幕間『魔法使い』
「くしゅんっ!」
「30超えて、そのくしゃみは辛いぞ」
「ぶりっ子すんなよ、ババア。無理しているのが丸わかりだよ」
「ここぞとばかりにボロクソに言いますね。いじめっ子ですか、あなたたち」
4人の男女がコーヒーを片手に、雑談に興じる。
言ってしまえばそれだけなのだが、彼らにはある特徴があった。
外見年齢は相応なのだが、妙に子どもっぽいというか若々しいのだ。
精神的に遅れを取る、ということもなく仮に学生服を着て天祥学園に混じっても誰も違和感を感じないだろう。
「う~ん、なんだろう。誰か噂でもしてるのかなぁ?」
「……こいつ、聞いてないぞ」
「相変わらず俺たちをイラつかせる事に関しては天才的な才能を持っていやがるな」
「……もう、こいつらは、いくつになっても……私の胃を、痛めつける」
メガネをかけた知的な女性以外の全員が一言で言うと健輔臭がする。
後15年くらいしたらこんな感じです、と言われると優香たちが納得してしまうくらいには妙に似ている空気が漂っていた。
魔導師らしい、つまりは自分に正直な奴らの筆頭候補。
どちらかと言うと才能だけでここにやってきそうな桜香がどれだけヤバイのかわかるだろう。
大抵のことは気合でなんとかなるよ、と真剣に思うバカな男2名と天然な女が1人。
そして、彼らを制御してくださいと頭を下げられる悲しい女が1人。
いろんな意味で何処かのチームと被る4人組みはまったりしているのか、殺伐としているのかよくわからない空気で話し合いに興じていた。
「おい、マリア、今日集まった理由は理解しているのか?」
「ほえ? うん、わかってるよー。また魔導競技をやるんだよね。最近は子どもも落ち着いたし、ちょうどいいかなぁーと思ってるよ」
「マリア、主婦の暇つぶしじゃないのよ……」
ダイエットにも良いかしらー、と偉大な初代女神とは思えない言葉を笑顔で放つ。
初代女神、『慈愛の女神』マリア・ブリュー。
もうすぐ高等部に進学する子どものいる、正真正銘の主婦である。
魔導競技から恐ろしく遠ざかっていたのだが、彼女の能力は一切劣化していない。
そもそもとして、現役のころから全く戦闘向きではなかったのだ。
ただ、彼女の恩寵は今でも生きている。
全ての魔導師が自由に系統を選択できるようになったのは、彼女の番外能力の研究過程で生まれた副産物なのだ。
ある意味で全ての魔導師は彼女の子どもと言えるだろう。
このほわほわした姿からは想像もつかない魔法使いなのである。
魔導の発展、という点で彼女以上に貢献したものは地球上に存在していない。
「現役時から思っていたが、この女凄いよな。人の話を聞かない」
「あなたが言いますか。人の迷惑を顧みない暴君め」
「何を言う、俺は王者。俺のやることは全て正しいに決まっているだろう。俺以外のものが文句を付けることが不敬なのだ」
完全なる俺様節。
彼こそが始まりの頂点。
クリストファーへと繋がる王者の系譜、その根源たる者。
『魔導大帝』アンドレイ・カルヴァートである。
史上初の固有能力覚醒者にして、後に数多の研究者を絶望に送ることになる魁。
訳わからん勢の記念すべき第1号だった。
なんだかんで女神が生来の能力だったのに対して、この系譜に連なる者たちが持っているのは強烈な自負のみである。
そんなもので覚醒した力を解明しろと無茶ぶりされた研究者たちには同情するしかない。
クリストファーに至るまで、この法則には一切の変化が見られなかった。
むしろ、最後の王者とも言われた男を見るに悪化していると捉えるのが普通だろう。
「貴様の俺様節も久しぶりだな。気に入らん、我が武威こそが絶対であろうに」
「うるさいぞ、住所不定無職。せめて定職についてから発言しろ」
「貴様ぁ、死にたいのか! そもそも、貴様も同じだろうが!」
「俺は王者だ。働くのは下々の仕事だろうに」
皇帝からすぐさま喧嘩を売られた男は初代の太陽。
アマテラスの偉大なる太陽。
桜香が受け継いだ猛き称号の始まりである。
『永遠の太陽』鈴島晃。
リミットスキルの開祖であり、現在の魔導競技を支える防護術式の一端を担う能力を持つものである。
才能よりも努力。
只管に己を高めた戦士であった。
世界をふらりと旅しており、特異な能力で各地からの目撃証言が届く問題児第2号でもある。
「あなたたち、2人とも無職でレベルの差なんてにないでしょうに。いや、職につかなくてもいいですから大人しくしてくれませんかね。世界に無駄に能力を顕示しないでください」
最後に知的なメガネをかけた女性。
長年の苦労が染み付いているのか鋭利な美貌には濃厚な疲労が浮かんでいた。
彼女ら4人は現役時代にはほとんど関わりがなかったのだが、研究機関で一緒になってしまったメンツである。
大学部の悪夢と謳われたのは伊達ではない。
ウィザードの中でも最高峰の厄ネタであり、めんどくさい勢の筆頭軍団。
常識人なのにここにランクインされているメガネの女性が不憫でならない。
ちなみに彼女たちは1人の例外もなく、後に魔導研究の悪夢にランクアップしている。
今でも新人研究者たちが最初に直面する悪夢として、立派に務めを果たしていた。
「ええーメアリーちゃん、そんな酷いことを言ったらだめよ。2人は夢を追い掛けてるのよぉ。それに、お金は稼いでるから無職じゃないわー」
「知ってますよ。だから、余計にむかつくんですよ。能力のあるバカとか、檻に入れておきたいのにこいつらは放し飼いじゃないですか。人類に対する挑戦でしょう」
「……流石にボロクソに言い過ぎだと思うんだが」
「……お前、俺たちも流石に傷つくぞ」
メアリー・クラプトン。
彼女は現役時代のエピソードはないのだが、大学部に在籍中に覚醒したタイプの魔導師である。
術式、魔導紋、魔導陣、今のバックス系の分類の祖となる重要な固有能力を発現させた魔導師だった。
『千変万化』、『魔導図書館』、競技に不参加ながらも数多くの2つ名を持つ天才。
アメリカの固有能力研究チームに所属する第1線の研究者でもある。
つまり、バカをやらかす連中の最大の被害者であった。
彼女でなくとも文句の1つや2つは言いたくなるだろう。
特に彼女の場合は学生時代、さらには院生、果ては配属後までこの連中と付き合っているのだ。
まとも、と自称するがゆえに彼女は荒ぶる。
もっとも他の3人には別の見解があり、周囲もまた同様に思っているのも事実ではあった。
長い間共にいれるような存在が、染まらないはずがないのである。
「そこの2人が傷つくのはどうでもいいですが、あなたたち、やる気はあるんですね?」
再度の確認。
メアリーはこの劇物たちを放り込むのは反対なのだが、彼らぐらいは投入しないと最上位のチームに下位のチームが肉薄するのは不可能だとも思っていた。
事前にエキスパートやマスターを派遣して地力の向上には努めていたが、やはり後1歩足りないというのが派遣組の意見なのだ。
マスターの上位や、レジェンド、果てはウィザードのような強烈な個が必要だという意見は無視できない。
魔導師である時点でいろいろな意味での素養はある。
引き出せるのか、ということが問題であり、困ったことに引き出せそうな連中がこれなのだ。
若者のためにもなんとか話を潰したいのだが、同時に若者のために話を潰せないという苦しい事態となっていた。
「魔導競技のプロ化も含めて、これからの魔導のために今年は非常に重要な年になります。今の現役は下手をしなくても幾人かがレジェンドか、ウィザードに来ますからね」
「ほう、俺たちに匹敵するのか。これは中々に楽しめそうだ」
「少しはビビれよ。っと、いけない、つい本音が」
「……相変わらずだな、メアリー」
「失敬。まあ、あなたたち2人はイイ感じに現役にボコボコにされてください。それぐらいは出来る逸材もいますし、屈辱に顔を歪むのを楽しみに待っています」
既にデータは渡しているのだ。
彼がここにいるのは、少なからず現役の強さに興味があるからだろう。
現時点での1位は比類なき才能を持つ傑物。
この4人の中でも才能で対抗できるのは初代女神たるマリアだけである。
「今の1位は太陽で、彼女は間違いなく同類となります。晃、あなたの敗戦を楽しみにしてますよ」
眼前に初代がいるのを承知の上で叩き付けるようにメアリーは話した。
「……俺を煽るか、貴様」
「あら、煽ったように聞こえましたか?」
「良い度胸だな。戦場に出てもいないくせに、本当に肝の据わった奴だ」
「戦場にいるだけが魔導師ではないでしょうに。元々は学問の徒。私の方が正当です」
メアリーの断言に晃も獰猛な笑みを浮かべる。
彼らに劣らぬ強烈な自我。
香奈子がそうであったように、執念のみで高み至る者もいる。
彼女はそうした外れ方をした魔導師の1人だった。
自分には成せない在り方を、この場にいる3人も認めている。
約1名は、メアリーちゃんはすごいなぁ、というずれた感想であるが、尊敬しているのは事実だった。
「お前たちの正当論争はいい。つまり、今の俺たちが入っても問題ないほどに上位は極まっている。この認識に相違はないのだな」
「あなたの称号、卒業した先代が持っていったわよ。歴代の誰よりも王者、ってね」
「――――ほう、いいじゃないか。お前のプランに乗るのは癪だが、構わないぞ。若人たちと遊んでやろうじゃないか」
女神が釣れて、皇帝が釣れる。
これでメアリーは最低限の仕事を果たしたことになるが、ベターで満足するような女ではない。
最後の1人、たった1人の東洋人に視線を送る。
挑発的な視線を受けて、晃は肩を竦めた。
この状況で断るほどに彼はやらねばならないことはない。
無職と揶揄されたが、実際のところは彼と皇帝は魔素がない場所でも魔導が使える数少ない魔導師なのだ。
ある種の実験台として、世界各地を飛び回っているだけだった。
戦闘者として、魔導師として究極的に完成している。
この場に居る者たちは程度の差こそあれ、その1点だけは共通していた。
「いいだろう。俺の後輩が今の頂点だと言うのならば好都合だ。以前は辿り着けなかったが、ここいらで頂点の光景を再度見るのも悪くはない」
「いや、コーチだから。あんたは脇役。主役は生徒よ」
「理解している。その上で、気概としてはそのようにあるべきだということだ。小さく纏まった存在では、お前の目的も果たせないだろう?」
ニヤリ、と笑う姿は野性味に溢れている。
負けず嫌いの究極系。
大人としてどうなのかと問う者もいるだろうが、一切の加減なしで晃はやるつもりだった。
我らが後継、ロートルくらいは容易く超えるだろう。
健輔とよく似た結論を用いて、魔法使いたちが魔導師たちに戦いを挑む。
いや、正確には待ち受けると言うべきなのだろう。
ウィザードは数は多くないが、魔導の中でも最大級のバカ集団である。
自己に対する祈りと、費やした時間のレベルが違う。
同じだけの信念を持つのならば、後は時間による差異が関係を決定する。
「うーん、皆、元気いっぱいねー。私も娘に恥ずかしくないように、頑張ろうっ!」
「お前たち、俺は馴れ合うつもりはない。我が王道に立ちはだかる愚か者に裁きを下す。この戦で俺がやるのは、それだけだからな」
「貴様のことなど知るかよ。我が後継に勝てるのかもわからんではないか。裸の王様らしく、滑稽な姿を晒せ」
「あのね、協調って知ってる? そして、何度も言うけどあなたたちは脇役だからね。目的をきっちりと果たさなかったら、私――本気で怒るわよ」
冗談の欠片もない死んだ魚のような瞳。
地獄の亡者の如き視線に男2名が少し小さくなる。
紛れもない強者であり、強烈な個性を持っていても平時の女に勝てるはずがない。
魔導師でも、否、魔導師だからこそ変わらない伝統。
結局のところ、いつの時代も女は強かった。
「まあ、全員がやる気を出してくれたのはわかったわ。一応、配属予定の場所を言うわ。マリア、あなたは『アルマダ』へ」
「はーい! 懐かしいなぁ、あそこにも私の同期がいるのよぉ」
無敵艦隊を真実の無敵に押し上げるために、初代にして最高の女神が降臨する。
才能を引き出す、伸ばすと言う事に関して彼女を超える魔導師は現時点でも存在していない。
全ての魔導師は可能性を秘めている。
そのことを物理的に証明した偉大な女神の恩寵が15年の歳月を超えて蘇ろうとしていた。
「アンドレイ、あなたはアメリカのあるチームに行って貰うわ。昨年度のランカー、つまりは今年は外れた者がいるチームよ」
「よかろう。必ず最強のチームにする」
『魔導大帝』の親征。
最強の王者と謳われるクリストファーを超えている魔導師がいるとすれば彼であろうという人間は少なくない。
思い描いた能力を想像する。
最強の固有能力で男は進撃を開始した。
彼の行軍に付き合わされる者たちが、近衛となる者たちが弱卒なはずがない。
「晃、あなたは『ラファール』へ。疾き風を猛き風にしてあげなさい。永遠の太陽に照らされれば多少は目も覚めるでしょう」
「愚問。我が輝きは不滅なり。後継の称号とは物が違うと教えてやろう」
不滅の太陽は幾度も昇るが、永遠の太陽は輝きが消えない。
自らへの干渉を決して許さない永遠。
卒業した後も、むしろ大学部でも膨張を続けた彼は現役時代よりも今の方が圧倒的に強い。
決して沈むことのない輝きと共に、世界に再び名を轟かせに来た。
「私も一応、顔を出すチームがあるわ。わかってると思うけど、自分の名を汚すような結末にはならないようにしてよね」
「ああ」
「わかりました~」
「承知」
3者3様の返事に米神を押さえつつ、メアリーは気丈に宣言した。
きっと仕事はしてくれるだろう。
微妙に投げ遣りになりながらも、最後まで役割を果たす。
「この4チーム、今の上位チームに負けないようにしっかりと育てるのよ。やり方は自由。コーチとして、最善を尽くしなさい」
魔導の歴史が動き出す。
昨年度の頂上決戦すらも超える最大級の決戦へと舵は切られた。
前哨戦はもう終わり。
激しく熱い夏へと季節は移り変わる。
誰もが秋への期待に胸を振るわせて、最後の平穏は終わりへと向かうのだった。