第80話『待たせたな』
桜香たち3強や一部のウィザードやレジェンド、上位ランカーたちは中位や下位のランカーと明確な差異がある。
能力が強力であることなどの表面的な理由もあるが、1番大きいものは魔力出力の差であった。
真由美ほどの魔導師でも上位の領域で戦うには、出力不足なのである。
「さてと、あんまり時間もないから――早々にいくよ!」
展開される術式はごく普通の魔力弾。
今までと違うのは単純な出力であろう。
戦いの基本に変化はない。
真由美のバトルスタイルに大きな変化を受け入れるほどの余地はないし、必要がないからだ。
「今更、この程度で!」
桜香が叫び、統一系の魔力を展開する。
全系統の特性でも内包してない限り、複数の性質を合わせ持つ統一系を通常の系統では突破できない。
今までと変わらない展開、結末は目に見えている。
「いや、そんな目に見えている特性に対処しないとかあり得ないから」
呆れたように言い切った時、真由美の魔力が更に膨れ上がる。
異常としか言いようのない出力の上昇に流石の桜香も顔色を変えた。
「なっ……!? まさか、真由美さん、あなたは!」
どのような方法で桜香の防御を突破するのか。
本人も疑問に思っていたことが白日の下に晒される。
単純明快、打ち消されるよりも多い量で圧し潰せば突破は可能。
桜香が今まで多くの魔導師に示し理に今度は彼女が晒されていた。
「特性を押し潰すほどの魔力量……やはり、貴様は以前とは違うな」
驚く桜香とは違い、クリストファーは冷静に迎撃を行う。
数多の魔導師の能力を創造によって勝ち取った男。
あまり目立っていないが観察眼も並みではない。
真由美の出力が自らの数倍に達しようということをしっかりと見抜いていた。
「このような出力、制御も放棄しているのか。潔いな」
「これくらいのリスクは飲まないと、あなたたちに届かないのよ!」
大きな変化は出力のみだが、クリストファーの数倍というパワーはこの場においては頭1つ飛び抜けている。
「真由美さんらしい、いいえ、クォークオブフェイトが選びそうな道ですね!」
「でしょ? 我ながら、良い選択をしたと思うわ」
噴き出す真紅の魔力は固有化よりも更に激しい。
真由美の急激な力の上昇、魔力出力の大きな向上には当然理由がある。
1つは彼女がリミットスキルに至ったことであった。
覚醒が極めて少なく、使いこなせる者も少数である遠距離系のリミットスキル。
この力が真由美の限界を遥かに押し上げた原因となったものだった。
元々、真由美は2つの固有能力を保持している。
『リミット・ブレイク』―収束限界の上限値を失くす力。
『パワー・コントロール』―魔力の減衰を操作する力。
この2つと技量で後衛魔導師として頂点域に至った真由美であったが、3強には届かなかった。
技量は十分、気概もある。
足りないのは、突破するだけの手段であり才能。
極限まで鍛えていたらこそ、先が見えなかった道。
しかし、健輔たちと走破した先で見えたものがあったのだ。
敗北という痛み。
しっかりと刻まれたからこそ、『終わりなき凶星』は再度立ち上がる。
敗北を糧にして、そして今の立場――コーチだから使える力を振り上げてかつての雪辱を果たす。
「消し飛べええええええええええええええッ!」
至近距離での全力砲撃。
相手がこの程度は必ず防ぐと確信しているからこそ、真由美は決して手を休めない。
注ぎ込まれた力は間違いなく一皮むけていた。
以前の明らかな格下から、油断ならない牙を持つ敵になっている。
砲撃を回避しつつ、2人は秘密を暴くために意識を集中させた。
「この魔力の感じは……『効果拡大』ですか」
「リミットスキルをこのように使うか。単一ではなく、複数との合わせ技。無茶をするな。下手をすれば2度固有能力を使えない危険性もあるだろうに」
『効果拡大』。
固有能力の限界に打ち勝つのは相応の難易度であったが、『リミット・ブレイク』を文字通り限界を超える力に進化させたのだ。
言うなれば、やっていることは桜香と同じである。
上限リミッターを解除した状態で、只管に魔力を高めれば出力の問題が解決するのは自明であろう。
高レベルで安定させる力はないが、『パワー・コントロール』さえあれば力を制御することは可能だった。
「大体、その通りの理解であってるよ。問題点ももう気付いているでしょう?」
「打ち上げたロケットは、飛び出すだけだ。帰りに使う分の燃料はない」
「ご明察。ま、コーチの時間制限すると大した枷ではないけどね! 戦えるだけの牙の方が大事でしょう? まだまだこっちも体得したばかりで、振り回すくらいしか出来ないけどね!!」
1度外したリミットは天井知らずに暴走を開始する。
片道特攻の限界突破。
よくて5分程度しか戦えないが、コーチとなった今では十分な時間だった。
5分だけでも、彼女も3強と戦うことが出来る。
「見事です。しかし――」
「力だけで勝てると思われるのは心外だな」
桜香とクリストファーが拳に魔力を集める。
――受けて立つ。
真由美の挑戦に正面から立ち塞がる両名に、真由美も獰猛な笑みで応じる。
力で後塵を拝し、涙を呑んだ彼女はもういない。
ぶつけるべき意思も、力も、しっかりと持ち合わせていた。
「いくよッ! 術式発動! 『終わりなき凶星』!」
迫る最強クラスの砲撃。
並みのチームどころか強豪クラスでも軽く消し飛ばしそうな力。
真紅の凶星に王者たちは力で応じる。
「集え、我が魔力!」
「砕く、我が矜持を以って!」
黄金と黒。
2色の輝きが正面から真紅を殴り飛ばした。
最大級の攻撃がぶつかり合い、お互いに火花を散らす。
3者が攻撃を放ち、隙を晒したタイミング。
残った4人目には絶好の機会であろう。
しかし、残った銀の輝きも王者である。
横入りするような狡い真似はしない。
相応に準備の掛かる術式を、このタイミングを使って発動させた。
「あなたたちだけ、良い気分にさせるつもりは――ありません!」
強くなる努力を重ねたのは、真由美だけではない。
欧州を離れて、日本で学んだものが彼女にもある。
真由美の後継者たる存在と毎日絡んでいるのだ。
勝負すべき盤面を見極めるのは造作もなかった。
「まだ未完ですが、出し惜しむつもりはないですよ!」
真由美ほどの差ではないが、フィーネも桜香やクリストファーと比べると1段落ちる。
3強としてほぼ同等の格ではあるが、実力では僅かに劣る部分があるのは事実であった。
負けず嫌いの魔導師が、それを放置していることなどあり得ない。
女神だった頃、欧州では解決出来なかった問題も新しい出会いが道を切り拓いてくれていた。
「見せましょう。私の、新しい境地!」
展開していたヴァルハラを別の構成へと差し替える。
フィーネの弱点は個体としての強さに個性がないことだ。
範囲攻撃に優れており、指揮などの戦闘以外の部分も含めた総合的な戦闘力は間違いなく3強でも最高レベルであろう。
桜香が汎用性を投げ捨てている以上、これは妥当な評価だった。
問題は優れた汎用性が必ずしも戦場で勝利を与えてくれるとは限らないことである。
選択肢の多さは健輔も惑う代物。
フィーネほどの力であっても、いや、彼女ほどの力だからこそ逃れられない課題であった。
答えはない悩み。
結局、ヴァルキュリア時代に解答は得られずある意味で、必然として女神は敗北を喫した。
道も定まっていなかった彼女には、優勝はまだ重かったのだ。
しかし、あそこで負けて健輔の下に来たからこそフィーネは1つの解答を手に入れることが出来た。
あまりにも強大すぎて扱えなかった彼女の才能。
向き合うべきは、自分の弱さだと教えてくれた男がいる。
「異界隔離――顕現せよ、終末の色」
風が吹き荒び、天候が徐々に乱れていく。
海が何かを恐れるように大きく波打ち、力の到来を告げていた。
「うはぁ、これはヤバくない! 私も見たことないよ」
真由美が楽しそうに笑い、
「我らが頂に、手を伸ばすか。流石だな、女神よ」
皇帝はかつての敵に最大級の賛辞を送る。
「――っ、私が気圧された……。こんなものに、負けるはずが……ない!」
最後の1人、不滅の太陽は集まっていく力に僅かに震えた自分を叱責していた。
彼女が震えるのも無理はない。
単純な力の上下では、現時点の桜香の全力を凌駕している。
いや、桜香どころか皇帝と真由美を合わせてもこの力には届かない。
全ての魔導師をたった1人で凌駕しかねないまさに『災害級』の力が姿を見せようとしていた。
如何なる力を結集しようが絶対に届かない暴力的な力の波動。
星の生命活動と言い換えてもよい現象が、全てを総べる銀の女神の手に集う。
「決戦術式――『ラグナロック』!」
未完の決戦術式が世界に刻まれる。
楽園から世界は終わりの景色へと切り替わっていく。
海と島が消えて、フィーネの魔力で満ちた見覚えのない『異界』が構成されていた。
フィーネの色の銀に染まった異界には、彼女が外に出していた数多の自然現象が渦巻いている。
平均な魔導師ならば、足を踏み入れた瞬間に撃墜される必殺の空間が姿を現した。
空間展開は既存の空間に特殊なルールを加えるものだが、これは明確にその上位である。
自らにとって有利な『世界』へと引きずり込む。
似たようなことはレジェンド級の魔導師で『空間』に長けたものしかやれていない弩級の必殺技であった。
未完成の状況でも力については申し分ない。
1番大事なことは、この空間でならばフィーネは自己の能力を今までよりも制御できるということだろう。
相手を死亡させかねないゆえに封印されていた力が解放される。
「流石、切り札もド派手だね!」
「この程度で、勝ち誇られるのは屈辱です。世界ごと砕いてあげますよ!」
「言うことは何もない。貴様の矜持、見せてみろ」
フィーネの常識を超えた術式に対して、驚嘆はしても譲りはしない。
この荒れ果てた世界の光景が、女神の技なのはわかり切っているのだ。
ベクトルは違えど、全員が限界を超えた領域にいる魔人たちである。
この程度で怯むような可愛らしい感性をしているものはいない。
「ふふ、別に大したものはでないですよ。この空間は、私の固有能力で生み出したものです。目新しいものは何もないです」
「目新しい、か。なるほどな。違和感はそこが理由か」
真っ先に反応を示したのは皇帝だった。
空間に長けているのは彼もまた同様であるが、この景色から彼はなんとも言えない違和感を感じていた。
見栄えは立派であるし、力も大きい。
飛び交う雷光などは本物と遜色なく、魔力で生み出したものとは言い難かった。
物質化している現象ならば、確かにクリストファーや桜香の絶対的な防御突破できる。
しかし、逆に言えばそれだけなのだ。
わざわざ大袈裟に力を展開する必要はない。
規模だけ大きくても密度で優る桜香たちに勝つのは至難の業である。
フィーネがその程度の事実を認識していないはずがない。
ならば、展開した理由は簡単に察することが出来る。
「ナチュラル・ディザスターは、創造系の傾向が強いと聞いていた。しかし、やっている事は変換系の真似事だった。しかし、これこそが本来の姿というこか」
「あらら、そういうことなんだ。やることが大袈裟だね」
「ここはあの女の領土、そういうことでしょうね」
皇帝の独白に、桜香と真由美が反応する。
1つの固有能力だが、皇帝の『魔導世界』が様々なことが出来るように、フィーネの固有能力も本来はいろいろ出来たのだ。
彼女が勝手に自分の限界を、天災を生み出すに規定していたからこそその程度しか出来なかったのである。
健輔から学習した女神は、制御出来ない己の力と向き合った。
魔導とは本人の意思の影響を強く受ける。
よって、自分で扱えないと言う事態はほとんどあり得ないと言ってよかった。
しかし、優香もそうだったが稀に制御が出来なくなる者もいる。
自分の限界を見誤るのは人間の常であるので、仕方がないかもしれない。
フィーネもある意味で自分を履き違えていた。
敗北を知っているからこそ、妙に効率の良い戦い方などをしていたのだ。
彼女の持ち味となった部分でもあるため、間違いではなかったが正解ではない。
取り逃がしている分があり、それを手に入れるためにフィーネは怪物としての才能を解き放つ。
「我が世界へようこそ。――これは、返礼ですよ!」
荒れ狂う世界に漂う力は本物の自然災害である。
桜香たちを落雷が襲い、巨大な竜巻が退路を塞ぐ。
ナチュラル・ディザスターはあらゆる災害を生み出す力。
そう言う風に定義したフィーネは、そこから魔力を変換するというプロセスを追加して、技を放っていた。
これこそが彼女の誤り。
結果として変換系を生み出したが、本来はそんなものは必要なかったのだ。
固有能力は主の望みを具現する。
人類に対しての最後の敵を詰め込んだパンドラの箱。
この中身を総べることこそが、女神がやるべき自分探しの1つであった。
「無為」
「私を――舐めるなッ!」
「うわぁ、ヤバイ領域に来たなー」
三者三様だが、共通しているのは怯えなど存在していないということであろうか。
全員が全員、この程度の世界を超える術は持っている。
強敵の登場に笑いながら、相手に呼応するように力を上昇させていく。
「世界ごと、屠るのみ」
クリストファーに黄金が集い、
「私は、最強の魔導師っ!」
桜香が漆黒を束ねて、
「貫くよ、私の全てでね!」
真由美が真紅で穿つ。
最大級の術式攻撃で、空間に負荷をかけてしまえばフィーネは維持出来なくなる。
全員の狙いはそこにあり、フィーネもそうなると理解していた。
この技を展開した最大の理由は、この空間ならば今まで以上の出力でも技を使えるということである。
現在持ち得る最大級の攻撃で、終わらせるために展開したのだ。
槍から選択する術式は密かに託された決戦の力。
――今の俺には必要ない。
託された重荷をフィーネは理解している。
「術式、展開!」
銀の魔力の全てを注ぎ込み、この世界だからこそ出来るフィーネの全力を眼下の3人に示す。
世界大会の最後、桜香に放たれた健輔の切り札。
巡り巡って、本来の持ち主に力が還る。
「極星・夢幻泡影ッ!」
黒い極星が、3色の輝きを飲み込む。
王者たちの饗宴。
全身全霊の発露を以って、フィーネの空間は見るも無残に砕け散る。
閃光と共に全員の視界は奪われて、通常の空間に強制的に戻された。
魔力の煙の中から姿を見せるのは、無事な4人の姿。
全員がお互いを見ながら呆れたように笑った。
「なんとも、まあ、呆れるというか」
「同意します。下手に4人も居たから、上手く力が分散してしまいましたか」
「……我が身も、まだまだ未熟だな」
全員にダメージはなく、まだまだ戦いはこれからといった体だが、残念なことに彼らの出番はここまでだった。
クリストファー、フィーネを包む転送陣。
コーチだからこその宿命、時間切れである。
まだ真由美には時間があるが、それも後少ししかなく、残った1人と正面から相対してなんとかなるものではない。
4つ巴の戦いで上手く立ち回ったからこそ、互角の戦況に持ち込めたのだ。
むしろ、そこまでやっても互角でしかなかったとも言える。
「――さて、これで終わりですか?」
「桜香ちゃんは、強くなったね」
一切の装飾なしの本音で真由美は桜香を褒めた。
僅かな時間しかない状況で、会話で無駄に時間を浪費する。
真由美の狙いがわからず、僅かに眉を顰めるが、直ぐに平静を取り繕う。
何をしてくるのかがわからない意外性の塊が、真由美の特徴なのだ。
健輔に受け継がれた系譜を警戒しないはずがない。
「……賛辞は有り難く。では、ここで――!」
剣を呼び出して構え直す。
再び滾る魔力は桜香と真由美の格差を示していた。
真由美もリミッターを解除しているが、彼女の場合は本当に天井知らずとなり、最終的に制御限界を超えるのが決まっている。
同じように力を上昇させ続けても、全てを自分の力にしてしまう桜香とは違うのだ。
両者に横たわる差はそれほどまでに大きい。
近藤真由美は、九条桜香に単独で勝つことは出来ないのだ。
「うーん、楽しかったけどやっぱり私は主役じゃないしね」
「これは、そういうことですか」
真由美の諦めたとも捉えられる発言。
主役ではない、と言う言葉の意味を桜香は正しく理解していた。
先ほどまでの最終決戦はあくまでも前座である。
今を戦うのは、今を駆け抜ける魔導師たちであるべきなのだ。
過去の強敵ばかりが桜香を脅かすのではない。
「当然、付き合ってくれるわよね? あんなに楽しそうなのを見せつけてお預け話にしてほしいわ」
「後方から頑張って飛んで来たんで、労いくらいは欲しいですね。真由美さん、前座の戦いご苦労様です」
「うわ、そういうこと言っちゃうの? 健ちゃん、性格悪くなったんじゃない? 葵ちゃんの悪いところを見習ったらダメだよ」
今は敵と味方に分かれてしまった3人が、かつてのように並んでいる。
あれだけ激しい戦いを見て滾らない2人ではない。
葵も、健輔も万全の状態でスタンバイしていた。
そして、2人だけがここにいるのではない。
「あら、私たちも混ぜてよ」
不敵な笑みは姉によく似ていた。
プリンセスは自信満々に胸を張る。
「ふふ、アリス様、どうやって出ようかと悩んでいたんですよ? 皆様的に今の出方はどうだったのかしら?」
「そうですね、お姉様」
「ちょっと、余計なことを言わないでよ!」
悲鳴を上げるアリスにラッセル姉妹はクスクスと笑う。
騒がしく緊張感がないように見えるが、彼女たちは自然体なだけである。
気負うことなどあり得ない、と圧倒的な戦いを前にしても何も変わらない。
これで集う輝きは2つ目。
当然、最後の輝きも負けじとやってくる。
先代ばかりを活躍させる訳にはいかなかった。
「女神の称号は私のものです。女神は欧州で最強――先代でも、譲ってはいけないので」
「まだ未熟ですが、そこは連携で補います」
「イリーネ、こういう時は絆、って言おうよ。照れてないでさ」
女神の後継も揃い、3強にすらも怯まない勇士が集う。
最強たちの饗宴に負けない現役の戦いが幕を開ける。
自らの成長を見せつけるため、全員が武器を構えて戦場に挑む。
最後まで立っているのが誰なのか。
予想も出来ない決戦の第2幕が始まろうとしていた。