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白いウサギと南の国

 雪の荒野に白いウサギが寂しく暮らしておりました。

「早く、春が来ないかな」

白いウサギは南の空を、見つめてポツリとつぶやきました。

春になれば、南の空から友達がやってくるのです。青い、空の向こうから、羽を広げてくるのです。

「僕も飛べたらよかったのにな」

白いウサギは長いお耳を、パタパタと動かしました。

ぴょんと飛んでパタパタパタ。ぴょんと飛んではパタパタパタ。

それから後ろを振り向くと、白い雪の上に、くっきりと足跡が残っています。

白いウサギはしょんぼりとうなだれました。

「どんなに跳んでも飛べやしないってことぐらい、僕にもちゃんとわかってるんだ。ちぇっ、もしも背中に羽があったら、今すぐ南へ飛んでいくんだけれど」

白いウサギはため息ついて、自分の頭にすみついた馬鹿げた考えを振り払うと、木の根っこでも掘り起こしてご飯にしようと、シャクシャクと雪を掘り始めました。ところが木の根っこの代わりに現れたのは、冬眠中のカエルでした。

「なんだね、騒々しい。それに白いね。あんたも白い。ってことは冬だ。雪の季節だよ。カエルには縁のない季節。どうして私は目を覚ましたのかな。ふむ。あんたが私を起こしたんだね、ウサギさん」

「あの、ごめんなさい。僕、あなたを起こすつもりじゃなかったんです。ただ、木の根っこでも食べようとして……」

「それで代わりに私のことを掘り起こしたと」

「そうなんです」

「なるほど。よくわかった。つまり、今は春ではないし、君も私に用があるわけではない。だとすれば、私のやるべきことは一つだ。おやすみなさい、ウサギさん。私は春までもうひと眠りしなけりゃならないようだから」

「残念だけどそうみたいですね。おやすみなさい、カエルさん。少しでもお話しできて嬉しかったです。僕もあなたみたいに春まで眠れればいいんだけど」

「それは無理だよ。生き物にはそれぞれ領分というものがある。ウサギにはウサギの。カエルにはカエルの。冬眠はウサギの領分ではない」

「そのことはもうよくわかりました。僕の耳は羽ではないし、空を飛ぶことはできない。なぜなら僕はウサギだから」

「その通りだ。代わりにあんたには元気な足があるってことも忘れないように。カエルもピョンピョン跳ねるものだが、ウサギほどには跳べないからね。それじゃあ、今度こそおやすみ」

そういうと、カエルはモゾモゾと土の中に潜っていきました。

白いウサギはカエルに言われたことをしばらく考えていました。

「たしかにカエルさんの言う通りだ。羽はないけど足はある。鳥ほど早くは進めなくても、進んでいることに間違いはないんだ。南を目指して跳ねていったら、いつかは暖かい国へたどりつけるのじゃないかしら」

そう考えると、ムクムクと元気が湧いてきました。

白いうさぎは見渡す限りの白い荒野を、南に向かって元気よく進み始めました。冷たい風も我慢して、降り積もる雪も耐え抜いて、ただひたすら南へピョンピョンピョンピョン向かっていきます。

「きっとこのまま跳ね続けていけば、いつかは冬の世界は終わって、あったかい国につけるんだ。そこにはたぶんたくさんの花が咲いていて、いろんな生き物たちがいる。友達だってたくさんできるに違いない。そうしたら、もう寂しくなんかなくなるんだ」

地平線のかなたまで真っ白い雪が降り積もり、果ての見えない銀世界に、ポツリポツリと足跡だけが伸びています。ウサギの白い毛並みは雪にまぎれて、芋虫が葉っぱを食べるときの、シャクリシャクリという音に似た、かすかな足音が聞こえるだけです。

胸を希望でいっぱいにして、南へ南へ。

足は疲れ、頭もぼんやりするけれど、それでも進む足だけは止めず、少しづつ、南の国へ向かっていきます。

風の中に、花の匂いが混じりはじめた気がします。

雪が少なくなって、太陽が温かさを増してきたように感じられます。

――きっと、もうすぐなんだ。

どこかで鳥が鳴きました。

雪はどんどん少なくなって、ついにはぬかるんだ地面へと変わりました。厚い雲は、みんなどこかへ行きました。今、白いウサギの頭の上に、どこまでも広がる澄んだ青空が輝いています。

ウサギの前で、赤い花が一輪、揺れました。

南の国にやってきたのです。

花に見とれるウサギの耳に、ひゅっ! という細い音が聞こえたと思うと、あっという間にウサギの体は空の上へと持ち上げられていました。

初めてみる空からの景色を、ウサギは頭に焼きつけました。それはウサギが見たいと願っていた景色でした。あたたかな日差しのあふれる、色鮮やかな南の国の風景です。

「僕はやった。南の国へやってきたんだ。それに、空だって飛んだんだ!」

そしてウサギはワシに掴まれた自分の体を置き去りにして、青く青く澄んだ空を、ピョンピョンと登っていきました。

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