第63話『雷光が舞い、曙光が照らす』
健輔たちが日々を過ごすように他のチームの時間も同じように進む。
5月の敗戦から既に2ヶ月。
黄昏の盟約――彼らも少しずつだが、確かな成果を生み出していた。
「……さて、これはどうでしょうか」
金の髪を持つ戦乙女が軽い動作で1人の魔導師に狙いを定める。
雷光が駆け、剣が空を切り裂く。
変則的なバトルスタイル。
魔力剣と実体剣を振るい、クラウディアは冷たく戦場を睨みつけた。
「友香、動きが荒いですよ。もう少し慎重に動きなさい」
「す、すいませんッ!」
白兵戦に最も長けている1年生を軽くあしらい向かってくる新人たちに檄を飛ばす。
味方はなしの孤立した戦い。
しかし、追い詰められているのは間違いなく新人側だった。
雷光は微塵も揺るがない。
「ウオオオオオッ!」
「動きが直情的です、やり直しッ!」
「っうわああああああああ!?」
1人で突っ込んできた晴喜を蹴り飛ばし、地面に叩き付ける。
浸透しての破壊系。
確かに強力だがクラウディアのレベルまで来れば対応策はいろいろとあった。
特化型というのは状況が嵌ればかなり強いが、それ以外では大したことが出来ない。
晴喜の勘違いはそこが大きいだろう。
破壊系は対魔力に特化した力。
この系統を選んだ時点で汎用型ではない。
知識としては晴喜も理解しているはずなのだが、彼はエースとして戦おうとしていた。
如何なる局面でも力を発揮するのがエース、つまりはエースは汎用性を凌駕するほどの特化型か、高レベルで纏まったバランス型か、どちらかに偏る。
無論、さらにレベルを高めていけば両者の違いはなくなっていくが、それは遥かな頂、桜香のような存在がいる場所なのだ。
1年生には早すぎる話だった。
「気持ちはわかりますが、己の弱さを認められない者はそれ以上にはいけませんよ、晴喜」
自らの選択が過ちだったと認めたくないのは理解出来るが、いつまでも過去に拘泥すれば最終的には今よりもひどいことになる。
仲間の追い上げに焦りを見せる後輩に、クラウディアは憂いの表情を見せた。
聞こえないとわかっているが、それでも言わずにいられなかったのだ。
「隙ありッ!」
「わかっている隙は、隙とは言いません。朱音、あなたはバックスとしては優秀ですが、機を見るのは下手ですね」
本当に空気が読めない、と言う言葉を飲み込んでクラウディアは剣を一閃する。
朱音が放った術式を力技で粉砕してそのまま実体剣を叩き込む。
華麗なコンボ技にバックスの期待の星はあっさりと沈む。
流れるような作業、美しい技が終わった――というタイミングで、
「いけっ!」
「落とす!」
「てりゃああああああああああああああッ!」
瑞穂、大樹、友香の同時攻撃がクラウディアを襲った。
完全に一致したタイミング、連携攻撃としてこれ以上はないという呼吸での攻撃である。
新人たちの練りに練った見事な一撃だった。
クラウディアも僅かに眉を動かす。
そして、それだけが瑞穂たちが手に入れた勲章であった。
「リミットスキル」
完璧なタイミングであっても意味を成さない。
あらゆる条件を整えて、それでも最後は凌駕していくのがランカー。
下位ランカーは特殊能力だけでランク入りもあり得るのだが、クラウディアはそういう系統ではない。
一切の疑いようのない実力での称号。
立ち塞がる壁は大きく、険しかった。
「さて――」
リミットスキルで無効化された2名分の攻撃。
彼らの力がそっくりクラウディアの剣に宿る。
紫電を纏う双剣に友香の表情が青ざめるが、もはや遅い。
「消し飛びなさい。『ライトニング・ブレイカ―』」
雷属性の収束斬撃。
友香の障壁は軽く粉砕されて、技量でもどうにもならない。
彼女に許されたのは祈ることだけであり――それすらも現実の前には残酷な結末を示す。
「そして、後は」
「させるかっ!」
友香の撃墜にも怯まず瑞穂が前に出る。
音の操作、空間に響く不快な音にクラウディアが顔を歪めた。
多少でも構わないから、ポテンシャルを低下させる。
そうすれば、火力では可能性があるものが此処に居た。
瑞穂の決死を無駄にしないと最高の砲撃が放たれる。
「いっ、けえええええええええええええええええええええッ!」
大樹の渾身の一撃が空を駆ける。
事象変換は最強クラスのリミットスキルだが、規模や力が大きくなればその分変換に時間的なロスが生まれていく。
その隙に攻撃を当てれば可能性はある。
また、新人側の攻撃もこれで終わりではない。
「い、いってくださいッ!」
「これでッ!」
残ったバックス2人の共同作業が牙を剥く。
瑞穂も残った魔力を振り絞って、もう1つ術式を起動しようとしていた。
再びの3方向同時攻撃。
よく考えられた技にクラウディアは微笑みを浮かべる。
5月の敗戦から2ヶ月で随分と仕上がった。
彼らの努力と、成長は本物である。
個々に見ればまだ問題点もあるが、それでも完成度は以前とは比べ物にならない。
「見事です。では――」
彼らの渾身を無為なものへと変えるべく、クラウディアが本気を見せる。
撃ち込まれた魔弾の群れを魔力剣で消し飛ばす。
魔導砲撃を魔導斬撃で打消し、リミットスキルで瑞穂の攻撃を無効化した。
全てが万全でも雷光の守りを抜くことも出来ない。
盾が矛に劣るはずの魔導で驚異的な硬さだった。
変換系のリミットスキル、現状はただ1人だけの頂がクラウディアを更に押し上げている。
「今日は、ここまでですね」
静かな宣言と共に模擬戦を終わらせるべく剣を振るう。
この日もクラウディアは無傷のままで戦闘は終わりを迎えるのだった。
「ご苦労様です」
「ありがとうございます。どうですが、皆さんの様子は」
飲み物を差し出す莉理子に礼を言い、先ほどの戦闘の感想を問う。
汗1つ掻いていない雷光に莉理子は優しく微笑み口を開いた。
「及第点でしょうね。夏を前にして、魔導師になれる準備は整ったくらいでしょうね」
「良かった。同じ見解のようですね」
「あら、それは良かったです」
クスクスと和やかに笑い合う首脳陣。
死屍累々たる新人がいなければ微笑ましい光景ではあった。
クォークオブフェイトに比べれば優しいのだが、こちらも厳しいことは何も変わらない。
むしろ、クォークオブフェイトの危機迫る様子に受けなくてよい刺激を受けてこうなっていた。
クォークオブフェイトの中でも約2名が常識の斜め上を行っているだけであり、彼ら以外の面々は普通なのだが人間は印象が強い方を覚えているものだ。
濃すぎる2人はしっかりとクォークオブフェイトの印象を決定付ける要素として役立っていた。
「そこ、この状態で和やかな空気を出さない。まったく、気絶なんかさせたらダメよ」
「わかってますよ。健輔さんじゃあるまいし、加減はしています」
「いい塩梅に疲労したはずですよ。これくらいはやっておかないと世界大会では戦力になりません。瑠々歌さんもそうでしょう?」
「まあ、納得はしてるわよ。それでも、この光景で微笑み合うのは怖いでしょうに」
姉御肌な怜が天然な2人を諌める。
どちらかと言えば葵タイプの怜だが、葵ほど不器用ではない。
誰もやる人物がいないのならば、とストッパーとなるくらいのことは出来た。
より正確に言うと彼女以外にストッパーがいないのが黄昏の盟約である。
層が薄い訳ではないが、厚い訳でもない。
世界大会を見据えれば、新人たちのレベルアップは急務だった。
「怜さんがそうやって全体に配慮してくださるから、私たちが好き勝手にやれるんですよ」
「私もクラウと同意見よ。いつも助かってます」
「あのね……」
頭痛を耐えるように額を押さえる。
怜は自分がかなり自由人だと思っていたが、世の中、上には上がいるものだ。
真実の意味で頂点に立つのは難しい。
「はぁぁ……まあ、いいか。ちゃんと、面倒はみなさいよ。こいつらも強くなりたいんだから」
「わかってますよ。私との戦いにも怯えなくなりましたしね。前途は明るい、ということで問題ないと思います」
「私たちのチームもようやく、ですか。夏でどれだけブースト出来るのか、というところでしょうね」
5月には押し切られたが、今ならばもう少し良い戦いが出来る。
確信と共に、クラウディアは未来を思い描く。
今年こそ、優勝を掴むのだ。
秘めたる決意は心の中で、静かに燃え上がる。
健輔のライバルで、優香のライバル。
雷光の戦乙女は小さな背中で、しっかりとチームを背負っていた。
アマテラスの旧メンバーが設立し、黄昏の礎となったチームがある。
『明星のかけら』――国内の雄として、確かな強さを見せ、輝きを放ったチームであった。
今はもう存在しないチームだが、勇名までも消えてなくなる訳ではない。
彼女――橘立夏は新しいチームでコーチとして奮闘していた。
「あー……うん、悩むなぁ」
橘立夏は優秀な魔導師である。
とはいえ、桜香のように飛び抜けている訳でも、葵のように精神的に完成されている訳でもない。
これと言った特徴がなく、『曙光の剣』は地味なタイプの魔導師であった。
事実として、彼女は莉理子との協同で格上たちと戦えていたのだ。
単体で見れば、望月健二にも劣る。
こういった評価に彼女自身が納得していた。
「まあ、だからと言って私が弱い訳じゃないんだけどね」
かつての後輩が所属するチームが生み出したのと似ている光景が彼女の眼下に広がっている。
立夏が所属しているチームは『ツクヨミ』。
日本の古豪、3チームの中で最も魔導競技を楽しんでいると評されたチームだった。
「弱くはないんだけど……」
「課題が多い、というところですか? コーチ殿」
「あら、小百合ちゃん、お早い復活ね」
「どうも、コーチ。お手数掛けました」
起き上がった1人に立夏は柔和な笑みを向ける。
戦場では厳しいコーチも一歩戦いから離れれば良き先輩であった。
戦闘時とは完全に異なる優しい空気。
先ほどまで文字通りの意味でボコボコにされていた小百合は複雑そうな笑みで応じる。
「勝てる、とは思ってませんでしたけど、こうまで惨敗とは」
「地力はあると思うわよ。ただ、今の魔導競技に適応し切れるかは怪しいかも」
「今の魔導、ですか。……申し訳ないですが、ご教授いただいても?」
「別にそんな畏まらなくていいのに。そうだね、小百合ちゃんは、これからのスタンダードってどうなると思う?」
「これからの、スタンダード……?」
立夏は自らの実力が足りないことをよく理解していた。
下位ランカーには実績があれば届いたかもしれないが、上位ランカーは無理だろう。
莉理子が協力してくれれば、上位でもチャンスはあるが無い物強請りをするつもはなかった。
今は自分の実力でどこまでいけるのかを試している。
そんな今の立夏の武器は、頭脳しかないだろう。
経験が積まった頭脳で、これからの戦いについて考え続けている。
「そう、これからの、ね。砲撃型がスタンダードになったのは一時期火力優勢が絶対になったから、って言うのは知ってるかな?」
「はい、簡単に扱えて、かつ強い。一気に広がったのはそれが理由だと聞いています」
砲撃への対処がまだ困難だったからこその強さ。
今でも根本の部分は変わっていない、むしろ今後も変わることはないだろう。
しかし、同じ状況かと問われると答えは否である。
「今でも砲撃型は強い。でも、大きく広がったからこそ、既に研究され尽くしている。単純でも奥は深いから相応の技術を必要とするけどね」
「剣技での、切断。後は破壊系、などですか」
「うん。上位層は当たり前のようにやってしまうこの技術たちがある以上、砲撃型は主導権や流れを生むのには最適でも、勝利には手が届かなくなった」
昔は砲撃型だけで全てをやれていたが、結局のところ役目を全う出来なくなってしまっただけの話である。
影響力は今でも残っているため、完全に衰退した訳ではない。
後衛に砲撃型を置いたチームがスタンダードになった意味が大きいのは間違いなかった。
「ここから、つまりは次の形を模索――というか、念頭に置いておかないと将来は置いていかれちゃうんだよね」
「そのために、こうやって全員に白兵戦の経験を?」
「うん、私の思う未来への投資かな」
「最初にバックス、次に砲撃、そして今は白兵戦。順番に巡っているように感じているのですが」
「正解だよ。次の戦い、つまりはスタンダードは万能型になるはずだからね」
立夏は瞳に力を入れて、強く断言した。
小百合は強い言葉に気圧されながらも、不思議そうに問いかける。
「万能型、つまりは万能系がスタンダードになるということですか?」
「万能系と万能型は違うよ。一言で言うと、技術の進歩に伴ってやれることが増えたでしょう? 空間系の術式を学生が扱えるのもそうだし、障壁関係も今では標準だけど昔は違うよ」
立夏の指摘に小百合と言われたツクヨミに所属する魔導師は驚きを露わにする。
魔導、という名前に惑わされているが、これは技術なのだ。
進歩に合わせて、正解が変わるのは当然であろう。
「まさか……コーチが目指しているのは?」
「わかってくれた? バックス系の技術を全員に身に付けて欲しいのもそれが理由かな。砲撃型、っていう特化した性質はそのままに、あらゆる状況に対応できるようにしないとね」
立夏はバックス系について莉理子から学んでいる。
何も全ての分野のスペシャリストにする必要はないのだ。
攻撃を如何に当てるのか、という部分に焦点を絞って個々に習得させていけばいい。
ツクヨミの特徴は全体で錬度の差がほぼ存在しないことである。
差異がないからこそ、全体を見渡した時に伸ばすべき場所もよく見えた。
「皆が私の理想になってくれたら、これからの魔導師に結構大きな影響があると思うんだ。技能の相互補完もそうだし、エースに頼り切らなくても済むかもしれないでしょう?」
「コーチ、あなたは………」
「桜香ちゃんに全てを投げた償い、じゃないけどね。総合力で、アマテラスを超えるチームを、もっと言うならエースに負けないチームにしたいんだ。だから、今は頑張って欲しい」
「はいっ! よろしくお願いします、コーチ!」
後輩の勢いのよい返事に立夏は照れ臭そうに笑った。
エースはいなくても、此処には魔導を楽しむ魔導師たちがたくさんいる。
彼らでなくては出来ないことが必ずあるだろう。
立夏の役目はそのために道を切り拓くことだった。
「頑張ろう! 月は決して、太陽に劣らないと示さないとね」
「勿論ですっ」
良好な関係、二人三脚でツクヨミは進む。
警戒するものがいないからこそ、彼らは思いもよらないチャレンジを行っていた。
結果の一端が夏で披露される時、桜香たちがどのように受け止めるのか。
立夏は少しだけ悪い顔を浮かべてその瞬間を想像する。
きっと、気に入ってくれるだろう。
根拠はないがなんとなくの確信を抱き、来る日を楽しみに待つのだった。