第75話『俺のやることは何も変わらない』
試合の決着というものは普通は歓声で迎えられるものだろう。
今回は見ている人数がそこまで多くないとはいえ、100人は確実に超えている。
大歓声とはいかずとも、上がって然るべきの声。
しかし、この場には沈黙が満ちていた。
より言うと、2種類の沈黙が――と言うべきなのだろうか。
多くの学生はあまりのレベルの高さによる沈黙だが、1部の者たちは別の意味で沈黙していたのだ。
桜香が強いなど普通のことだから特に気にしていないが、戦い方が上手くなっている。
力の使い方がわかっている、と言うべきだろう。
割と大雑把なところが改善されていた。
2人が何を言い合っていたのかまではわからないが、拾えた音声から考えて大体悪いのが誰なのかは察することが出来る。
「……あれだね。健輔が悪い、ってことかな」
「え……」
「あなたが変な喧嘩の売り方をしたから、あれだけぶっ飛んだんじゃないの? 制御の方向を教えたりと……碌な事をしないわね」
「いや……」
「ご、ごめんなさい、健輔さん。擁護できないです」
次々と放たれる言葉が健輔のせいとして事態を決着させようとしている。
流石の健輔もこれには反論したかったのだが、上手い言葉が思いつかない。
実際、桜香がキレたタイミングが引っ掛かるのだ。
アルメダ・クディール。
強かったが健輔と似た傾向の相手であるため、この結末は納得出来た。
同じ方向性の存在だからこそ、詰まる部分も想定し易い。
何より、健輔は彼女のことを良く知っている。
一方的なものだが、桜香が看破していたように、健輔はアルメダを参考にした部分を確かに持ち得ていた。
「皆さん、健輔さんで遊ぶのはいいですけど、しっかりと理由は見つめておいた方がいいと思いますよ」
「フィーネさん……そこは否定して欲しいです」
健輔の力ない物言いにフィーネは実にいい感じの笑顔で断言する。
「桜香がああなった原因は疑う余地もないぐらい確実に健輔さんですから。無理、というか不可能ですね」
「そ、そうっすか。……は、反省はしないですけど、受け止めはします」
「それでよろしいかと」
肩を落とす健輔の後方で1年生たちが困ったように笑って推移を見守る。
反応を示してくれるだけ有り難いと言えるだろう。
3年生に関しては、いつもことだと完全にスルーしていた。
この扱いには健輔も泣きそうになる。
「……今日は厄日だな」
「アホなこと言ってないで、本題を話しなさい、フィーネさんも、あんまり健輔で遊ばないでください。こいつは私のです」
「あら、失礼しました。でも、独占には抗議しますよ」
「ここでは私がルールです。それよりも、健輔、どうしてこうなったと思う? 桜香は強いし、相性が悪かったのがあると思うわ。それでも、これは酷いわ」
傍で火花が散るのを凪のような心でやり過ごして、葵がご所望のものを提供する。
試合の最中もあらゆる系統を用いて健輔は試合を解析していた。
既に葵が信頼するほどに、彼の分析は重宝されている。
あらゆる選択肢を持つからこそ、行く道を決める情報に関しては誰よりも必死に集めていた。
公開されているデータなど微塵も当てにならないことを知っている。
アルメダが敗北したのも下手に強くなったのだが原因だろう。
健輔と同系統の能力者としては明らかに4代目の女神の方が格上である。
現代の魔導に適合さえ、出来ていればと注釈が付けば、この事は間違いではなかった。
「ようは、アルメダさんが現役の時との差異じゃないですかね」
「4代目、つまりは10年前の魔導競技のセオリーとの違い、かしら?」
「多彩な能力、でしたけどほとんど発揮出来てないですからね。桜香さんが手を抜いていた時はむしろ押してましたけど、あれぐらいなら俺でもやれます」
アルメダの力はある意味では健輔の上位互換に等しい。
経験値もそうだが、確かにレジェンドに相応しい威容があった。
固有能力の強力さも特筆すべきだが、使いこなしている彼女の技量こそが素晴らしかったのだ。
問題は、彼女が今の魔導というものを知ってはいても理解しきれていなかったことと、桜香という存在を侮ったことが大きい。
スペックだけを見ても脅威は伝わり辛いものだ。
映像でも、正確とは言い難いだろう。
何より、現在の桜香の最大の切り札が詳細不明というのが痛かった。
アルメダは健輔の遥かな先にいる存在だが、今はもう完全に重なっていない。
アドリブが強くなっている健輔に対して、パターン化しているのが見受けられたのは間違いないだろう。
「統一系、で正式に決まったみたいですけど、おそらく俺の万能系とは逆なんだと思います。敗因としては、あれに対抗するのに物量を選んで、それが選択ミスでしたね。割と致命傷レベルです」
「4代目については後に回すとして、統一系、ですか。なんとも厄介なものよな」
「回帰、でしたか、健輔さんの方向性は」
「ええ。逆にあっちは、差し詰め『混ぜ込み』でしょう。1度は分かれたものを無理矢理に統合している」
桜香が扱える系統を全て一纏めにしているのが、あの黒い魔力の本質である。
つまりは突破にも全ての力が必要となるのだろう。
防御面においての絶対性はこれで理解出来た。
次はあまりにも圧倒的な出力だが、こちらも桜香の特性が影響していると考えるの普通であろう。
「保持する系統の出力も無理矢理に纏めてるんでしょう。個別だったエンジンを全部つなげてるとか、そんな感じですね」
「うわぁ、普通だったら走れないわよね?」
「そこで強くなるからこそ、九条桜香なんじゃないですか。才能が桜香さんの意思に応えようとしているんですよ」
周囲とは別の意味での沈黙が再度クォークオブフェイトを覆う。
今度は呆れたような空気であるが、無理もなかった。
誰も知らない領域に意思と才能で飛び立てるものはそうはいない。
ましてや、今回は先達までもその力で粉砕しているのだ。
「で、4代目の敗因の方だけど」
葵が続きを促し、健輔は淡々と言葉を形にする。
健輔が昨年度から徐々に方向転換をしている理由がここにあった。
コピーを核として戦法では、桜香に勝てないと感じているからこそいろいろとやっているのだ。
アルメダはその事を立証してくれた、とも言える。
「あの人の時代の魔導は、圧倒的な物量を捌くほどの火力全盛のものじゃないでしょう? 個々のランカーのレベルは今とそこまで変わらないでしょうけど、身体に染み付いた戦術というのは、その時代の流行が焼き付いているはずです」
咄嗟の時に出てきた最大の選択肢が物量、だった時点で今と齟齬がある。
盾が矛で貫かれるのが今の時代だが、こういう状態になったのは最近の話だった。
火力で蹂躙される、というのがあまり実感としてないのだろう。
「適合しきれていない。なるほど、そういうことなのかい?」
「細かい部分に差異があって、積み重なって大きく弾けた。まあ、そういうことじゃないか。俺もこれが唯一の正答だとは思わんしな」
小さい積み重ねの齟齬が、桜香によるアルメダの蹂躙という結果に繋がった。
ある意味で順当な結末だと言えよう。
「総括すると、アルメダさんの時代の魔導と桜香の相性が悪い。そして、桜香は頭がおかしいレベルの才能。こういうことかしら?」
「昔の魔導は能力の競い合いに近かったみたいですしね。出力による力押しの方が最近の流行でしょう?」
「なるほどね……。当時の環境とのズレを修正出来ていなかったから、あそこまであっさりと追い詰められた訳か」
「あり得なくはないでしょうね。能力を出せば、原則は通じる相手ばかりだったと思いますよ。4代目は戦闘者としては間違いなく優秀でしたから」
相手が悪いのもそうだが、現状のセオリーとの摺り合わせ。
両者が欠けたことが敗因。
前者はともかく後者の方は相手も考えてくるだろう。
この敗戦は全ての伝説を間違いなく本気にさせる。
「実に楽しいことになりそうですね」
「ええ、同意だわ。私たちの悪巧みも上手くいきそうかな」
「そうですね。少なくとも、一組はこれで確保できました。よい感じに力も見せてくれましたしね」
「流石にレジェンド、ね。桜香だからこそあっさりとやれたけど、他は少し厳しいかしら」
葵が挑発的に世界で2番目の魔導師に視線を送る。
向けられた当人は絶対の自信と共に先輩を見返した。
「いえ、私でもあの人には勝てると思います」
「あらあら、優香ちゃんも自信満々ね」
「事実です。お望みならば、結果を示してみせます」
「そうね。夏に、存分に示してちょうだい」
「承知しました。姉以外に、負けるつもりなどありません」
頼もしい後輩に葵は笑う。
そして、自分たちの世代の最強についても評価は変わろうとしていた。
前はあまりそそらない相手だったが、今の桜香は実に良い感じである。
自らで倒したい、と思う程には興味があった。
「いいわね。本当、世界大会が――いえ、合宿が楽しみだわ」
葵はこれ以上ないほどに美しい笑みを浮かべて、来る戦いを想う。
ぶつかり合う意思の中に、かつての頂点たちが混じる。
激化する戦い。
困難になる優勝という悲願にただ感謝を捧げて、彼女たちは牙を研ぎ澄ますのだった。
健輔たちが至った結論を同じ結論に至ったチームは多い。
ランカーを擁するチームや、上位に挑もうとする古豪は例外なく至っていた。
その中で他所と微妙に違う結論に至った者たちがいる。
魔導戦隊、正秀院龍輝とコーチの霧島武雄だ。
「見事なものですが、少し対応を間違えましたか」
「初見で、ということなんだろうの。儂としては面白い矜持じゃがの」
「敗北もまた経験ですしね。ここで『不滅の太陽』を見切ったことの意味は大きい」
「九条姉は中々の難物よ。ぶつかっておかないと足元を掬われるだろうさ」
アルメダの敗戦に両者は驚くことはなかった。
桜香のポテンシャルを凌駕する存在など魔導の歴史に存在しない。
知識と知恵を武器とする2人は確信していた。
歴代皇帝で渡し合えるものもクリストファーと『大帝』ぐらいののものであろう。
「この戦いからわかったことは、レジェンドの傾向とウィザードの脅威、ですか」
「然り、とな。まあ、大袈裟に言うならば、九条桜香の同類たちとどのように戦うのか、ということだわな」
「やはり、3強の中だと女神が劣りますか?」
「いんや、健輔のとこにおる女神はまだ殻がある。ありゃあ、化けるぞ。アルメダ・クディール、あの女神様が少し足りなかっただけよ。バカなのは間違いないが、ちと優等生よな。理解出来るのも納得よ」
詰まらなそうな表情の割に瞳は輝いている。
武雄がこういった表情をしている時は、何か問題を起こそうとしている時だが、龍輝に止めるつもりはなかった。
波乱が起きることで見えてくるものもある。
アルメダという自らの果てすらも勝てない世界で、勝ち抜こうと思うのならば、貪欲であるしかないのが龍輝だった。
建前としてはそんなところだが、本音としては龍輝も波乱は嫌いではない。
ましてや、隣の人物は1流のエンターテイナーである。
手腕は信頼していた。
「藤田の奴にも頼まれていたが、よいネタが出来たな」
「クォークオブフェイトのリーダーからの依頼ですか。詳細は知りませんが、面白そうな話ですね」
「あれはいい女よ。多少血の気が強くて、扱い辛いがな」
「多少で済む方ではないと思いますが、まあいいでしょう」
武雄の評価に龍輝は呆れる。
龍輝の好みは御淑やかで、己を支えてくれる女性なのだ。
あれほど我が強いのは女性のカテゴリーとしては微妙な部類だった。
人間としては好ましいのだが、あそこまで自己を確立していると付き合いが大変である。
わざわざしなくてよい苦労するほど悟った男ではない。
「まだまだ若いのう。ああいうのが惚れた男に見せる顔は中々に見物だと思うぞ」
「そういうのは、あなた方にお任せしますよ。もっとも、あなたは面白がっているだけでしょうけど」
「かかっ、ようわかっとるじゃないか。まあ、良い女との約束がある。今回のこれは上手く使わせて貰おうかの」
武雄の計画ではそれとなく戦闘のデータでも流して様子を見るつもりだったのが、上手く1人は引き入れそうだ。
コーチとしても桜香に対抗する勢力の強さは知っておきたいだろうし、現役のランカーたちは確認しておきたいだろう。
自分で実力を確認して、敗北したからこそ願望は強くなっているはずだった。
「龍輝、魔導戦隊の準備はどうよ」
「順調です。ネタがバレても戦えるでしょう。あなたのおかげですね」
「抜かせ。アホな提案を真面目に実行したお前たちの強さだろうが」
「恐縮です。師匠」
自分よりも遥かに正統派なのに、あえて邪道に来た弟子を武雄は横目で見つめる。
健輔にも少し仕込んで放流したが、この2人の万能系の激突は中々に見物となるだろう。
至った結論は似ているのに、方向性が完全に異なる。
あくまでも既存の万能系である龍輝。
完全に未知の領域へいこうとしている健輔。
どちらが『強い』のかは激突しないとわからないが、両者は共に先駆者である。
万能系の未来を決めるほどの戦いになるのは、疑いようもない。
「やり易さ、普遍さではおまえが勝っている」
「ええ、しかし、おそらく特殊性、特化具合では負けていますね」
「わかっとるなら、それで構わん。1つだけ覚えておけ。お前の戦い方は、お前以外でも万能系であれば出来る。肝に銘じておかんと、あいつには届かんよ」
弟子でもなく、かつ仲間というほど近くもない。
さらには敵としての縁も左程深くはないが、武雄は健輔を高く評価していた。
模倣から始まり、自分を確立しようと足掻いている。
誰も教えられない彼だけの道を、爆走している姿は鬼気迫るものがあるだろう。
「あいつの本質は学習よ。放っておくとどこまでいくのか、儂にもわからんし、想像も出来ん。何も考えてないようで、誰よりも考えて無謀をしている」
「……元より、覚悟の上です。諦めたくないからこそ、あなたの手を借りた」
「ふん、精々気張ることよ。伝説だの、魔法使いだの。今は前座に過ぎんのだからな」
見逃せない敵ゆえに、対策はするがあくまでも本命は現役のトップチームである。
卒業生たちに好きにやらせるほど、今のランカーたちは弱くない。
桜香という頂点が示したことだが、1つの事実ではあった。
意気揚々とやって来た連中に蹂躙されるほど、彼らは無力ではないのだ。
突き立てる牙はしっかりと持っている。
「はてさて、儂も忙しくなる。お前の方で合宿の準備は進めておけ」
「承知。度肝を抜いてみせますよ」
「ああ、よろしく頼む。……おそらく、奴らの中にも、同じことを考えている奴が必ずいるだろうしの」
突然起こったように見えるが、今回の戦いは諸々の都合が非常に良い。
端的に言って、あまりにも素晴らしいタイミングは作為を疑うべきであった。
糸を引く何者か。
正体は見えないが、武雄にとっては初めての『敵』であろう。
全体の絵図を描いたものは中々に曲者だと言える。
「卒業してから出会うか。儂の運も中々よな」
「巻き込まれるこっちは正直微妙ですけどね」
「抜かしおる。まあ、諦めろ。先輩と、後輩なんぞはそんな関係になるものよ」
たった半年程度の期間だが、それでも彼らは師弟であった。
確かに通じる何かを縁に魔導戦隊は進撃する。
熱戦への招待状は、確かに皆に配られた。
熱い夏、最後の準備。
――そして、最大の宴の幕が上がる――。
入り乱れる魔導師、あり得ない連携。
世界大会に匹敵する熱量の合宿、祭りの季節が到来した。
第4章前編はここまでになります。
後編の方もお付き合いのほどよろしくお願いします。