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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第82話『現実から目を逸らす』

 健輔たちが激闘を続ける中、脇から空を征く者がいる。

 単身で敵陣に、アマテラスの本陣へ突入する蒼い影。

 桜香が中央で釘付けになっている現状で彼女を止められる人物はいない。

 全身を揺らめく蒼に染めて、九条優香は固い表情で空を舞っていた。


「――雪風」

『御意。マスター、ご自由に』


 涼やかな声が空に融けて、同時に魔力が強く噴き出す。

 圧倒的な魔力量はそれ自体が武器になる。

 桜香以外には負けないと断言できるだけの才能を携えて、優香は姉のチームメイトへ終わりを告げるために全力の飛翔を続けていた。


『砲撃、来ます』


 雪風の報告に静かに頷き、優香は前だけを見据える。

 健輔から託された役割。

 アマテラスを撃ち落とすための策の1つを任された高揚感。

 自らが必要とされているからこそ、優香はこの役割を完遂する。

 それ以外に、彼女の関心は存在しない。

 迫る砲撃を蒼き双剣で斬り捨て、少女は只管に前進していた。


『まだ来ます。数は――10!』


 雪風の焦ったような声も、彼女の心に波紋を起こさない。

 桜香は絶対に止めてみせる。

 健輔と葵の約束、そしてフィーネから頼まれたことを優香はしっかりと覚えていた。

 無謀に思えるこの特攻こそが、この試合を勝利に導く最後のタイミング。

 優香が失敗すれば、この試合での勝者がアマテラスになってしまう。

 数合わせであろうが、無傷で残せば後に祟る。

 1人で全てを滅するために、優香はこの場所にやって来た。

 

「1つ――!」


 変則的な軌道、鋭角的な回避。

 あらゆる手段で優香は前進を続ける。

 瞳に映るのは、敵の本陣ただ1つ。

 桜香という最強の加護に甘える者たちに鉄槌を下す。

 定められた使命を血縁者が遂行する。


「術式、展開!」


 幾度目になるのか。

 数えきれない数の砲撃の雨を抜けて、視界にアマテラスの魔導師たちが映る。

 すぐさま起動するのは、彼女のかつての得意技。

 下手に数を増やしても意味がないため、ランカー戦では封印したがこういった状況では便利だった。

 必要なのは手数と火力。

 火力はあるが、足りない手数を増やすのには都合のいい術式である。


「数は、10」

『むぅ……術式発動『陽炎』、いきます』


 不服そうな武器の様子の気付かずに優香は前に出る。

 迎撃に動いたのは、3年生であろう男子生徒の1人だった。

 魔力の練りは悪くなく、表情もしっかりとしている。

 少なくとも慢心はしていないし、ここで諦めるつもりはなさそうだった。

 表面上は十分に最強のチームとしてその場に立っている。

 問題は目には見えない部分であろう。

 何処か動きに余裕があるのだ。

 

「……侮りとは、別に心だけに現れるものではない」


 自分に言い聞かせるように、優香は静かに呟く。

 余裕のある振る舞いに何か思うところがあったのか。

 瞳を閉じて、何かに集中する。

 時間にしては数秒。

 10には達していない刹那の輝きで、優香の中で割り切りが完了する。

 彼女のやるべきことはたった1つ。

 敵に同情することでも、思いを馳せることでもなかった。

 強い敵はいればいるだけ良いものだ。

 しかし、同時に弱い敵から学ぶこともある。

 優香はしっかりとその事を理解していた。

 相手は弱く、そして知らない内に慢心という底なし沼に嵌っているが、優香から何かを言う資格はないだろう。

 

「――さようなら」

「へ……?」


 間抜けな言葉。

 どうして自分の目の前にいるのかと、瞳で問いかける相手を冷たく見返し、優香は双剣を振るう。

 覚悟が薄く、気概がない。

 姉のチームとは思えないほどに空気が浮ついている。

 去年はここまでではなかったはずなのだ。

 どこで何を間違ったのか。

 部外者である優香には、只管に悲しいことであった。

 桜香の強さは桜香のもので、アマテラスのものではない。

 この当たり前に誰も気付いた様子を見せないのが、既に致命傷であろう。

 無論、本当は違和感を持っている者たちもいるのだ。

 しかし、仮に気付いていても行動に移した者がいない時点でアマテラスは終っていた。


「これで1人」

 

 0距離での魔導斬撃。

 この試合から叩き出すつもりで放つのは最初から予定だったが、思ったよりも優香は力んでいた。

 自分らしくない、と思いながらも胸からなんとも言えない感情が湧き上がってくる。

 向かってくるアマテラスのメンバーの表情が気に入らないのだ。

 夢から覚めたような、どうしてこうなっているのだと問いたげな顔が優香の心を掻き乱す。


「2人!」

 

 回し蹴りで大地に叩き付けてから、特大の斬撃をぶつける。

 ライフは0になって、相手は戦場から離れた。

 順調に進んでいる戦況は、全てが予定通りであり――酷く無様な光景となっている。

 

「っ……! どうして、こんなに」


 まるで場違いな感じがする。

 好きな場所の雰囲気がまるで別のジャンルになってしまったかのような激しい失望感。

 落差が激しいからこそ、優香の中で想いはドンドン大きくなっていく。

 

「あなたたちは、軽いっ……!」


 悲鳴のような叫び声は、姉への憧憬があるからこそだった。

 ある意味で同類だからこど、不甲斐なくそして情けない。

 桜香と互角であることなど望んでいる訳ではないが、いくらなんでもこれは酷いだろう。

 互角に、隣に立ちたいという意思すらもない。

 紛いなりにも世界最強のチーム。

 桜香だけで勝利したのではないと証明するために、桜香以上に滾るのが優香の知る魔導師の姿だった。

 ――今、眼前にいる魔導師たちはそれとは対極の場所に立っている。


「ふわふわと、何処にも足を付けずに――!」

「いきなり、意味のわからないことを言わないで!」


 優香と同学年らしき女性が何かしらの反応を見せる。

 どちらも表情が歪んでいるが、内実には大きな差があった。

 どうして、こうなっているという優香の心と、何を言われているのかもわからない彼女たちでは悩みは共有できない。


「努力は出来るのに、どうして――!」


 滑らかな動きには練習の日々が窺える。

 優香は元来、誰かに何かを説くような高尚な人間でない。

 そんな彼女が言いたくなるほどにアマテラスは歪んでいた。

 データ上では決して弱くないのに、何故か中心が欠落しているのだ。

 スペック的にはベテランを超えている部分もある。

 全員が準ランカーに近いスペックなのは間違いがなく、同時にただそれだけでもあった。

 戦闘魔導師とはスペックのみで相手を圧倒するものではない。

 トータルでの戦技、とでも言うのだろうか。

 魔導を用いた戦闘に長けたものを言うのだ。

 優香が知っている魔導師のほとんどは何かで劣ろうとも、必死で考えて戦って来ていた。

 今の対戦相手であるヴァルキュリアも、シューティングスターズも同じである。

 なのに、たった1つアマテラスだけが異なる様相を見せていた。

 綺麗だが、何処までも中身がない。

 チームとしてのバトルスタイルにもそれが表れている。

 見栄えはよくても、中身が、熱さがないバトルスタイルに意味はあるのだろうか。

 

「あなたたちは、見栄えは良くても中身がないッ! それでも、九条桜香の――」


 姉と同じチームである人間たち情けない姿に優香の中で感情が荒れ狂う。

 このような事を言いたくないのに、言わせる現実に得体の知れない気持ち悪さを感じていた。


「――最強のチームのメンバーなのですか」

「天才だからって、強いからって私たちの努力を否定するつもりッ! あなたこそ、何様のつもりよッ!」


 口から飛び出た言葉は威勢は良いが、優香の激情に押し負けている。

 伝わらない想いに、優香は悲しそうに瞳を閉じた。

 身勝手な言い分だとはわかっているが、口から飛び出てしまったのは優香が桜香の事が好きだからである。

 色々あっても、自慢の姉なのは間違いなかった。


「……健輔さんがいなかったら」


 健輔がいなければ、姉はあそこまで素敵にはならなかっただろう。

 本来は味方が桜香に教えるべきことを全て引き受けたのが健輔なのだ。

 彼に掛かる負荷は想像を絶している。

 桜香という次元違いの天才から『期待』される怖さを優香は良く知っていた。

 出来るはずだ、あなたを信じている――。

 桜香の子どものような期待に優香も押し潰されそうな時があった。

 いや、押し潰されていたというべきだろう。

 あれでも耐え難かったのに、健輔に掛かるのは優香の比ではない。


「敵に、大切な人の全てを委ねているのに、何故――ヘラヘラとしている! あなたもだ、亜希さん!」


 剣を突き付けて、優香はアマテラスのメンバーを弾劾する。

 何もかも足りないものたちがこの戦場を汚していた。

 誰もが全力なのに彼女たちだけが浮ついている。

 一方的な押し付けだとはわかっているが、甘い覚悟ならば暴威を以って知らしめるしかない。

 桜香がそれをやらない以上、現実を教えられるのは優香しかいなかった。

 向いていないとわかっていても、今だけは姉のように苛烈な輝きを身に宿す。

 不出来だった妹として、姉に送る感謝の気持ちであり――健輔が望むであろう『最強』を生み出す一助となると信じていた。


「モード解放(リリース)!」

『月よ、舞え。太陽よ、ご照覧あれ――『アルテミス』展開』


 蒼く、白く、空の色に少女が染まる。

 太陽の眷属に、絶望が舞い降りた。

 





「私の、何が……」


 優香に問うために口を開こうとするが、飛び出た声は思ったよりも小さかった。

 今の状況を不甲斐なく思っているのは亜希も同じなのだ。

 優香が憤っていることを正確に理解している第3者がいるとしたら、桜香と長年の付き合いのある彼女しかいない。

 全てわかっているが、彼女は何も出来なかった。


「優香ちゃんは、変わったのね……」


 羨ましそうに呟く言葉は優香に届かず、蒼の乙女はこの戦いから不甲斐なき者たちを排除することに決めた。

 眼前から叩き付けられる圧力は、姉には劣るが紛れもない上位ランカーの威容がある。

 強くこちらを見つめる瞳に陰りはない。


「亜希さんっ! ど、どうしますか」

「……そう、ね。フォーメーションを固めましょう。防御型で、いける?」

「大丈夫です。桜香さんが戻ってくるまで、ですね!」

「……え、ええ、その通りよ」

「見せてやりましょう! 俺たちの力は、あんなのに負けないって」


 後輩の言葉に胸が痛む。

 努力はしたが、足りていない。

 こう言えたら楽なのだろう。

 しかし、亜希にはそれを放つだけの勇気がなかった。

 いつものように――いけないとわかっているのに、流してしまうのだ。


「……頑張りましょう」

「はいっ!」


 この程度の努力で上位に届くのならば、昨年度の存在も3強などと言われていない。

 タイプが違うからこそ実感はし辛いが、今の優香はフィーネと比する戦闘能力はある。

 割とムラがあるためにまだ目立っていないだけであり、実力に関しては真由美などを超えようとしていた。

 疑う余地もなく魔導の歴史に名を刻むエース。

 そんな存在を桜香の妹、というカテゴリーで見て、内心で甘く見ているようでは話にならない。

 理屈としては、亜希にもわかっているのだ。

 

「譲れないものを、見つけたんだね」


 小さい頃を知っているからこそ、こんな姿があるとは思わなかった。

 桜香から逃げ出して背を向けたことを知っている。

 亜希は言うなれば姉妹の傍観者なのだ。

 傍で見てきたことは非常に多い。

 拗れる姿を、破綻まではいかずとも上手くいかなくなった関係を知っている。

 その時も今のように嘆くだけで全てを終えてしまった。

 桜香が負けた後に、彼女が強く悩んでいたのも知っている。

 ほぼ全てを知って、正解もわかっていながら行動だけが伴っていない。


「桜香は、変わった。ううん、素直になった。きっと、今が楽しいはず」


 食事をした時に寂しそうに微笑まれたことがある。

 友達として隣に来てくれることを桜香は期待していた。

 亜希も期待には気付いている。

 だからこそ、恐怖するのだ。

 桜香と対等で在り続ける――そんな茨の道を歩くのは御免である。

 親友だが、そんな重い想いを受け止めるなんて不可能だ。

 怯んでしまった亜希は、至極普通の人間だった。


「どうして、あなたは怪物で……私は普通なんだろうね」


 意思はあるが、貫くほどのものではない。

 譲れないものもあるが、痛かったら別の道を探してしまう。

 無難に優秀で、物事をそつなくこなして、誰の心の中にも残らない。

 二宮亜希は自らの性が大嫌いである。

 それでも、己の在り方を変えるようなことも出来なかった。

 別に珍しくはないだろう。

 何かを成すために自己の全てを変革してでも達成しようとする強い意思など常人は持ち得ない。

 桜香のように圧倒的も生温い才能でもあれば付いていけるが、亜希は悲しいまでに普通だった。


「ああ、また……何もしない」


 チームはこの戦いで崩れる。

 叩き付けられる現実で何かが間違いなく圧し折れてしまう。

 見える未来は悲観的で、望ましくないとわかっているのに亜希の身体はこの瞬間も動くことはない。

 彼女はどこまでも凡人であり、流されるだけの存在だった。

 何かを変えようと思っても、未知の前に怯んでしまい1歩も歩きだせない。

 ただの凡人でしか、なかったのだ。


「亜希さん! 来ますよッ!」

「ええ、やりましょう」


 変貌を遂げた優香をアマテラスが迎え撃つ。

 桜香という太陽を欠いたチームは、真実の姿を世に曝け出す。

 無情の世界。

 現実の重荷に抗おうと戦うチームたちの中で、揺り籠にいた夢追い人たちは自分たちがどれほど太陽に守られていたかを知る。

 強大であるがゆえにここまで守り続けられたが、この合宿でようやくアマテラスは洗礼を浴びるのだ。

 魔導とは敗北から始まり己を見つめ直さなければならないものである。

 夢から覚める時が、ついに来てしまった。

 亜希は諦観と共に空の乙女を迎え撃つ。

 太陽の化身なき太陽のチームが沈んでいく。

 挨拶代りの戦闘で彼らは『最強』という名の重荷を知ることになるのだった。


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