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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第88話『それぞれの選択』

 流れ込んでくるのは、膨大な知識。

 『魔導共有』――莉理子から美咲が学んだ力が、この場で桜香を打倒するための大切なピースとなる。

 健輔1人では届かない高みも、美咲の才と努力があれば関係ない。

 回帰に至る道筋は見えていたが、その先を健輔は描けなかった。

 これは健輔の努力不足というよりも相性と言うべきだろう。

 人間、どうしても苦手なことと言うのは存在している。

 魔力回路の始まりの状態に戻し、真実の意味で万能に至ろう。 

 健輔の野心的すぎる試みは、1人では挫折しかなかったが、美咲の力を借りてここについに結実する。


「これは、何も感じない……?」


 対峙する桜香が読み取ったのは奇妙なまでの静寂さである。

 普通如何なる形態であろうが、発動した時点で力が大きく増す。

 出力の増大は全ての物事に通じる大事な要素である。

 なのに、健輔からは何も感じないのだ。

 一般人と間違えてしまいそうな存在感は確かに魔素回路、始まりの魔導師の姿だろう。

 桜香も既に忘却してしまった過去にその姿はある。


「……いきます!」


 腑に落ちない点はあるが、桜香は攻撃を選択する。

 全身全霊で敵を粉砕するのが彼女の本懐。

 その部分を見誤ることはない。

 何かあるのは確実だが、何があるのかは開けるだけの勇気が必要だった。

 桜香の突撃、迫る最強を前にして健輔は静かに剣を構える。

 翼を広げるように展開された双剣は、この場にはいない最後のパートナーとよく似ていた。

 ここまでの魔導、1年に及ぶ全てを賭して健輔は決戦に挑む。


『陽炎、いくわよ』

『承ります、美咲』

「おい、戦うの俺だから」


 抗議の声を上げるが、どこか健輔も面白がっていた。

 最強を前にしても、いや、だからこそ自分らしさを見失わない。

 不屈の男は手段を選ばずに必ず目的を達成するのだ。


『レッツゴー、です』

『ほら、早くいく!!』

「はいはい、全く、うちのお姫様たちは気難しいな」


 自分の扱いに納得のいかないものを感じるが、顔に浮かぶのは笑みである。

 身体の中を巡る力は爆発力はない。

 静かに胎動する塊に健輔が1番ワクワクしていた。

 ここからどうやって最強と戦うか。

 健輔は完全にノープランだが、美咲は上手くやってくれるだろう。

 そう思えるだけの時間を積み重ねた自負がある。


「はッ!」

「ふ――!」


 漆黒と色が揺らめく不思議な魔力がぶつかり合う。

 この試合でも繰り返された何も変哲のない光景。

 

「そ、そんな……」

「は、はは、なるほど、なるほどな」


 お互いに譲らない剣の競り合い。

 そう、剣がぶつかり、お互いに押し合っているのだ。

 相手に斬撃をぶつけるために、力と力でぶつかっている。

 

「あ、あり得ない!」


 桜香が驚きの声を上げる。

 統一系の力を知っているからこそ、自分の力を何よりも誇るがゆえの驚きがあった。


「残念ながら――」

『――現実です』


 重なる声に桜香の中で別の感情が湧き上がる。

 明らかに喧嘩を売られた。

 

「良い度胸です! 私に力で渡り合える程度で満足しないで下さいッ!」

「満足してるなら、こんなところに来るかッ!」

『バカだからここまで来ちゃったのよ』

「その、ユニゾン――腹が立つから辞めてください!」

 

 先ほどまでよりも力と鋭さを増した斬撃。

 この試合で最高の一閃だったが、


「悪いな」

『データは解析済みです。あなたの強さ、底が見えてきていますよ』


 同じように健輔がこの試合で最高の斬撃を放つ。

 観察を怠ったことなどない。

 この試合の間にもリアルタイムで最強の魔導師の観察は続けられていた。

 相手を見つめるを真剣さで負けるようなことはない。


「――どうして!」

「別に隠してないし、急激に強くなった訳じゃないさ」


 回帰を果たしたことで健輔は万能系の力を極めて穏やかな状態へと変化させた。

 今までの万能系は誰が作ったのかもわからない状態だったが、今の原初の状態はあらゆる可能性を内包しながらもまだ混ざり合っていない。

 バラバラに混ぜ合わされる前だからこそ、制御が容易になっているのだ。

 無論、メリットばかりではない。

 普段混ぜ合わされているのは、系統の力を発揮するという理由がある。

 ここを崩してしまえば、回帰してナチュラルな状態になってもそれだけで何も出来ない。

 謎の料理を解析して素材を割り出したはいいが、料理にしないと食べることは出来ない、というのが健輔の限界だった。

 ここに美咲を投入することで、問題を解決したのが『原初・万華鏡』である。


「そっちが全部の系統を混ぜ合わせたパワーなら」

『こちらはあらゆる系統に成れるパワーです。決して、劣るものではないでしょう?』

「ならば――!」


 多少力を落としても多様性で挑む。

 瞬時の切り替えに健輔は感嘆の声を上げる。

 最強は見事に最強であった。

 それでこそ、この念に嘘はない。


「――でも、ダメだね。それは俺の道だ」

『系統選択、パターンインストール』

『受領。マスター、行きましょう』


 陽炎の声に、少しだけ過去を振り返る。

 健輔はこの場に至るまで多くの人間の力を借りてきた。

 これだけは間違いない。

 ――しかし、本音の部分では独力での在り方を目指していた。

 悪いことではないだろう。

 1人でも強くありたい、というの当然の欲求であり責められることではない。

 

「1人でやろうとして、俺は去年負けた。チームのためと言いながら、結局は自分の都合を優先したんだ。これは、歪みだろう」


 勝利のためになんでもする男が、結局は自分で勝つために仲間を踏み台にした。

 このような側面があったのは否定できない。

 チーム一丸となった勝利を掴む道を選んでいたら、去年に優勝を掴むことは出来たかもしれないのだ。

 仲間たちを思うほどに、悔恨は確かに浮かぶ。

 健輔の中に1人で立ち上がれるクリストファーや桜香への憧れがなかったと言えば、それはきっと嘘だろう。


「だから――」


 エースになると誓ったのは、自分が良い格好をしたいからではない。

 真由美や葵などに誇れる姿を見せたかったのだ。

 今までよりも更に強くあるために、健輔は1つの執念を諦める。


「――俺は、仲間たちと一緒にいく」


 決して諦めない男の精神の変革は、諦めを許容する強さを持つこと。

 力は十分、意思も備わった。

 クリストファーが独尊の中で他者を認めることで変わったように、健輔も1つの頂に至る。

 魔導史上初のリミットスキル。

 全ての系統を総べる系統には、全てを総べるリミットスキルがある。


『何よ、ちゃんと出来るじゃない』


 過った声は呆れているようであり、祝福しているようにも聞こえた。

 宿った少女に報いるためにも全てを尽くす。


「リミットスキル発動」

魔導開闢(マギノ・ワールド)


 最強の固有能力と同じ名を付けたリミットスキル。

 万能系の頂を携えて、健輔は決戦に挑む。


「天照!」


 優香が用いるのと同じ分身術式。

 数を増やした桜香が一気に肉薄する。

 分裂による力の減少など彼女には起こらない。

 諦めて然るべき戦力差を前にして、健輔の心は震え立つ。

 自らの不足は認めても、困難を前にして膝を屈するような趣味はない。

 困難を乗り越えるために諦めを受け入れたのだ。

 最初の目的を履き違えるようなことはない。


「美咲!」

『リミットスキル発動――『事象変換』!』


 周囲の魔力を自らの力へと変える。

 出力の問題は完全に解決した訳ではない。

 扱いやすくなったが、完全に掌握した訳ではないのだ。

 あらゆる可能性の力を掴むには健輔の努力もまだまだ足りていないし、美咲の知識も不足であった。

 それでも、ここまで積み重ねた時間分は必ず応えてくれる。

 信じているからこそ、前に進んで受けて立つのだ。


「リミットスキルを扱えたところで!」

「わかってないな。リミットスキルを使えるってことは」

『系統を極めたってことでしょう? 先はあっても、見える範囲には至ったのよ』

「だから、こんなことも出来る」


 漏れ出る魔力は銀色。

 輝く女神の加護が健輔に宿る。


「消し飛べッ!」

『ジャッジメント』

「女神の術式を、光で描く!?」


 レオナが作り上げ、フィーネが得て、健輔が模倣する。

 この流れが生み出した奇跡に桜香の分身の1体が消滅していく。

 

「直撃したといえ、1撃!?」

「統一系を貫くには、自分らしくが条件だろう?」

『創造系による突破するための魔力。生成は難しいけど、こいつの系統を忘れた?』

「――万能系!」


 シャドーモードの究極系。

 積み重ねた時間は嘘を吐かない。

 どんな理由でもやって来たことに嘘はないのだ。


「凶星は全てを穿つ!」

「真紅、ということは!」

『術式展開『終わりなき凶星』!』


 ほぼ0距離からの真由美の必殺が唸りを上げる。

 チームを守った頃と遜色のない輝き。

 桜香の分身がまた1体削られる。


「舐めるなッ!」


 健輔の快進撃。

 実力差を考えれば奇跡の戦果だが、桜香もやられっ放しではない。

 掌握した統一系を物凄い勢いで洗練させていく。


「融合リミットスキル――!」

『まさか、統一系で!』


 発動するのは浸透系と破壊系を混ぜた力。

 扱いの難しい統一系で個々のリミットスキルを発動させるのは、桜香の才能の飛び抜け具合を感じさせた。

 最高のタイミングで力を発揮してもそれだけで勝たせてくれるほど桜香は優しくない。


「あなたが、そこまで至っても私は更に上にいく!!」

「上等だ。いくらでも、追い付いてやる!」


 威勢はいいが、実は健輔にもそこまで余裕はない。

 美咲が極限状況で演算を行い、蓄えた知識を元に原初の魔力をなんとか扱える状態にしているが、これは桜香がやっている無茶とほぼ同じレベルの話である。

 闇鍋を無理矢理おいしく作る桜香と見たとこもない素材で見覚えのある料理を作る美咲。

 見えないところで2人も激突を加速させている。

 

「ぐっ!?」

「やはり、その力にも穴はありましたか!」

「やっぱり、見抜くかっ」

「リソースの管理、ここでも瞬発力を高めていましたか。健輔さん以上に、そちらの方の負荷は大きいでしょうね!」


 美咲の『魔導共有』は『魔導連携』と比べると明確に劣化コピーと言える代物である。

 莉理子の技は彼女が持つ能力も付与されるのに対して、『魔導共有』はお互いの意識を共有しているだけに等しい。

 美咲の身体を通して技を使えたのは繋がっているのが健輔だからというただ1つの例外であった。

 美咲には戦闘能力の大幅な向上という明確なメリットがある反面、健輔に齎される恩恵は少ない。

 美咲の意思と知識、それだけが健輔に託される全てだった。

 現在発揮している力もこの原則からは外れない。

 健輔が使える制御力を美咲が全て代行している。

 魔力の部位の集中や系統の選択。

 リミットスキルの発動タイミングも本当は美咲の管理下だった。

 全てのリソースを美咲に預けて身体だけを動かして桜香と戦っている。


「く、くくく、いやぁ……楽しいなッ!」


 美咲から与えられた情報は膨大であり、魔力回路などわかりやすい部類の力に過ぎない。

 目立たないが見えているモノも普段と変わっている。

 健輔の視界には術式を可視化したものが映っていた。

 桜香が纏う統一系の系統が1つずつ、違う色で視認できる。

 防御用の術式も展開していない様は一見すれば、無防備にも見えるが、健輔にはこれこそが九条桜香の強さだと理解できた。

 

「本当に、凄いやつだよ!」

『健輔、あんまり……余裕ないかも』

「ああ、わかってる」


 魔導共有の練習も幾度も行ってきた。

 美咲が発動前の術式も構成から読み取ることで効果を看破できるのは知っている。

 今はまだ花開いていないが、美咲は間違いなくバックスとして頂点にいけるレベルの才があると健輔は確信していた。

 彼女の支えがあって、ここまでの歩みもあったのだ。

 全てを賭けて挑んでもまだ遠い頂。

 これから先、幾度挑んで粉砕されるかもわからないが、そんなことはどうでもよかった。

 仲間と全力を束ねて挑む。

 この感覚は1人では味わえない。

 負けられない、という強い気持ちは同じでも前とは意味が違う。

 背負う重みが心地よい。


「美咲、もっとだ! 今よりも限界まで絞れ!」

『っ、了解!』


 健輔は勘でリソースを絞っているが、美咲は情報を管理してより的確に絞れることが出来た。

 2人が対照的だからこそ、この組み合わせは何倍にもなって力が増すのだ。


「先ほどよりも元気になりましたね!」

「おかげさまでなッ! 厳しい相棒と、敵がいるからおちおち気も抜いてられないのさ!」

「まあ!」


 満面の笑みで放つ桜香の斬撃。

 統一系の魔力を纏った普通の斬撃だが、健輔にとっては致命傷となる攻撃。

 1人で捌くのはもう限界だったが、今ならばまだまだ上を見れる。

 お互いに集中してきたのか、技のぶつけ合いは意地のぶつけ合いへと変わっていく。

 正面から魔力と魔力の殴り合い。

 原始的な決闘だが、2人は本当に楽しそうであった。


「俺の魔力が、押された……!?」

『系統の割合に偏りがあったわ。これのせいで、相殺しきれなかったみたい』

「俺をやるためにそこまでやるのかよ!」


 破壊系をメインで構成しつつ、浸透系や収束系などで威力を跳ね上げている。

 全ての系統を混ぜていることは大体察していたが、割合に変化を持たせているとは思わなかった。

 桜香にとっては細かい試行錯誤の証なのだろうが、こんなことをやられてしまえば対抗が困難なのは当然であろう。

 さりげないところに仕込まれた工夫に、思わず笑ってしまう。

 人によっては最強が小細工をしていると眉を顰めるのかもしれないが健輔は違った。

 桜香は才能に胡坐をかかず、全力で健輔を潰しに掛かっている。

 この戦場にいるどの魔導師よりも才能に長けた者が、工夫という自らの領域外に手を伸ばしても勝利を掴みとらんとしているのだ。

 滾らないはずがない。


「これで、どうだ!」


 力で劣っているが、必要な分を必要な量だけ集中させる方法で対抗する。

 やっていることは一ヶ月前と同じだが、用いられる技は遥かに高度になっていた。

 桜香のような進化ではない。

 積み重ねた重荷。

 凡夫ゆえの極致が才能とぶつかり合う。

 

「……あの時の焼き直しですね」

「はは、そうだな。7月とよく似ている」


 桜香の嬉しそうな表情が全てを物語っている。

 健輔の方が劣っているが、美咲の助力を得て再び桜香と撃ち合える領域にまで駆けあがってきた。

 結果として起こるのは合宿前の戦いと同じ万能同士の膠着状態である。

 桜香が攻めて、健輔が防ぐ。

 この構図は簡単に崩れない。


「このレベルで、押し切れない。健輔さんには本当に驚かされますよ」

「光栄だな! 勉強した甲斐がある」


 フィーネに振るった全力と同じだけを桜香は既にぶつけていた。

 完全に防いでくるのは、健輔の強さが上昇しているのもあるが、今までにはなかった要素が大きい。

 健輔に重なるように1人の少女が見えるのは気のせいではないだろう。


『ようやく私の言っていることを理解できた? もう、何回言っても聞かなかったのに、こういう時には調子が良いんだから』


 桜香の並外れた魔力感知が、健輔の内部からある魔力を感じ取る。

 しっかりと聞き取った会話も含めて、非常に癪だった。

 この戦闘中に幾度も感じた嫉妬が、ここで確かな形を持つ。


「……ええ、そうね、そうだったわね。健輔さんを支えているのは、優香だけじゃなかった。認めましょう。その上で、叩き潰します。そんなコンビなんて認めませんッ!」


 健輔は自らの内にはない観点を美咲から得ている。

 知識全般もそうだし、既存のものでも美咲から見れば異なる発想を得ることもあった。

 リソースの絞り方にしても健輔は防御を完全放棄するという狂気の戦法だが、美咲は同じやり方でも更に効率の良い方法を知っている。

 展開される魔力だけではなく、術式に必要なリソースまで管理するのだ。

 発する力も最小限で目的を果たす。

 原初の力は桜香の統一系と同じように全ての力を発揮出来ていない。

 桜香は力技でなんとかしていたが、健輔に出力を無限に上昇させて結果として暴力を手に入れるやり方は似合っていない。

 ぶつかる瞬間、刹那の間に美咲が魔力を注ぎ込むことでなんとか状況を五分としていた。

 本能頼りの健輔では拓けない境地を美咲が導くのだ。

 健輔は脳筋だが、別に頭を使わない訳ではない。

 効果を実感できたのならば、水を得た魚のようにイキイキとしし始めるのは当然だった。


「今度からはもう少ししっかりと勉強するさ!」

『はぁ……本当に、もうっ』

「むむむ……!」

 

 簡単に勝たせないように立ち回っていたが、やはり調子に乗っている健輔は強かった。

 健輔が調子に乗る。

 非常にマズイ状況だと桜香の理性は小さく訴えていたが、ある事実が容易く理性を振り切っていく。

 感情による起爆は彼女のお手の物だ。

 2人の舞台に他所の女を連れてきたことが既に気に入らないのだ。

 ここで最後の要素が戦場に投げ込まれる。

 漆黒の太陽は容易くブチ切れようとしていた。

 プルプルと震えている桜香に健輔が気付き、美咲が声を上げる。


『あっ……。健輔、ヤバイかも』

「へ?」

『あの人、思った以上に子どもだったわ』

「誰が、子どもですかーーーーッ!」

 

 叫びと共に桜香が健輔に猛攻を仕掛ける。

 かつてないほどに研ぎ澄まされて太刀筋は桜香の厄介な性質を露わにしていた。

 感情が高まるほどに彼女はいろんな意味で強くなる。

 特に健輔関係では顕著であった。

 アルメダに嫉妬して、それで勝利する程度には彼女は子どもである。

 激情のままに駆け抜けるのが未成年の特権だとすれば、桜香は存分に特権を活かしていた。


「えっ、ちょ!?」


 唐突にキレた最強に健輔が慌てる。

 明らかに我を失っているのに、攻撃だけは美しかった。

 まさに理不尽な現実の権化である。

 圧倒的な格差で健輔を追い詰める才能の傑物。

 しかし、


『させない。健輔、右!』

「ぬおおおおおおお! わからんが、わかったッ!」


 健輔から見て右側から桜香の刃がやってくる。

 美咲の咄嗟の指示を受けて健輔はその刃を外に弾き出すのではなく、内に滑り込ませるために横合いから剣を叩き付けた。

 魔導師が超人とはいえ、咄嗟の慣性などに逆らうのは難しい。

 完全に重力から解き放たれている魔導師もいるにはいるが、桜香は強くともそういう特殊なタイプではなかった。

 万能系の応用性があろうがなかろうが、健輔という男は面倒臭い奴なのだ。


「よし、いけた!!」

「まさか、この動きは……!?」

『今度は左よ!』


 体勢が崩れたところに今度は剣が流れた方向から左手の剣が叩き付けられる。

 崩れた体勢を立て直そうとしていたところに叩き付けられた一撃は、桜香が踏ん張っていたことと合わさって劇的な効果を表した。


「ちょっ!?」

「最後に――」

『上!』


 右手の剣を今度は勢いよく上から叩き付ける。

 桜香の手から失われる魔導機。

 この試合中、2度目の変事に桜香も流石に言葉を失った。


「ま、魔導機がなくても!」


 直ぐに自分を取り戻したのは2度目だったからだろう。

 桜香の才能に同じ技は通じない。

 自らがそうであると定義する彼女にとって、この攻撃を通すことはあり得なかった。

 爆発する感情に任せて、只管に力を高めていく。


「喰らいなさい!」


 魔力を乗せた本気の右ストレート。

 一切の干渉は許さないとばかりに迸る魔力の構成は全てが出鱈目な数値を示していた。

 

『なんて力技、呆れるわね。脳味噌筋肉な女なんて嫌ね』

「おいおい、仮にも先輩に酷い言い種だな!」


 美咲の言葉に健輔も軽口で返す。

 こんなの、呼ばわりされた当人は青筋を浮かべているが、ノリノリの健輔は当然のようにスルーだった。

 微細な女心の変化など、戦闘中でも健輔の領分外である。

 

「――私の前で、よくも! 良い度胸ですッ!」

「うお!?」


 吹き出る力が更に上昇する。

 美咲の挑発に桜香が乗り、美咲もまた言葉で応じた。

 健輔に関係することでもそうだが、今日の美咲には許せないことがある。

 心優しい親友に必要のない役割を押し付けた元凶がここにいるのだ。

 容赦などするつもりは微塵もない。


『あなたみたな面倒臭い在り方、こちらが勘案する必要はないですよ。それだけの力があるのに、必要なことをしなかったくせに』

「なるほど、喧嘩を売られていると思っていましたが、そこが原因ですか!」


 怒りはあるし、納得もしていないが理解はしていた。

 同時に喜びも湧き出たのは桜香の複雑な姉心であろう。

 優香のために真剣に怒っている者がいる。

 それだけで自分とは違うとわかった。


「礼は言いましょう! しかし、落ちなさい!」

「事情はよくわからんが――」


 美咲と桜香のやり取りに今度はこの男が反応する。

 何やら通じ合っている両者。

 蚊帳の外に置かれた彼がどう思うかなど明白であろう。


「俺も、混ぜろよッ!」


 力と直接ぶつかり合うことを避ける戦法。

 視線の誘導、身体の動き、魔力の流れ。

 あらゆる情報から最適な動きを導き出す。

 健輔が勘でこなしていたモノを美咲は丁寧に理論立てていく。

 理論を疎かにしていた訳ではなかったが、誰にでも理解できるようにする作業でもあることに侮りがあったのは間違いない。

 知らない分野を知ったふりをしていたのだ。

 

「本当に、勉強も頑張らないとな! 自力でやれるようにしないと」

『今更。地は悪くないんだから、直ぐに飲み込めるわよ。……もう、心配して損したかも。強くなるためなら、なんでも出来るんだね』

「は―――――」

 

 美咲の言葉に爽快に笑い返す。

 自らの弱さを知っている。

 仮に健輔が誇れる強さがあるとすれば、それは諦めない意思でもなければ、戦闘のセンスではなかった。

 現実を見据えて、その上で歩ける楽観こそが己の誇りだと思っている。

 差に悩むことも、自らの至らなさに悩むこともあった。

 しかし、全てをひっくるめて自分だと思っている。

 何かが欠けても今の自分ではないのだ。

 

「そうしないと、この人とかに勝てないからな!」

「2人で盛り上がってる! 羨ましいっ! 私も混ぜなさい!」

「おう、勿論だ!」


 桜香の中から硬さがなくなり力の動きが自然となる。

 健輔に言われて身に付けた技術の諸々だが、それらが彼女を型に嵌めてしまい、彼女も気付かないところで動きを読まれる原因となっていた。

 美咲が的確に行動を予測してみせたのも、その部分を見抜いていたからである。

 桜香に技術を授けたのは健輔なのだから、この程度の小細工は弄していても当然だろう。


「はっ、もう適合するか!」

「何を!」

「何、こっちの話だよ。やっぱり、そんなに上手くいくものじゃないなってね」

「勝手に納得をして!」


 いろいろとばら撒いた布石だったが、不発とまでいかずとも渾身とも言い難かった。

 せっかくの原初もこうなってしまえば磨り潰されるのは時間の問題である。

 体力がないところに無理を重ねた反動がそろそろ来ようとしていた。


『っ……ごめん、そろそろキツイかも』

「そうか。――だったら、頃合いだな」


 素手でも動きが徐々に鋭くなる。

 桜香の才能に感嘆し、健輔は笑う。

 美咲を得て見た光景は中々に素晴らしかったが、まだ届かないようだった。

 九条桜香、最強の魔導師。

 これほど挑み甲斐がある壁がいてくれて本当に嬉しい。

 負けることになっても、立ち上がるのに困ることはないだろう。

 健輔はこれほどまでに彼女に勝ちたいのだ。

 だからこそ、負けそうになるのならばやることは決まっていた。

 時間の積み重ね、健輔がチームために積み上げた最初の貢献はたった1つしかない。


「オラァッ! いくぞ!」

「えっ、ええええええ!?」


 抱きつかれるといっても過言でない状態で2人が組み合う。

 顔が赤くなっているのは突然のことであったからか。

 この状況がよくないというのはわかっているため、身体は自動で動くがそれこそが問題であった。

 長らく使用していなかった健輔の必殺技がここで火を噴く。

 このまま戦っても勝てないのならば、やるべきは決定的な消耗を狙うこと。

 桜香は固有能力で常に全力を保っているが、肝心要の魔力回路を消耗させれば影響を与えるのは不可能ではなかった。

 リミットスキルすらも稼働させて、原初の魔力が限界を超えて唸りを上げる。


「へっ? ま、まさか……!?」

「久しぶりだから、油断してくれましたか? じゃ、そういうことで」

「し、しまった!? これは――」


 後先顧みない全力放出からの魔力干渉。

 両者に流れ込む大量の魔力は内部からお互いを吹き飛ばす。

 俗に言う『自爆』。

 かつての健輔の必殺攻撃が、再び不滅の太陽に牙を突き立てたのだった。


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