第65話『器の形』
彼女を一言で表現すると、華があるというべきだろうか。
輝く金の髪に自信に溢れる振る舞いは、彼女を見るもの全てを惹きつける。
王者の資質、というと大袈裟かもしれないがリーダーとしての器では比類なき存在だろう。
何をしても派手であり、煌びやかな輝ける星。
『女帝』ハンナ・キャンベル。
現在は欧州の古豪でコーチとして戦う女性は、傍で佇む騎士に笑い掛ける。
主役は脇に立つ『騎士』なのに、まるで相手を従者かのように錯覚させるのは、彼女は持つある種の人徳であった。
「アレン、この有り様から考えると順調、でいいのかしら?」
「はい。あなたが鍛えてくれたおかげで、チーム全員がなんとか及第点は超えそうです」
「当然よ。私もいい練習になった。このチームは、それだけの原石が眠っていた。流石は白兵戦の雄よね。全員が砲撃を切り落とすまで来るとは思わなかったわ」
称賛の声にアレンは苦笑する。
全員が技量の1つの頂に至れたのは、女帝が手を抜いてくれたからだ。
彼女の攻撃速度で砲撃を撃ち込まれてしまえば、そもそもが1つや2つ斬れたところで意味がない。
圧倒的な制圧力。
彼女を女帝として君臨させたのは、力と早さの融合によるものである。
おまけに、白兵戦も対処可能というレベルを超えて武器になる領域に来ているのだ。
智と武のバランスもよく、鍛えて辿り着ける範囲の極限に到達している。
「技量を柱にして強化。言われた通りに進めてきたけど、お眼鏡に叶っているかしら?」
「勿論です。あなたをお呼びしてよかった。クレアには不満そうな顔をされましたけどね」
「あの子、私と真由美をライバル視してたからね。個人的には嫌いじゃないのよ? 夢があっていいことだわ。私とは違う道でも、あれはあれで面白いからね」
ハンナは器が広い。
昨年度のランカーの中で全てのバランスが最高峰で纏まっているのが彼女である。
戦闘能力もそうだが、智に関しても正統派を好むが総合的には武雄に劣っていない。
初戦で健輔が決戦術式を使わなかったのも、真由美の戦いであると言う理由以上に、自分1人で挑んで勝てるチームではないと判断していたからだ。
シューティングスターズの総合力はハンナとサラが抜けたにも関わらずほとんど変わっていない。
戦法の基礎もしっかりとアリスが受け継いでいるため、しっかりと戦場における主導権を握る準備が出来ている。
遥か先を見越して全てを差配し、築きあげた女性は3強などの化け物に比べると目立っていないが侮ってはいい存在ではない。
アレンが彼女をコーチして選んだのも、自分にはない部分を備えていたからだった。
「本人に言ってやってください。あれで、中々に脆い部分もある」
「嫌よ。あの子、叩いた方が伸びるもの。今年は多分、燃えているでしょう?」
「はぁ……。そうですね。昨年度と同じルールだったならば確実に世界に来ていたでしょう。『星光の魔女』は疑う余地のないランカーです」
「あら、『騎士』が断言するのならば信頼出来るわね。あなたほどの近接魔導師はそうはいないもの。技量を見る目は間違いなく備えているはずだしね」
「光栄です。女帝に言っていただけると驕ってしまいそうですよ」
傍から見ているとどう見てもこのチームの主体は女帝になってしまう。
圧倒的な輝きは騎士すらも飲み込む。
元々、騎士とは誰かに仕えるものだと考えればこの構図はある意味では正しいのかもしれなかった。
この辺りが魔女が女帝を目の仇にする理由だったりもする。
いるだけで輝かしい、つまりはエースとしての格で自分が劣っているようで嫌なのだ。
「謙遜ねー。あなたもランクから考えたらもうちょっと驕ってもいいと思うわよ」
「自分からこの在り方を取ってしまうと、もはや己ではないです。女帝のお言葉でも、それだけはご寛恕ください」
「上手く逃げるわね。ふふ、良いチームだわ。アリスのところとぶつけるのが楽しみよ」
「意味のない問いだとは思いますが、手加減はされますか」
「まさか」
アレンが笑い含んで問う。
こんな質問、誰でも答えはわかる。
ハンナ・キャンベルは女帝、妹であっても遠慮はしない。
むしろ、自分に挑む気概のない妹など彼女から粉砕してしまう。
「個々の仕上がりは上々。次は連携の再確認ね。私とあなたで疑似桜香として機能させるわ。しっかりと動きは覚えたわね」
「力以外は完璧に。能力に関してはどうされますか?」
「バックスを使うわ。似た効果の再現くらいはポイントを定めればいけるでしょう。無理ならやれるようになるまで練習あるのみ、よ」
「承知しました。微力を尽くします」
あっさりと言っているが、動きを完璧に模すなど並大抵の技ではない。
健輔ですらも要素だけを抽出して少しずつ慣らしていったのだ。
技量における頂点。
特殊な能力などなく、力的にもそこまで圧倒的ではない騎士の恐ろしさがここにある。
彼の強さを当然のように受け止めて、女帝は次のプランを描く。
シューティングスターズでは出来なかったこともこのチームでは出来るかもしれない。
いくつものプランを出して、ナイツオブラウンドの秘めたる可能性を確かに引き出していた。
「夏までに第2段階までは仕上げるわよ」
「御意。期待に応えてみせましょう」
欧州の『騎士』たちが刃を研ぎ澄ます。
2度目の屈辱は許さない。
彼らの決意を女帝が磨き、比類なき領域へと手を掛けようとしていた。
このチームの行く末を、今はまだハンナ・キャンベルだけが知っている。
欧州の白兵戦の雄たちが動いているのだから、日本の白兵戦の雄も動いている。
ただ、両者の動きは大きく異なっていた。
コーチの性質の差、とでも言えばいいのだろうか。
ハンナはノリでやっている様に見えて、裏で様々な思惑を張り巡らせる知性派である。
対して、スサノオのコーチは完全に反対の場所を陣取る男だった。
つまり、彼にはノリしか存在しない。
「刃に対する信仰が温い。自分の剣が世界を切り裂く――まずはそこからだ! サムライたちよ、魂を奮わせろ。そうでなければ、我が風には届かない!」
「ぐわああああああああああああ!!」
風の刃がスサノオに所属するサムライたちの刃を弾く。
彼の周囲を守るように展開された風の鎧と、手に生み出した刃。
全てを想像力のみで生み出した傑物。
皇帝とは異なる方向性だが、彼ほど創造系を使いこなしている者はいないだろう。
旧暗黒の盟約のエース、宮島宗則。
超感性派である彼の指導にスサノオの面々は苦しんでいた。
「まだだ! もっと祈れ、もっと、もっとだ!」
いつになく強い口調、宗則は彼なりに非常に真剣にやっている。
しかし、大前提として彼ほど図抜けた想像力がスサノオの面々にはないのだ。
元より、創造系ではなく身体・収束系などの白兵戦系統の組み合わせが多いため、コーチとしての宗則がミスマッチだというのもあるだろう。
彼がコーチに向いていない、と言う訳ではないないのだ。
クラウディアが飛躍的に伸びた要因に彼が関わっているように、創造系を正しい形で使いこなすのに彼以上に師事すべき人物はいない。
せっかくの長所がスサノオでは活かしきれないのだ。
スサノオのコーチに彼がなってしまったのが、過ちだった。
ここまでならば、そのような結論に至るのだが――ここから巻き返すからこそ彼もまた強き魔導師なのだ。
「次、どうしたんだい! まだ、君たちはやれるだろうっ!」
「も、勿論です!」
「も、もう1度お願いしますッ!」
忘れてはならないことがある。
元々、スサノオは体育会系の悪い部分が出始めていた古豪なのだ。
理屈の通っていない指導、権威への弱さなど普通に考えれば意味がわからないものを受け入れる土壌がある。
ここに陽性のバカを投入した結果がこうであった。
更に言えばもう1つ、追加で覚えておくことがある。
宗則は暗黒の盟約という曲者揃いのチームを率いていたのだ。
彼のカリスマ性は上位のランカーに劣るものではない。
スサノオというチームは先ほども言ったように良くも悪くも体育会系、つまりは上下関係などを含めて厳しい練習に耐えるだけのものが身体に染み付いている。
負の側面もあるが、逆に利点も多く存在していた。
上手く循環している時は全体のパワーアップにこれ以上ないほどに役に立つ。
宗則が紛いなりにも2つ名持ちであることもこの点でプラスに働く。
嘘偽りなく、風は強い。
そして、彼は真剣に『スサノオ』を対峙していた。
これで燃えない男は、こんなところに集まっていない。
闘志の発露。
宗則を熱く見つめる視線に、荒ぶる風が魂を高鳴らせる。
「見事だ……。孤高のサムライたち、君たちの更なる飛翔にこちらも全力を尽くそう」
宗則は魔導に真摯である。
自分と異なるバトルスタイルも、奇特な形も彼には関係ない。
友人たちが心底望んで描いた夢ならばきっと正しいと信じられる男だった。
コーチになった今は、教え子たちの未来を――可能性を誰よりも信じている。
「我が風の極意、君たちには伝えた。ならば、君たちも自分の真理に至るといい。それまで、絶対の壁として立ち塞がる。健二を、超えてみせるんだ」
「はいっ!」
「任せて下さいッ!」
「やってやりますよ!」
学年を問わず、立場を問わずに宗則の檄に彼らは応える。
勢いに溢れた声を満面の笑みで受け止めて、宗則は胸に手を当てた。
彼らの期待に応えるためにも、風をより鋭く描く必要がある。
自らに問うように、静かに瞑想した。
時間は数秒――しかし、彼にとっては永遠に等しい邂逅である。
「ああ、わかっているよ、猛き風よ。彼らの青春に、我らも応じなければならない――力を、貸してくれ」
何を言っているのかはわからずとも、これこそが宗則に必要な儀式である。
想像こそが力になるのだ。
風に意思があると信じる男の祈りを、魔導は確かに叶える。
強くなっていく風は、宗則の今までを軽く凌駕していた。
彼もまた、限界を超え続ける魔導師の1人なのだ。
弱いはずがない。
「いくぞ、サムライたちよ。剣を以って、我が風に打ち勝つのだ」
やっていることはこれ以上ないほどのスパルタだが、不思議と噛み合っている。
奇妙な組み合わせのサムライと風。
宗則という新風が古豪を蘇らせるのか。
風だけが、答えを知っている。
真紅の光が周囲を照らす。
不吉の星、凶兆を招く真紅の暴虐が戦乙女たちを蹂躙する。
大地を駆ける一筋の閃光が、水を消し飛ばし、火を飲み込み、光を近寄らせない。
「甘い、甘い、連携攻撃くらいで私は落とせないよ。攻撃の全部が能力頼り。技術が甘いんだよ。そんなのだから、健ちゃん1人に良いようにやられるんだよね。いい加減に学習しようか」
「うるさいッ! 私たちを、舐めるなッ!」
全身を火で覆う闘士が暴虐の凶星に迫る。
直情、一直線。
属性が象徴するかのように彼女は輝いているが、『終わりなき凶星』――近藤真由美には見慣れた光景だった。
この地にやってきてから呆れるほどに見てきたものなのだ。
今更、苦笑すらも浮かばない。
純度が薄い。
この程度ではやられてやる訳にもいかなかった。
属性を象徴するかのように、火の少女は燃え上がりやすいが、制御が出来ていない。
わかりやすいからこそ、中々に矯正も困難だった。
「貰ったッ!」
「――だから、油断し過ぎだって。近づいただけで安心したらダメでしょう」
「ばっ――!?」
火を纏う少女――カルラ・バルテルが真由美の体術で投げ飛ばされる。
火による浸食など欠片も恐れていない。
鎧が鎧として機能しない事態に掴まれた本人が1番の驚きを露わにする。
今日まで幾度もぶつかって来たが、ただの1度も勝てていない。
かつてのフィーネには劣るはずの存在にすら、戦乙女たちは届いていなかった。
「な、なんで!」
「バカ、動きなさいッ!」
「イリーネ!?」
カルラを庇うように水の乙女が、ドラゴンを生み出し防御に回る。
水のゴーレムは優美さを備えており、見るものを威圧した。
しかし、芸術に黙するほど相手はお上品ではない。
むしろ、どちらかと言えば砂場に城があれば吹き飛ばすタイプの女性である。
実に壊し甲斐がある、――と凶暴な笑みを浮かべて、静かに魔力を解き放つ。
「スフィア、セット」
『全方位、一斉放出』
一瞬で生み出された魔弾が周囲へと放たれる。
散弾となって散らばった高密度魔力が炸裂し、ゴーレムを粉々に破壊してしまう。
破壊力の桁が違うのだ。
彼女こそが『終わりなき凶星』――世界最強の砲台である。
後衛主体とはいえ、属性に頼った上に、基本的にテクニカルなタイプである『ヴァルキュリア』では彼女を止めるのは難しい。
特に基礎を鍛え上げて、自分なりの道を定めたとはいえ、まだまだ不安定なイリーネたちではまだ2対1でも勝利は厳しかった。
「さてと、これで……後は1人なんだけど」
敵を吹き飛ばして、安心するであろう一瞬。
攻撃後の隙を見計らったように、一条の光が戦場を駆けた。
放たれてしまえば、速度では世界最高の一撃。
避ける術はない。
「――惜しい。テストなら100点だけど、実戦では0点かな」
真由美の障壁にレーザーが直撃する。
世界最高の速度を誇る一撃だったが、それだけだった。
最初から相手がくると知っていれば、真由美の防御は貫けない。
忘れてはいけないのだ。
真由美の防御は本来、容易く貫けるようなものではない。
攻撃を受け止めてからの反撃。
光を穿つもっとも基本的な戦法を凶星は選ぶ。
「羅睺、索敵」
『検知なし。光学探知には反応あり』
「私も見えているわよ。本物じゃないと思うけどね」
しかし、相手も受け継いだだけとはいえ、女神の称号を得た少女である。
わかりやすい手だけではなかった。
索敵に引っ掛かったのは狙いの少女が隠れている姿。
確かにレオナの姿は見えている。
真由美の魔導機が観測し、真由美も認めた事実であるが、彼女の属性から考えれば簡単に信じてはいけないだろう。
真由美の目が真実を捉えているのかはわからないのだ。
『光』は彼女の領域。
迂闊に踏み入れれば、痛い目を見るのは真由美であった。
「イリーネちゃんたちも離脱した、か。これは仕切り直しをされたかもね」
抜け目なく育った教え子に真由美は笑みを浮かべる。
こうやって誰かを育てるのは楽しい。
特にレオナはフィーネの手が入っているのだ。
彼女が自分と女神から学んだことをどのように活かすのかは本当に楽しかった。
「はぁ、向上心がある子たちの相手は大変だよね。全然、気が抜けないよ」
言葉とは裏腹にとても楽しそうに真由美は試合に臨む。
着実に強くなる戦乙女たちに、葵たちがどのように挑むのか。
来る日を楽しみに待ちながら、とりあえずは目に見える範囲全てを吹き飛ばすことで弟子たちに返礼を送る。
周囲から聞こえる悲鳴に、懐かしさを感じながら真由美は今日も大地を耕すのであった。