第6話『新生クォークオブフェイト』
試験から一夜明けて、翌日の部室。
現在のクォークオブフェイトのメンバー9名は昨日の戦闘結果から導かれた新しい仲間について説明を受ける。
現場を見ていた者は特に感慨もなく、現場を見ていない者も映像で確認が済んでいた。
全員が誰が必要で、誰が必要でないなど把握している。
「さて、健輔、昨日はお疲れ様。気合を入れるような戦闘は久しぶりだったと思うけど、十分に堪能できたかしら?」
最大の功労者。
見事に相手を釣った後輩に葵は微笑みを浮かべる。
外見は優しい姉のように、されど中身は羅刹の如き女傑は1年生を蹂躙して気持ち良かったかと尋ねていた。
「十分に堪能できましたよ。葵さんの気持ちもなんとなく理解出来たので良い機会だったと思います。後輩も良い感じの奴ばっかりですしね」
「そっか。ま、選考を担当したんだしある程度は結果も見えてるか」
「そこは流石に。大体求めている基準は調べたつもりですし」
葵が何を考えているのか、などというのは完璧に理解できるものではない。
それでもかなり密度の濃い時間を1年間共に過ごしたのだ。
健輔にも葵の好み、というものはなんとなくだが見えていた。
「意志――気合は十分な奴が3人。あいつらがいれば何も問題ないと思いますけど、どうですか?」
「ええ、何も問題ないわ。スカウトも含めて、これで5名。圧倒的な多数、なんて他のチームがやればいいわ。少数精鋭が私たちらしくていいでしょう?」
「必要な人数が揃ったんだ。文句はないさ。とはいえ、そろそろ隠している奴も含めて説明が欲しいがな」
「和哉の言うことも一理あるな。俺もそろそろ開示して欲しいと思っていたところだ。信用も、信頼もしているがいい加減、焦れている」
葵がスカウトしたらしい2名のデータと健輔が採用を決めた3人のデータ。
未だにそれらの全容を把握しているのは葵と香奈だけなのだ。
知りたいと言う和哉たちの言葉はもっともだろう。
「わかってるわよ。そりゃあ、サプライズをしたい気持ちも強いけど、これ以上は蛇足だからね。まずは新人紹介、その後でルールについても話すわ」
「1つだけ厄介な制度があってさー。それの調整が大変だったんだよねー。ま、代わりにかなり楽しいことになるけどね」
「厄介ですか? 香奈さんがそんなこと言うなんて珍しいですね。それに葵さんもなんか表情が苦い?」
葵は厄介事を楽しむ性質である。
健輔はそう思っていたし、実際に間違っていない。
そんな彼女が厄介、と言い切るのだから本当に厄介だったのだろう。
「そうね、多分健輔の思っていることとは、少し違うんけど……なんていうか、ボスがいなくなったと思ったら裏ボスが出てきたとか、そんな感じかな」
「う、裏ボス?」
言葉の持つ響きが不吉過ぎて健輔は顔を引き攣らせる。
葵にとっての裏ボスは健輔からすればもっと恐ろしいナニカとなる。
1人だけでも大変なのに2人目など誰だって嫌だろう。
「そ、裏ボス。まあ、直ぐにわかるわよ。先に楽な方から終わらせましょう。香奈、紹介をお願い」
「ほいほい。まずは1人目、桐嶋朔夜ちゃん。次世代型魔導師で新世代の技術たる『トライアングルサーキット』の保持者だよ。早めにこの学園に来て戦闘訓練を1ヶ月しただけで、あのレベルだってさ」
知っている者も知らない者も等しく感嘆するしかない。
ほぼ独力であそこまで練り上げた辺り、才能は本物である。
惜しむべきは少しだけ想像力が足りなかったことだろう。
本当の格上と接した経験がなかったからこそ、朔夜は健輔程度に敗北することになってしまったのだ。
「へー、こんな身近に来るとはね。バックスとしては興味深いわ」
「トライアングルサーキット。3つの系統による相互干渉強化型魔力回路ですね」
優香の補足の言葉に香奈は頷き、
「そ、まあ、今の2つから3つが標準になりますよーってことだね。同じ系統を2つ選ぶとかでリミットスキルの性質とかも変わるみたいだよん」
「ああ、俺たちが奥義とか、極みとか呼んでたやつ、名前があったんですよね」
「魔力回路の性質が最大限に発揮された状態、それがリミットスキル。まあ、それの早期発現などを目指した新技術ね。制御とかもかなり大変みたいだけど」
「みさきんの言う通りかな。戦力的には鍛え甲斐があるんじゃないかな? 真由美さんの後継者としては申し分ないと思うよ」
リミットスキル――物質化などを含めた各系統が持つ最強クラスの技たちの正式名称である。
健輔たちは知らずに奥義や、極みなどと呼称していたが実はきちんとした名前が存在していた。
葵なども含めてきちんと名前を知らなかったのは、本来ならば学生レベルでは関係のない段階の話であるからである。
大学生でも1部しか発現しない領域の力。
それがポンポンと発動していた辺り、昨年度の世界大会のレベルが窺えるだろう。
「健輔は直接戦ってみてあの3人の印象はどうだったの? とりあえずは朔夜ちゃんからでいいけど」
「自信家でそれに相応しい努力と才能もありますね。まあ、俺とは相性最悪なんでどうしようもないですよ」
「健輔以外ならもうちょっとはいけたかな。圭吾くん辺りだと負けるかもしれない?」
「映像を見た限りでは相性が悪いですね。僕は1対1はあまり得意ではないので。真由美さんとほぼ同系統だからこその強みはあると思います」
朔夜は未熟であるが新世代の魔力回路も含めてポテンシャルは相当に高い。
長ずれば真由美を超える可能性もある逸材だった。
最後まで粘った不屈の闘志もチーム内では評価が高い。
「この子は健輔、あなたが面倒を見なさい。いいわね補佐に真希と和哉」
「了解です。無難なところだと思います」
「ほいほい。ま、健輔がメインで私たちは補佐だねー」
「だろうな。なんとも懐かしいメンツだが、だからこそ上手くやれるだろうさ」
真由美の技術を受け継いだのは他ならぬこの男である。
朔夜を正しく至高の砲台に育て上げられるのは健輔しかいなかった。
和哉と真希はその健輔を育てるのに一役買った存在である。
育成に関しては慣れたものだった。
葵は3人の返答に満足そうに頷き、
「じゃ、次の子。川田栞里ちゃん。まあ、外見と実際のところの違いが1番激しい子でしょうね」
あの葵ですらも少し困ったような笑みを浮かべている。
それほどまでに彼女は評価に困る存在だと言えるだろう。
「……あのキレ芸はやばかったですね。いろんな意味でギャップがある」
「僕もビックリしたよ。でも、見た目に反して結構合理的に戦闘スタイルは出来ているよ。あの突きは強力だしね。鍛え甲斐がある子ではあると思うな」
「私としても面白い発想だとは思うわ。何事も貫く一撃。体捌きや魔力の動きに無駄はあったけど強さは十分よね」
朔夜の撃墜後に本性を見せた栞里だが、彼女が健輔としては1番危なかった存在だろう。
やっていることは浸透系で魔力に干渉してから、相手を手刀で貫くだけなのだが、その単純な方法が極めて厄介な魔導師だった。
特別硬いというわけではないが、仮にも世界ランカーである健輔の障壁を1年生が正面から突破したのだから将来性は抜群である。
表面上にその戦力が出ていないことも脅威の1つであろう。
「あの子は私と……優香ちゃんで面倒を見るわ。剛志もお願いね」
「わかりました。微力を尽くします」
「無論だ。俺との相性の悪さを教えてやろう」
「メインは私でいくわ。朔夜ちゃんに甘える余裕もなくなるくらいに可愛がりましょうか」
葵がその言葉を発すると同時に栞里が物凄い悪寒を感じたのは偶然であろうか。
1人の美少女が健輔が楽しそうに通過したルートに叩き込まれることが確定したところで、話題は次の人物へと移る。
「最後に健輔から推薦があった子だけど、白藤嘉人君だっけこの子はどうだったのよ?」
幾度もタイミングよく健輔へ干渉を行った男子生徒である。
朔夜と栞里だけではなく健輔はあの男子生徒も葵に推薦していた。
人物眼、というか相手の実力を見抜くことに関して健輔はプロフェッショナルである。
彼の能力は他者の観察が最も重要となるのだからそれは当然のことなのだが、その副産物が今回の試験では存分に活用されていた。
「一言で言えば、気に入ったが正しいですね。能力的には平凡だと思います」
「ふーん……。ま、気持ちはわかるわ。和哉みたいな匂いがするし、悪くはないでしょう」
目立っていた朔夜の撃墜にも慌てていない胆力などを含めて能力ではなく精神を健輔は評価していた。
能力など究極的には地獄のような練習でなんとかなると考えるのが、クォークオブフェイトの伝統である。
現時点での才能よりもいざと言う時の機転を見せた嘉人は良い人材だった。
「ま、叩けば伸びるでしょう。私も美人って、言うカテゴリは満たしているし、なんだったら褒め言葉くらいは出すしね」
「あいつは圭吾をメインにしろ。俺も補佐で回る。まあ、1周くらいは全員で潰した方が後々いいと思うが、そこは今決めなくてもいいだろう」
「和哉さん、健輔を基準にして練習に放り込むと普通の人は心が折れますよ」
圭吾がツッコみを入れなければもの凄いことになったであろう嘉人の運命だったが、クォークオブフェイトの数少ない良心によって救われることになる。
「じゃあ、おさらいになったけど、昨日の3人はこんなものね。後はこっちの2人だけど……香奈」
3人の再確認が終わり、次は謎に包まれた2人の紹介となる。
「ほいほい。1人は大角海斗くんだよ、外部生だし、朔夜ちゃんや栞里ちゃんみたいに先行入学もしてないから相応のレベルだね。まだ系統の決定もしてないけどバックス希望の子だよ」
「バックスですか。成績とかはどんな感じなんですか? 細かい数値はなくてもある程度は教えてもらえますよね?」
自身の後輩となるからなのだろう。
美咲が積極的に質問を放つ。
香奈と美咲、そこに新しく加わるメンバーが気にならないはずがないのだ。
「う~ん、ぶっちゃけると微妙、かな。この子、外見と中身にギャップあるからね」
「へ?」
香奈の発言に美咲がらしくない態度を見せる。
朗らかに笑う香奈だが、聞いている周囲も発せられた言葉が持つニュアンスに危険なものを感じていた。
「香奈さん、まさか……」
「うん、戦いたくないからバックスになったタイプだね。ま、この学園にも少しはいる遊んでいる子と同系統かな」
「そんな奴で大丈夫なのか? お前と葵にしては微妙な人選だな」
「この子は熱意を買ったのよ。戦うのは苦手で、どうしようもないけど、あの佐藤選手と一緒に戦いたい、って私にまで言いに来るんだもん。入学前にさ」
「え……俺? 何故にそんなことに?」
唐突に名前が出たことに健輔は驚きを露わに問いかける。
「世界大会を見て感動したんだってさ。何をやっているかはわからないけど、とにかくすごいって感じたみたいよ。あれだけ熱心に言うんだもの、バックスなら別に居て貰っても困らないしね」
「本命の子は次の子だし、初めての子を教える経験も無駄にはならないからね。長い目で見て欲しいかな」
良くも悪くも普通の学園生。
海斗の評価はそんなものになってしまうが、葵はそういう人材も必要だと感じていた。
外れている者ばかりなのは、それはそれでバランスが悪い。
海斗という常識的な物差しが役に立つ時が来ると彼女は直感したのだ。
相手の熱意に押されたのもそうだが、受け入れを行った最大の理由はそこになる。
「やる気はあるし大丈夫よ。それとも戦わない男は認めないとか? 健輔、一応あんたのファンなのよ」
「俺がそんな了見の狭い奴に見えますか? やる気があるならいいですよ。全員が相手を攻撃出来る訳じゃないし、そういう奴がいてもいいでしょう」
「よろしい。じゃ、香奈、最後の子をお願いね」
「らじゃっ! この子は凄いよ、実はある人の推薦なんだけど――この学園で初めての変換系の持ち主、って言ったらどうする? おまけにバックスと戦闘のどちらもやれるハイブリットだよ」
健輔だけでなく葵を除いた全員の表情が変わる。
変換系を持つバックス、そんな存在は世界大会にもいなかったのだ。
元欧州最強の女性を起源とした能力が中途半端なものであるはずがない。
「おまけに朔夜ちゃんと同じ新世代型の魔力回路に適合。そして、内部生」
「即戦力ですね。これは、うかうかしてられないかも」
「名前は暮稲ササラちゃん。漢字だと紗彩良って書くらしいけど、本人が気に入ってないから注意してね」
暮稲ササラ。
ハーフの少女らしく元々はアメリカの魔導校に在籍していたが、両親が日本にやってくる際にこちらに戻ってきたとのことだった。
系統は変換・流動・創造系の3系統。
バックスとして登録されているが正面戦闘も可能らしく、1度戦った葵が悪くないと判断するほどの戦闘力があるらしい。
朔夜が未完の大器ならば、ササラは既に磨かれた大器である。
純粋な才能で完勝できるのはクォークオブフェイトのメンバーでも優香だけだという葵のお墨付きまであった。
「葵さんと戦えるバックス……武雄さんクラスってことですか?」
「あの人と比べるとあれだけど……そうね、正面火力じゃ、ササラの方が上よ。実際に戦えば勝つのは霧島先輩でしょうけどね」
「そうですか。――それは楽しみだ」
「はい。健輔さんにとっても良い経験になりそうですね」
健輔が楽しそうに笑い、優香が追随する。
この2人にとって、良き魔導師が現れるのは僥倖以外の何ものでもなかった。
「細かい人柄とかは実際に会ってからのお楽しみ、ってことで。推薦人もいるし、大きな問題はないけどね」
香奈がそう締めくくったところで健輔にある疑問が浮かぶ。
そして、浮かんだと同時にそれは口から飛び出していた。
「そう言えば、その推薦人って誰なんですか?」
葵が全幅の信頼を見せる推薦人。
しかし、ただの1度も名前が出てこないことを健輔は不思議に思っていた。
葵が名前を伏せるということは真由美などではないことになるからだ。
「……そうだね。そろそろ、その辺りの説明もしておいた方がいいかな」
「だねー。……健輔、心して聞きなさいよ」
問われた葵は顔を顰めて、香奈はニヤニヤしながら口を開く。
「は、はぁ……そりゃあ、真面目に聞きますけど」
何故か名指しで指定されたことに訝しがりがるも口は挟まない。
健輔以外のメンツも不思議そうな表情を浮かべ続きを待つ。
「その推薦人、実は我がチームのコーチでもあるの」
「こ、コーチ? いや、言葉の意味はわかりますけど、それって……」
「健輔の思ってる通りだよー。私たちが前々から言ってた新制度、って奴ですねん」
「全体のレベルアップ、と卒業した学生の有効活用。まあ、需要と供給がぴったりと噛み合った感じね」
コーチに選ばれる魔導師の基準は様々だが、基本的にトップクラスのチームにいたことなどが勘案されるのは言うまでもないだろう。
諸々の条件から算出された魔導師たちはいろいろなチームに派遣されることになる。
派遣されるチームに関しては各チームの特色や、後は実績、そして派遣されるコーチの希望などから決まることになっていた。
後はチーム側からの希望も考慮には入れられる。
専属で派遣されるコーチは原則として1人。
派遣されたコーチの人望や手腕によっては他の魔導師の協力も得られるということになっていた。
これはコーチ側も自らを鍛える、という目的がある。
正しく両者の需要と供給が釣り合ったからこその新制度なのだ。
「メリットは簡単に想像できるでしょう? 昔のエース、昔のリーダー。まあ、あの人たちに育ててもらったら、みたいなことが出来るわけだね」
「頼り切るのはあれだろうけど、まあ、そこら辺は現役世代の頑張りどころかな」
1人とはいえトップチームにいた魔導師の指導を確定で受けることが出来る。
無論、現在のトップチームも同様に恩恵を受けるために差が一気に縮まるようなことはない。
しかし、指導力不足で力を発揮出来ない、ということが減るのは疑いようもないだろう。
これは全体を均一にする、というよりも全体を大きく上昇させるための施策であった。
「新ルールではコーチを戦場に投入することも出来るようになってるわ。勿論、制約はあるけどね」
「監督兼コーチ兼助っ人、って感じかな。あんまり深く考えなくていいからねー。便利な人が増えるんだと思ってくれてたらいいよん」
「は、はぁ……それで、そのコーチが推薦人で何か問題が?」
コーチを活用するかどうかはチームに掛かっているのだ。
誰が来るのかはわからないが、葵が重苦しい表情をした理由がさっぱりわからなかった。
「それは――」
「――後は私が引き継いだ方がいいでしょうか? ふふ、それなりに待たされたので、そろそろ紹介して欲しくて、来ちゃいました」
「……え、ちょっ!? こ、この声!?」
いつ間にか開かれていた部屋の入口から涼やかな声が響く。
耳心地の良い声、ずっと耳を傾けていたくなる天上の調べに健輔は聞き覚えがあった。
流暢な日本語だが、この声の持ち主は日本人ではない。
「ま、まさか……コーチって」
「はい。不束者ですが、お世話になりに参りました。今はただのフィーネ・アルムスターと申します」
銀の乙女は右手を胸にあてて、少しだけ頭を下げる。
彼女の名を知らぬ魔導師など、現在の世代に存在しない。
昨年度の世界大会において、健輔にエースの在り方とチームを率いることの意味を教えてくれた曇りなき偉大なるエース。
欧州最強のチーム『ヴァルキュリア』の元リーダーにして、旧欧州最強の魔導師『元素の女神』フィーネ・アルムスター。
彼女と、日本最強のチーム『アマテラス』に所属する『九条桜香』。
そして、現在は存在していないチーム不動の王者『パーマネンス』の『皇帝』クリストファー・ビアス。
彼らを指して、3強と称された規格外の魔導師の1人。
その1人が此処にいて、健輔たちの仲間になろうとしていた。
「あ、葵さん……! あなたは、まさかっ!」
「いやー、ダメ元でオファーしたらオッケー貰ってさ。これはこの流れに乗らないとダメかなと思ってね。よろしくね、フィーネさん。いや、コーチ!」
周囲の衝撃など知らぬとばかりに葵はフィーネに挨拶をする。
混沌に包まれる部室。
声を上げようとする者たちを制して、かつて頂点の一角を占めた女性は気高く宣言した。
「私の身命に誓い、全てを賭しましょう。同じチームの一員として、尽力させていただきます」
「うん、心強いです。さて、フィーネさんを加えた総勢15名。これでようやく本当の新生クォークオブフェイトの完成だよ。ほらほら、皆、呆然としてないで拳を作って、手を合わす」
「し、心臓に悪すぎる……」
「藤田、後で説教だ。覚悟しておけ」
文句を言いつつも皆が拳を突き出し、合わせていく。
銀の女神も含めた10名、新入生を除いた全員がこの場に集っていた。
「新人たちはまだだけど、先に宣言しておかないと締まりが悪いからね」
リーダーたる葵が不敵に周囲に笑いかけ、
「狙うは頂点のみ。――今年こそ、私たちが最強になるッ! せーのっ」
『勝つぞッ!』
全員の声が重なり、この日からチームが本格的に動き出す。
昨年度最終成績、世界大会第2位。
日本国内でも有数のチームたる彼らが動き出すということは、他のチームも動き出すということである。
熱い戦いの冬は終わった。
しかし、激闘の日々に区切りはあっても終わりはない。
以前よりも遥かに熱くなった舞台で、自らを磨き上げた役者たちの新しい公演が始まろうとしていた――。