第84話『太陽と流星』
優香がアマテラスを壊滅させたタイミングで天に描かれた1つの転送陣。
地に叩き付けられた黒い太陽と共に黒の破王が蘇る。
チームとしては最も劣勢であるが、その程度で彼女が止まるはずもない。
危地を好機へと変えるために、温存していた戦力を解放する。
最大戦力による蹂躙。
桜香らしい反撃が始まった。
「うわぁ……やっぱりこうなったか」
ヴィオラたちの撤退を黙って見送った男は事態の深刻さに溜息を吐く。
こうなるとわかっていて優香にアマテラスの壊滅を命じたのだが、実際に無理矢理に状況を動かしに来た桜香を見ると呆れるのは仕方がないだろう。
「香奈子さんには迂闊に接近できないな。このまま飛んでるとヤバイかも」
『その割には声に余裕がありますが』
「まあ、想定はしてたからな。覚悟をしておけば細かいことはどうでもいい」
まさか本当にやるとは、というのが健輔の心境である。
桜香の実力ならば不可能ではないが積極的に狙うようなものでもない。
チームの壊滅はクォークオブフェイトにポイントを与える。
勝者に1番近いのが健輔たちになるのは明らかなデメリットだろう。
香奈子も桜香も確かに強いが、この場にいるチームを壊滅させようと思えば相応に時間は掛かる。
その間に試合時間が終わってしまうのは十分にあり得る事態だった。
避けるべきリスクであるのは間違いがない。
「……もしくは、1人でも大丈夫だと踏んだのか。まったく最強ってやつも大変だな」
桜香の全面攻勢はここで試合を終わらせるつもりだろう。
香奈子は3強ではないが、真由美クラスの強さはある。
総合力では真由美やハンナに軍配が上がるが、破壊力では間違いなく彼女が最高だ。
本陣に残っているクォークオブフェイトの1年生たちでは防衛は厳しい。
圭吾や剛志たちも帰還しているが、荷が重いのは間違いなかった。
本命として桜香まで付いてくる状態では壊滅も時間の問題である。
桜香と違い健輔や優香はバックスのバックアップがないのは辛い。
1人でチームと相対して凌駕するような怪物は桜香やクリストファーのような真性だけである。
健輔もその領域にはいない。
『美咲から通信が入ってますが、どうされますか』
「うへ……用件はわかってるけど、出たくねぇな」
ゲンナリとした顔を見せて、数秒迷うが、後のことを考えると答えは1つしかない。
「はいはい、こちら切り込み部隊。桜香さんが行ったんだろう?」
『――繋がった!? 良かった、健輔、速やかに伝えるわ』
「うん?」
怒られるのかと思ったら様子が違う。
桜香の攻勢に慌てているかと思ったが、それとも違うように見えるのは何故だろうか。
「美咲? もうちょっと落ち着いて……」
『シューティングスターズが全面攻勢に出て、桜香さんを迎え撃ってる。同時にヴァルキュリアが横殴り、両チームが中央になだれ込むわよ』
「え……?」
美咲からの言葉に戦場となるであろう場所に視線を向けると、確かに物凄い魔力がぶつかり合っている。
桜香を追撃するかのようなシューティングスターズと、横から全力で突入するヴァルキュリアが桜香を中心としてぶつかろうとしていた。
「おいおい、マジか」
そんな愉快な状態なのに桜香はクォークオブフェイトを目指すのをやめない。
シューティングスターズとヴァルキュリアを引き連れてクォークオブフェイトの本陣に雪崩れ込もうとしていた。
これを阻止する火力がクォークオブフェイトにはない。
「陽炎、帰るぞ!」
『マスター、美咲との通信は?』
「状況は理解した。適当に返答しておけ。あっちがやばくなる前に移動するぞ」
『わかりました』
陽炎に返答を任せて、健輔に空を駆け抜ける。
桜香やフィーネたちの激突のせいで大分掴みにくくなってはいるが、まだ感知に大きな支障はない。
葵が桜香を吹き飛ばした方向と強大さから考えれば大凡の激突地点は読める。
健輔は急いで激突地点への移動を開始した。
このままでは非常にマズイ。
「ここで俺たちのチームの弱点が出たか。まともな砲台が桐嶋だけじゃな」
本当ならば一塊の団体移動など砲撃型のカモだが、残念なことにクォークオブフェイトには純正の砲台が朔夜しかいない。
真由美に頼り切っていたツケを1年生に払わせる形になっていた。
バランス良く纏まってこそ戦力は有効に活用できる。
特化型は特化していることこそが長所であり短所であった。
「真由美さんが敵にいるからこそ、思うのは安定感かな!」
主導権をこうやって持っていかれやすくなっているのは、気のせいではないだろう。
真由美がいた時代のクォークオブフェイトはもう少し安定感があった。
博打をする必要は時にはあるが、毎度そうなるのは問題があるだろう。
賭け事とはここぞと言う時にやるのに意味がある。
毎度やるのはただのバカであった。
「バックスで補完するのも限界があるか。クソっ、間に合えよ!」
バトルスタイルを切り替えて高速移動を開始する。
個々の強さでは随一なのがクォークオブフェイトの強みだが、そのためにお互いを補い合うのに相性が発生していた。
美咲と健輔に掛かる負荷の大きさが危険な領域に来ている。
仮にこの両名が対応出来なくなることが発生した場合は、組織としての動きに大きな支障が生まれるだろう。
健輔もそれがわかっているからこそ、急いで戻るのだ。
桜香のようにチームが壊滅しても勝てるようなものはそうはいない。
健輔はまだその領域にはいないし、行ける可能性も現時点では存在していなかった。
「和哉さん、頼みました!」
葵も出払っているだろうが、全体の統括には和哉の方が優れている。
香奈や美咲では対応できない速度にもしっかりと対応してくれるだろう。
先輩の努力を健輔は信じている。
後ろは任せろ、と言ってくれたのは嘘ではないはずだ。
「飛ばすぞ、陽炎!」
『はい。シューティングスターズを挑発する軌道でいきましょう』
「ナイスアイディアだ!」
健輔は戦場に舞い戻る。
移動する中心域を目指して、一心不乱に空を駆け抜けるのだった。
「くっ!! この状況で、まさかこちらが本当のバトルスタイルですかっ!」
世にも珍しい光景であろう。
世界最強、揺るぎない強さを持つ九条桜香が追われている。
追跡者の猛追に焦りを見せるのは、彼女から見ても確かに脅威と言えるレベルにいたからだ。
超高速、音速域のラファールは移動こそが最速であるが、この相手は攻撃しながらの速度が圧倒的だった。
「なるほど、流星姫。伊達ではないですね」
追撃してくる流星のプリンセス。
アリス・キャンベルの想定外の戦闘能力と統一系となった時の相性の悪さが想定外の苦境を生み出していた。
負けるとは思わないが、腰を据えて相手をしないと勝てるとも思えない。
「砲撃を機関銃のように、面倒くさい!」
黒い魔力が防壁となって流星群を弾き飛ばす。
戦力的には桜香が圧倒しているのだが、状況と相手のバトルスタイルが問題だった。
防御を捨てた超高速移動する砲台。
ハンナとも、真由美と違うバトルスタイルに前進を優先している状況では打つ手がない。
「防御に回す分を機動に注ぎ込んでいる。機動砲撃スタイル、とでも言いますか! なるほど、火力が優勢だからこそ、攻撃に力を傾けたんですね」
放たれる砲撃の攻撃力には初期から変化はないが、速度が優香にも匹敵する高速形態となっている。
桜香が引き離せないのだ。
ランカーの中でもほぼ最高レベルの速度だろう。
そんな状態で真由美に優る連射力とハンナに優る威力を持つ攻撃をばら撒かれてしまえば桜香も直撃弾は避けられない。
しかも、桜香は追撃されているのだ。
クォークオブフェイトを打倒すための単騎特攻が完全に仇となっている。
「くっ、足を止められれば……! 距離も調整していますね、忌々しいッ!」
攻撃こそが最大の防御。
桜香も本質的には攻撃寄りだが、アリスは更に攻撃に偏っている。
どうしてこんな超攻撃型のバトルスタイルに至ったのか。
結論は直ぐに出た。
「皇帝を突破するため――なるほど、流石は王者の国。良い人材が揃っていますね」
桜香の統一系のオーラや皇帝の黄金のオーラは下位の魔力を遮断しているが、無効化している訳ではない。
性質や力で無理矢理に打ち消しているのだ。
消せない量を瞬時にあらゆる方向から叩き込まれればダメージは避けられない。
「工夫は褒めたいところですが、私を相手にされると困りますね!」
自らのチームの不甲斐なさと比べれば幾分の粗さはあってもアリスの姿勢は素晴らしい。
挑戦をしないと結果は出ないのだ。
戦う前から諦めているようでは、上位ランカーには届かない。
最弱のランカーなどというのはとんでもない評価だろう。
間違いなく上位に来るだけの素養がある。
「しかし、この程度で!」
桜香の進撃を妨害するアリスに更に後方から黒い砲撃が襲い掛かる。
アリスは見事な機動で回避してみせるが、その一瞬の隙は彼女を引き離すのには十分なものがあった。
たった1人の味方に全てを任せて桜香は疾駆する。
「香奈子さん、後はお願いします!」
『ん、お任せ』
桜香は本命に向けて空を駆ける。
アマテラスが壊滅したことで、クォークオブフェイトが一気に優位に立っている。
その分は桜香が取り返す必要があった。
まずは、1番勝利に近いチームを叩き潰す。
アマテラスの状況こそ異常だが、やろうとしていることは真っ当である。
恐ろしいのは、この状況を察知して速やかに動いたシューティングスターズだろう。
桜香のような常識知らずは必ずこのタイミングで動く。
確信を持ったかのような動きは完璧な横殴りを成功させていた。
「ここまで予定が狂うとは、迎撃の準備はされていますね」
本来ならば香奈子の援護でクォークオブフェイトの前衛を突破。
後は中から順番に蹂躙する予定だったのだが、予期せぬ乱入によって予定は完全に崩れ去った。
おまけに、放置していたもう1つのチームにも動きがある。
ほとんど直感で、魔力を展開して防御を行う。
超長距離からの正確な狙撃。
こちらの方が本来の形なのだろう。
桜香でも意識していないと危なかった。
「レオナ・ブック。正直、女神の残骸だと思っていたけど――」
空を駆ける閃光が凄まじい速度で桜香に迫る。
攻撃速度において全魔導師の頂点は伊達ではない。
先ほどのアリスすらも上回る領域での連続攻撃をあらゆる角度から放ってくる。
「――訂正しましょう! 鬱陶しさなら、先代よりも上よ」
一撃も通っていないが、桜香にも相手を打倒する術がない。
桜香が最強だということを認めた上で、各々が戦い方を考えている。
先ごろ戦ったアルメダとの明確な差がここにあった。
レジェンドやウィザードはまだ桜香を最強として認めてはいない。
彼らは自らも王者だった者たちだ。
自らの力に自負があるからこそ、自分をぶつけてきた。
「弱者の戦法、戦い方を心得ているわね!」
翻って、レオナたちは純粋に挑戦者である。
相手の強さを認めた上で冷静に分析していた。
桜香は圧倒的な強さだが、強いことと勝敗に関しては直接的な関係性はない。
健輔という弱者が桜香という強者を下しているのだから、チャンスは誰にでもあるのだ。
桜香は断じて認めないだろうが、1度の敗北は桜香も無欠ではないことを証明している。
「そうやって……!」
レオナの遠距離からの連続攻撃に桜香が焦れる。
光の女神がやっていることは、自分の得意なフィールドに桜香を引き摺りこもうとしているのだ。
桜香は確かに遠距離も戦えるが、近距離と比べれば明らかに能力が落ちる。
敵の狙いはなんとなく理解出来た。
最後に見たときはフィーネの添え物だったが、自己というものを確立している。
「……認めたくないけど、凄く上手いわね」
気を抜けば危険だと思える攻撃を前にして意識を逸らすほど桜香は迂闊ではない。
統一系の防御は現状無敵に近いが、いつまでも無敵ではないだろう。
桜香とて進化と言う言葉は知っている。
盾と矛はお互いにぶつかり合って、更なる高みに向かうものだ。
桜香の技を突破する技は必ず現れる。
心の片隅にこの言葉は置いていた。
負ける訳にはいかないのだ。
健輔以外にも、より言えば健輔にも。
九条桜香は矛盾した想いとわかっていても最強であることを誇っている。
「予定違いはありましたけど、これでッ!」
レーザー攻撃を回避しつつ、桜香はクォークオブフェイトの本陣へと突入する。
桜香にとっても実に長った移動を超えて、ついに狙いの者たちと邂逅した。
健輔に葵と優香、後は隠れているバックスを除いた全員がその場にはいる。
「……なんとも、このような状況になるとはな」
「1度退いたら、今度は怪物が相手か。まったく、自分の強運が恨めしい」
剛志と和哉を筆頭として、クォークオブフェイトが総力を駆使して桜香の蹂躙を迎え撃つ。
緊張した面持ちの1年生たちと、覚悟を決めた上級生たちに剣を向けて最強は厳かに言い切る。
「全員、掛かってきなさい。最強を刻んであげます」
「望むところだ。1年、良く見ていろ。先輩の意地を見せてやる」
「あんまり調子に乗るなよ。お前は最強の魔導師だが、俺たちは最高のチームだ。後輩だけに頼るだけの腰抜けじゃないぞ」
「あっさりと陥落したりしたら、健輔に怒られるからね」
健輔たちが強くなるのを黙って見ていただけではない。
先輩として今でも負けたくないと思っている。
競争心はあっても、表に出さずに溜め込んでいた。
爆発させるタイミングとして、これ以上のものはない。
「俺たちもそろそろ、殻を破りたいからな」
「最強と言う名の頂。味あわせて貰おう」
「まあ、健輔だけにいいところを取られるのはあれだしね。親友として、全霊で相手させていただきますよ」
残った男性3人が前に出て、1年生たちが後ろに付く。
主力は欠けているが、クォークオブフェイトの戦力はしっかりと残っている。
最強の魔導師を前にして、気圧されないだけの勇気を全員が持っていた。
「いいでしょう。ここで、あなたたちを終わらせます。――私の勝利のために、散ってください」
不滅の太陽が進撃する。
新たな状況に突入する戦場。
バランスが崩れた状況が天秤を大きく揺らす。
激闘を制するものたちはどこなのか。
誰1人として、未来を見通せるものはいなかった。