第77話『突き抜けてバカ』
自らの『光』が粉砕されて、3方向から攻撃が迫る。
一気に勝負を決めようと、大きな攻撃を放った後の隙。
当然のように、3チームから矛を向けられて『ヴァルキュリア』は窮地に陥る。
最速で飛来するのは、星の雫。
『流星姫』の砲撃群は、同じ後衛として見惚れるほどに美しかった。
浮かぶ感慨は本物で、口元には微笑が浮かぶ。
競う相手が高みにいるほどに、自らの技も研ぎ澄まされていく。
昔はわからなかったことが、少しずつ理解出来るようになっていた。
相手の全力に自分も応えるからこそ、魔導とは苛烈で美しい。
自らの未熟を言い訳にしてはいけないのだ。
出せる全てを、ここで費やすのが礼儀だと心得ている。
「チェンジ」
『形態変化――』
手に持つ魔導機が槍から別のものに姿を変える。
変形型の魔導機はレオナが世界に向けて新調したものだ。
これからを戦い抜くために、彼女も準備を怠っていない。
『女神』としての研鑽は勿論として、『光』を扱うものとして鍛錬をしてきた。
彼女の魔導機が女神の槍から、魔導師の証たる杖へと姿を変えていく。
レオナが『女神』から『光輝の殲滅者』へと回帰しているのだ。
女神という重い称号があるからではなく、自らの選択の結果としてレオナは魔力を紡ぐ。
「偏在する光、我が力に死角なし。――リミットスキル発動『空間展開』」
『リフレクト・ミラーワールド』
変換系からの派生によって、創造系を獲得し秘奥に至る。
クラウディアが至った境地に彼女も辿り着いていた。
女神の後継は、誰でもないレオナなのだ。
後輩に易々と劣る訳にはいかない。
術式とリミットスキルを組み合わせた彼女だけの『光』が世に溢れる。
無策でこの試合に臨んだつもりなど微塵もない。
「全て、お返ししますよ」
空間展開と同時に光のレンズがアリスの魔力を跳ね返す。
レオナの光で満ちた空間は、彼女にとって最適の空間である。
創造系の『空間展開』で光で満ちた世界を生みだし、最速で術式を構築。
ここまでが第1段階。
これで終わってしまっては、彼女の進歩は足りないだろう。
彼女こそがフィーネの1番弟子。
最初の到達者は奪われてしまったが、だからこそクラウディアとは違う形での到達を彼女は思い描いた。
秘めたるポテンシャルは決して低くない。
レオナ・ブックは司る属性の如く、物凄い勢いで進化していた。
「私の光が、全ての事象を捻じ曲げる。リミットスキル発動――『事象反転』ッ!」
創造系のリミットスキルが複数存在するように、変換系も主の願望に応じて姿を変える。
クラウディアとは異なる極点が姿を見せ、これにてレオナの世界は完成に至った。
彼女の世界で、彼女の『光』に触れたものは問答無用で弾き飛ばされてしまう。
技量における1つの到達点。
アリスの砲撃もこの監獄の前では意味をなさない。
「これで、アリス・キャンベルは対処出来る。問題は――!」
純魔力に対する圧倒的な耐性。
昨年度よりも遥かに彼女は強くなっている。
しかし、無敵かと言われればそんなことはなかった。
弱点は存在している。
光の世界を塗り潰す圧倒的な黒。
放り投げられただけの力が、相性や性質を踏み潰して進撃してくる。
「ただ、圧倒的な力!」
事象反転は優秀なリミットスキルだが、別に無敵ではない。
クラウディアの『事象変換』がそうであるように、このリミットスキルは方向性を操作することに長けた力だった。
ここにレオナの属性を組み合わせることで『事象反転』はカウンター技として機能する。
いくつもの『事象反転』を纏ったレンズ、これにて相手の力に対抗して跳ね返したのがアリスへの返礼だったのだ。
完成度は高く、しっかりと格上への対抗が可能な形態がここにある。
しかし、それでもどうにも出来ない暴力もある。
ただ遠投されただけの魔力。
特に圧縮も意識しておらず、投げ捨てられただけの力がレオナのレンズを粉砕する。
魔力の波形を近づける事さえも不可能。
防ぐなど絶対に無理。
『光』は変化が容易であるゆえに、このような絶対的な存在には脆かった。
彼女が1人ならば、この戦いはここで決着が付いていたであろう。
しかし、この場にいるのはチームである。
既に初撃の様子見は終わっているのだ。
リーダーを守るべく、残りの戦乙女が動き出す。
「させない!」
レオナを守るように、いきなり大地が隆起する。
海の中から山と見紛うような巨大なゴーレムが現れた。
全長で数キロにも届こうする怪物は、身を呈してレオナを守る。
「リタ!」
桜香の魔力と接触した巨人は跡形もなく砕け散るが、目的だけはしっかりと果たしていた。
圧倒的な質量で、味方を守ったのである。
砕け散ろうが役割を果たした巨人は十分に仕事をこなしたと言うべきだった。
「はあああああああああああああッ!」
最後の一撃。
朔夜の覚悟は、火の少女が迎え撃つ。
纏った炎と瞳に宿るのは覚悟の色。
正面から砲撃を受け止める覚悟で、彼女――カルラ・パルテルは飛び込んでいた。
「こんなのよりも、怖いのを、いくらでも知ってるわよッ!」
勝気で無鉄砲。
控えめに言っても問題児であるが、彼女はクラウディアに比する才能を持っている。
真由美の指導は確かに彼女に根付いていた。
この状況で少女の瞳には理性の輝きがある。
1年生を侮るような悪癖も今は見えない。
まだまだ危なっかしいが確かな成長は見えていた。
そして、各々が成長した姿を見せるのならば、彼女も当然のように変わっている。
「――いけ、水の槍」
カルラを援護するように、生成された水の槍が朔夜の渾身に放たれる。
直撃する槍たちに魔力は減衰し、カルラの拳によって叩き潰されてしまう。
レオナが突破されてからの連携は見事の一言だった。
ヴァルキュリアの完成度の高さを見せつけている。
「イリーネ!」
「次、来ますわよ。追撃……いえ、本命ですね」
完璧に攻撃を防いだが、休む暇などない。
この戦いにおいて彼女たちは挑戦者。
一時でも気を抜けば、その瞬間に終わると心得ていた。
「いきましょうか、皆」
「ええ、頑張りましょうね、レオナ」
「ラジャー、頑張りましょうね! レオナさん」
「お供します。微力ですが、全てを尽くしましょう」
攻撃に対処するために動いたヴァルキュリアの前衛。
彼女たちが動くということは、必然として他チームの前衛が動く。
どこのチームよりも真っ先に戦場へと突入していたのは、考えるまでもないだろう。
健輔が後衛の援護に回っている状況で、全チーム最高の戦闘狂は彼女しかいない。
同じように前衛として直進していた桜香とすれ違い両名は交戦へと突入する。
乱戦に次ぐ乱戦。
世界最高クラスの四つ巴はまだ始まったばかりであった。
各チームは戦闘フィールドに大まかに言えば、十字の形で配置されている。
クォークオブフェイトとアマテラスが向き合い、もう1つの線をヴァルキュリアとシューティングスターズが固めていた。
結果、クォークオブフェイトがアマテラスを狙う場合は当然真っ直ぐに攻めることになる。
しかし、これにはある問題点があった。
4チームの中央部分。
こんなところに攻めたら乱戦になる可能性は高くなるし、下手に突入すると左右からも砲撃を浴びる可能が出てしまう。
攻めにくいし、守り難い。
普通に考えたら正面突破は誰も選ばないだろう。
だからこそ――彼女は選ぶ。
真っ先に潰すのは、アマテラス。
藤田葵は試合が始まる前から決めていた。
「桜香ッ!」
「葵っ!」
統一系を用いる桜香に、葵が正面から立ち向かう。
アマテラスのメンバーからすれば自殺行為。
クォークオブフェイトからすればまたやっているよ、という日常行為。
恐ろしいまでの温度差を有しながらも、戦場にいる当人たちは至極真剣にぶつかっていた。
「っ!」
「はああああああああッ!」
桜香の圧倒的な能力で放たれる一撃を、葵の拳が受け止める。
誰もが予想しなかった光景。
戦いは、確かに互角であった。
「流石、藤田葵!」
「ふふ――それほどでも、あるわよ!」
桜香の賛辞を葵が素直に受け取る。
状況だけを見れば、葵が圧倒的に強くなったように見えるが、実際のところは危うい均衡だった。
「まったく……!」
葵は自分の顔が苦笑めいたものを浮かべているのを自覚していた。
激突は一瞬、それでも彼我の差を痛烈に感じたのだ。
先ほどの攻撃を防げたのは、桜香の白兵戦が技術に頼ったものではないからである。
力押し、かつ正面から全力で振るっただけだった。
葵ほどの魔導師ならば、衝撃を分散するのも難しくはない。
多彩な能力の大半を火力と引き換えに封印されたからこそ、今の桜香には限定的だが対処は可能になっている。
あまりにも強力な能力だからこそ、制御不能な力。
結果だけ見れば、弱体化しているのは間違いない。
しかし、不滅の太陽がそこまで容易い相手ではないのも事実であった。
「まさか、一撃で使えなくなるなんて」
震える右手は、この試合中に復活するかが怪しい。
桜香の魔力を自らの魔力で受け止めて、力を分散させた。
たったそれだけで、葵の右手は実質的に潰されている。
「は、はは、ふふふ……! あなた、やっぱり気に入らないわ!」
「奇遇ですね。私も、あなたのことはあまり好きではないですよ!」
特に理由はないが、お互いに何故か気に入らない。
生理的に合わない、というしかないが残念なことに両者は似ている部分があった。
両者共に、自分を高みに至らせるのが目的だということである。
――葵は、自らの性に従って。
――桜香は、自らの想いに従って。
近くて、遠い関係性がお互いに引くことを許さない。
葵も、桜香も、見栄っ張りな女なのだ。
戦場では、少なくとも間違いなくそうだった。
「あなたから、潰させて貰います!」
「ちィッ!」
右手へのダメージは残っている。
痺れは抜けておらず、上手く動く自信はない。
迫る桜香への対応は逃げるのが正解だろう。
「私も、やっぱりバカよね」
魔力が高まるにつれて、体温が上がるのを感じた。
模擬戦か公式戦か、などというものは関係ない。
敵は世界最強――頂の魔導師なのだ。
桜香の戦いは、全てが綺羅星の如き決戦であるべきだろう。
王者に王者たる振る舞いを要求する以上、挑戦者は挑戦者として我武者羅であるべきだ。
挑むという行為への、責任がそこにある。
葵が覚悟を決めて戦意を高めていく。
いざ、行かん、と笑みを浮かべた時に、思わぬ乱入者たちが彼女を引き留めた。
「1人で熱くなるのは卑怯だな。楽しみは分かち合うものだと思うぞ」
「健輔をわざわざ後ろに下げて、自分が無茶苦茶をやっていたらあいつに恨まれるぞ。女性の謙虚さは美徳だと思うが」
戦友たちからストップが掛かる。
葵は無鉄砲だが、忠告を聞かないほどにバカではない。
友人たちの言いたいことは理解していたし、何より気に入らない表情を浮かべているのがなんとなくだが理解できた
声だけ聴けば、2人がどんな表情で言っているのかはわかる程度には付き合いも長い。
「剛志、和哉」
「最強を前に興奮するのは構わん」
口数があまり多くないからこそ、剛志が語る時は威厳がある。
巌のような雰囲気は、彼も破壊系という茨の道を進んでいるからだろうか。
香奈子のように固有能力に覚醒こそしていないが、破壊系という括りでは彼も最上位の魔導師なのだ。
自負も自尊も持ち合わせている。
「だが、お前はもはや一介の戦士ではないはずだ」
「遊んでないで、下がれよ!」
葵は止まっても桜香は突撃を敢行している。
動きが鈍ったところを逃がすはずがない。
「私が――」
逃がすと思うか。
せっかくのチャンス、クォークオブフェイトの3名を落とせる機会を見逃すほど桜香は甘くない。
彼女に誤算があったすれば、それは1つ。
「役者が揃い、舞台は回る。この劇は、なんという名前かしら? ヴィオラ」
「名付けるならば、『愚者の饗宴』というの如何でしょうか。アリス様が、意地を見せた。ならば友として、私たちも最強に挑む程度はしないといけませんよね」
双子の無垢な声が戦場に響く。
バカが突っ込み、王者が受けた戦場に演出家が乱入する。
中央での激突を見逃して、後ろを攻めていく。
合理的だが、詰まらないだろう。
彼女たちが抱く輝きは、そんな死肉を漁るような勝利は欲しない。
いつだって勝利は、己の手で掴みとるべき栄光である。
「あなたたちは――!」
「初めまして、強い方。私はヴィエラと申します」
「初めまして、苛烈な方。私はヴィオラと申します」
よく似た容姿だが、纏う魔力は異なる。
姉は色としては稀有な黄金を纏い、妹はフィーネと同じ銀へと変化していた。
気持ちの変化が、ヴィオラを成長させて妹の成長が姉の力を引き出す。
彼女たちは2人で1つとなる魔導師。
2人揃えば、不滅の太陽にも負けないと信じている。
「参りましょうか、ヴィエラお姉様」
「ええ、ヴィオラ。最高の舞台にしましょう」
2人の魔力が高まり、桜香は構える。
激突へ加速する戦況を掻き乱すかのように、人を不快にさせる音が周囲に響く。
「おいおい、良い気分になるのは構わないが、俺たちを忘れて貰ったら困るな」
「クォークオブフェイトは、健輔たちだけのチームではない」
盛り上がる雰囲気に名乗りを上げるのは戦士たち。
普段は葵に押されていても、やるべき時にやるのがクォークオブフェイトの男性陣である。
健輔だけが特別ではない。
「まったく、あなたたちに頭を冷やされるとは思わなかったわ」
友人に呼応して、葵も左腕だけで構えて追従した。
3人の動きに桜香とラッセル姉妹が視線を送る。
クォークオブフェイトの最上級生たち。
健輔たちの先輩が、先達としての意地を見せるために立ちはだかる。
「あらあら、これは素晴らしい舞台になりそうね」
「そうですわね。もう1組、参加したそうな方々もいらっしゃいますしね」
4つのチームの中央。
本来は避けるべき混戦が躊躇なく行われている。
葵と桜香だけでなく、シューティングスターズもヴァルキュリアも迷わずに突撃を敢行していた。
世界最強に猛るのは、葵だけではない。
アリスに応えんと、ラッセル姉妹がやって来たのと同じように、和哉たちもやって来た。
そして、これだけで終わるはずもない。
「……真由美さんに教わってから、私も少し馬鹿になったみたいです」
「ふん、だ。私は、まだあの人を認めてないもんね!」
水と火の戦乙女もこの場に現れる。
4チームの前衛が揃い、混戦は加速していく。
世界大会に向けて技を隠す。
当たり前の戦略がこの場には存在していない。
ただ、全力で――全てを絞り尽くすのだ。
「……なんとも、まあ……最高にバカな奴らの集まりね」
「筆頭が言うか」
「なんでもいいけど、気合入れろよ。いつだって、勝利を目指す。お前が決めたチームの目標だろう」
「――ええ、わかってるわ。リーダーがこれじゃあ、ダメよね。皆が変わるんだから、私もそろそろ大人のやり方を覚えないとね」
何もかも違う4チームが、勝利という共通の栄光を目指して戦う。
バラバラな思いがぶつかり合い絆となる戦場で、彼らは存分に魂を輝かせるのだった。