第66話『天然orバカ』
統一系。
未だに周知はされておらず、一部の研究者を発狂させているだけのこの系統だが、あの九条桜香が己の才能で生み出した以上は、普通の力のはずがない。
健輔からの命名を受けて、桜香があっさりと受諾したためにこの名前となった『漆黒の魔力』たるこの力だが、既存の系統はいろいろと一線を画していた。
まず、この系統は現時点で系統とされていながら固有の性質を持ち合わせていないこと。
名が示す通り、あくまでも桜香が持つ系統を1つに束ねた――つまりは『統一』した系統に過ぎないということである。
魔力は1つだが、性質は複数。
それこそがこの系統の特徴であり――恐ろしさであった。
詳細は使用者である桜香でさえもわかっていない未知なる力だが、1つだけ確定していることがある。
この系統は、桜香が持ち合わせていた全ての系統を束ねており、魔力の出力は1つの系統にも関わらず複数の供給源を持っていることになっていた。
桜香でさえも制御が困難なのは、この出鱈目な出力が原因である。
単純計算で桜香が統一系を使用すると、力が全て5倍になるのだ。
普通でも世界最強の彼女が5倍強くなれば、無敵になるのも道理であった。
『不滅の太陽』に齎された最強の力。
今年の大会の制覇に向けて、未来は明るい。
万全にして、盤石の王者――なのだが、肝心の当人は憂い顔で香奈子と共にチームの様子を見守っていた。
「……なんとも、難しいものですね。人を育てるというのは、中々に大変です」
「桜香と普通の人を比べると、それはそうなると思う」
2人が課したメニューを精力的にこなすチームの姿はリーダーとコーチとして望ましいものだが、希望したものが展望と合致しているかは別の話であった。
アマテラスは随分とマシなチームにはなっている。
しかし、それは平均と比較しての話だった。
「これでは世界は無理ですか」
「ん、絶対に無理。勝率は、限りなく0」
「あなたがそう言うならば、そうなのでしょうね。人を見る目はないと自負していますが、私から見ても動きが荒い。ベテランレベル。まあ、その辺でしょうか」
多少の偏りはあるが、全体にバランスは良くなってきた。
桜香による模擬戦は数を減らし、変わりに仲間内での連携をやらせてみたのだが、以前よりも大分動きは良くなっている。
桜香の採点は辛口もいいところだが、一廉のチームではあるのだ。
たった1つ、このチームが世界最強だという前提がなければ、素晴らしいチームなのは否定することは出来ない。
「……これ以上は、努力だけじゃダメだと思う」
「わかりますよ。全員が、綺麗な魔導を体現している。泥臭さ、もしくは匂いがしないと言うべきでしょうか」
「個性」
「ええ、自分だけの形が、譲れぬ魂の色が、彼らの戦いには滲んでいない」
桜香は厳しい女性だが、理不尽ではない。
チームメイトの努力はしっかりと認めていた。
認めた上で、足りないと判断しただけなのである。
「困った。彼ら、敗北があまり悔しくない」
「私がいるから、といったところでしょう。全く、無意識故に、度し難い」
最後は桜香が勝利を齎す。
この最強のチームメンバーは誰もが、心に一欠けらの諦めと傲慢を持っていた。
自覚はないのだろうが、だからこそより性質が悪い。
「仕方がない。桜香、強すぎる」
「健輔さんに、今のお前じゃまだ足りないと言われたので、その言葉には説得力がないです。私もまだまだ未熟ですよ。自分の系統も、まだ使いこなせていない」
「詐欺もいいところ。後、その人を基準にすると難易度がおかしくなる」
香奈子が突っ込むという非常にレアな状況。
桜香も健輔が標準でないことはわかっているのだが、惚れた弱みというかどうしても判断の物差しに使ってしまうのだ。
香奈子の視線に苦笑しつつ、わかってはいると意思を示す。
「まあ、流石に冗談ですよ。それよりも、なんとかして矯正したいのですけどね。皆が目指している方向性は、まあ理解は出来ますが、ちょっと目標を舐めている感じがあります」
「ロイヤルガード」
香奈子の簡潔な言葉に桜香が頷く。
桜香に気付かれていないつもりなのだろうが、亜希たちの動きはしっかりと把握していた。
彼らが目指しているのはアメリカ最強のチーム『パーマネンス』のロイヤルガードである。
奇しくも構図が被っているため、彼女たちもやる気になっているのだろう。
経緯はなんとなく想像出来るが、桜香には理解出来ない思考に苦笑するしかない。
「世界最強のチームを些か以上に舐めすぎですよね」
「ん。無謀とか、そういうのじゃない。バカ」
「辛辣ですね。まあ、その通りですけど」
桜香に対する傲慢なども見え隠れしているのに、おまけばかりに他者の軽視が発生している。
ロイヤルガードが全員が皇帝のために3年間の全てを捧げた集団なのだ。
皇帝の役に立つ。
このためにだけに彼らは存在して、確かに存在意義を果たしていた。
仮に今の桜香が相手でも彼らはやることを変えることはない。
才能はなく、努力も及ばず、執念も足りないが、彼らには王者にして友たる男への絶対の理解があった。
上にいて、隣にいる王者のために戦っていたから強かったのだ。
本質を理解せずに形だけ真似たところで出来るのは粗悪な代物である。
そんな産廃を健輔の前にはあまり晒したくない。
「意思も、時間も、何もかも足りない。はぁぁ、こんなの簡単にわかることなのになぁ」
「人間、見たいものしか見えない」
「本当に、どうしたらいいんだろう……」
アマテラスのメンバーは確かに強くなっている。
強くなっているのだが、常識に沿っていた。
別に常識を無視するのが強いと言う訳ではない。
先人の積み上げた軌跡であり、敬意を払うのは当然だろう。
桜香が問題としているのは、メンバーに中身がないことだった。
この後に及んで、自分で考えようとしていない。
桜香と皇帝は違うのに何かを模倣してどうするのだ。
真似るにしても、やり方があるだろう。
敬意のない安直な方向性は桜香が強かったからこそ、流れただけの代物だった。
これでは敵が桜香よりも強ければ粉砕されてしまう。
仮に満身創痍の状態でも健輔のような相手ならば今のアマテラスのメンバーには軽く勝利を収められる。
「どうする?」
「私が全てを倒す、というのは簡単ですけどね。まあ、芸がないでしょう。少しは捻りも必要です」
アマテラスというのは優等生が集まっている。
職務らしい職務は広報での宣伝係くらいしかないが、一応桜香は天祥学園の生徒会長でもあるのだ。
メンバーの成績に関しては、会長として把握していた。
全員が相応に優秀であり、大学では素晴らしい成果を出してくれるだろう。
研究では、と注釈が付くのが傷と言えば傷であった。
「私に追い付こうと頑張っている。だからこそ、言い辛いなぁ」
「ん、気持ちはわかる。やる気があるの嬉しい。でも、水準に届いてないのは困る」
「帯に短し、襷に長し。どちらかに振り切って欲しいんですけど」
桜香が言って振り切る者もいるだろう。
それぐらいの事は桜香もわかっているのだ。
前提条件として、このアマテラスは伝統のあるチームである。
皇帝のパーマネンスやクォークオブフェイトと比べてはいけない。
伝統ゆえのメリットがあるが、同時にデメリットもある。
桜香に適したチームにするには、些かアマテラスの名前が重かった。
「結局のところは、いつも通り、となっていたんだけど」
「ウィザード、レジェンドが来るらしい」
「そうですね。こうなるとあまり悠長なことも言ってられないですよね」
自らの固定のバトルスタイルがないことは彼らも気付いている。
後ろから一押しするだけの領域までは近づいているのだ。
切っ掛けさえあれば化ける。
基礎も、経験も飽きるほどに積ませた。
これだけは断言出来る。
「はぁぁ……どうしようかなぁ」
「ん、桜香、肩の力が抜けていい感じ」
「ありがとうございます。自分の在り方を思いだしたので、そうやればいいかなと思って」
「ん、流石は『境界の白』。わかってる」
「ふふっ、ですよね!」
柔らかく微笑む桜香に、香奈子も応じる。
想い人が自分のことを深く理解してくれていたことは桜香にとって福音に等しい。
チームのために頭を悩ませているのも、健輔の教えを無駄にしないためである。
きっちりと最強のチームにして、最強の魔導師として出迎える義務があった。
「うーん、どうしようかなぁ」
「ん、私にいい考えがある」
「へ? 本当ですか、香奈子さん?」
「勿論。――合宿時に、我が秘策を披露する」
えへん、と胸を張る香奈子に桜香がパチパチと拍手する。
小さな小さなやり取り。
このあっさりとしたやり取りで、アマテラスの面々が物凄いことになるのだが、今はまだ見ぬ未来の話であった。
サラ・ジョーンズの自己評価は高くない。
魔導師としては平凡であり、指揮官としてもよくて2流、参謀にするには主体性に乏しい、と花がないのだ。
1人で煌めく恒星ではなく、サラは誰かの輝きを支えて初めて輝く存在だった。
この在り方が嫌だとか、辞めたいと言う話ではなく、彼女はただ自分をそういうものだと認識している。
誰かを支える感覚は悪くなく、戦いが左程好きでもないのにここまで来れたのもなんだかんだで身体に合っていたのが大きかった。
「……わからないものですね。これほどまでに相性が良いのが、ハンナ以外にいるとは思いませんでした」
独白は宙に消えて、誰の耳にも届かない。
それなりに高名だったのもあり、彼女へのコーチの依頼は割と早期からあった。
ハンナが世界大会での敗戦後に即断でナイツオブラウンドにいくと言ったこともあり、サラは限界までコーチへの就任に悩んだ。
悩みの理由は、そのハンナである。
ハンナ・キャンベルと離れたサラ・ジョーンズに何か価値があるのか。
何よりも、その在り方を自分が許容できるのだろうか。
他ならぬ彼女自身が1番疑問を抱いていた。
ハンナがいたからこそ、サラも輝くことが出来たのだ。
彼女以上の存在など、サラの中にはいなかったし、探すつもりもない。
今でも思い自体は変わってはいなかった。
「自分の力で、か。私も魔導師だったってことなのかしら」
それでもコーチとして戦うことを選んだのはハンナと戦えばどうなるのか、という思いからだった。
今までも彼女なりにハンナを支えてきた。
この事に嘘はなく、今でも誇りに思っている。
味方として、サラがハンナにやれることはもうないだろう。
共に戦うことに不平などないが、心の何処かでサラはそう思っていた。
これ以上の変化は、味方としてはあり得ない。
楽園から外に飛び立つ覚悟が必要な時が今だと考えたからこそ、サラ・ジョーンズはここにいる。
「だから、敵としてあなたに出来ることやります。きっと、この立場じゃないと出来ないこともあるわ」
世界大会で――合宿で、こちらに敗戦を齎したのは熱い想いを持ったライバルだった。
彼らに大きな影響を与えたように、サラも影響を受けていたのだ。
偉大な敵は時に味方よりも重要になることがある。
昨年度を通して、サラは得た1つの結論がそこにはあった。
熱く1人で語っている――ように見えたサラは、唐突に振り返り、1点に視線を集中させる。
「――これが、私の想いよ。手を抜くつもりはないわ。信じてくれるかしら?」
「いやー、別にコーチを疑ってた訳じゃないですよ」
サラが誰もいない空間に話し掛けた。
裏を知らなければ、気でも狂ったように見えるが、サラには根拠がある。
魔女の晩餐会は、本来は悪戯好きな者が多いチームなのだ。
真っ直ぐな気質で感情が表に出やすい『星光の魔女』は、本来はこのチームにあっていない。
ナイツオブラウンドが日本の『スサノオ』に該当するチームならば、こちらは武雄が所属していた頃の『賢者連合』に近い性質のチームである。
違いは所属しているメンバーの錬度の違いであろう。
搦め手を得意としているのに、魔女たちは普通に強い。
昨年度の世界大会に出場した4チームの内、ラファールとアルマダよりも地力では上だった。
「それにしても、流石っですねー。まさか、こんな簡単に看破されるとは」
細目をした少女が1人、いきなり姿を見せる。
周囲の光景を幻惑する術式。
光学操作に近いが、大本の原理は別ものである。
魔力による環境そのものの欺瞞。
姿を隠す事に特化した力がこの人物の特徴だった。
サラが気付けたのは視線を感じたからである。
『鉄壁』は些細な攻撃の兆候も見逃さず、攻撃と同じもしくは素早く動けるからこその称号なのだ。
好奇心が先走っている隠蔽術式程度では誤魔化されない。
「クレアに騙されがちですが、このチームは中々に曲者が多い。私としては油断してよいとは思っていません」
「少しは気を抜いてもいいんじゃないですか? 仲間、ですしね」
「白々しい。本当は欠片も信じていないのに、よくその言葉が出てきますよ。わかりやすい性格など、あなたたちはしていないでしょう?」
更の呆れたような溜息にも感情を見せない不気味な笑顔で応じる。
笑顔こそがもっとも読み辛い表情だと判断しているこのチームの影は快活にも見える笑みでサラに大袈裟に否定の言葉を放つ。
「いやいや、私程度がそんな恐れ多い。私は、2つ名も持っていない弱小魔導師ですよ」
笑顔は些か不器用だが、本物のように見える。
真っ直ぐと対峙しているはずなのに、前にいないように感じてしまう。
不思議な空気を持つ女性――魔女の晩餐会サブリーダー『シルリー・アベンス』は腰の低い姿勢でサラと対峙していた。
態度からは道化染みた空気しか感じない。
「……はぁ、どこに行っても魔導師はこんなのばかりですか」
「おろ、ひどいっすねー。あなたもこんな奴らの一員なのに」
本当に嬉しそうに笑っているが、読み辛いことこの上ない。
わかりやすいハンナやクレアとの対比で本当に判断がし辛かった。
歴戦のサラからしてそうなのだから、理性的にこのチームにぶつかる敵は辛かっただろう。
理性を、態度で惑わしていく。
独特のスタイルを持つチームである。
その分、何も考えてない連中との相性が最悪なのも直ぐにわかった。
もっとも、今はバカにぶつけるバカがいるため、そこまで問題にはならないだろう。
「……あなたがどう捉えるのかはわかりませんが、1つだけハッキリと言っておきます」
「なんですかね? コーチの頼みならば、最大限に、考慮しますよー」
美しいビジネススマイルに、サラは冷たく一言だけ意思を示した。
「勝ちますよ。私は、そのためにここにいます」
固まるシルリーを放置して、サラはクレアの下へと向かう。
魔女の晩餐会。
欧州の古豪だが、古いゆえの柵がある。
外部からの者を易々と受け入れることが出来ない気持ちは理解は出来た。
しかし、だからと言って粛々と受け入れる訳にもいかないのだ。
『鉄壁』は精神も鋼だった。
在り方で、自らを受け入れてくれるように示す。
愚直で不器用でも、そのやり方しか知らない。
「うへ……バカはやっぱりやり辛いっすねぇ。あーあ、背中に惚れちゃいそうですよん」
影の魔女は、困ったように笑ってサラを見送った。
全てを守る壁に、敬意を示して彼女なりのやり方で返礼を考える。
凸凹のように見えて、きっかりと嵌った不思議なチーム。
復活の古豪が、嵐を巻き起こす日は近い。