幕間『ランキング』
3強という今までの魔導の歴史の中でも類を見ない3名の天才。
彼らが別々のチームに所属して、ぶつかり合った世界大会。
過去最高とまで言われた世界大会は1つの見識を世に齎した。
それは現行ルールの限界である。
誰が見ても魔導の進歩に現行のルールは付いていくことが出来ていなかった。
そして、古き最強たちが去り新しい時代が幕を開けたことで学園はある発表を行う。
大規模なルール改訂。
過去に類を見ないほどの大幅な変更は、ここから更に進化するであろう魔導の将来を見据えたものだった。
「そんな新ルールに合わせて、ランキングもまた趣を変えた。それまであやふやだった評価の基準をある程度だが明確化し、同時に世界大会出場者のみを上位としてランク付けした」
資料編纂室と名付けられた場所で幾人かの女生徒が作業を行っていた。
その中の1人が少しだけ不機嫌そうにランキングについての感想を呟く。
「ん~、なっちゃん、ちょっと機嫌が良くない感じ~?」
「そんなことはないよ。ただ、ちょっとなって思っただけ。妥当と言えば、妥当だけど私が納得してないだけだよ」
「ホントに~なっちゃんは~健輔くんたちが好きよね~」
3月にランキングが発表されてから彼女は穴が空くかと思うほど見つめてきた。
彼女が愛し、応援してきた輝きたちの結果がそこにはある。
クォークオブフェイト応援団、団長『紫藤菜月』。
今は放送部に所属する1人の学生として、好きなチームの先行きを思っていた。
「否定はしないわよ。だって……悔しいじゃない」
「みなさんよりもなっちゃんの方が泣き虫さん、だったものね~」
「うっ……。しょ、しょうがないでしょう? ……あんなに、頑張ってたもの。それが負けたら、悲しいじゃない」
今でもあの瞬間を思い出すだけで、菜月の瞳には涙が溜まってしまう。
あの全ての音が無くなった瞬間を彼女は生涯忘れない。
手を伸ばして、無情にも断ち切られた瞬間を忘れることは出来なかった。
そんな、今でも悲しみに囚われている友人に傍にいる少女はからかうように話しかける。
「もう、2ヶ月は経つのに~。優しいんだから~」
「からかわないでよ。それよりも、纏めは終わり?」
「うん、大丈夫よ~。これで、バッチリだと思うわ~」
ニコニコしながら友人を褒めるのは、同じく放送部所属『斉藤萌技』である。
親友である2人は新しいルールについて要点を纏めていた。
新入生が入るのに合わせて、改めて周知しておく必要がある。
その役割を担うのは放送部しかあり得ない。
「新しいルール、結構変わったわね~」
「そうね。わかりやすいところだと、バックスからの攻撃の解禁。基本ルールでの人数増加。魔導機に関するレギュレーションの変更。そして、コーチ制度からのコーチの戦力としての運用。完全に別物、って言える部分もあるくらい様変わりしてるわ」
陣地戦、レース形式などのルールも別物と言ってよいくらいには変わっているが、最大の変化はやはり基本形たるベーシックルールであろう。
バックスからの攻撃解禁は文字通りの意味であり、それまで補助以外には使えなかった彼らが攻撃に参加出来るようになった意義は大きい。
代わりに攻撃を受ける可能性なども発生したため、トータルで考えれば実質的にはイーブンといっても問題はないだろう。
「ライフに関しても変わるんだよね~?」
「そうみたいね。個々の力量や特性なども鑑みて設定するみたいよ。今までは一律だったから、耐久と言えば障壁型だったけど、これからは受けるタイプも増えるかもね」
一律だったライフに変化を付けることで個々の特徴を強化する。
これは全体的には個人戦力の台頭を抑えるのが目論見だが、小さな部分ではむしろ個人部分の能力をより発揮できるようにするための処置だった。
ライフだけではなく術式の制限事項や禁止事項にも変更が加えられており、今までよりもやれることが多くなったのが新ルールの特徴と言うべきだろう。
個体の差による戦力差を多少でも埋めるための処置と個々の特徴をより強化するための処置であり、同時に戦場をもっと多様にするための試みでもある。
どうしてもスーパーエースの存在によりチームの戦力差が出てしまったところを戦術や戦略などで埋めることが出来る可能性が高くなったのだ。
学園の意図を汲めるものは皆が喜んでこのルールを受け入れていた。
「新ランキングは新ルールでの運用が前提。そう、彼らこそが現在の上位魔導師たち」
少しだけ寂しくなっていた学園に響き渡る声をBGMに菜月は戦士たちについて考える。
あの熱い冬の戦いを彼女は生涯忘れないだろう。
戦場におらず、それでも仲間だと言って貰えたことは、彼女の中で宝物となっていた。
「今年こそ、最強になってくださいね。健輔さん――」
仲間として、1人のファンとして菜月はランキングに微笑む。
頂点に届かずとも、彼女が尊敬した人物は確かに手を掛けたのだ。
ならば、今はそこに誇りを抱こう。
決意すると纏めた資料を手に部屋を後にする。
まだ季節は春。
熱い戦いの冬はまだまだ先の話だった。
「行こうか、もえちゃん」
「は~い、なっちゃん!」
元気な友人と2人でその場を立ち去る。
暗黒が部屋を覆い、学生の声が僅かに部屋に届く。
残されたホワイトボードには、世界に誇る10人の名が確かに刻まれているのだった。
――アメリカ。
世界最大にして、最新の魔導設備を待つ国で彼女は新しい星たちの選別を進めていた。
金の髪は、姉に劣らず眩く輝き少しだけ伸びた背丈も合わせてよく似ている。
背中から自信を感じさせる女傑。
未熟な流星は、その名に相応しく美しく成長していた。
「アリス様、どうかしましたか? 少し気が散っているようですが」
「あっ、ごめん。ちょっと余所見してたかも」
隣にいる友人――ヴィオラ・ラッセルの言葉に彼女――アリス・キャンベルは謝罪の言葉を述べた。
これからのチーム『シューティングスターズ』を担うメンバーを選出する時に次期リーダーたる彼女が気を抜いてよいはずがないだろう。
アリスの謝意にヴィオラは微笑み、
「珍しいですわね。アリス様が余所見だなんて」
「噂でもされたのかしら? 過大評価、って言われてるものね」
「あら、それを言うならば私もですわ。あのような小娘に、ですね」
「玉無し男どもの感想なんてどうでもいいんだけど、確かに上の奴らに比べると私は劣るからね。固有化も姉様のお下がりじゃ、恰好がつかないわ」
世界ランク第10位。
『流星姫』アリス・キャンベル。
世界大会でも有数の砲台にして、前世界ランキング第4位にしてアメリカが誇った最強の女性砲撃魔導師『ハンナ・キャンベル』の実妹。
姉の威光もあれど、彼女も確かな実力を示していたからこそのランクインだった。
将来性や実際の戦績、後は個人での戦闘能力を加味しての順位である。
「ま、私はランクなんてないつもりでやるから大丈夫よ。そっちも、私より上なんだからきっちりとやってよね」
「お任せを。今度こそ、皆様を満足させる劇にしてみせますわ」
世界ランク第9位。
『魔導の指揮者』ヴィオラ・ラッセル。
新ルール下でこそ、その能力を発揮することが期待される魔導師。
現在のシューティングスターズの精神の柱がアリスであるならば、彼女こそが戦術の柱である。
2つの星は遥かな高みを目指して、自己を磨き、チームを整えることに余念がない。
真由美とハンナの関係は失われたが、2つのチームは変わらずにライバルのままだった。
狙うは雪辱――ではなく、世界最強の称号のみ。
自分達が最強なのだと、彼女たちは強く信じている。
奇しくもその姿は健輔たちと被るのであった。
――日本。
精神的な落ち着きからか、余裕が包容力を生んだと言うべきなのか。
昨年よりも女性として柔らかさを増した彼女はチームの様子を見守る。
かつて存在した国内の強豪チーム『暗黒の盟約』。
彼らを核にして、消滅することが決定していた『天空の焔』と『明星のかけら』のエースが集まって生まれた新チーム『黄昏の盟約』。
僅かでもチーム力を高めるための工夫、涙ぐましいまでの努力と言えるだろう。
これだけのメンツを集めないと世界の頂には届かないのだ。
それを何よりも実感していたからこそ、彼女はこの道を選択し進んできた。
「悔いはないですけど……少しだけ惜しかったですかね。健輔さんと一緒に戦えるチャンスではあったんですけど」
金の髪を風に揺らして、雷の乙女は微笑む。
黄昏の盟約は現状の人数の多さを活かして新戦力の発掘と既存戦力の強化を同時に行っている。
彼女が主に携わるのは後者であり、自己の全てを戦力の向上に傾けているのだ。
これは3つのチームの合併による利点の1つだった。
分厚い選手層が、様々な選択を選べるだけの多様性を与えている。
「まあ、今更悩んだところでですか。面白い子も入りましたし、こちらの方が本懐を遂げやすいとは思いますからね」
他の誰でもない自分に言い聞かせながら、乙女は練習を見守る。
ある意味で嬉しい誤算と言うべきなのだろう。
健輔と戦いたい、と彼女と同じ意思を持つ同士がこのチームには入ってくれたのだから。
いろいろな意味でライバルになりそうな少女を意識の片隅に置いておく。
「彼女がどうなるのか楽しみです。……私も、しっかりと考えないといけないことがありますしね」
チームの中核として彼女のやるべきことは多い。
しかし、それは心地の良い疲労感を齎すものだった。
着実に前に進んでいる、その気持ちは偽りはない。
「万事は順調に、しかし、それでも未来はわからない。……私も、もっと先を目指さないといけません。果てはまだまだ遠いです」
目標は変わらず、あの銀色の輝き。
彼女を越えて、健輔にも勝つ。
そのために、彼女は莉理子と共にこのチームを作ったのだ。
退路など、とっくの昔に消えている。
「一緒に頑張りましょう。そして、あの人にいろいろとお礼をしましょうか」
眼下で努力する同級生の友人にエールを送り、彼女も練習のために前を進む。
世界ランク第8位。
『雷光の戦乙女』クラウディア・ブルーム。
その輝きに陰りはなく、静かに刃を研ぎ澄ませていた。
――ドイツ。
欧州が誇る最強の女性魔導師集団。
彼女たちの本拠地がここに存在している。
「イリーネが優勢。やはりカルラはまだムラがありますね」
「みたいだね。うーん、あの子はあおちゃんと似たタイプかなーって思っただけどちょっと違うみたいだね」
「直情に見えて、意外と我慢強いので。振り切れていない、というのかもしれませんが」
「なるなる。頭が良いとそういう子っているよね。これで傾向はわかったから別にいいけどね」
うんうんとにこやかに微笑む女性は、立ち振る舞いに自信が溢れている。
かつて彼女の隣で柔らかく微笑んでいた女性とは容姿を含めて共通点は少ない。
それでも、どこか似通ったものを感じるのは、何故なのだろうか。
「それでコーチ、そろそろ方針をお伺いしたいのですが」
「ん? そうだねー。個人的には、前衛の強化が必須じゃないかなと思うよ。なんていうか、お上品すぎて面白味がないからね」
「そうですか。ならば、それでいきましょう」
「おりょ? いいの、このチームはあなたのチームだよ。私の言い分を全部飲んじゃうと私のチームになるよ?」
隣にいる日本から来た魔導師に、彼女――『光の女神』レオナ・ブックは微笑んだ。
「あり得ません。フィーネさんから託されたこのチーム。あの人の予想を超えるのは私たち自身の努力によるものです。あなたの力は、そのために利用させていただきます」
「ふーん、そっか、そうなのか。うんうん、わかったよ。お姉さんがやれるだけのことはやりましょう! あおちゃんたちにも良い刺激になるだろうしね」
「利害は一致しています。だから、私はあなたを信用していますよ」
「りょーかい。お手柔らかにね。私が叩き込めるものは全部、叩き込むからさ」
欧州から去った彼女の尊敬する存在。
最初は悲しみもしたが、直ぐに吹っ切れたのは悔恨よりも強い感情が胸にあるからだろう。
負けっぱなしでは終われないのだ。
かつての女神が、足手纏いだけを残したなどとは思われたくない。
「――はい。全て、覚悟の上です」
「よろしい。じゃあ、まずは健ちゃんにも叩き込んだ砲撃の直撃訓練からいこうか」
「はい。よろしくお願いします! って、え……?」
「ほらほら! やっぱりこういうのは身体で覚えないとねー。腕がなりますよっ!」
少し早まったかもしれない。
そう思うも、レオナは意を決して前に進んだ。
「ま、負けません。で、でも……だ、大丈夫かな…?」
世界ランク第7位。
『光の女神』レオナ・ブック。
溢れんばかりの才覚と最強の砲台が危険な調和を果たす。
欧州に眠る爆弾はまだ、その全容を見せていなかった。
――日本。
部室の一角で2人の魔導師が向かい合う。
師匠と弟子。
年月が経ち立場を変えても2人の在り方は変わらない。
チームの素体が出来たことで、2人もようやく動き出すことが出来る。
目指すは最強、共にエースとしてチームを背負う義務があった。
「健輔、わかってるだろうけど、フィーネさんとの練習は積極的にいくわよ」
「勿論です。せっかくいるんだから、全力で使っていきましょう。毎日、新人を3人で鍛えてから半分に分けてぶつかりますか」
世界ランク第6位。
『境界の白』佐藤健輔。
変幻自在のバトルスタイルと仲間との協力による上限知らずの強さはランクに見合わなぬ脅威を持っている。
上位と下位と境目、あらゆる魔導師にとっての天敵であり、圧倒的な格上すらも喰らう可能性と同時に格下にすら負ける可能性を持つ万能の道化師は虎視眈々と牙を研いでいた。
「あら、流石は私の後輩ね。わかってるじゃない」
「お互いに付き合いも長いでしょう? 葵さんの好きそうなことぐらいはわかりますよ」
「あらあら、言うわねー。ちょっと生意気だぞっ!」
世界ランク第5位。
『掃滅の破星』藤田葵。
かつてのリーダーの位置をあるゆる意味で受け継いだ新たなる将星。
高い戦闘センスと状況に左右されない安定感は新たなチームの大黒柱として機能している。
奇しくも真由美と同じ順位を持った国内最高峰の戦士。
彼女の不敵な笑みは今日も健在であった。
「ふふ、楽しくなるわね。これからは毎日が世界大会よ」
「ええ、本当に。……ちょっと、胃に痛いですけどね」
「……もう、健輔は締まらないわねー。そこでどうして日和ちゃうかな」
クォークオブフェイトが誇る最高のエースたち。
彼らが狙うはただ1つ、頂点の座だけである。
――イギリス。
珍しくも憂鬱そうな表情を浮かべて、全ての『騎士』の頂点に立つ男は対面の相手の話に付き合っていた。
「――ってわけよ! あり得る!? あの小娘に私が負けてると思う? 理不尽よ、理不尽でしょう? ねえ、そう言いなさいよ!」
「はぁ……聞いているよ。そう声を荒げないでくれ、『魔女』」
精悍な男性から諌められて女性は平静を取り戻す。
新しいランキングが発表されてから、発作のように愚痴を言われるのだ。
彼にもやらないといけないことは多いので、こうも同じようなものを聞かされるのは流石に煩わしさを感じていた。
それでも感じる程度で済んでいるのは彼の持つ人徳であろう。
欧州での最高峰の近接魔導師は器も広い男だった。
「君の不満はわかったよ。クレア、僕も不相応の地位に就いているんだ。だが、それが結果ならば受け入れるべきだよ。少なくとも、アメリカの彼よりは惨めではない」
「うっ……わ、わかってるわよ。……あ、ありがとう。今日はもう帰るわ」
彼女も自分の言っていることが難癖以外の何ものでもないことには気付いている。
お互いに欧州を代表するエースなのだ。
背負った名誉に相応しいだけの矜持を持っている。
「気を付けてくれ。君ほどの魔導師には不要だとは思うけどね」
「ええ、また今度ね。……いつもありがとう」
「ああ、お疲れ様。気にしないでくれ。気にするようなら、今度、練習に付き合って欲しい」
「ええ、それじゃあね。コーチによろしく」
「ああ、しっかりと伝えておくよ」
その場を立ち去る女性を見送り、騎士は再び思索に戻る。
新しいルール、新しい戦場で己の位に相応しい在り方を見つけないといけない。
「僕には、やはりこれしかない。……たとえ、太陽に届かないとしても、これしかないんだ」
世界ランク第4位。
『騎士』アレン・べレスフォード。
己の手を見つめながら、彼は未来を見据える。
簡単に強くなる方法はあるが、それには技術よりもそちらに比重を移す必要があった。
彼にはそれを選ぶことが出来ない。
だからこそ、それが絶望的に高い壁であったとしても踏み越えるしかなかった。
退路は既に存在していない。
騎士は悩む。
既に答えが見えていても最後の最後まで悩み続けるのだ。
――アメリカ。
見渡すばかり荒野が続くフィールドで1人の青年が眉間に深い皺を刻んでいた。
屈辱に身を焦がす男性、彼はこのチームのリーダーであり頂点である。
本来ならば、自信と寛容を見せるべき器の持ち主が憤怒で表情を歪めていた。
「クソっ、クソ……! また、失敗か」
爪が食い込むほどに手を強く握り締める。
余裕のない表情は世界に対する憤りが占めていた。
怒りのままに放出される力で、周囲は濃い魔力に包まれる。
そんな感情の赴くままに荒れている男にへらへらしながら話し掛ける男が1人、追加でその場所に現れた。
多くの魔導師に陰険と呼ばれた異名に相応しくその瞳は楽しそうに歪んでいる。
「おやおや、我らが殿下がまた荒れているようですな。……はぁ、その自虐芸、早くやめたら? 面白くないよ」
「っ……わかっているッ!」
「もう発表されてそれなりに時間も経つんだから気にしないでいいじゃないか。まったく、下手に繊細な奴はこれだから」
「わかっていると言ったぞ! ジョシュアッ!」
声を荒げる若き天才に、かつて不動の王者に仕えた男は溜息を吐いた。
「そんなにあれかい? 第3位が気に入らない? 自分はもっと下だと言いたいのかい」
「っ……。そういう、訳ではない」
態度と瞳が言葉を裏切っている。
わかりやすい素直に後輩に王者に仕えた男は溜息を吐く。
「順当な結末だと思うけどね。君、あの万能系君とは相性がいいからね。彼の強さは術式による周囲との協力だよ。君はそれを封じられる。ま、あの怪物女や僕らの陛下には微塵も意味がなかったけどね」
「貴様ァ……!」
「事実だよ。客観的に評価して、君は世界で3番目に相応しいよ。相手の術式は封じて、君は使い放題。おまけに基礎能力は上がるんだ。上位の化け物以外には十分に強いさ」
ジョシュアは楽しそうに事実を並べていく。
目の前の相手がそのことを信じていないのに、酷なことだとは思っていたがそれでも彼が言わねばならなかった。
どのみち、激突によって真実は示されるのだ。
それまで彼の後輩は屈辱を受け止める義務がある。
「君がどのように思うにしろ、受け入れるようにするんだね。それが、無様な敗北を喫した君の責務だ」
「ッ……! わかっている。ああ、やってやるさ。今度こそ、お情けなどと誰にも言わせない!」
「重畳。じゃ、練習を始めようか。君は術式を極めるべきだ。それこそがたった1つの正答だよ。そこまでいけば――ま、クリスの次くらいにはなれるさ」
「……そうか。そこまで言うのなら、信じてやるさ。そして、お前の陛下を潰してやる」
「ああ、楽しみにしてるよ。クリスもきっと、それを望んでいるさ」
世界ランク第3位。
『理の皇子』アレクシス・バーン。
結果に見合わぬ順位は彼に屈辱を与えた。
それでも若き挑戦者は立ち上がる。
今度こそ、誰から見ても問題のない覇者となるために、今日の屈辱を彼は飲み込むのだった。
――日本。
1人の少女が己の中の理想と戦っている。
彼女が纏う魔力は『蒼と白』。
かつてとは異なる2色の魔導光。
それこそが彼女が新しいステージへと至った証だった。
虹ではなく、白へ。
少女の夢に既に姉の影は映っていない。
「まだ、流石に難しいですか……」
精神統一を行い、10分ほど2色の魔力を出していたが、白の輝きは嘘だったかのように掻き消える。
彼女が挑戦する頂は遥か遠く、だからこそ挑み甲斐のあるものでもあった。
毎日続けている作業は全てが彼女の翼となってくれた人のために。
彼女は彼女なりのやり方で、相手に尽くそうとしていた。
「……あの、全てを混ぜ込んだような力に対抗するには、私にも相応のものが必要になる。健輔さんがあの決勝戦で敗北を喫したのは、姉さんの底を見切れなかったから……」
世界大会の決勝戦。
あの結末に至った要因の1つは自分だと彼女は判断していた。
姉の力を引出し切れなかった。
それこそが健輔の中での読み違いを起こしてしまったのだ。
「健輔さんにとって、知らないことこそが最大の脅威。知ってさえいれば、予想できるならばあの人は最強の王者にも勝てる」
黄金の輝きも強かったが、知っている力だからこそ健輔は食い下がり、そして一矢報いた。
姉との戦いの差異はそこにある。
「ならば、その役目を果たすのは私しかいない」
最強の姉に単独で迫る力を持つのは彼女だけしかいない。
世界大会の時点では拭い難い差があった。
しかし、彼女も立ち止まったままではない。
大切な約束のためにも、彼女が健輔を空に羽ばたかせるのだ。
「姉さんの強くて寂しい力は無理でも、健輔さんの可能性なら――」
きっと、自分にも出来るはずだ。
その言葉を胸に少女は只管に夢を思い描く。
隣にいる人間の強さが彼女の強さになる。
理想は高く、遥かな空へ。
可能性に寄り添う最高の才能がその秘めたる力に相応しい精神を手に入れた。
長き雌伏は終わり、この世でただ1人だけ最強に迫る才能が目を覚ます。
「姉さん――今度こそ私があなたを倒してみせる」
世界ランク第2位。
『夢幻の蒼』九条優香。
現在の『最強』とかつての『最強』に近い力を持つ彼女は2つを束ねて頂点に挑む。
彼女の姉が、昨年同じように行動したのをなぞるかのように――。
――日本。
現在の魔導の世界において、彼女に優る者など存在しない。
嫋やかな仕草。
豊かな黒い髪は絹のような光沢を持ち、至高の手触りを感じさせる。
豊満な身体は日本人としては中々に規格外と言ってよいだろう。
圧倒的な美しさ、そして強さを兼ね備えた存在。
ついに頂点に立った天祥学園で初めての世界ランク1位。
彼女の名を知らぬ者など魔導師には存在しない。
「うーん、悩みます。どれがいいんでしょうか……。こういうのはよくわからないんですよね」
纏めた資料を眺めて最強の魔導師は色っぽい溜息を吐いた。
綺麗になった、と事あるごとに言われるようになった少女は他の魔導師が悩むこととはまったく別の方向性で悩んでいる。
強さについて、彼女がやることなどもはや存在していない。
日々の鍛練は欠かさないが、それは刃を手入れするためのものであり、強くするためのものではなかった。
既に己の在り方を確立した彼女にとって、魔導とは自己を表現するツールに過ぎない。
呼吸のように自然と振る舞う力はそこにいるだけで凡百の魔導師を粉砕してしまう。
「これももう覚えたし……。次はデザートにでもしましょうか」
年頃の少女としては間違っていないだろう料理本の数々。
手元にある資料は密かにリサーチしたある人物の好みであった。
極めた彼女の関心が集まるのはたった1人の殿方。
他には目をくれる暇もない。
「はぁぁ、学ぶことは多いですね。料理は愛情、中々に興味深いです」
深く頷き、資料を整理する。
時間は午後17時。
そろそろチームメイトたちが潰される時間であった。
「さて、そろそろコーチが皆を潰した頃でしょうし、行きましょうか。健輔さんに弱い私など見せられないですしね。前の3倍は強くならないと」
軽い調子で飛び出る言葉は危険な色を帯びている。
振り切った最強はあるがままに、振る舞い他者を蹂躙していく。
それはチームメンバーですらも変わらない。
強すぎる光は他の全てを塗り潰すだけの力強さがあった。
「今度はチームも完璧に仕上げないと。その上で、今度も私が勝ちますよ、健輔さん。それに、優香」
世界ランク第1位。
『不滅の太陽』九条桜香。
あるがままに最強である女性は魔導師の頂点に立ちながらも今は年頃の少女らしい悩みに頭を悩ませていた。
恋する暴走特急は溢れんばかりの才能で全てを蹂躙する。
彼女は色恋に現を抜かしても弱くなることなどあり得ない。
既にあるがままの強さを持つ彼女は真実完成に近づいている。
世界がその事を知る日はそう遠くなかった。
ゆったりと、しかし確実に世界は変化していく。
彼ら上位10名の魔導師だけでなく数多の強者たちが次の機会に向けて刃を磨き続ける。
春という準備期間に微睡む中でも、熱い夏への道のりは直実に生まれていた。
去年すらも上回る魔導の歴史の中で最高峰の戦いとなる年代が幕を開ける。
彼らが望むものはたった1つ。
最強の称号を賭けて、名誉以外に何も存在しない戦いに挑むのであった。
これにて序章『再始動』が終了となります。
順当にいけば3月中には更新出来ると思います。
次は第1章『女神日和』でお会いしましょう。