幕間『集結』
天祥学園を筆頭に各魔導校で長期休暇が始まる。
学生には憩いの時だが、魔導師には違う意味があった。
「ねぇ、そろそろかしら? まだなの?」
「アリス様、少し気が逸りすぎじゃないでしょうか? まだ10分も余裕がありますよ」
「ヴィオラ、アリス様は早く皆様に会いたいのですよ。気持ちを察してあげなさい」
「まあ……。ヴィエラお姉様、流石ですわ。私、気が利かない淑女でした」
アリスは転送ポートのロビーで仁王立ちで健輔たちを待っていた。
昨年と同じ合宿会場は彼女たち『シューティングスターズ』が提供している。
過去最大規模の合宿。
4チーム合同合宿の時期がやって来た。
8月の頭から約3週間に渡り、彼女たちはお互いの戦術を共有し、全てを曝け出す。
全ては世界大会で高みに至るための日々。
最後の練習期間を最大限に活用するためのものだった。
そして、今回は最後の週にメインディッシュがある。
アリスが楽しみにしていた一大イベント。
熱い夏の始まりに、胸を高鳴らせている。
「もうっ! 私をからかわないで! 2人とも――」
クスクスと笑うラッセル姉妹に声を上げる。
アリスは勢いと共に口を開くが彼女の言葉を遮るように陽性の人物がこの地に舞い降りた。
「おお、懐かしい声だね! いやーお姉さん、ちょっと老け込んだ気分になったかも」
「よく言いますよ。とびっきりの水着を準備する、とか言って昨日はショッピングに連れ回したじゃないですか」
「女性の嗜みだよー。レオナちゃんは固いなー。そう思わない、アリスちゃん?」
傍らに秘書の如くスラリとした美人を携えた小柄な女性。
この体格で世界最高クラスの破壊力を持つ人物だと前情報なしで信じられる者は何人いるだろうか。
いろいろな意味で世界が荒れた原因。
彼女こそがかつて健輔たちを導いた凶兆を招く星。
「ま、真由美さん! お久しぶりです」
世界大会からたったの3ヶ月程度だが、大学生という肩書があるからか少しだけ大人びたように見える。
欧州の雄『ヴァルキュリア』を引き連れた女傑がそこにはいた。
アリスにとっては姉と並ぶ憧れの魔導師。
近藤真由美。
昨年度、世界大会を荒らし回ったクォークオブフェイトの生みの親であり、健輔の源流とも言える人物だった。
そして、この場にはもう1人。
「アリス・キャンベル、会場の提供、ありがたく。初めまして、私は――」
「――レオナ・ブックよね。……よろしく、世界ランク第7位で世界最高の後衛魔導師さん」
「こちらこそ、世界ランク第10位で最弱のランカーさん」
最高、というところで力を籠めて笑ったアリスにレオナがカウンターを叩き込む。
涼しい顔をしているが、レオナも魔導師である。
侮りを許すつもりは微塵もない。
笑顔で握手を行い、強く手を握り締める。
「ふ、ふふふふ、うふふふふ」
「……」
ヴァルキュリアの現在のリーダー。
フィーネから次代の『女神』として指名された女性。
世界ランク第7位『光の女神』――レオナ・ブック。
同じ後衛魔導師として、両者は強く意識していた。
下位ランカーの頂点と、最下位のランカー。
順位に大した差はないが、隔たる距離は相応に長い。
ある意味で最強の後衛を競うライバル同士らしい始まりではあった。
「いやー青春だねー」
「そうですわね、青春ですわ。真由美お姉さま」
「そうですわね、ヴィエラお姉様。眩しいですね」
微笑ましそうに見守る3名を置き去りにして、2人は視線で火花を散らす。
不敵に微笑むアリスに、レオナは無感動な瞳を向けていた。
様子が大きく変わった『光輝の殲滅者』を見て、アリスは獰猛な笑みを浮かべる。
見る者が見れば、その笑みにハンナを幻視しただろう。
自信と自負に溢れて、陰湿さなど欠片もない王者の笑いである。
「あなた、そそるようになったわね」
「それならば良かったです。……あの、地獄を抜けた意味がある」
「あら、真由美さんの練習がそんなに楽しかったの? 気持ちはわかるわよ」
先ほどとは別の意味で感情が抜け落ちたレオナに、アリスは嬉しそうに語りかけた。
地獄。
言葉のニュアンスの違いなのか、レオナにはアリスが良い言葉のように捉えているように聞こえた。
翻訳魔導は正しく発動しているはずなのに、何故か意思疎通に障害が発生している。
「あ、驚いているレオナちゃんに種明かしするけど、あれ日本とアメリカでは平均ぐらいだからね」
「……じょ、冗談ですよね?」
「私、嘘も冗談も言うけど、場面は選ぶよ?」
的になって勘で避けられるようになるまで只管に真由美と対峙した日々。
容赦なく叩き込まれる凶星に幾度涙したかわからない。
しかし、あの地獄を入門と言い切られてしまった。
レオナはかつてのフィーネがどれだけ丁寧に導こうとしてくれたのかを知って、更に憧憬を深くする。
同時に真由美の下で1年も戦えたクォークオブフェイトを強く尊敬した。
基礎固めでも、かなり厳しかったのにまだ上があるとは考えてもいなかったからだ。
ズーン、と暗い空気を背負うレオナに真由美は苦笑いを浮かべる。
実際は健輔たちよりも更に激しい練習を課したのだが、嘘も方便と言う奴だった。
勘違いしてくれていた方が都合がよい。
笑みの裏に真由美は様々な思惑を隠しておく。
「おろ、主役たちも来たねー。うわぁ、桜香ちゃんが凄い健輔に接近している」
「まさか……あれは」
「やっと来たわね。って、何よ、あの団体。優香、桜香だったかしら? なんで健輔を間に挟んで歩いているのよ」
ぞろぞろとやってくる団体。
黒髪の割合が多いのは、彼らの人種構成を示していた。
今回の合宿の核となる4チーム。
残りの2チームが到着したのだ。
「うーん、変わってなくて安心したような、不安なような複雑な気持ちだよ。ま、、健ちゃんたちはどれくらいになってるかを確かめようか! ワクワクしてきたぞ!」
「真由美さんは私たちの成長も見てくださいよね! 姉さんの名は絶対に汚しませんから、期待してください」
「成長は私たちもです。女神の後継。その名に恥じぬ力をお見せします。何よりこの合宿で、私も次に進ませていただきます」
アリスたちを見つけてこちらにやって来る健輔たちに視線を向ける。
全員の胸にあるのは夏への期待と世界への展望だった。
誰もが、負けられない理由がある。
「始まりますわ、ヴィオラ」
「ええ、ヴィエラお姉様。始まりますわね」
「熱い夏」
「最高の夏」
『――決戦の夏』
双子の姉妹の声が重なり、開幕の合図が世に響く。
――熱戦の開幕。
熱く鮮烈な夏休みが、ついに幕を開けた。
そして、集う輝きは決して1つではない。
この輝きですらもあくまでも1つの集まりに過ぎなかった。
――欧州。
海上、陸上、あらゆるフィールドが揃ったイギリス校。
ナイツオブラウンド、魔女の晩餐会というこの地を代表する2チームが何かを静かに待っている。
滾る戦意はこの場を彩る存在の気配を色濃く反映していた。
輝く金の髪を靡かせて女帝は傍らに控える騎士に語りかける。
「アレン、感じるかしら?」
「ええ、陛下。なるほど、どこも一筋縄ではいかなさそうです」
執事の如く、ナイツオブラウンドの主は女帝に応える。
演劇めいたやり取りは双方が納得した役割に沿っていた。
誰かを率いるよりも己を磨くのが得意な者が『騎士』である。
女帝に統率者で勝てるなどあり得ない。
もっとも、アレンと仲間たちは戦友という絆で繋がっている。
女帝に礼を尽くせど、屈することはあり得なかった。
ハンナもその程度のことは知っている。
「飢え、か。去年よりも面白いチームになったわ。世界第3位が挑戦者の気分みたいね」
「アンバランスですね。自分としては、かつてのままならば戦う意味もないと思っていましたが、多少はマシな顔になって安心しました」
「あら、騎士も辛辣なことを言うのね」
「敵に礼を尽くすからこそ、魔導競技は美しいのです。スペックだけの戦いに、信念は宿らないでしょう」
「ふふふ、そうね。だったら、あいつらは合格かしら?」
ハンナ・キャンベルが笑う先には、精悍な顔をした男の集団がいた。
この集まりはチームの中でも最上位の集い。
しかし、最初にやってきた彼らは奇妙なほどに瞳がギラついている。
主の飢えに呼応して、チームに飢餓が共有されているのだ。
真実の勝利を掴みとるまで、皇子の軍勢は飢えた進撃を続ける。
「まあ、及第点でしょう。アルマダは優秀だが、安定しているために変化に弱い。あれがランカーの標準などと思われるのは困ります」
「おや、騎士は流石に評価が辛口だね。歴代でも1、2と謳われる技量から見ると大半の魔導師は未熟者かな」
軽薄そうな様子で王者と従者の会話に割り込む者がいる。
騎士に不躾な質問を投げておきながら実際は興味がないのか直ぐに視線は隣に佇む王者に向いた。
恭しく、同時にわざとらしく一礼する彼の名は、ジョシュア・アンダーソン。
最強のチームだった『パーマネンス』の参謀にして、クロックミラージュのコーチである。
「や、女帝。お久しぶりだね」
「あら、道化。久しぶりね。その不出来な顔を私の前に見せるなんて度胸があるわ。殴るわよ」
「おお。相も変わらず暴力的だね。流石はクリスも認めた女だよ。君ほどに完成された詰まらない素材を僕は知らないよ」
おどけた様子でハンナにからかいの言葉を投げる。
度胸があるとしか言いようがない。
ハンナは本当に相手に価値がないと思ったのならば、軽口の代償くらいは軽く取り立てる女性である。
泣き寝入り、などという可愛らしい行動は彼女にはあり得ない。
自ら栄光を勝ち取る女帝に空気を読まない道化は楽しそうに語りかける。
「ふん、あなたのそのムカつく情報収集もいつも通りね。怒りのポイントにこそ、その人物の特徴が出る、だったかしら?」
「ははっ、種が割れている手品はこれだからダメだね。まあ、僕は3流だからね。芸としては見逃して欲しいな」
「いいわよ。変わらずに踊りなさいな。あなたが連れてきた最強は癪なことに本当に最強だったからね」
「はは、これは――」
「おうおう、楽しそうだな。儂も混ぜてくれんか」
2人の会話に割り込む声。
2度目の割り込みにアレンも含めた全員が眉を顰めるが、直ぐに納得したように溜息を吐いた。
このチームでの合宿をセッティングした存在がそこにはいる。
ハンナの視線が懐かしい敵を見るものから、脅威を観察するものへと切り替わり、アレンも僅かに警戒を表す。
ジョシュアは嫌そうに表情を歪めた。
この場にいる者の中で最も知名度、実力共に劣るはずの者に全員がリアクションを行う。
彼らはこの胡散臭い爺声が如何に厄介な相手かわかっていた。
ハンナは真由美から、アレンは経験則で、そしてジョシュアは自分よりもキツイ匂いに反応を示しているのだ。
無名でも強者はいる。
自らその事を体現する者にハンナは静かに声を掛けた。
「武雄。あなたがいるということは?」
「おお、女帝か。相変わらずいい女よな。近づきたくないわ。はははははは!」
1人だけ楽しそうに酔っている雰囲気。
ふざけた物言いに黙って佇んでいるクレアが青筋を浮かべるが、彼女の隣にいる晩餐会の面々は厳しい表情をしていた。
本能のレベルで察しているのだ。
ジョシュアとは違い、生粋の曲者。
天然と計略で敵を絡め取る者特有の匂いが出ている。
「……うわぁ、これはヤバそうっすね」
シルリーの細めが僅かに開かれて、相手の性質に戦慄を露わにする。
彼女からすれば、本当に厄介なチームが揃っていた。
同類が引き摺れてきたのもそうだが、その後ろにいる存在はある厄介な女の匂いを感じさせる。
「女神の残滓……フィーネ・アルムスターは本当に祟りますね」
「シルリー? 何か言ったの?」
「いいえ、クレア。あのチームたちは強いな、とそう思っただけですよ」
クレアに誤魔化しの言葉を投げながら、注意深く観察を続ける。
纏う雷光は揺るがない。
強い瞳は砕けない。
イリーネなどを知っている身からすれば、桁違いの完成度である。
武雄の魔導戦隊、その後ろに隠れた新鋭のチーム。
雷光が率いる『黄昏の盟約』にシルリーは最大の警戒を示す。
非常に面倒臭い女の匂いと、明確のエースの雰囲気がするような新鋭チームは厄介としか言いようがない。
「これは、どうしますかねぇ」
小さく消えた言葉は誰も聞き取れない。
訪れる激戦に強かな魔女は策を練る。
勝利を、栄光を勝ち取るのは魔女。
今度こそ長年の悲願――チーム結成の理由を達成するために、全力を尽くすのだ。
光の輝きを待つエースがいる内に、何とかやり遂げる必要がある。
「いやぁ、本当に良い戦いになりそうですよ」
ニヤリと笑う口元は何を意味するのか。
2つ目の星々が集う場所。
この地でも絆が紡がれる。
そして、最後――日本でも静かに動く輝きがあった。
健輔たちにも見慣れた天祥学園の部室棟。
その一角であるチームたちが集まっている。
彼らに共通しているのは、全員が日本のチームであり、同時に昨年度の世界大会に出場していないということだった。
ハッキリと言えば格で1段劣るチームだろう。
チームとしても、魔導師としてもその評価に偽りはないと断言できた。
しかし、それは彼らが弱いということを意味しない。
「橘、君が僕に声を掛けるとは思わなかったよ! こうして集まっても不思議な気分だね」
「俺もだよ。いや、俺が賢者連合にいるのが奴の差し金だとすれば、裏で実はつるんでいたのか?」
「人を黒幕みたいに言わないでよ。別に実力で足りない分は他から補おうとしただけよ。変なことを言わないで」
ツクヨミ、スサノオ、賢者連合。
先ほどまで集っていた輝きに比べれば弱く淡い輝きだが、確かな輝きがここにある。
立夏が中心となって組み上げた合同合宿。
彼女の組み立てる策において欠かせない要素が此処で集うことになる。
「わかってると思うけど、準備は万端よね?」
「言われた通りにしている。こういう面でのお前の実力を疑うつもりはない」
健二に対しては武雄を介して、賢者連合の練習内容に提案を行っていた。
合理的な提案だったため、健二も特に文句を言わずに受け入れている。
「そ、だったらいいわ。こっちも切り札を出す甲斐があるわ。ある程度はポテンシャルを高めておかないと意味がないからね」
「切り札?」
宗則と健二が不思議そうな顔をするが、答えは直ぐにやってきた。
部屋をノックする音と、その後に現れた者が彼らに答えを与える。
明星のかけらが解散してから、彼女は彼女なりに自分の問題点を考えていた。
自らの不足は一朝一夕では埋まらない。
経験を頼りにする強さに限界があるのもわかっていた。
それでも、経験を積み上げていく以上に出来ることはないのが彼ら古豪でもある。
ならば、徹底的にやるしかない。
「あなたは……」
「まさか」
2人の様子に立夏はニヤリと笑う。
策謀、裏で動くのは別に武雄の専売特許ではないのだ。
葵などが面白くするために動くのはわかっていた。
その動きに少しだけ細工を加えることで、望んでやまなかった強敵を彼らは手に入れる。
無限のシチュエーションを持つ強敵とチーム単位で経験を積む。
この夏合宿に休む暇など立夏は与えるつもりはなかった。
やれることは全てやる。
「アルメダ・クディール……」
「立夏、こちらの準備はいいですよ。他のチームにも声を掛けています。魔導大帝が乗り気とのことですし、影でやるにはちょうど良いのではないですか?」
「ええ、お約束通り役に立つかはわかりませんが、桜香ちゃんとの戦闘データは差し上げます。存分に有効活用してください」
「ありがとう。ふふっ、謙遜はいらないですよ。自らの価値を理解した上で、売り込んできたあなたを私は評価しています。あのリア充には私が鉄槌を下します」
燃え上がるアルメダに立夏は曖昧な笑みを浮かべる。
悪い人物ではないのだが、思った以上に独特のノリを持っていた。
桜香に関することだと先ほどのように偶に壊れてしまうのも困ったものである。
原因はわかっているのだが、立夏にはわざわざ火中の栗を拾う趣味はなかった。
地雷を自ら爆破していくスタイル男が空気を読まずに突っ込むくらいでこんな見えている地雷は誰だって避ける。
「え、ええ……まあ、頑張ってください」
「お任せを。あなたたちとの戦いも、勿論楽しみにしていますよ」
「それは勿論です。私のレベルアップのためにも、必ず必要だと思っています」
桜香には負けたが、アルメダの強さは証明されている。
レジェンドとの戦いは強敵との戦闘経験が不足しているこの3チームでこそ活かせるものだ。
特にアルメダの豊富な戦法は経験を積むという上でこれ以上はない逸材だった。
元女神が持つ人脈も舐めてはいけないだろう。
この世は人の縁が物を言うのだ。
思わぬ出会いが齎す強さを彼女たちは知っている。
「渡りに船、というのでしたか。あなたのレベルアップに必要なように、私のリベンジにもこの合宿は非常に都合がよいです。私のたちのチームにとっても、実りが多いものとしましょう」
アルメダからしてもこの合宿は利点が多い。
立夏たちと戦えば戦うほどに彼女も現代の魔導に適合できる。
特にツクヨミのチーム単位での火力は世界でも最高峰なのだ。
平均、というものを理解して見えてくる文化がある
「さあ、私たちの逆襲を始めましょう」
立夏は強く宣言する。
後塵を期したが、いつまでも後ろにいるつもりはない。
何事も全力を投じるからこそ楽しいのだ。
相手の全力に応えられる全力を、手に入れるために古豪が再起する。
覚悟と想いを携えて、伝説さえも巻き込んで彼らも駆け出して行く。
――熱戦の季節、来る。
学生にとっては憩いの時、魔導師にとっては正念場。
飛躍の季節にして、最後の日常がついに動き出したのだった――。