第70話『同類』
「ふむ……出来は悪くないのだが、やはり甘いか」
スーツに身を包んだ1人の男性が『課題』に挑戦する生徒たちを見守る。
眼下には、専用の施設で魔導の練習に勤しむ学生の姿があった。
この場にいるのは天祥学園だけでなく、世界中の魔導校から選抜されてきた生徒たちだ。
ただ、選抜されたと言っても彼らは強い訳ではない。
むしろ選抜された理由は逆と断言してよかった。
弱い、もしくは伸び悩んでいる。
基準はそこにあり、プラスの条件として『意思』の強さで集められたのが彼らであった。
飛び抜け切れない魔導師たち、悪い言い方をすると雑魚と言っても過言ではない。
「そこそこに仕上がっている。しかし、トップクラスには遠いな」
「あら、自分で鍛えておいてその言い種、ひどい人よねー」
男と同じようにスーツを着込んだ女性が今も努力を重ねる生徒たちを優しく見守る。
時間を掛ければ、ここにいる人物たちも一廉にはなるのだ。
しかし、残念な事に彼らには時間がなく、同時に時間を掛けても天に届かない。
「自分が鍛えたからだ。……正直に言ってやるのが、優しさだろうさ」
「時間、ね。魔導でもどうにもならないわ。この子たちは物凄い勢いで成長している。でも、それは上にいる子たちも同じ」
「むしろ、自分に合ったやり方を見つけている上位の方が圧倒的だ。勝負にすらならない」
2人はマスタークラスの最上位Aランクを持つ1流の魔導師である。
彼ら自身も努力を重ねてこの領域におり、実力には自信があった。
覚醒に頼ったものではない努力の積み重ねの果てにこの場にいる。
ここで努力を重ねるのは、かつての自分達だった。
環境が足りず、努力の方向性を誤る者。
資質と意思が噛み合わない者。
苦難の形は各々だが、彼らに共通しているのは伸び悩んでいることだった。
「出来るだけのことはしたのだが……」
強くなりたいという思いを理解出来るからこそ、全力で教導に取り込み成果を上げた。
生徒たちは皆が努力していると断言できるし、彼を含めたコーチ陣も全力を絞り尽くしている。
しかし、その上で目標値には届いていないと言い切れてしまうのだ。
「やっぱり、険しいかしら」
「上位陣と渡り合えるようにする。これを最終的な勝利まで含めた場合、大変厳しいとしかいいようがない。わかってるいるだろう? マスタークラスの特性上、俺たちは予測し易いのさ」
「対するレジェンドとウィザードは予測不能。どこが地雷なのか、本人も含めて誰もわからない」
「今の上位、明確にウィザードにいるのは2名だが、他の者も既にマスターの上位に匹敵する者ばかりだ」
マスタークラスは正しく強いが、ウィザード連中は意味がわからないほど強い。
魔導における自我の強さの重要性は、既に証明されている。
教科書通りに育っている彼らの教え子は野生の強さに届かない。
正確に言えば、野生と人工のどちらも持っているからこそ上位の魔導師は強いのだ。
片側しか持たない普通の魔導師が勝てないのは道理だった。
「あーあ、この年で上の理不尽さを知るなんて、辛いわよね。何より努力は努力でもかだいをこなすだけの努力じゃあ、あんまり意味がないなんてわからないか」
「ああ、努力を疑ってはいないが、それは用意されたカリキュラムの中での努力だ。自分に素晴らしい可能性がある、と思ったことなどないからな。必ず成果が出る訳ではない道を進むのを彼らは怯えている」
健輔がそうだったが上位陣に共通することとして、基本的に上にいるものほど通常の練習などをしっかりとこなした上で、自分のスタイルを築き上げる。
土台はしっかりと作った上で、自分を貫くのだ。
並大抵の努力などではない。
格下の言う努力などは所詮は通過点でしかないのが彼らの特徴だった。
明確に引かれた線。
このラインを超えるには自ら答えに至るしかない。
「上にいくためには、自分なりに譲れないラインが必要になるのだが、そこを理解しているものはこの場にもほとんどいない」
「アルマダに女神が派遣されたのも、しっかりとそのラインはわかっているからでしょうね。彼らほど努力してようやく資質で届かないと言えるものよ」
「ああ、彼らは能力が足りないが、長ずればマスターに成れる逸材だ。時間を早めるだけならば、あの女神の力は使える」
マスタークラスの彼らがこうやって選抜生を鍛えているのは、2つの意味がある。
1つは派遣する魔導師の適性を見極めるため――ウィザードはいろんな意味で劇薬なのだ。
レジェンドも大凡、この理から外れない。
刺激が強すぎる薬で生徒を未来を潰す訳にはいかないからこそ、慎重に対応する必要がある。
「……はぁ、本来ならば俺たち大人が干渉するのは良い事ではないのだが」
「そうしないといけないほどに、差が開こうとしている。だから、やれるだけのことをやってあげないとね」
「――誰もが、自分の道を自分で描ける訳ではない。足りない部分を補ってやるのが、大人のやるべきことだ」
2つ目がここから先に誰の指導を受けるにしても、耐えられるだけの器を作ることである。
精神的な覚醒があるのが魔導の特徴だが、前提として自らを鍛えている必要があった。
選抜生たちはやる気はあるが、実力が足りないものや環境が一致していないものなどを基準にしている。
安易な覚醒はあり得ず、かといって器も出来ていない。
学年も様々だが、その部分だけは共通していた。
「そろそろ、時間よ」
「わかっている。これからを決める重要な会議だ。先に俺の方針を言っておこう。ウィザードは実力よりも個性を選び、レジェンドは負けん気の強いところに送ろう。それがきっと、全員のためになる」
2人の指導により、器は磨かれた。
残りの心は戦場と、ライバルたちによって磨かれる必要がある。
彼らがお互いに素晴らしい敵として在れるように、全力を尽くすのが2人の仕事だった。
「頑張れ、若人たちよ。魔導の未来は、君たちの双肩にかかっている」
もう1度、頑張る若者の視界に入れて、マスタークラスの魔導師たちは姿を消した。
この日、派遣されるコーチ陣が確定し、選抜生たちは解散となる。
各学園に劇物が投入されるのは、もはや決定事項となった。
彼らと健輔たちが、如何なる融合を果たすのか。
1つだけ確かなことは、激突は避けられない、ということだろう。
熱戦へ向けて、また1つ燃料が投入される。
爆発の時は近い――。
選抜された時に思ったことは、2つあった。
目の前にいる怪物と対峙して思い出すのは、ここに至った選択肢についてである。
彼――大槻正弘は一瞬だけ意識を過去へと飛ばす。
思い返すのは、1年前。
彼がまだ未来を夢見ていた頃である。
内部生として、進学してきた彼には目標があった。
在り来たりかもしれないが、真剣な目標――つまりは世界大会への出場である。
大それたものではないだろう。
あくまでも出場であり、1年目から奇跡のような優勝が出来るとは思っていなかった。
しかし、出場の夢を見ることくらいは誰にでも許される話のはずであろう。
彼も入学当初、多くの魔導師の例から外れずにそんなことを思っていた。
入ったチームは、有名という訳ではないが、中堅どころとしてそこそこ頑張ってきたチームで、先輩たちも悪い人たちではない。
少人数故に20人ちょっとのメンバーだったが、仲良くやっていた。
不満はなく、順風満帆。
夏の楽しい合宿を超えて、いざ国内大会となった時に彼は現実と直面する。
「お、大槻先輩」
「わ、わかってる」
後輩の呼びかけで過去に飛んでいた意識が、一瞬現実へと戻る。
彼の前で穏やかに、微笑む女性。
『女神』という称号を戦闘者として確立された存在。
女神の中でも、間違いなく初代と人気を2分する偉大な魔導師。
アルメダ・クディール。
彼らのチーム『宵の旅人』に訪れた伝説であった。
「ふむ」
「あ……えーと、その、一応、このチームのエースをやってます。大槻、正弘です」
リーダーは先輩がやっているが、エースは彼である。
圧力に震える声を押し殺しながら、懸命にアピールをしていく。
無意味かもしれないし、下手をすれば逆効果かもしれないが、背を丸めているようなものを評価してくれるとだけは思えなかったのだ。
上位の魔導師たちの苛烈さは昨年度で既に刻まれている。
熱量が違う。
抱えているエネルギーが文字通りの意味で桁違いなのだ。
正弘の夢を軽く粉砕してしまうほどに、彼らは圧倒的だった。
系譜としては、そういった魔導師の頂点に立つのが、目の前の女性である。
怖気づく者に教えを授けてくれるとは、とてもではないが思えなかった。
「気概は、まあ良しとしましょう。私も腰が引けている程度ならばともかく、やる気がないものからの面倒を見るのは、流石に手間ですので」
「あ、え……と」
「ああ、失礼しました。データだけではわからないこともあるので、少々強めに相対させていただきました。わたくし、アルメダと申します。よろしく、お願いしますね?」
発していた圧力を消して、女神は友好的に微笑む。
彼女がここにやって来た時点で最低限の基準はクリアしている。
しかし、それとこれとは話が違う。
己の目で、しっかりとこれから教え子となる者たちを見定めようとしたのだ。
いろいろと言われているが、彼女はレジェンドの中でも比較的まともな部類である。
力が飛び抜けているだけで、人格に大きな問題はない。
少なくとも、下の者には寛大であった。
「は、はい!」
「良い返事です。経緯について、大凡は理解しています。あなた方の無念を晴らせるように、微力を尽くしましょう」
「……っ」
無念。
特に珍しいことでもない。
昨年度の国内大会は総当たりであり、彼らはクォークオブフェイトやアマテラスとぶつかり、簡単に粉砕された。
健輔たちが、桜香たちが踏みつけた夢の1つに過ぎない。
記憶にも残らず、掠れていくだけの存在。
ただ、それだけのことなのだ。
内部生が現実を知るタイミングは、どうしてもマチマチとなってしまう。
強豪チームに入れば自分の器など大したことがないと直ぐに悟れるし、逆に高橋哲矢のように先走ってしまえば早めの経験も起こりえる。
一定しない様相だが、1つだけ1番多いと断言できるパターンがあった。
それこそが、正弘の体感したパターン。
国内大会での体感である。
先輩たちと紛いなりにも戦えるようになり、自信が付いたところで粉微塵にされてしまう。
これこそが最大パターンなのだ。
先輩たちも警告はするが、届かないことの方が圧倒的に多かった。
ここでも中途半端に彼らが超人であることが問題となる。
自分が想像よりも遥かに強くなっているからこそ、自分以上を思い描けなくなるのだ。
結果は、語るまでもないだろう。
「ふふ、良い目をしていますよ。自分が至らないことを知って、さてどうしようか、というところでしょう? 必死に鍛えて、強くなった。でも――未来が見えない」
アルメダも多くの魔導師を見てきた人物である。
彼らのような在り来たりなタイプは多く見てきた。
熱量はあるが、驚愕するほどでもなく。
実力はあるが、平均よりも上程度。
このままでも、10年ほどじっくりと力を付ければ、エキスパートの上位には届くし、マスターにも手が届くだろう。
極論すれば、大半の魔導師はマスターにはいけるのだ。
時間をどれほど掛けても辿り着けないのは、ウィザードだけである。
「ご、ご指導、ご鞭撻のほど、お願いしますっ! 俺は、強くなりたいです!」
「承りました。では、まずは夢を見せて差し上げましょう。私という、星と巡りあった。この幸運に感謝して貰うためにも、祝砲は大きくいく必要がありますよね?」
「は、はぁ。そう、ですね」
笑顔でよくわからないことを言い出したアルメダに曖昧な返事をする。
正弘の応対にマズイ点は全く存在しなかった。
強いて、1つだけ言うことがあるとするならば、どれだけの大物オーラを出していても、ウィザードに1度でも手が届いたような奴を信じてはいけないということだろう。
彼、彼女たちは例外のない魔導バカ。
国を超えて喧嘩を売るようなことは基本的にしないが、挑戦するチャンスが転がっていたら、絶対に見逃すことはない。
何せ、この学園には過去最高とまで謳われる才能の持ち主がいるのだ。
似たようなことを現役の時に言われていたアルメダが、絶好の機会を逃すはずがない。
「では、模擬戦を申込みましょうか。相手はアマテラス。九条桜香です」
「そう……え?」
聞き返すも、既に決定事項だと、アルメダは嬉しそうに笑う。
「ご安心を。まずは、私が一騎打ちを申し込みます。私もブランクがありますので、リハビリをしないといけませんから」
滲む自信は傲慢か、それとも正しき自負なのか。
年上の美女の微笑みを受けて、興奮よりも恐怖を感じるという稀有な体験をしながら、事態は大きく動き出す。
主導権は既に、この女神の手に握られていた。
「ふふふっ、楽しみですね。不滅の太陽」
舌で唇を一舐めして、女神は妖艶に微笑む。
フィーネすらも超える戦闘力を保持する魔法に至った伝説が、同じく魔法に至るだろう太陽に戦いを挑む。
熱戦へ至る招待状。
夏を前にした頂上決戦が、唐突に始まろうとしていた。