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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム ~Next Generation~  作者: 天川守
第4章後編『ドキドキが止まらない』
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第78話『ランカー』

 混戦の中央。

 真っ先に動いたのは、意外にも水の戦乙女だった。

 目の前にいるのは最上位の魔導師たちばかりで、彼女は格として1段落ちる。

 怯えて安全策に走ってもおかしくはなかった。

 昨年度の彼女ならばあり得る可能性。

 もしくは過信からの無謀、という筋も0ではない。

 一体どちらなのか。

 それとも、どちらでもなく勇気の発露なのかは彼女の瞳を見ればわかることだった。

 澄み切った、全てを受け入れて瞳は恐怖を超えてこの場に至る勇気の証。

 全力を超えた力で、戦乙女は戦場に己を賭す。


「術式展開――」


 イリーネ・アンゲラーには悔いがある。

 昨年度の世界大会において、自らの全てを費やすことが出来なかったことだ。

 大会が終わってから心に突き刺さる後悔は誇り高い彼女を苛んだ。

 無意識であろうが、己を御せなかったからこその出来事。

 フィーネが全てを知った上で、自分たちを導いてくれていたのも彼女には辛かった。

 後継者などと烏滸がましい。

 『女神』の名に憧憬を抱く前に、魔導師として――人間としての当たり前を先にやらないといけなかった。


「そう、全力を尽くすからこそ魔導は美しい。まずは、私が全てを見せるッ!」


 コーチとしてやって来た凶星は、イリーネが欲していたものを与えてくれた。

 力と意思。

 貫くために必要なものを磨くために、只管に叩きのめされた日々。

 敗北したからこその境地。

 余計な虚飾は全て剥がれ落ちた。

 リスクも飲み込み、イリーネは新しい『水』になる。


「――アバタ―『セイレーン』」


 髪と瞳が、深蒼に染まる。

 海の色、イリーネ・アンゲラーの色に全てが塗り替わっていく。

 自らの身体を作り変える。

 より『水』に適合した形へと自己を変革しているのだ。

 変換系の1つの究極だろう。

 クラウディアが事象を変換することに特化したのならば、イリーネは魔力を現実に落とし込むことに特化したのだ。

 跳ね上がる出力は決してランカーに劣るものではない。

 自らの才覚に相応しき覚悟。

 ここに1人、名を持たぬランカーが誕生した。

 自らの居場所を奪うべく力を示す。


「参る――!」

 

 外見上は瞳と髪が変わったぐらいだが、中身は完全に別物だった。

 吐息1つ、常態で垂れ流す魔力、全てが究極的にイリーネに見合った形へと生まれ変わっている。

 彼女こそが、水の化身。

 敗戦からイリーネが突き詰めた道の姿である。


「あら、素敵な精霊様ね」

「ええ、本当に。美しい技だわ」


 イリーネの渾身の技に、双子の姉妹が反応する。

 レオナの初撃に呼応して、アリスと健輔、そして桜香が呼応したように、イリーネの技に彼女たちも呼応していた。

 双子の力が解き放たれる。

 

「来たれ、私の庭――私のお城」

「広がれ、私の心――私の友達」


 手を取り合い、視線を交わす。

 微笑み姉が創造系のリミットスキルを。

 応じる妹が浸透系のリミットスキルを。

 関係性から考えれば妥当としか言いようのない無謬の連携を以って2人の舞台が姿を現す。


「展開――『ワンダーランド・エレメンツ』!」

「展開――『パフォーマンス・エレメンツ』!」


 黄金の魔力が世界に小さく粒子となってばら撒かれる。

 魔素へと浸透していく輝き。

 ヴィエラの『世界』は至極単純な効果を持っている。

 本来、『魔力』というものは魔素から生成されるものであり、単体で自然界に存在しているものではない。

 どれほど強大な魔力であろうが、絶対に魔導師としてフィルターを通さないと現実には存在出来ないのだ。

 魔力量の差とは、つまるところどれだけの魔素を吸収して、効率よく変換できるかに掛かっている。

 同時に制限も人体の限界、変換出来る量に制限されてしまう。

 桜香が圧倒的な力を誇る理由の1つで、万能系が力を発揮出来ない理由の1つでもあった。

 収束系を持たない魔導師が必ず当たる魔力量という問題点。

 破壊系などの魔力キラーが幅を利かすのも、この量の問題が究極的には立ち塞がる。

 だからこそ、ヴィエラはそこから解き放たれた世界を描いた。


「シューティングスターズ――ヴィエラ・ラッセル!」

「ふふふ、見てくださいまし。これが、私の世界!」


 白兵戦に移ろうとしていたイリーネが見たのは、粒子となって散った黄金の魔力が物凄い勢いで増えていく光景だった。

 ヴィエラの魔力と接触した魔素が、その場で彼女の魔力となっていく。

 聡明な頭脳が答えを導き出した時、イリーネの顔色が変わった。


「――藤田」

「和哉ッ!」

「わかってる!」


 ほぼ同刻、危険を察した葵たちが防御に入り、


「――ほう、これは面白いですね」


 太陽は満ちる黄金光に笑みを漏らす。

 ネズミ算的に増えていく魔力。

 只管に自己の魔力を増殖させることに特化した世界。

 その1点では桜香すらもぶっちぎりで凌駕している。

 無論、これだけでは魔力が大量に漂っているだけで意味がない。

 ここからこの『力』を『強さ』に変えるのが、彼女の役割であった。


「ヴィエラお姉様、イメージを!」

「生まれなさい、気高き獣――獅子の鬣」


 姉の身体に干渉し、イメージを姉の魔力へと伝播させる。

 浸透系における魔力浸透からの操作に全てを賭けたヴィオラの技があって、2つの技がは完全なものへと姿を変えていく。

 呆れるほどの魔力で形成された獣が、産声を世界に上げる。


『グオオオオおおおおおおおおおおおおッ!!』


 ヴィエラとヴィオラを飲み込み、一体となった獅子のゴーレムは1番近くにいたイリーネに襲い掛かる。

 イリーネも等しく敵であり、桜香だけを狙うつもりなど彼女たちにはない。

 最終的には全員を自ら葬ると決めている。

 順番など、どうでもいいのだ。


「舐めないで下さいッ!」


 魔力で生み出された獣。

 足の一振りで人間など容易く砕き兼ねない。

 右前足が勢いよく振り下ろされて、イリーネに直撃する。

 ヴィエラの『ワンダーランド・エレメンツ』はこの瞬間も働いており、魔素は着実にヴィエラの魔力に変えられていた。

 直接的に妨害する訳ではないが、これも弱体化系の技であろう。

 相手に干渉するのではなく、相手の周囲へ干渉する。

 変質した魔素を戻すのは、時間経過以外では不可能に近い。

 自分は再現なく魔力を生み出して操ることでどこまでも強くなり、それこそが目的であるが結果として敵も弱体化を余儀なくされる。

 考え抜かれた双子の技。

 大量の魔力を生み出して操る術は皇帝から学習したのだろう。

 コーチから学んだことを見事に活かしていた。


「私は、このヴァルキュリアを背負う者になりたいッ! ここで、躓いてなどいられませんッ!」


 しかし、イリーネも既に甘ったれた新人ではない。

 覚悟を決めて、この場に立っている。

 獅子の一撃に槍を真っ直ぐに突き出して、相手の腕に突き刺す。

 人が生身で巨大な獅子に戦いを挑んだところで、結果は見えている。

 針の一刺しに過ぎない状況では何も意味はない。

 外から見ていた者たちの中に、そう思ったものはいた。


「――この程度、今の私に貫けないはずがない」


 実際、威容では獅子の方が上だ。

 見える部分、わかる部分の全てがラッセル姉妹の技がイリーネを凌駕している。

 これは事実だが、意図的に無視している事実があった。

 見えないところ、密度や制御といった小さな部分での差異を忘れてはならない。


『これは……!?』

『ヴィオラ?』


 次の瞬間、獅子の腕が吹き飛んだ時に事情を掴めたのは、外見に囚われていなかったものたちだった。

 獅子の腕が、正確には腕を構成していた魔力が吹き飛ぶ。

 起こったことは単純である。

 普通の魔力、つまりはエネルギーの状態ならば物理的な攻撃である槍の一突きなど意味はないが、ヴィエラは物質化を使っていた。

 現実にある物質として、当たり前の法則に囚われているのならば対応方法はある。

 イリーネの対応方法、つまりは物凄い速度で突きを放っただけであった。

 恐ろしく強化された単純な身体能力。

 内部の強化で得られたもの、それこそがイリーネ・アンゲラーの新しい強さである。

 奇しくも、この状況は対照的な両者の戦いであった。

 わかりやすい強さを体現したラッセル姉妹と、目立たない強さを持つイリーネ。

 どちらも1つの解答であり、強さの証である。

 いつまでも、後塵を拝するつもりはなかった。


「先ほども言いました。あまり、(わたくし)たちを舐めないでください」

「そうだな」


 彼女の言葉に同意を示すと同時に確かな戦意が放たれる。

 侮りなど存在していない。

 あるのは純粋な意思と、やり遂げるという強烈なまでも気合であった。


「あなたはっ!!」


 イリーネは上昇した身体能力を余すことなく活用する。

 耳に入った言葉は朴訥で、恐ろしいまでに冷たい。

 静かな闘志に、彼女の直感が警戒を放つ。


「貴様から見れば、取るに足らない男だ、――そう、怯えるな」

「誰が――ッ!」


 剛志は破壊系を操る男。

 純粋な魔力体ならばともかく、今のイリーネのような白兵型の魔導師とは相性が悪い。

 事実として、彼の拳はこの超人たちの宴の中でごく普通の攻撃だった。

 空気を切るようなこともなく、目にも止まらない、というレベルではない。

 あくまでも鍛えた人間のレベルであり、それ以上ではなかった。


「この程度!」


 イリーネが反撃に動く。

 剛志は彼女の槍捌きに全く対応出来ていない。

 水を司る乙女の一閃。

 彼女はもう弱かった彼女ではないのだ。


「だろうな。と言う訳で、これもプレゼントだ」

「もう1人!」


 槍はそのまま剛志に向かっている。

 声から判断して、後方にももう1人いると判断。

 イリーネは最速で水弾を叩き込んだ。

 水ならば念じるだけで武器に出来る。

 思考の1つで遠距離から近距離まで対応する白兵戦型の魔導師。

 総合型としてはかなりの完成度だった。

 しかし、些か綺麗に纏まり過ぎている。

 泥臭さのない完成度は、練習のみで完成したバトルスタイルに多い。

 優等生であるゆえに彼のようなタイプには隙が見えていた。


「だから、ダメだろう」

「なっ!?」


 耳元に息を吹きかけられたような感覚と共に、声が聞こえた。

 魔力の反応があった場所に叩き込んだのだ。

 直撃とまではいかずとも、距離は取れたはずである。

 刹那の混乱だが、この時確かにイリーネの槍は乱れた。

 どれほど鋭くとも、乱れた一撃を彼が見逃すはずがない。


「間抜け」

「しまっ――!」


 剛志の右ストレートが、槍を避けてイリーネの右肩に直撃する。

 イリーネに迫る受難はこれだけではない。

 この戦いは4つ巴の戦場。

 味方以外の全員が弱った者を見逃す通りなどない。


「――2度目はありませんわ」

「ええ、2度目はありませんわね」

「獅子っ!?」

 

 再度の獅子の攻撃。

 魔力で出来た獣が剛志ごと、イリーネを粉砕しようと巨大な体躯を振るう。

 高さだけで40メートルを超えている巨獣の前足。

 しかも全身が高密度の魔力体。

 剛志は破壊系だが、これでは多少の魔力を無効化したところが意味がない。

 海に角砂糖を投げ込んでも甘くならないように、量が圧倒的過ぎて無効化出来ないのだ。

 姉妹の技は攻防一体、白兵戦タイプの魔導師の天敵となっていた。


「――させない」


 静かだが、熱い言葉。

 爆発しそうな熱量を、必死で溜め込み彼女は友人の前に出た。

 振り下ろされる獅子の足に怯まず、火の戦乙女が身を以って盾となる。

 

「カルラッ!」


 イリーネの呼びかけを無視して、カルラは獅子を受け止めた。

 衝撃で意識が飛びそうになる巨獣の一撃。

 

「私だって……」


 それでも耐えたのは、彼女にも譲れない想いがあるからだ。

 真由美に幾度も言われて、練習で上手くやれなかった。

 苦笑した顔をハッキリと覚えている。

 申し訳なさと不甲斐なさへの不快感は、より動きを乱してしまい、迷惑を掛け通しだったと今でも思う。

 不出来な教え子。

 溜まっていた鬱憤をこの合宿前に、叩き付けてもいた。

 褒められるような所業ではないだろう。


「……私は、皆のための炎だから――!」


 それでも真由美は笑って、認めてくれたのだ。

 

『燃え上がることは悪くないよ。でもね、正しく爆発させなさい。大丈夫、きっと出来るよ。私が言うんだから、間違いない』


 カルラにも羞恥心はある。

 敵チームだった人がコーチとしてしっかりとカルラを見ているのに、カルラが今は仲間である人の言葉を疑っては意味がない。

 性質は仕方がない、と割り切って付き合い方を考えるのだ。

 カルラは我慢強くはないが、別に我慢出来ない訳ではない。

 1番必要な時に、必要な怒りを爆発させればいいのだ。


「獣ごときが――」


 歪む表情は、歯を剥き出しにして笑う戦姫の笑み。

 ヴァルキュリアで誰よりも己の性に従順な乙女が、全力を解放する。


「火を、舐めてんじゃないわよッッッッ!!」


 彼女の中で、ハッキリと何かに火が付いたのがわかった。

 土壌は真由美がしっかりと育てていたのだ。

 後は切っ掛けだけであり、この最高の乱戦はこれ以上ない環境となる。

 目覚めるのは2つのリミットスキル。

 精神的な爆発が、枷ごと彼女の限界を弾き飛ばす。


「ヴィオラ!」

「ええ、お姉様、わかっています!」


 姉の警告に従い、すぐさま距離を取ろうとするが、もはや遅い。

 自然の摂理のように火に触れた部分が炎に包まれる。

 純粋な魔力が『火』へと事象変換されたことによる結果が示されていた。

 白兵戦タイプのバトルスタイルの天敵。

 この評価は何も変わっていないが、模した姿の如くカルラだけは例外となったのだ。

 触れ合えば、彼女の熱量が魔力に伝播する。


「なんという」

「ふふっ、流石は自然の申し子ですわ」

「逃がすかッ!」


 讃えるラッセル姉妹の声に反応せずに追撃を仕掛ける。

 目の前を真っ直ぐに見て、爆走するのがカルラの長所であり――同時に短所であった。


「――――皆様、楽しそうで何よりですね」


 響いた声は、彼女の称号に反してひどく冷たい。

 熱戦の最中に思考から彼女を追いだしてしまうという愚行。

 その代償がここに顕現しようとしている。


「集え、我が魔力」


 術式など存在していない。

 未だに彼女だけの系統、彼女だけの力である王者に許された『黒』が暴威を纏って具現する。

 魔力を集めて、放つ。

 この基本動作が既に必殺だからこそ、九条桜香は――『不滅の太陽』は最強の魔導師だった。


「消えなさい」


 乱戦の中央に滅茶苦茶な魔力が叩き付けられる。

 全ての魔導師が黒き極光を刻まれた瞬間がそこにはあった。

 カルラを、ヴィオラを、ヴィエラを、そしてイリーネや葵たちも防ぐどころか逃げる事も出来ない。

 彼女こそが最強の魔導師。

 たった1撃、それだけで桜香は世界の強者たちを捻じ伏せるのであった。


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