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第_話  最期とはじまり


あの日は、あの子の死をあざ笑うかのように穏やかな日だった。

暑すぎない暖かな春の日差しに草木は踊り、暖かな柔らかい南風にのせて精霊が歌う。

彼女など、取るに足りない存在なのだと、女神がはっきりと態度を示したような日だった。


死は、誰にでも平等にいずれやってくるものだ。

それでも、彼女が死ぬことなど想像できなかった。

突然わけのわからない世界に連れてこられて、絶望を強制的に味わうことになり、時に世界を恨みながら、それでも人を見捨てることができずに人を癒す歌を歌い、穏やかで、やさしくて。

強いとも、弱いとも言えぬ、穏やかな人。

蕾がほころんだような微笑みと、満開に咲き誇る花のような満面の笑み。

彼女の歌は人を、獣人を、妖精を、更には魔族さえも癒した。

彼女の笑みは、見るものすべてを優しくさせた。

聖女とは、きっと彼女のことを表すのだとさえ思った。


しかし、女神はあっさりとそれを否定する。


見捨てることで。

否定して見せたのだ。



彼女は、必死に涙を耐えてシーツを握り込む、やっと十歳になったばかりの息子の頭を撫でて、何度も愛情を確かめた。

弱ってしまった震える手で。子供特有の柔らかな髪を撫でて、その目に浮かぶ涙をぬぐって。

場違いにも、ため息をつきたくなるほど美しい光景だった。

弱弱しくも、浮かべる笑顔は変わってなんていなかった。



そして、あっさりと彼女は死ぬ。

奇跡もなく、施す手もなく。私は己の無力さをかみしめて、彼女の最期を見続けるしかなかった。そして、私だけではない。己の無力さを、かみしめたのはもう一人。

少年は、絶叫した。

叫んで、叫んで、足りないというように外へ駆け出して行った。

雨なんて、降りそうもないよく晴れた日。ひらけた大空には、雲の一片も見えなかった。

皮肉なほどに、よく晴れた日の下で。

叫んで、泣いて、喚いて。

ああ、私は忘れないだろう。幼い子が、地面を殴り、木を殴り、その叫び声に触発されて森から出てきた魔物を殺し、死体に向かって、何度も何度も魔法を放ち。

それでも、なにも納得できずに、母の死を受け入れることもできなくて。心の底から、全身を憤怒と憎悪で震わせて、すべて(かたき)というかのように晴れ渡る大空に向かって吠える、小さな獣。

絶対に、私は忘れられないだろう。



やっと、彼が止まったのは日が山へ隠れようとしている頃だった。

空は晴れ渡ったまま、赤く染まっていく。穏やかな日だ。憎らしいほど穏やかな日だ。

自分が殴り倒した木に座り込んで、地面や木を怒りに任せて殴りつけた手は自分の血と、殴り殺したゴブリンの血で赤く塗れていた。泣きはらした目は真っ赤で、そのくせ憎しみに爛々と燃えていた。

止まったのは、本当に力尽きたからなのであろうとすぐに分かるほど、ぜいぜいと肩で息をして、ブランとさげた両手は腕も拳もいかれているようだ。

彼は、私を見ないまま妙に静かな声でつぶやいた。ぐつぐつと怒りや憎悪を煮詰めている静かな声はこの私に恐ろしさを感じさせた。


「女神を殺す」


その子は、そう言った。


「もとをたどれば、全部、女神のせいだ。女神を殺す。この手で、僕の、手で。こんな、こんな世界、大嫌いだ。女神に愛されてのうのうと生き延びる人間も、大嫌い。殺す、力が欲しいんだ。女神を、殺す力が」


目が合ったとき悪寒がはしった。無意識に一歩後ずさっていた。

しっかりとその目は前を見据えている。

女神を殺すという未来を、この世界を破壊する未来を。

こいつは本当にやるだろうと確信した。そして、成し遂げるだろうとさえ思った。


「厳しい、修行の毎日になるだろう」

「うん」

「この私より、強くなるということだ」

「うん」

「創造神である女神を殺すことは、世界を滅ぼすということだ」

「わかってるよ」

「この世界の大半を、敵に回すことになるだろう」

「もとより、こんな世界みんな敵だ」


この日、復讐のために生きる獣がまた一匹赤黒い怨嗟の炎の中より生まれ出た。



「誓うよ。僕は絶対に女神を殺す。たとえ相討ちになろうとも、この手で絶対に息の根を止めてやる」


ああ、私にはこの獣をとめられない。

とめる資格もない。そして、とめようとも思えない。


きっと、彼女がこんなこと望まないだろうことはわかってる。

そして、それは、この子も痛いほどに分かっているのだろう。

だから、あれほど長く泣き叫んだのだ。



「絶対に」


覚悟のつぶやきを向けた、血塗れの右手の中には、金色のロケットが握り込まれていた。



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