさせる。そして腕に傷を入れるとフェリエの口に近づける。
フェリエは意図を察したのか、おそるおそる、というより遠慮した様子でなかなか口を付けなかった。なので無理矢理押し付けると、素直に血を吸い始めた。その時、何故か青かった顔が一瞬赤くなったように見えたのは気の所為だろうか。
血を啜るフェリエに僕は思わずこう聞いた。
「こんな危険な場所で、そんなになってまで、どうしてそんなに必死になってくれるんだい?僕らはまだ出会って間もない。君がそこまでする必要は本当は無いし、今だって魔力が枯渇寸前なのに、グランにああして『光弾』を維持してくれている。僕らは君の恩に返せるものなんて何も無い」
自然と言葉が出ていた。今更なのは分かっている。何らかの利害が一致して、そういうドライな関係なのかも、と疑ってみたりもした。けれど彼女は心の底から行動していた。その行動に嘘は無かった。少なくとも僕はそう感じていた。
だからこそ、何故彼女はここまで他人に親身になれるのだろう。どうしてこんなにも彼女は強いのだろう。
僕はきっと、彼女や彼に、その強さに嫉妬しているのだろう。僕に無かった強さを持つ二人に。
いつの間にか俯いていた僕にフェリエは言う。
「本当は行先なんて無くって、行く宛も無くて、途方に暮れて彷徨ってた。あの黒い靄の魔物に出会った時も、内心もういいかな、って思ってた。けれどね、そんなアタシを貴方達は助けてくれたの。そしてアタシに着いてきていいって言ってくれた」
「あれは、仕方なく」
「ううん。アタシも半ば冗談で、きっとダメだろうって思っていたの。でも二人はアタシの居場所をくれて、仲間だって言ってくれた。
理由なんて大したものじゃないけど、アタシは仲間だって言って居場所をくれた二人へ恩を返したい。最初に助けてくれたのもふくめてね。
だから、もし恩を返せないって言ってくれたなら、アタシも少しは役に立てたのかな?」
未だに顔は青い彼女が精一杯の笑顔でそう言った。
僕は目頭が熱くなるのを抑えて言う。
「そう、だね。十分過ぎるぐらいだよ」
「そっか。良かった」
そう言って再び立ち上がるフェリエに、僕はまだ動いてはいけないと腕を掴むが、軽く振り払われてしまう。
「大丈夫。アタシまだまだ返済しきってないもの。これ以上借金増やしたら破産しちゃうわ」
気丈に振る舞う彼女の隣に寄り添うように並び立つ。きっと彼女はこれ以上休む事は無いと確信した。
「無茶はしないでね」
「リベルがそれ言うの?」
それ以上の会話は無い。だが僕らは阿吽の呼吸で、未だ蛇の猛攻を受け続けるグランの元へと歩みを進める。




