SS リベル⑧
亜人領に流れついた僕らは複数の狐亜人に囲まれていた。
どうやら救いはしてくれたようだが、警戒されている。
隣を見ると未だ傷が残るグランに、僕は『血癒』を使い回復させる。みるみる顔色が良くなり、呼吸が落ち着くのと対照的に、彼等亜人達には魔族の手先と思われたらしく、一人から怒号が飛び交う。殺気を含んだ視線に当てられるが、それは何かを恐れているようにも見えた。
亜人の事はよく知らない。ただ人間よりも身体能力に優れ、考えるよりも勘で動き、魔族と敵対関係にあるとだけ聞かされていた。
けれど、この反応を見るに、亜人達ともあまりうまくはやっていないのだろう。
そう言えばアルストレア王国にも亜人達は少数ながら見かける事はあった。表面上普通に見えたけれど、その顔は取り繕ったように薄い笑顔だった。僕もああいう経験がある。きっとあの笑顔の下にあるホントウは、涙に打ちひしがれているのだろう。
だとすれば、アルストレア王国は亜人達を…
だから、僕は斬りかかってくる彼等に一切抵抗を見せずに身体を差し出した。必ず手を取り合える未来を信じて。それをまずは自分が示さなければ、と。
しかし、その刃が僕に届く前に一人の少女が前に立ち塞がる。
頬を擦り涙目になるが、それでもそこから退こうとしない。
斬りかかった男が困惑し、少女に話しかける。どうやら『ユキ』という名前らしく、退かそうと声を掛けた男─名はソソウ─が別の男─ケルビン─に鬼の形相で迫られている。会話から察するにこの少女の父親らしい。
攻撃の手を止め、剣を戻してもなお説教が止まらないケルビン。可愛い娘と言ってる辺り、大事に想われているのだな、と顔が綻ぶ。頬の痛みに顔を歪ませる少女に、僕は優しく触れ『血癒』を掛ける。その時、一瞬だけ『稀少性鑑定』の効果が発動した。が、すぐに取り繕い、怪我をさせてしまったと謝ると顔を背けてしまう。
なるほど、確かに可愛い娘さんだなと微笑むと更に顔を赤くし、父親の影に隠れてしまう。
「いい娘さんですね」
「私の自慢の娘だ。それと私の部下達が済まなかったね」
「いえ、こちらこそ勝手に領地を侵入してしまい申し訳無い。けれど僕達もこれしか無くて」
「その辺りの事情は町で聞こう。そのままでは風邪を引いてしまう」
「ありがとうございます」
「いやいや。ところで名前を聞いてなかったな。聞いても構わないか?」
「名乗るほどでは無いけれど」
「随分名が轟いている様だが?」
そう言われて少し考える。確か国王陛下の話では名前は明かしていないはずだった。ただ『勇者の護衛』とだけ聞かされていたはず。ならばなぜこの人達は、いや、このケルビンという人だけだろう、他は話を合わせているだけに過ぎない。
多分、部下と呼んでいた事や周りの者達の反応から、この人がお偉いさんだとは分かる。だとするなら軍かその辺りが情報を握っている?
未だ視線はこちらに向けたまま。グランが倒れているからだとしても、名声だけならグランの方が上のはずなのに、この人は見向きもしない。つまり、僕とグランでは僕の方が上だと直感しているんだろう。隠していても無駄、か。
諦めでは、ない。決して。
名乗る方が信用も得られるだろうし、何より相手が未だ警戒しているのが居心地悪い。
だから僕は素直に名乗る、『勇者の僕』として。
「僕の名前はリベル。アルストレア王国に仕える騎士で勇者などと呼ばれています」と。
その後は事情聴取の為、町に連行された。
魔族の侵攻が気にはなったものの、グランが目を覚まさずにここを突破していくのは愚策だ。それにもう一人で無茶は出来ない。
『意識収束』でのブーストはかなり消耗が激しい。日に何度も使うのは難しいのが現状だった。
そうして町に着くと駐屯地のような建物の一室に連れられた。おんぶして運んできたグランをベッドに寝かせてもらえた。やはり、そんなにひどい対応はしないようで少し安心した。
事情聴取はそのまま話した。
魔族領に魔王の根城の探索をしていた事と黒い靄を纏う魔物の事は除いて。大っぴらに言いたい訳でも無かったのもあるが、勇者関連の事でいざこざに巻き込まれたくないのもあった。また黒い靄を纏うの魔物の方は、単純に宗教的な問題面で他種族に迷惑を掛けたくなかったからだ。本当に信仰しているかは定かではないが。
途中から目を覚ましたグランが助かった事に礼を述べた後、一緒になってこれまでの経緯を説明していく。
そして互いに納得した後、腕を組み唸り声をあげた。
考えを巡らせそして深い溜息の後言った。
「事情は分かった。確かにここ最近、魔王達による進軍は我等亜人領でも度々見受けられている。君達の話にも嘘は見られない。
だが、君達二人が本当に巷で噂となっている勇者かどうか、その真偽も含めて一つ手合わせを願いたい」
と申し出てきた。
一瞬和解したかと思えたが、未だ僕らが『勇者』とその護衛かは判断出来ないようだ。まあ、普通に考えれば嘘をついてるのかも知れないし、疑われるのは当然か。僕としては『普通のリベル』のままでいいのだけど。
僕がしょうがないかと頷こうとした時、グランがグイッと前のめりになってケルビンに言う。
「つまり俺らが嘘付いてる可能性があるから、それを強さで証明しろ。もしうっかり殺してしまったとしても、証明出来ない俺達が悪い、そう言いたいんだろ?」
「ちょっ、ちょっとグラン!」
予想外にもグランからそんな言葉が出た。
いや、確かに気持ちはわかる。けれど出来れば荒事は避けたいのだけど。この辺りがグランと僕の差なのかな。
僕は表に出さず、ただ心の奥に大事なものをしまい続けた。たまに感情が発露して、本音を出せる事もあるけれど、そんなのは極稀でしかない。
けれどグランは違う。いつも本音で喋って、大事なものほど抱え込もうとする。強さだけじゃない、弱さだって。
ああ、僕もグランみたいになれたらな。
事態は徐々に変化しているも、その中で僕は密かに憧れの眼差しを送っていた。
町の大広場と言うべきかな、巨大な砂地に僕らはやって来た。
ここで決闘のようなもの、名目では勇者かどうかの真偽を測る為のものと言われたけど、要は力比べをしようと言う訳だ。
既に周りには多くの狐亜人が集まっており、今か今かと待ちわびる。
グランが居るから言わないけれど、ここの世界ってなんでこんなに血の気が多いんだろう。それが仕事みたいなものだからしょうがないんだけど、ああ、なんで僕が勇者なんだろ。
泣き言を心の中で呟く。しかし時間は過ぎ戦闘は始まる。
グランと僕、そしてケルビンが対峙する。てっきり誰か代役が居るのかと思っていたけれど、だからって手加減されている訳でも無かった。
対峙して初めて分かる。この人はきっと転生者だ。
転生者とそうでない者は見た目に反して闘気っていうのかな、それが面と向かい合った瞬間に感じられる。彼からは幾多の戦場を駆け抜けた戦士のような、そんな風格が感じられた。
互いに木刀、皮の鎧を着込み条件は同じ。
気絶、もしくは敗北を認めさせた時、決着となる。
だが人間と亜人ではそもそものスペックに違いがある。それをどう埋めるかだけど、僕らのやる事は変わらない。
試合開始の掛け声と共に、僕はグランの真後ろに下がり、『意識収束』をグランの持つ木刀へと掛ける。更にグランの『挑発』が僕に向かうはずの意識や気配を更に薄くしていく。
グランは上段から切り込むように相手へと迫る。どうやら意表を突いたのか、驚きと共に受け止める。
流石亜人種、グランの一撃を軽々と止める。
今の一撃で何かを察知されたのか、ケルビンはリベルへと攻撃せんとするが、グランの『挑発』と『意識収束』のコンボで意識を逸らされ思うように動けていない。だけど驚きもした。未だこの連携技で僕の方を向こうとした者は初めてだったからだ。
彼は強い。多分、出し惜しみすれば負ける。
だからグランに合図を送ると、更に僕はグランに『意識収束』の重ね掛けをした。
汗が吹き出る。元々消耗しやすいこの能力を重ね掛けするのは流石に厳しい。だが、魔族領での訓練が効いているのか、前に試した時に比べて持続時間が長くなってるのを確信した。
ドシンッドシンッと鳴り響く音はグランの攻撃によるもの。能力や魔法の制限はされていなかったのは、単純にスペック差に公平を欠く為だと思っていたが、勇者としてどんな能力を持つのかも見るのを兼ねているのだろう。まあ、僕の能力は戦っている人でも見えにくいだろうけれど。
周りもざわついてるがそれはケルビンとグランに対してのみ。
そうしている間に、ケルビンはグランの連撃に耐えるので精一杯となり、受けるだけの状態が続く。
木刀は既に折れ、一方的な殴り合いが続く。
相手は何か迷うように、まだ瞳に諦めの色は無い。
グランにもそれは伝わり、相手に恐怖する。この状況下で逆転出来る術を持っている事に。
そして恐怖からか、大上段からの大振りを叩き付けようとしたその時、狐亜人の少女─ユキ─が割って入った。
「お父さんをこれ以上苛めないで!」
ケルビンが娘に降り掛かる拳撃から守ろうと動くも、その言葉で何故か硬直する。
このまま割って入ろうにもそれでは遅すぎる。
『意識収束』をグランの拳から自分の手のひらに変え、グランの拳撃を止める。
どうやら間に合ったようだ。全く、この子といいグランといい、どうして皆こんなに他人を思えるのか。いや、他人じゃない。『家族』を、か。
僕もいつかこんな風になれたらな。
隣の芝生の青さに彼は気づかない。
その後はケルビンに取り成され勝負は僕らの勝ちに。無事亜人領での自由行動が許され、僕らにはひと時の休息が出来た。
だけど──
ケルビンは今回の一件を報告しに行き、代わりにユキの面倒を見てやってくれと頼まれる。
自分の娘をいいのかと思って外に出たが、どうやらユキは町では人気なのか、多くの人がこちらを見ていた。なるほど、この中でバカをやるのは難しいな。若干苦笑する。
父親が好きだという場所に来た頃には、周りの人も多少減り、少し落ち着いて話が出来た。
「俺はグラン、グラン・ツェルトだ。何か自己紹介のタイミングが遅れた気がするけど宜しくな!」
「僕はリベル。名字は無いから気軽にリベルって呼んでね」
二人とも名字は名乗らなかった。宰相様によれば『ルルベル』という名字は少ないらしく、村によってその村でしか存在しない名字がある。もし僕が勇者と名乗る事があった時、名字で出身国が割れると自国にも勇者をと人攫いや人質を取られる事もあるそうだ。だからグランはギルドに登録する時に、そこにいたギルドマスターの名字を、僕は名字自体を名乗らない事になった。
名字の有無は貴族か平民か、とか思っていたけれど、どうやら平民以上か貧民かという違いらしい。つまり僕が勇者と名乗っても、貧民の出であれば国籍を割るのは難しくなるという事のようだ。無駄な小細工だと思うけれど。
そして時は過ぎていく。




