SS リベル⑩
近づくにつれ肌は寒気を感じ、圧倒的な魔素が辺りを支配している。
「間違いない。奴だ」
やがて遠くからでも分かるほど、真っ黒な霧の中で、遠くを見渡す事も出来ないにも関わらず、僕らは正確にその位置へと辿り着く事が出来た。
そこに居たのはあの時見た黒き靄を纏う魔物と、今にも襲われ自身の死地を定めた少女。
二人は全力で少女の目の前に割って出る。もう何度目になるのか分からない、『意識収束』をグランに掛けて。
グランは振り回しながら、下から斜めに斬り上げる。すると魔物らしく黒い血を噴き出し倒れてゆく。森の暗さと夜でも無いのに辺り一帯が黒い霧に覆われたせいで、血自体が見えにくい。
だがそれだけではない。
身体や手に降り掛かったはずの血に温かさを感じない。血特有のドロリとした触感すら。
グガァァァァァ!!
不思議思う一方で、魔物は断末魔をあげる。
グランにアイコンタクトを送り、魔物を見張ってもらいつつ、恐怖で腰が抜けたのか、動けなくなっている少女に声を掛けた。
「もう大丈夫。落ち着いて。ボク達が居れば怖くなんてないから、もっと力を抜いて、ね?」
努めて笑顔で。アイドルだった経験から自然に笑顔が作れるようになっている。いや、アイドルだからじゃない、か。…。
やっぱり、あまり考え込むのはダメだな。
後ろを向くとグランは止めを刺している瞬間だった。
生きて捕獲したかったけれど安全には変えられない。
だがそれは杞憂でしか無かった。
バキバキと骨が異常に鳴る音が響き渡り、すぐさまそちらを見やると、そこには紅く光る瞳に鋭い牙が浮かんだ、先程倒したはずの魔獣の姿。
違う点は身体が完全に霧状であり、実体がまるで無い。
そして聞こえる、例の声。
──チガウ
──ドコヘイッタ
──ハヤク……ハヤク…
声は相変わらず、脳内に直接刻まれるように響く。この魔物は誰かを探しているのか?何の為に?
思考しつつも魔物を警戒するも、またどこかへと消え去ってしまう。それと同調するように、辺りはまた普段の様相を取り戻していく。
だが、近くに居た少女の様子がおかしい。…そう言えば僕らが近くに居ると他の人にも声が聞こえるようになるんだったか。僕達でさえ悪寒がするぐらいだ、もしかしたら状態異常か何か掛けられたのか?
そう思って僕は彼女に「大丈夫?しっかりして!」と声を掛ける。顎に手をやり引き寄せ観察していると、次第に頬が紅潮していく。やはりこの子にはあのレベルの魔素に…。
居ても立ってもいられず、「大変なんだ、来てくれグラン!この子の顔が真っ赤なんだ!多分あの魔物の魔力にやられ…」と言った辺りで剣身で思い切り頭を叩かれる。
激痛に頭を押さえていると、グランから一言。
「よく見ろ。既に正気だろうが!」と怒鳴られる。
正気かどうかじゃない、女の子が魔物にやられていたんだ。この紅潮は以前助けた子には無い症状だ。きっと何か掛けられているに違いない。そう思って抗議するも、「リベルが顔を近づけるからだろうが!この天然タラシが!」と更に怒鳴られる。
熱が出たらおでこを合わせ熱を測る。悪いところが無いか観察するのは当然の事なのに、何故かそんな事を言い出すグランについ口が出てしまい喧嘩になるも、今はそれどころじゃない事を思い出す。
気が付くと少女がかなりオロオロとしていた。訳も分からず居る少女は、よく見れば自分達と同じぐらいの子だったが、不安そうにしている姿はとても幼く見えた。
「大丈夫?怪我は無い?」
「あの、さっきの魔物は…」
「ああ、あれならどっか行っちまったぜ。何だったんだろうなぁアレ」
適当に誤魔化して伝えるグランに少しムッとなるが、少女の方は余程疲れたのか、泥のように意識を深い眠りへと落としていった。
その彼女を抱えたまま、僕らは更に北東を目指していく。
行く先々で戦闘はあったものの、足の早い小型の魔物が多く、数では負けていてもそれほど強いものでは無かった。
「しっかしこれだけ多いとジリ貧になるぞ」
「だね。彼女も放ってはおけないし、かと言って国はあんなだし」
今もあの渦は消えておらず、途中からは更に外壁部分にも魔素の光が伝播していた。それはまるで何かの魔法陣のように。
だが、国が篭城戦を決め込むという事は、討伐部隊は思っていたよりも編成が遅れているのかも知れない。
もしそうなら、このまま戦っていてもいつかは限界が来る。やはり本陣を叩くしかないんだろうけれど、僕達二人で戦うにはあまりに無謀過ぎる。かと言って亜人達に協力も得られないと思う。
あの話を聞いていてもいなくても、救える命があるなら救いたいとは思う。全て救うのは無理でも、手の届く範囲だけは──
「リベル!!後ろ!!」
背後を向いた僕に見えたのは、透明な壁に顔をひしゃげる魔物の顔面だった。
「えっ?」
思わず呆けた声を出してしまったが、それを出したのが背負う彼女の能力だという事はすぐに気付く事が出来た。
「君、目が覚めたんだね…痛みや怪我はしてない?」
そう言ってあえて魔法を使った事には触れなかった。確かこの世界では、魔法をあまりよく思ってない傾向にある。少なくともこの国では。ラムズさんが離宮に閉じ込められるように居たのもそのせいだったのかも。
一方、おんぶをしてたのが恥ずかしかったのか、「殿方に身体を密着させて…」と何やら紅潮させて顔を振っている。グランにも女性の扱いがなってないとかよく言われるけれど、この世界だと常識に結構差があるのかな?
けど、今降りてもらう訳にはいかない。周りには魔物が溢れており、彼女を置いてはいけない。国の中に入るにも、点在する村に行くにしても、どのみち相当距離移動する必要がある。
見た感じ、どこかの貴族なのだろう。所々破れているがドレスを着ていて、あまり移動には向かなそうだし。
「とりあえず悪いんだけど、安全な場所に送り届けるまではこのままでいてね。本当は北東を目指す予定だったけれど、今すぐあの防壁が破られる訳でも無いだろうし」
「だな。てなると、北西にあるシャクヮの里がいいんじゃないか?あの辺なら崖に囲まれてるし、傭兵の拠点も多いだろ?」
「そうだね。じゃとりあえずそこまで送り届け──」
方針と行き先を決め、いざ走ろうとした時、背中から服を引っ張られる。何事かと下ろすと真っ直ぐ顔を見つめてくる。
「ん?どうしたの?大丈夫、安心して。悪いようには…」
「違うの」
「?」
「アタシ…アタシも戦って構わないでしょうか?」
「ええっ?!」
なんと戦闘参加を申込まれた。てっきり駄々を捏ねられるか不安に怯えるかと思っていたのに、まさか過ぎる提案だった。
「え、いや、ここは戦場だよ?女の子を戦わせるのはちょっと…」
「女の子では戦場には居てはいけないと仰るのですか?」
「そうじゃない。でも今は危険なんだ。アルストレアは今、あの青い光によって護られた状態にある。中の様子は分からないし、念話石も反応しないけど、多分あの光が外界との一切を絶っているんだと思う。だからあの中には僕達も入れない。
けれど君を安全な場所には送り届けてあげたいと思う。僕ら二人じゃ大規模な避難は出来ないから、周辺の村に行って周りの魔物を蹴散らしていても延命にしかならない。だから僕らは本陣を叩きに行かねばならない」
「そこにアタシでは邪魔で役立たずだと、そう仰るのですね」
「…ああ、そうだ」
キツイ言い方かも知れない。けれど、安全策を取るならこの子は離れた土地に置いた方がいい。名前も知らない子だけれど、この時はそれが最良だと思った。なのに──
「『大魔を祓う煌めき』!」
僕らの周りにはキラキラと輝く、まるで月の光のような黄金色の結界が浮かび上がり、周りに居た魔物を弾き飛ばしながら四角柱の形を形成していく。
「これでもアタシ聖職者と商人の複合職なので」
聖職者、回復補助系の能力を多く持っているとなれる職業か。実際の職業とステータスに表示される職業には差異があって、ステータスの方はなんでそうなっているのか分からないが、自身の持つ能力や立ち回り方で職業が変化していく。それによって副次効果が変わる。僕の場合は勇者。
職業:勇者って見た時は少し笑ってしまったけれど、効果は魔族に対しての攻撃力上昇と被ダメージ半減。と言った形にそれぞれ効果がある。勇者として活動する中でマゼンダさんと話す機会があったけれど、どうやらステータス上の職業は幾つかある方法を使えば固定させる事も出来るらしい。何ていうか、仕組みがイマイチ面倒だけれども。
そしてこの子はどうやら二つのステータス職業を持っているみたいだ。
聖職者は確か回復系の能力の向上と効果時間の延長。
商人は逃走確率上昇と目利きに補正が掛かる、とかだったかな?
何故かこのステータス職業、デメリット能力もついてて、僕の場合は『無駄に期待される』『厄介事に巻き込まれやすくなる』という文言が記載されている。何この効果…。
それは置いておいても、回復職が居るのは有難かった。何せ今僕らは『血癒』の回復のみに頼っている。けれどこの『血癒』にも弱点があって、傷は治すけど流した血が戻る訳でも無い。
どちらかが出血しすぎてもダメだし、僕が能力を使いすぎてもダメ。それを魔素の消費で専念出来る者が居るのは、戦闘を有利に進められる。
けれど、今から行こうとしてるのは、自分達でも勝てるかどうか分からない、力量差が不明な敵との戦場。やはり、どこかに置いていく方が──
「何を考えているのか分かりませんが、アタシはもうどこにも帰る居場所などありません。それに、あなた方は戦士職とお見受けします。では、回復職は役に立つのではなくて?」
エヘン、と聞こえてきそうな、腰に手を当てドヤ顔を決めている少女。だけどやっぱり…。
「俺は賛成だ」
「グラン?」
「いいじゃねぇかリベル。どうせこの辺り一帯戦場なら、どこかに置いてくより俺達の近くの方が現状一番安全だろ」
「いや、だけど」
「お前は色々自分の中で結論出しすぎなんだよ。もっと周りを頼ってくれよ」
「頼る…」
「ああ」
「………」
「あの、それでアタシじゃダメなのかしら?」
冷静になったのか不安になったのか、僕に聞き返す彼女に微笑みながら言った。
「やれやれ、強情なお嬢さんと頼れる家族だよ、全く。そんなに言われたら僕が意地張ってるみたいじゃないか」
「それじゃあ…!」
「こちらこそよろしく、自己紹介がまだだったよね?僕はリベル、回復は任せるけど無茶はダメだよ?」
「俺はグラン、考え過ぎなコイツのお守り役さ」
「ちょっとグラン、考える事は大事な事であって…」
「いつもそれで長考した挙句、暗い雰囲気纏ってどんよりするじゃねーか」
「もう!そんな事無いよ!」
「いや、あるね」
「ふふっ、ふふふふ」
「あ…ううう」
いつもの喧嘩を見られて少し恥ずかしくなる僕。そんな僕らを楽しそうに見つめる彼女に、小さな煌きを見た気がする。
「仲良しさんなんですね」
「まあ…家族だからね」
「アタシはフェリエと言います。あなた方のサポート、全力で頑張りたいと思うので、よろしくお願いしますね」
「うん、よろしく、フェリエ」
「よろしくなー」
僕達は魔王討伐の為、即席のパーティーを結成した。それが後に伝えられるアルストレアの三強と呼ばれる、構成員たったの三人だけのパーティー『不滅』の誕生である。
激しく体調不良。季節の変わり目にはご注意を。




