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第7話『誰も彼女を止められない』

 3強。

 現在は世界ランク第1位『不滅の太陽』九条桜香しか残っていないが、昨年度まではそう呼ばれるに相応しい『最強』の名を背負った魔導師たちがいた。

 アメリカにおいて君臨し、3強の中で真実の王者としてあった者、完成度において他者の追随を許さない最強の覇者『皇帝』クリストファー・ビアス。

 才能において他者の追随を許さない最強の魔導師『不滅の太陽』九条桜香。

 そして、最後の1人。

 欧州という激戦区を制しながらも、ただの1度も真実の玉座に辿り着くことのなかった無冠の王者。

 銀に輝く欧州が誇った至宝。

 『元素の女神』フィーネ・アルムスター。

 彼女を含めた3名の魔導師を3強と呼び、多くの魔導師たちは憧憬した。

 激戦の世界大会の中で撃墜されることもあったが彼女たちの強さは何も変わらない。

 時代を制することも出来たであろう魔導師が都合3名。

 それらが別のチームでぶつかり合った。

 昨年度はそういう意味では見所が多い時代ではあったのだろう。

 最大にして、最後の戦いは過去最高と言われるだけの激戦ばかりであった。

 しかし、そんな黄金期は過ぎ去って、彼女たちの活躍ももはや過去。

 時の中へと埋もれていく――はずだったのである。

 運命の悪戯なのか、世界は再び彼らに活躍の場を与えた。

 立場を変えて、背負うものも変わっても強さだけは何も変わらない。

 新たな戦いに身を投じた女神と皇帝。

 彼女らの行動がどのように新世代を掻き乱すのか。

 神のみが知る物語の結末はまだ描かれてすらいなかった。






 フィーネのコーチ就任という衝撃から数日。

 健輔がボコボコにした新入生たちも正式に入部が決まり、本格的にチームが動き出す。

 今はまだドタバタとしているが、遠からず落ち着くであろう。

 それまでは変わることのない日常を続ければよかった。

 異論などあるはずもなく、健輔は今日も朝の日課のために寮を出る。

 この日に至るまで健輔視点では特別なことは何もしていない。

 彼からすれば変わらない日常の延長線上あるだけの日々。


「……何を、しているんですか、フィーネさん」


 そんな穏やかで優しい日々に、銀色の異邦人が我が物顔で乱入している。

 制服ではなく私服を身に纏ったどこか大人びた女神は健輔を見つけると優しく微笑む。


「あっ、お待ちしていました。大山先生から聞いて、少々張り込みをさせていただきました」


 魔導機の武装部分が入っているのであろうケースを持って、駅の入り口に佇む桁違いの美女。

 銀の輝きが目立ち過ぎて周囲の視線を集めていた。

 状況的にも健輔の好みではないし、問いただしたいことはたくさんがあったが、目下優先すべきことは1つだけだろう。


「……待ってた? ……おいおい、まさかっ! え、嘘でしょ?」

「嘘じゃないですよ。私が待っているのは、あなたのことです、健輔さん」


 朗らかな笑顔で告げるフィーネは活力に溢れ、普段の神秘的な美しさだけではなく健康的な美も感じさせる。

 余程の鈍感か、彼女の美しさなど欠片も気にしない者以外には効果が抜群であろう微笑み。

 これを向けられただけで彼女の虜になる男性もいるだろう。

 優しく、同時に美しい笑みを前にして――あろうことか佐藤健輔と言う男はこれ以上ないほどに面倒臭そうな表情を作った。

 誰でも悟れるほどの顔に出ている。

 当然、フィーネが気付かないはずがない。

 デリカシーの欠片もない戦闘で生きる男の明瞭な答えを見て、フィーネは口元を少しだけ震わせる。


「……知ってはいましたが、久しぶりだとこう、ちょっと来るものがありますね」

「何がだよ……ですか?」


 うっかり素が出てきた健輔をジト目で見つめて、フィーネは大きく溜息を吐く。


「はぁぁ……少しは良い表情を見せてくれるかと期待したのですが……」

 

 激しく落胆した様子のフィーネに健輔は物凄い罪悪感を感じた。

 勝手に待たれていた上に、勝手に予定を組まれていたことに怒りを鎮めるつもりはないが、それでも何かしらの対応が悪かったということぐらいは理解しているのだ。

 女性を泣かせるのは本意ではないし、健輔は魔導師としてのフィーネは尊敬している。

 無意味に話を拗らせるつもりはなかった。


「そ、その……すんません。少々、期待と違う感じのリアクションだったみたいで……」

「……いいえ、私も浮かれていましたから、御相子、ということにしましょう? そうですね。今度、お詫びに食事にでも連れて行ってください。まだこの学園には慣れていないので、ついでにいろいろと案内していただけると嬉しいです」

「は、はぁ。それぐらいでいいなら別に構わないですけど、いいんすか?」


 葵だったら1日中戦えと命じてくるだろう、と世間の常識からずれた解答を思い浮かべてフィーネに問うてみる。

 先ほどまでとは変わって柔らか笑いみと微笑ましそうな瞳に多少たじろぎながらもなんとか聞き返す。


「良いも悪いも、御相子ですから。私にも、あなたにもメリットがあると思いますよ」

「……俺のメリット、ですか?」


 佐藤健輔は戦闘では頭の回る男であるが、日常では多少頑固であるが素直なだけの年相応の学生でしかない。

 真実の天才、全般的な才を持つ女性に会話で主導権を持て、というのは酷な話であろう。

 どこまでか計算だったのか。

 真実は誰にもわからないだろう。

 1つだけ確かなこと、それはフィーネが純真無垢な美しい笑顔で、


「私とデートするのは、メリットにはなりませんか?」

「――あっ……え、デート?」


 健輔を釣り上げた、ということだった。

 女神の襲来は今までの日々にも変化を与える。

 『元素の女神』――自然を自在に操る女神は持ち得る全てを使って、望みを実現させようと動いていた。

 かつてはチームのために。

 今は自分のために振るわれるその力の脅威を健輔はまだ正しく理解出来ていなかったのであった。






 健輔と優香の朝の日常は1年生の頃から大きく変わってはいない。

 2人で軽く準備運動を行ってから、1対1の模擬戦で終わる。

 そんな変わらないサイクルを過ごすの2人の前に今日は1人の女性がいた。

 銀の髪を優香と同じようにポニーテールに纏めて、動きやすいように調整された姿はヴァルキュリアの時代とは少し変化している。

 手に持った魔導機も健輔が知っていたテンペストとは細かな意匠に違いがあった。

 これから行われるのは朝の最後を彩る模擬戦。


「……どれだけ、俺は成長したのか。これで、わかるな」


 フィーネと機会があればぶつかりと常々思っていた。

 まさかの朝の待ち伏せには狼狽えたが、考えてみれば状況としてはそれほど悪くない。

 目標とした魔導師に直接採点してもらえるのは素直に嬉しかった。


「優香、特別なことはなしだ。想定通りに、いつものやつで頼む」

「わかりました。元より、あの人に下手な小細工は無駄でしょう」


 2対1。

 数だけ見れば有利なのは健輔たちである。

 世界ランク2位と6位の連携、しかも1年に渡る熟練のペアなのだ。

 これで勝てない相手を探す方が本来は難しい。

 実績だけ見ても優香は2位でフィーネは3位。

 しかし、そんな数字では測れない差があることに彼女たちがよくわかっていた。。

 

『両チーム、ポイントに付いてください』


 審判用のAIの音声が響き、健輔たちは気を引き締める。

 相手は1人でチームを壊滅させるクラスの魔導師。

 どれだけ警戒しても足りない。


『3・2・1――スタート』


 開戦のブザーが響く、同時に健輔と優香は魔力を展開した。


「健輔さん!」

「ああ、わかっているっ!」


 蒼と白、今やチームを代表する輝きとなった両名が流星となって天を駆ける。

 彼らの前に立ちはだかるのは、昨年まで魔導界に君臨した3つの頂。

 チームとの絆を以って、真の力を発揮するとはいえ単独でも彼女は欧州の頂点である。

 銀の髪と瞳が健輔たちを射抜く。


「来なさい。あの日からどれだけ成長したのか、この目で確かめさせていただきます」


 槍を構え直す女神にもう1人の乙女が呼応する。

 優香の目標である姉。

 今や最強の魔導師となった存在――それに匹敵する女性に出し惜しみするような心は彼女の中に存在しない。


「雪風! 能力発動!」

『夢幻の蒼――マスター、あなたの理想を!』

「――行きますッ!」


 蒼から虹へ、かつての姉に迫る程度は出来なければ今の姉には勝てない。

 発せられる魔力の力強さは優香の理想に限りなく近づいている。

 今はまだ、過去の追随に過ぎなくとも力は本物だった。


「――ふむ」


 切り込んでくる虹色の乙女をフィーネは見つめる。

 昨年は桜香と直接激突することはなかったが、観戦はしていたのだ。

 今の桜香がどれくらいの化け物なのかは理解している。

 虹、つまりは世界大会時の桜香の1つ前の段階だが、それでも脅威度はあまり変わらないだろう。

 今の優香は国内で最強と謳われた桜香と能力的に伍しているのだ。

 世界でも間違いなく最強クラスの魔導師である。


「はああああああッ!」


 魔力を籠めた素早い斬撃。

 双剣から放たれる連撃は手数の多さと威力を兼ね備えた攻撃である。

 中堅クラスを一撃で断ち切る攻撃力。

 優香が世界第2位の魔導師として不足ない能力を備えている証だった。

 現役世代では間違いなく1、2を争う前衛である。

 しかし、彼女の前に立つのは3強の一角。

 各々が別の年代に生まれていれば、3年間を支配したであろう傑物だった。

 双剣から放たれる連撃を事もなげに槍の一閃で弾き飛ばす。


「っ、やはり、防ぎますか!」

「手数と威力、どちらもありますが桜香ほどの怖さはないです。あなたにはエース故の威圧感が足りない!」


 優香の連撃を槍の一閃で全て打ち払う。

 パワーで優香が圧されている。

 現役の最強クラスであろうが頂点の一角は安くはない。

 力のほとんどを発揮していない基礎の状態でも女神は怪物である。


「風よ! 閃光となりて、敵を穿たん!」


 詠唱に呼応して仕込んであった術式が起動する。

 銀色の魔力が別の事象へと変換されて、女神に早さを授けた。


『マスター!』

「わかっています!」


 風を纏ったフィーネの斬撃が速度を増す。

 世界大会時には場を制圧する力に注力していたが、彼女は接近戦も弱くはない。

 前衛を圧倒する後衛の魔導師。

 その矛盾に納得出来てしまうほどに彼女は強い。

 繰り返される舞、一進一退の攻防であるために健輔も上手く援護が出来ない。

 槍の一振りで風が巻き起こり、優香の障壁にダメージを与える。

 

「炎よ、水よ、大地よ! 顕現せよ――『サード・エレメンツ』!」

「これはっ!?」


 フィーネの槍に炎が宿り、同時に水が宿る。

 風はフィールドを支配し、大地は優香たちの敵へと回っていた。

 空気が牙を剥き、下からは突然礫が隆起して襲い掛かってくる。

 2つの属性を宿らせた槍は攻防一体となって優香の攻撃を1つとして通さない。


「流石です! これが、女神の称号を持つ強さですか!」

「あなたたちのコーチとして、不足はないと自負しています」


 優香は1度剣戟を交えてから距離を取る。

 今の優香でも無理をすれば道連れには出来るだろうが、それは試合でやるべきことであり練習でやることではない。

 練習と試合における勝敗の定義が異なっているのだ。

 易々と負けてやるつもりなど微塵も存在していないが、かと言って勝つために何でもやるというのもこの場では敗北に等しい。

 勝敗の有無ではなく、先に繋がるものを見せないといけないのだ。

 現在と過去の認識合わせは終わった。

 1人で戦っても女神は強い、ならば――、


「健輔さん!」

「シャドーモード!」


 健輔と優香が魔力の絆で繋がる。

 絆の色は蒼く、健輔の魔力が優香の色に染まっていた。

 練習だからこそ、2人はまだまだ未完成の技で立ち向かう。

 完成さえしていれば世界大会の桜香にも匹敵するだろう力はまだロスなどが多くそこまでのパワーアップは望めない。

 次のステージ、2年生という段階に至ったがその中でも未熟である部分は変わらないのだ。

 それはフィーネも例外ではなく、全ての人間が逃れられないことだった。

 壁を超えてもまだ新しい壁がある。

 それを楽しめるものたちが魔導師として、戦うことに心血を賭していく。


「今の優香とリンクし、健輔さんにも能力を波及させる。発想は悪くないですね。万能系故の利点も組み込んである」


 健輔の魔力が蒼になったのは優香とのリンクもそうだが、自身の魔力を優香の性質と合致させたのもあるのだろう。

 完成すれば、優香を犠牲にすることさえなくあの『純白』に届く可能性がある。


「……制御力の上昇。シルエットモードの精度が上がっていたのもそれが理由ですか。桜香のモード『アマテラス』に対抗するには相応とはいえ……」

 

 事前のデータなどは十分に用意している。

 健輔の成長度合いなどは予想以上ではあったが、予想外ではなかった。

 

「あれだけでは、まだまだ不足ですね」


 フィーネが考えている健輔の終着点はその程度ではない。

 世界大会での力など万能系の本質から程遠いと確信を持っている。

 優香にしろ力の使い方は悪くはないが、理想を自在に操る、などという方向性が優香に合っているとは言えないだろう。


「ふふ、やることはいっぱいですね」


 槍を構えて攻め込んでくる2人を迎え撃つ。

 真剣勝負であるが、これは同時に練習である。

 フィーネの今の役割はチームを栄光に導くリーダーやエースではなく、影からチームを支え目的への助力を行うコーチであった。

 相手の問題点を導くように教える必要がある。


「……眩しい日々、形は変わってもそこに携われる。私は幸運です」


 世間は彼女を不運だと言った。

 頂点に立つ才能がありながら、1度もそれを掴めなかった悲劇のエース。

 確かに悔しくないと言えば、それは嘘になるだろう。

 フィーネとて、1度で良いから頂点というものを味わってみたかった。

 それは確かな未練として心に残っている――しかし、彼女の心に迷いはないのだ。

 

「かつての敗北は、きっとこの時のためにあった。……負けたことがあるからこそ、私に出来ることが必ずある」


 1度も地に這ったことのない天才では出来ないことが彼女には出来る。

 フィーネには確信があった。

 敗北を恋として受け止めた太陽や如何なることがあろうとも揺るがない王者と違い、彼女だけはごく当たり前の敗北を知っている。

 躓き、倒れて、支えられたことがあるからこそ、わかることがあると信じていた。

 此処に至るまでの全ての日々がフィーネ・アルムスターとなったのだ。

 どれか1つでも欠けていたら、きっと彼女は今の彼女ではなかった。


「後ろを歩く者たちの光であるため、私は前に進む! たとえ、どれだけ壁が険しくとも!」


 未練はある、だけど後悔はない。

 そして、1つの未練は彼女の愛した後輩たちが連れて行ってくれるだろう。

 彼女たちを信じているからこそ、フィーネは迷うことなく自分の道を歩むことが出来る。


「桜香ではないですが――あなたたちと会えて、私も嬉しいですよ。まだまだ先があるのだと、信じることが出来ましたから」


 槍に魔力が滾り、フィーネは万全の体勢で2人に対応する。

 最初の戦いなのだ。

 どうせなら、派手にいきたいと思うのは悪いことではないだろう。

 1流の役者のように大袈裟に振る舞いながら、悪戯好きな女神は可愛い教え子たちに問いかける。


「我が名はフィーネ・アルムスター。これからあなたたちを導く者。私の器、試してみなさい!」

「無論です。私たちのチーム、安いとは思わないでください!」

「真由美さんに恥かかせるようなら即効で砕くからな!」


 これからの騒がしくなる日々を彩る最初の1ページ。

 銀の女神が大暴れする新年度の最初の犠牲者として優香と健輔は名を連ねる。

 加減のない最強クラスの存在の脅威というものを確かに刻む朝の戦い。

 変わらないように見えても、変わらないものは存在しない。

 この日の朝はそれを象徴するものとなるのだった。


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