第64話『ヒーローは決意し、皇子は惑う』
魔導において全体の出力、つまりは魔力の総量は非常に重要な要素となっている。
如何なる系統の力であろうが、質と量に優る相手には通じず、この双方で頂点に立てればそれは事実上の最強という存在であろう。
特殊な能力も担い手が大したことがなければ、使えない道具に過ぎない。
そう言う意味では万能系は非常に使い勝手の悪い武器だった。
多目的ではあるが、肝心のエンジンの出力が足りない。
この世に存在する魔導の力を全て持っているが、変わりに出力が並みよりも低い。
戦いにおいて出力が不足するのは致命的な欠陥なのだが、表沙汰にならなかったのは代表的な使用者である健輔の不断の努力によるものだった。
最初は足りない出力分をバトルスタイルでカバーするために、変幻自在な戦い方に手を出した。
次は出力が足りないのならば、他から持ってくればいいとシャドーモードを筆頭とした術式を生み出している。
そして、最終的に抜本的な改造のためにエンジンそのものを今は見つめ直していた。
しかし、一朝一夕ではいかず、とりあえずの手段として現在の形に落ち着いたのだ。
このような試行錯誤の果てに現在のバトルスタイルはある。
技量に重きを置いた部分集中、制御力を磨き上げ必要なリソースを捻出した。
視点を変えれば、これは戦闘者としての万能系を追及した形であろう。
健輔だからこその選択肢、技量に裏打ちされた在り方は、彼が確かにランカーの一角であることの証でもある。
つまり、逆に言えばこの選択肢を選べるのは健輔だけであり、同じ万能系でも彼以外に適応できるものではなかった。
同じ悩み、同じ結論――解決方法も同じにも関わらず、己の不足によって選べない。
「ああ、わかっていた。わかっていた、ことなんだよ」
思考の海から意識が浮上してくる。
魔導戦隊の中心人物――正秀院龍輝は今日も同じ結論に至ったことに苦い顔で溜息を吐く。
あの道が健輔だけの道になると、昨年戦った時に気付いていた。
それでも、未練がましく考察するのは、ある意味で彼の体現したかった在り方が健輔の在り方だからだろう。
「我ながら、未練か。まだまだ未熟だ」
同じように上を目指しながらも、別の道へと進む万能系。
答えは出ていても、幾度も迷う。
決して迷わない健輔とは逆に常に問いかける道を――戦いは戦いでも、『智』としての選択肢を選んだ時からずっと弱さを見つめ続けている。
龍輝の戦い、膨大な量の資料との格闘は今日も続いていた。
「龍輝くん、大丈夫? 最近、すごく根を詰めているみたいだけど……」
「気にするな。俺にとって、知識を詰め込むことは強くなるために必要なことだ。それに睡眠は十分にとっている。休息も戦士の義務だ。身体を壊すようなことはしない」
「だったら、いいけど」
チームメイトの桃園舞の忠告に龍輝は固い表情で応じる。
毎日、毎日、いくつもの資料を読み込み、同時に過去の戦闘のデータを収集、解析している龍輝は客観的に見て、かなりのハードワークだった。
武雄のように愉快犯的な者ならばともかく、舞のように優しい人物は心配する。
龍輝もわかっているからこそ、彼なりに優しく接していた。
孤高を気取って、お高く留まるつもりはない。
ただこの行為が彼にとって呼吸に等しいだけなのだ。
「……悪いな。手伝ってもらっているのに、何も伝えていない。これでは心配するのも仕方がないか。わかった、少し休憩しよう。雑談に付き合ってくれるか?」
「あっ、うん、その、私で良ければ」
「ありがとう。君が付き合ってくれるのが嬉しいよ」
舞が淹れてくれたコーヒーに手を伸ばし、疲れを吐き出すように息を吐く。
魔導師が超人と言っても、精神的には普通の人間と変わらない。
ハードワークを続ければ精神的な疲労は溜まっていた。
何より、今の作業はそこまで面白くない。
過去の戦闘パターンから、仕込むべき術式の選定を行う。
膨大なデータは全てに目を通すだけでも結構な重労働だった。
「ふぅ。なんだ、舞、コーヒーを入れるが大分上手くなったな」
「そ、そう? だったら嬉しいかな」
龍輝の賛辞に舞は頬を赤らめる。
「謙遜するな。最近は補助系の魔導も素晴らしく上達している。同じチームのメンバーとして尊敬するよ。俺には、他者への献身は出来ないからな」
「み、皆も龍輝くんが頑張っているから頑張れる、って言ってたよ。霧島さんの厳しい練習も辛くないって」
ちなみに本当のところは、辛くはないがあの愉快犯ぶち殺す、というのがメンバーの言葉である。
優しい舞は殺す、などという単語を使えず頑張って濁しているが、龍輝はしっかりと見抜いていた。
武雄は尊敬されて、適度な距離を保つか、もしくは激しく嫌われるかの2択を強いてくる男である。
こういう結果になるだろうと誘った時から気付いていた。
舞の気遣いを無駄にしないように苦笑を浮かべておく。
「あの人は、まぁ、ああいう人だからな。皆がそれでレベルアップしてくれるならば構わないさ。やる気を刺激しているのは間違いない」
「お、教え方は凄く丁寧でわかりやすいし、振り返ったらとても重要なんだけど……。少し、言い方が厳しい人だから皆もちょっと、口が悪くなってるだけだと思うんだ」
舞が顔を赤くして、伏せてしまう。
龍輝はあまり機微に敏い男ではないが、彼女が顔を伏せる理由くらいは思い当たっていた。
おそらくだが武雄からの指導内容を思い出して恥ずかしくなったのだろう。
何せ、あの歩く上に喋る爆弾男は他人の弱点を突くのが病的なまでに上手い。
舞に対してはそこまで酷いことはしていなかったが、初々しい反応が楽しいのか思う存分にからかってはいた。
そんなことをしているから無駄に反感を買うのである。
「セクハラが辛いなら俺の方から言っておこうか」
「う、ううん、セクハラなんて思ってないんだけど……。あんまり上手く出来てないから……仕方ないと思うんだ。もっと、頑張らないと」
「そうか。君がやる気なら、俺は何も言わんさ」
舞が失敗した際に武雄は尻デカ女と罵倒する。
言われるのは辛いし、恥ずかしいのだろうが、彼女は自分で見返すだけの気概を持っていた。
ならば龍輝がやることは何もない。
魔導戦隊のメンバーは全員が自ら、武雄を叩き潰すために知恵を振り絞っている。
各々の努力を信じているからこそ、龍輝は何も言う必要がない。
努力が結実する日に、存分に楽しむつもりだった。
「まったく、あの人は本当に自由だな」
「す、凄い先輩だよね……」
凄い、としか表現できないのも凄い、と龍輝の脳裏に意味のない思考が浮ぶ。
同時に冷たい現実も忘れてはいなかった。
あれほどの人物でもランカーではない。
この事実を忘れてはいけなかった。
知恵だけでもいけない領域はあるのだ。
最後の最後には、必ず力も必要になる。
この原則だけは――絶対に忘れてはいけない。
彼は少し強くて厄介な魔導師で終わるつもりはないのだ。
「……力と技。結局はどちらも必要になる。さて、俺は手に入れられるかな」
「……ぅ」
遠くを見つめる龍輝の横顔を頬を赤くして、舞は見つめる。
妙に甘ったるい空気を感じさせる青春の一コマ。
ヒーローの出陣は、近い。
強さの頂に手を伸ばそうと飢えるヒーローとは逆に、強さの頂にいるのに飢えている皇子が大地に沈んでいる。
魔導の本場、アメリカ。
最強の称号を生み出した土地で、最強を目指している魔導師は現実に屈していた。
「いやはや、ここまで自分を痛めつけるとは。君はドMなのかい?」
「う、うるさい……。魔力の最大稼働は探っておかないと、効率的な運用が、出来ないだろうがっ」
「我らがリーダーながら、本当に意地っ張りだな。すいません、ジョシュアさん」
「いやいや、面白いから構わないさ。今度の合宿も非常に楽しみになる」
チームメイトが困ったような顔をしている中、1人だけボロボロの男がいる。
『理の皇子』アレクシス・バーン。
世界ランク第3位を誇る上位ランカーは今日もボロボロな姿を晒していた。
「君、いい加減に効率的な方向に行こうとは思わないのかい? ハッキリと言うと、クリスの物真似は無理だと思うんだけど」
「物真似、ではない! 俺の理想が、そっち寄りだというだけだ。訂正しろッ!!」
「おいおい、相手は仮にもコーチなんだ。アレク、もうちょっと穏当にいこうぜ」
チームメイトの1人が怒声を上げるリーダーを諌める。
友人関係から生まれたチームのため、彼らの間の上下関係は大したことがない。
実際、激発しやすいアレクよりもサブリーダーや、彼の幼馴染の方が指揮という面では適性が高かった。
ジョシュアがこのチームにやって来て、早々に指揮権を剥奪する程度には、アレクシスは怒りに囚われやすい。
「ぐっ……」
「そこで黙るから、君はそこで止まるんだよ。まったく、クリスみたいに何もしなくても壁を超えるのも考えものだけど、君みたいに壁にぶつかりまくるのも問題だね」
「まあ、乗り越えるというよりも壊すタイプなんで。流石に最近は詰まり気味みたいですけどね」
「当然だよ。才能で君を超える姉妹が2人。双方、精神的な脆さがあったけど、困ったことに補強してくれた奴がいるからね」
ジョシュアの脳裏に過る昨年度の強敵たち。
中でも彼が最大の警戒を向けるのは、彼らの王者を打倒した存在である。
リーダーであるアレクシスは雪辱に燃えているのだが、ジョシュアは正直なところ、彼では桜香に勝てるとは思っていなかった。
数ヶ月を共に過ごして悟ったことは、アレクシスが天才だということである。
バックス的な適性では戦闘魔導師であるにも関わらず、ジョシュアにも匹敵するし、戦闘系の技能も十分に優秀だった。
しかし、同時にそれだけでもある。
才能による強さは更に強大な才能による強さに粉砕されるものだ。
ジョシュアは魔導師の在り方をいくつかのタイプに分類している。
桜香とアレクシスは同系統、格が純粋に影響してしまう。
「僕の分類は聞いているだろう? アレク、君は天才型だ」
「それが、どうかしたのか?」
「わかっているのに聞くのはあまりいい姿勢とは言えないよ。つまり、九条桜香と同じタイプだ。これではねぇ」
「勝てない、とでも言うのかッ! 俺は、努力を――」
「欠かしていないけど、それって何か意味あるのかい? 君たち天才型の特徴を教えてあげよう。どれほどの努力をしようが、最後には才能由来の実力しか出せないということだよ」
努力は才能を使いこなすためのものであり、限界を超えるためのものではない。
何故ならば、天才型は才能を超えることが出来ないから天才なのだ。
天与が全てであり、限界を超えて迫ってくるのは執念型の特権である。
天才だからこそ強く、天才ゆえに才に縛られてしまう。
『天才』とは異なる強い意思を誰よりも近くで見たからこそ、ジョシュアは断言した。
「……では、意味がないと言うつもりかっ」
「いや、別に。君は君の好きにやるといい。いつか言ったと思うけど、僕の意思に変化はないさ。ただチームの方には手を入れているけどね」
「俺が、折れる時まで……」
「そういうことさ。無駄な時間も、本当に無駄なのかは死ぬ瞬間までわからないものだよ。少なからず、僕はそう思っている」
アレクシスの努力が無駄になるのかはわからない。
ジョシュアも預言者ではないのだ。
確実に当たるアドバイスという訳ではなかった。
先人を、常識を無視した先に道がある可能性は否定できない。
天才型が才能を超えることも、可能性だけは存在していた。
「ただ、一応言っておくよ。君が果てなき道を走破するかはわからないけど、険しい道のりなのは間違いない。持っているがゆえに、持っていない者と同じことをしても君は絶対に変われない」
「……っ」
「これは真理という奴さ。見える景色、選択肢が違うんだ。今の努力、とやらは絶対に無駄に終わると思うよ」
桜香が自分の才能を扱う努力にシフトしたように、アレクシスも自分に合った努力が必要になる。
我武者羅に戦って、身体を痛めつけても程度は知れていた。
「君が裏ではしっかりと準備しているのは知っている。だから、気分転換はもう少し落ちついてやりたまえ」
「……少し、頭を冷やしてくる」
「いってらっしゃい。そうそう、それでいいのさ」
不機嫌そうに、しかし、同時に落ち込んだ空気でアレクシスがその場を去る。
残ったのは彼の親友とジョシュアだけだった。
残った2人は、苦笑を向け合う。
「見ていて楽しんだけどね。些か余裕がない」
「ま、仕方ないっすね。あいつ、天才ですから」
「だろうね。天才はストレスを感じる機会が少ない。苦労を知らないんだよね。おかげで危機に直面した時に脆いのが彼らだ」
「皇帝陛下は違ったんですか?」
「違うねぇ。世間の評価はともかくとして、クリスは才能がなかったからね。だからこそ彼は、1番面倒臭いタイプの魔導師さ」
ジョシュアの大まかな分類は4つ。
天才、秀才、努力、執念、この4つである。
大体にして、いくつかの要素を持っているものだが、根本の分類をこの4つで判断していた。
この中でジョシュアが1番恐ろしいと思うのが、完全に『執念』だけで出来ている者たちである。
世界大会で彼が見た範囲だと該当者は3名。
『皇帝』クリストファー・ビアス。
『黒の破王』赤木香奈子。
『境界の白』佐藤健輔。
彼らのように、たった1つに全てを注ぎ込むバカは本当に恐ろしい。
「執念型はね、1つのことへの注力が半端ないのさ。寝ても覚めても、そればかりでかつ全員が精神的に無敵に近い」
「無敵……」
「そう、最強じゃなくて、無敵だよ? どうすりゃいいのさ。彼らは魔導に関しては本当に一途でね。何をしても、喜ぶんだよ」
天才型にはある種の脆さがあるが、執念型にはそれもない。
秀才型は執念も持ち合わせているが、割合が一色ではないため怖くない。
努力型は執念ほど深い念が籠っていないから怖くない。
怖さ――理解不能の境地に至るのが執念型の特徴だった。
どのタイプであろうが、極めれば強者であるのは変わらない。
それでも1番怖いのは執念である。
最初こそある程度の弱点があるが、時間に比例してドンドンと強くなる。
『皇帝』も既に世界大会の時の強さではないだろう。
敗北から学習し、確実に次の段階へと足を進めている。
「自分の弱さを知っているからこそ彼らは強い。弱さを見つめて、なお諦めないのが彼らだからさ。もはや理屈では止まらない。皇子が頂点に立ちたいなら決して避けられない相手だと思うよ」
執念型はクリストファーによって数が増えた帰来がある。
今年の世界大会で何処に強い相手が潜んでいるかなど想像も出来なかった。
「うへ、そんなのがウジャウジャいるのかもしれないとか。去年も大変だったのに、今年はもっとヤバそうっすね」
「仕方ないよね。世界、なんだ。これ以上の単位は現状存在しないんだから、そりゃ集まるのも怪物さ」
「そんな怪物さんたちと知恵比べ、って訳ですね。ジョシュアさんがやりたいのは」
「そういうことだね。僕の浅知恵で、どこまで抑えられるのかは未知数だけど、彼らの背中を見た回数では中々だと自負しているよ」
面白い見世物を約束するさ、と道化師は笑い、皇子の友も同じように笑った。
足掻き、苦しんだ先に道は拓かれる。
クロックミラージュ、アメリカの最強チームは変わろうとしていた。
生みの苦しみを乗り越えた時、チームとして1つ上の段階に進むだろう。
――その時こそ、アレクシスの真価が問われるのだった。